第12話
「魔王様がなんでカズヤ達に使者?あんた達って魔王様の関係者だったの?お知り合い?いいなー」
「も、もしかして魔王様に謁見とかするの?近くで見れたりする?」
「全ての魔法使いの頂点……。そんな方から使者が……」
などと言いつつ、こちらをチラチラと見てくる五人組がそこにいるのだ。魔王様とかなにそれ怖い等と言って逃げ出そうものなら、より近くにいる脅威となって襲いかかって来られて簀巻にされた上で魔王様とやらに献上されてしまっても俺は驚かない。
「ねえかず君、魔王様って私たちの世界で例えてみれば、どんな存在なのかしら。実際のとこ、過去の偉人が今も生きてるレベルなんでしょうけど……」
「んー、俺にもよくわからんけど、そうだなぁ……。乱世の国を統一して長期政権を維持するレベルの歴史上の偉人ってーと、日本限定なら織田信長とか豊臣秀吉、徳川家康あたりを全部足した感じ?って自分で言っててありえんな」
「うん、それが今も生きてるとか言われたらすっごい会ってみたい。会えないまでも本人超見てみたいかも」
未だにデカイ重厚な扉の前で立たされたまま、俺と春香はお互いに聞こえる程度の声で、ヒソヒソと会話を交わした。例えてみてわかったが、改めて凄い人物なのだなと理解出来た。実際には更に輪をかけた人物なのだろう。実態は不明だが、個人の武で統一したみたいなことを言っていたし。多分だが。
そりゃそんな人が使者を送り込んで来た、とか。確かに興味津々で人だかりも出来ますわ。下手に騒ごうもんなら不興を買ってエライ事に発展しかねないし、あの静まりかえる人だかりが生まれるのも納得ですわ。そうしてそのまま暫くの間、扉の前で放置プレイだったのだが、入室を促す声が向こう側から聞こえると、ヒルダさんによって扉がゆっくりと開かれたのである。
そして室内へと一歩足を踏み入れた瞬間、いきなり何か柔らかいものに押し包まれて拘束されてしまったのである 。
何事っ?!と思い抗おうとしたが、懐かしい……という程ではないが、嗅ぎ覚えのある匂いが鼻腔をくすぐり、俺は刹那で落ち着きを取り戻したのである。
「やーっと会えた。無事でよかったわぁ、お疲れ様。かず君、春香」
「お、おねえちゃん?」
俺らを拘束したと思ったのは、開いた扉の先いた、天音さんであった。
「天音さん、なんでここに」
「なんでって、二人を追いかけて来たのよぉ?」
抱きつかれたのを無理やり引き剥がして問いかけたら、驚くべき内容の言葉が俺の耳を叩いた。追いかけようと思ったら来れるんだ、異世界。そんな風に思いながら周囲の観察ができる程度には落ち着いた俺は、部屋の内部をぐるりと見渡した。
分厚い扉の向こう側には、質実剛健と言った感じの室内空間が広が広がっていた。そこにはやたらとデカイ執務机と、その横に据えられた応接セットがあった。よくある三人掛けのソファーと、対面には一人用のが二つ並んで、その間に背の低いテーブルが置いてあるやつだ。そのテーブルに置かれた茶器を見る限り、天音さんは俺たちを待つ間、そこに座っていたのだろう。目の前に立つ天音さんは、満面の笑みを浮かべて俺たち二人を迎えてくれているわけだが。さて。
「ほっほっほ。まあ積もる話は後でよろしいのでは?ま、そこに座りなさい。後ろの者たちも入りなさい」
感動の対面を――というほどに感動はしていなかったが。寧ろびっくり――した俺達に、応接室の手前側、こちらに背を向けて座っていた人物が、立ち上がって俺たちに声をかけてきた。
一見するとローブを着込んだ好々爺、でも【疾風怒濤】の五人組が緊張の面持ちで居るのを見ると、いわゆるあれか。ギルドマスター的ななにかか。元は凄い冒険者で、組織の上層部に食い込めるほどの経歴の持ち主と言うところなのだろう。
部屋に隣接する物置のような小部屋から、幾つかの椅子を引っ張りだして応接セットの横に並べて【疾風怒濤】のメンバーは席についた。「ハルカのお姉さんって魔王様の家臣なんだ……」等と言ってたのが気になったが。家来なのか?いや、確かに使者としてきてるとすればそうなのかもしれないが。そうして俺はといえば、春香共々三人がけのソファーで天音さんの左右に座らされて、ガッチリと腕をホールドされている状態である。
「いやはや……仰るとおりになった、という事ですか」
「ええ、苦労したかいがあったというものです」
好々爺風味の爺さん、やはりこのギルドの長だという人物は、天音さんに向かって柔和な笑みを浮かべてそう口にした。それを受けた天音さんは、当然だというような面持ちでその言葉を受けとめた。
しかし、天音さんの今の姿はどう見てもこの世界風味満載である。いや、元の世界風の意匠をこの世界の技術で再現したという感じなのだろうか、背中の大きくあいたホルターネックのハイ&ローなドレス姿に額と首元に豪奢なアクセサリー。そして首筋には見覚えのあるチョーカーが付けられていた。
「えーと、何がなんだかわからないんですけど。天音さん、詳しく」
「そうね、何処から話せば良いのやら、って感じだけど――」
そう言って話し始めたのは、俺たちが消えた向こうの世界での事ではなく、天音さんがこの世界に来たくだりであった。
俺と春香があのちびっ子によってこの世界に引きずり込まれた後、天音さんにすぐそのことが伝わったという。なぜならば、俺と春香のスマホには、GPSはもとより天音さんお手製の慣性計測装置まで仕込まれており、逐次現在位置が天音さん家のサーバーにデータが送られていたのだという。そのセンサーが異常を感知した際には、即座に天音さんへと知らされるわけだ。って、そんな機能が付いてたの!?初耳ですけど!て言うかやけに充電切れるのが早い時があるから充電の用意をしっかりしなくちゃいけなかったけど、原因それか?もしかして。まあそれはともかく、今回も当然の事ながら俺と春香が向こうの世界から消え去った際に通報されたのだ。信号途絶という結果によって。
「あの時はもう気が狂うかと思ったわ。かず君どころか春香までいなくなっちゃうんだもの」
その時のことを思い出しているのか、春香さんの普段は桃色の頬が、青ざめて見えるほどであった。しかし即座に今度は真っ赤に染まり、俺の腕を抱く力がやけに強くなってきた。
なお周囲の面々は話についてこれなくて首を傾げているばかりである。ただし好々爺を除く。
「でも運は私に味方してる、とも思ったわね。都合のいいことに、ちょうど出来たばかりの品を二人に持たせたばかりだったのよ」
そう言ってギュッと俺の腕を持つ力が更に上る。折れる折れる。
「出来たばかりの品?」
「あの日、春香にもたせたでしょう?コレと同じようなの」
そう言って、首元に付けられたナイロンのような糸で編まれたアクセサリーを示す。ああ、そういえばと袖を捲り上げて、それを確認する俺と春香。
「んな大層なもんなのか、コレが」
腕につけたタトゥーチョーカーとやらをびろーんと引っ張ってみるが、やはり何の変哲もないアクセサリーにしか思えなかった。
「それの正式名称は、時空間超越走査型波動超膜基底差圧吸収装置、略してレベルアップ君よ」
「ちょっとワクワクしたけど略称ががっかりネーミングだった件」
「だってお姉ちゃんだもん」
胸を張って俺たちにそう告げる天音さんであったが、俺達の評価は散々である。ネーミングセンス以外はまともなんだよ。それ以外はまともなのかと言われると頷けない事もあるが。
「って、レベル……何だって?」
俺達が身に着けているタトゥーチョーカーに視線が集まり、周りの連中が息を呑む。この名前に反応するということは、この世界にはレベルアップが常識なのだろう。しかしながら、その期待に満ちた視線は次の一言で裏切られることになった。
「レベルアップ君。それを身に着けてると、レベルアップ時に教えてくれると言う親切設計なのよ」
その答えを聞いて、色めきだった周囲の視線ががっくりと沈んだ。まさかのお知らせ機能のみとは、と言う顔である。魔王様の使者が自信満々に言うアイテムが、ただのレベルアップお知らせ装置と言われれば、さぞかしがっかりだろう。しかしながら、長年幼馴染やってる俺や姉妹やってる春香の目はごまかせない。絶対なんかいらん機能が付いてるはずだ。
「あ、あと何処にいてもコレをつけている私には、あなた達の居場所がわかる機能も付いてるの」
異世界までもか。ストーカ垂涎だなおい。
「まあ細かい仕様は後でゆっくりと教えてあげる。さて、と」
そう言って居住まいを正した天音さんは、【疾風怒濤】のメンバーに向かい、ゆっくりと頭を下げた。
「先ほどこちらのギルド支部長からお話を伺いました。我が妹と、弟のような幼馴染にご助力を賜ったと聞き及んでおります。皆様に感謝を」
まあ、狩りの仕方を教えてくれたりしたのは確かだけど、寧ろ姫様&アマーリアさんのほうがありがたい存在であった。異世界の基礎知識的に考えて。
そうして立ち上がる天音さんに続いて俺達も立ち上がったのだが、さて部屋を出ようと天音さんを先頭に動き出したところで、エルネスティーネさんがガバッと立ち上がり、見事なほどに直角に腰を曲げて頭を下げてこう言ったのだ。
「あの、あの、魔王様の、ヘルヴェルティア王国へ戻られるのでしたら、ぜっ、ぜひごいっしょにひ……」
そして最後まで言い切れずに、その場に崩れ落ちた。
「おい、エルネス!大丈夫か!?」
ベアトリクスさんが慌てて抱き起こすが、どうも頭に血が上ったのかのぼせて目を回しただけのようで、とくに問題になりそうな様子ではなかった。
それでも一応ということでシュテファーニエさんが魔法をかけようとしたのだが。
『光よ、彼の者の障りを示せ』
シュテファーニエさんよりも一足早く、天音さんがその手をエルネスティーネさんに向け、何やら呟いたのだ。その手の平から零れ落ちる光の粒が、雪のように降り積もってゆく。そしてそのまま光の粒はエルネスティーネさんの身体を包み込むと、やがて前触れなしに消えていった。
「うん、ちょっと興奮しすぎて過換気症候群に陥っただけのようねぇ。暫く寝かせておけばすぐ気がつくわ」
「あっ、ありがとうございます!」
慌てて直立不動の体勢で頭を下げたベアトリクスさんに習い、他の三名も立ち上がって頭を下げる。不憫なことにエルネスティーネさんはベアトリクスさんが立ち上がったせいで床にしたたかに頭をぶつけていたが、まあ大丈夫だろう。しかし、天音さんも魔法を、使える……だと?
「今日は機嫌がよろしいのですな」
「そりゃあ、首を長くして待っていた二人にやっと会えたんですから、これくらいはね」
ニコリと笑いながら立ち上がったギルド支部長の言葉に頷いて、天音さんは気にするなとばかりに手をプルプルと降った。
「それではまたね、レオポルディーネ」
「ほほ、その名で呼んでくれるのは今じゃあなただけよ、アマネ」
レオポルディーネと呼ばれた支部長さんは、嬉しそうに笑い、ゆっくりと立ち上がって扉の方へと俺たちを先導してくれた。……レオポルディーネって、女性名詞っぽいな……もしかして:女性。
ギルド支部長の部屋を出た後それとなく天音さんに聞いてみた。好々爺とか思ってごめんなさい。
「あの、それで俺らこれからどうすんの?家に帰れるの?」
ぞろぞろとついてくる【疾風怒濤】のメンバーが居るため、直接的に尋ね辛い。一応カバーストーリー的には遠い国から風の精霊と思われる者のせいでここまで跳ばされた事にはなっている。その意を汲んでくれたのか、天音さんは特に逡巡すること無くこう答えた。
「とりあえず、今私が住んでいるとこに戻ってからの話になるのだけど、ちょっとややこしいことになってるのよね」
そう言って鼻の頭をコリコリと擦る。それだけで「ああ、なんか言い難い事があるのか」と察した俺と春香である。
「んじゃあそのへんは落ち着いてからってことで――」
そう言いながら、先頭に立ってギルドの玄関をくぐろうと扉を開けたところ。
「貴殿らがサトウカズヤとアオイハルカで間違いないか?現在お主に貴人誘拐の嫌疑が掛かっておる」
立派な身なりのおっさんと、それを取り巻く衛兵たちに取り囲まれたのである。
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