第11話

「これぞまさしく漁夫の利ね」


 言いながら、春香はざっくりと、内ももの両側にナイフを突き刺し、股ぐらへと滑らせる。


「漁夫ならぬ猟夫だけどな。なお雌はさっさと逃げ出してるわけですがその辺のコメントは」


 同じように、俺もナイフを突き刺し両方の足に開けた穴を股間付近で合体させそこに指先を差し込んで隙間を広げる。生あったけえ。


「俺のことはいい、逃げろ!って言われてみたいわー」


 出来立ての死体に怯む俺、わりと躊躇しないでナイフを扱う春香。精神的な強さまで持ってるとか無敵すぎんよ我が幼馴染様よ。


「何その俺死亡前提なお話」


 まさしくそれを行ったウサギさんが俺達の手の中にいるわけですが。別に意図してやったわけじゃねえって文句言いたいだろうけど。


「フラグも乱立させれば意外に死なないらしいわよ?」


 足に開けた穴から、皮と肉の間に指を差し込んで太ももの肉から皮を剥がす。足首から先は剥がさず千切る。皮の剥けた両足を束ねて持ち、毛皮をずるりと引っぺがす。

 首元まで、予想外に綺麗に剥けるもんである。なお槍のように尖っていた耳は、死んでしまうとクタクタのヘニョヘニョである。コレも一種の魔力による身体強化らしい。一瞬海綿体的な何かか?と愚考してしまったが、違っていた。


「うん、どこかでやったことあるのかな?中々上手。ちょいゆっくり目だったけど丁寧な方が買取り値高いしね。兎の皮はすぐ破けるからさ」


 斥候のフロレンティアさん、意外と気さくな方でした。無口なのではなく、斥候という役割柄喋らないように気をつけているのだそうな。「見た目がこんなだからよく誤解されるのよ」と言う彼女は、確かにクールビューティーというか、怜悧な刃物みたいな冷たい美貌の持ち主であるが、一旦接してしまえば心根は優しい人なのだとわかる。

 まあそんな人でも狩猟は無慈悲に行うんですけどね。いや、慈悲深いのか?目にナイフを一突きでご臨終だったからな。毛皮には無駄な傷はなし、と言うのが一番いい状態だからというのが理由らしいが。さて。

 たった今殺して俺と春香が皮を剥いだ兎の腹を縦に裂き、中身(・・)をずるりと取り出して、穴をほってそこに放り込む。そうしておいて、皮と肉とは別にして袋に詰める。その際に、神に仕えるシュテファーニエさんが祈りを捧げ、死んだ兎を弔いつつ皮と肉とに祝福をする。こうすることで腐りにくくなるそうで、そのあと魔法使いのエルネスティーネさんが氷の魔法で冷凍保存するのだ。なにこの流れ作業。


「よっし、今度はお前ら自分で仕留めてみな!」

「うん、危なくなったら助けるから」


 そう言われて今しがた兎を捌いた場所から少し離れて身を潜めると、先ほど中身を放り込んだ穴に、獲物がやってきたのである。


「お、剣猪じゃねえか。初心者にはちとキツイかな?」

「やらせてみよう」


 お手柔らかに頼む。俺はひ弱なんだ。


「じゃあ私が」


 そう言ってするりと立ち上がった春香は、返事も待たずにというよりも、止める間もなく得物を担いで獲物に向かっていった。別に洒落ではない。

 すたすたと、気負いもなく歩いて行く春香に、剣猪とやらは気づかないのか無視しているのか、一心不乱に地面の穴に放り込まれていた槍兎の中身を貪っている。

 頭を穴に突っ込んだ状態で、周囲に気を回さないなんて、野生動物としてどうなのよと言いたいが、どうもこいつはこの辺りでは強者の分類らしく、その辺無頓着なのだという。地球の猪同様のサイズであるが、通常なら牙が生えている部分には、上顎を貫通してまさしく剣のような牙がそそり立っていた。とても物が食いにくそうである。とはいえ現在その牙もろとも穴に頭を突っ込んで、兎の中身を頂いてらっしゃる真っ最中。剣牙が穴の端にザクザクと刺さっているがそんなことも気にならないらしい。

 そこに近づいていった春香。俺からすると、普通に近づいて、普通に金剛棒を振りかぶって、穴に突っ込んでいる頭をぶっ叩いただけにしか見えないのだが、たった一撃で剣猪はそのまま何度か痙攣を起こしただけで、ドサリとぶっ倒れて二度と動かなくなった。

 なお、また頭のなかでファンファーレが鳴ったのはもう無視する方向で。

 剣猪も同様に皮を剥いで中身も穴を掘って、こちらは埋め戻しておいた。肉も兎とは違い、各部位に切り分けて袋へと突っ込んで次の狩り場に移動したのである。


「うん、初めてにしては上出来上出来」

「中々にスリリングでは有りましたが」


 結局あれから剣兎を何匹か発見し、俺にもお鉢が回ってきたので買ったばかりの中古の剣と盾で相手をして倒す羽目になった。なんとか無傷で槍兎を倒せたのは良いが、少々傷だらけにしてしまった為、売り物にはならないと苦笑いされてしまった。


「初めては誰でもあんな感じですよ。誰も本気では笑っていないでしょう?」


 そう言って慰めてくれるのは、神に仕えルシュテファーニエさん。確かに俺のへっぴり腰な貴重な狩猟シーンを見ても、苦言を吐きはするが馬鹿にした笑いは見せなかった。なんだかんだで誰もが通る道なのだという。いきなり熊やら猪を仕留める春香が規格外なのだ、うんきっと。

 それはともかく、狩った獲物は狩った者が持って帰るのが基本だ、と言われ、凍らせた肉と皮が入った袋は、俺達自身が背負っている。それならば大半を占める剣猪の肉を背負うのは春香なのかと言われれば、二人一組なら負担はせねばならないと、全部合わせて二分割の量を背負っているわけですが。意外や意外、おそらくは一頭で百キロは超えてると思われる猪の肉は、さほど負担とは思えない程度にしか感じなかった。あのファンファーレはマジでレベルアップのお知らせのようである。釈然としねえ。

 それはそれとして、街まで歩く道すがら【疾風怒濤】の方々が色々と狩りに於いての注意事項を語ってくれるのは正直助かる。曰く、ギルドに帰り着くまでが狩りである、と。うん、家に帰るまでが遠足ですねわかります。と言うのもたどり着く前に、横から盗まれることもあるらしいので。他の肉食獣に襲われるならまだしも、人間に襲撃されることもままあると言われると、嫌な汗しか出てこなくなる。

 流石にまっとうなギルド加入者はそんな事しないらしいが、何分荒くれ者の集まりなので、ちょっかいかけられるのはよくあることなのだそうだ。


「だから、アンタも気をつけな」


 ニヤニヤとした笑顔で俺にそう告げてくれるのは、ベアトリクスさん。綺麗どころの中に男が一人、色々言われるだろうねぇ、ですって!自分で綺麗どころって言っちゃうかこの人。


「小間使い扱いされてる風にしか見えないと思いますけどねぇ」


 そう自虐的に言うと、「違いない」と一人で受けて笑ってくださいました。



 陽のだいぶ傾いた頃にようやく街に帰還、その足で冒険者ギルドに向かうと、何やらギルドの建物周辺に人だかりが出来ていた。


「なんか様子が変」

「そうだな、だいたいあんなにひとだかりが出来てるってのに、やけに静かだ」


 人だかり自体はそれほど珍しくはないらしい。ただ実際、人だかりがこれだけあって、ざわめきがやけに少ないのはたしかに不思議なところである。

 そんな人だかりを避けてギルドの玄関口にまわりこもうとすると、こちらに気づいた人垣の何名かが、口々に「帰ってきた」とか言い出し始めた。


「疾風怒濤の皆さん!同行者のサトウカズヤさんとアオイハルカさんはいらっしゃいますか!?」


 そいつらの向こう側で、俺達が帰ってきたとの声が聞こえたのか、ギルドの窓口で応対してくれたお姉さんが、こちらを呼びながら駆け出してきたのである。


「なんだいなんだいヒルダってば、やけに慌てちゃって。シワが増えるよ?」

「やかましい、ぶち殺しますわよ?」


 軽口を叩いたベアトリクスさんを言葉の鉈で一刀両断して、ヒルダという窓口業務の女性は俺と春香に向かってこう告げたのである。


「あなた方に会いたいと言う、魔王様の使いの方が見えられているのです」


 ふーん、魔王の使いですか。


「はぁっ!?」


 さすがの俺達も、それには意表を突かれてしまったのであった。



 Q この世界では魔王ってどういう立ち位置なのよ。

 A 魔族と呼ばれる種族を統一した英雄です。生きた伝説です。



 このあたりの周辺国家とかの諸事情を知らないんですけど、魔王さまって?と窓口業務のヒルダお姉さん、フルで言うとヒルデガルド・フォン・フェルターさんに尋ねた所、そんな返答が返ってきた。


「魔王って、人類に敵対する存在とかじゃなくて普通にいるんだ……」

「人類に敵対するとか、何処の邪神だよ。流石にお伽話でしか聞いたこと無いぞ」


 ヒルダさんの返事を聞いて思わず呟いた俺に、ベアトリクスさんが応えてくれたのだが、いたんだ、人類に敵対する魔神。いや、お伽話の中だって言うけど、俺からしたらこの世界自体がお伽話だよ。ものすごく居そうで怖いです、魔神。それはともかく今は魔王様だ。


「魔王様は、この国の隣に位置するヘルヴェルティア王国を一代で築いたお方。魔法使いの頂点、魔女の王」


 寡黙系魔法使いの美女が胸を揺らしながら、若干興奮しつつ魔王様のことを語ってくれる。すべての魔法を網羅した偉大な魔法使いだとか、魔族間の部族争いをたった一人の力で全てねじ伏せたとか、魔法が通じないはずの古代龍を、魔法で叩きのめして使役していた、等々。色々と耳を疑いたくなる内容の羅列であった。


「一代で?って事は、つい最近生まれた国なんですか?」


 説明してくれてるエルネスティーネさんに、気になったところを聞いている春香。そりゃまあ一代でって事だから、つい最近生まれた英雄ってことなんだろう、そりゃあそんな人の使いが来てりゃ、人だかりにもなるか。そう思っていたのだが。


「魔王様がヘルヴェルティア王国を建国なさったのは、およそ五百年前になります」

「……え?」

「御年五三〇歳をこえたばかりのはず。魔族としてはまだ若い」


 ……ああうん、ふぁんたじーだからね。エルフとか千年こえて生きる世界が普通だもんね、ふぁんたじー。驚愕の事実を聞き、春香も俺同様に頬の筋肉が引きつってるように見える。そんでなんでそんな人が俺らのことを知ってるわけ?と思ったが。


「……かず君、もしかしたらあのちみっ子絡みじゃないかしら」

「奇遇だな、俺も今丁度そう考えようとしてたところだ」


 こっちの世界との接点なんて、あいつしかいない。そう囁いてくる春香に同意して頷くしか無い俺であった。なお「それって今言われて気がついたって言わない?」などというツッコミも華麗にスルーだ。


 そして連れて行かれた冒険者ギルドの建物の奥深くにあるお部屋。このギルドの長たる人物の執務室であり、応接室だという、やけに威圧感の有る扉の前で俺達は一旦立ち止まり、ヒルダさんが俺達が到着した事を告げている後ろ姿を見ながら、ここに至る前にギルドの建物の前で眼にした馬車を思い浮かべた。

 ヒルダさんに引っ張られてギルドの建物に入る際、人だかりの中心となっていた、車寄せに止められていたやたらとごつい馬車と、それを引く巨大な馬のようなものを一瞥したのだが、これまでに見たこの世界の馬車のどれよりも立派で、金がかかっていそうだったのだ。まあまともに見た馬車なんかツェツィーリエさんが最初に乗っていた、あの高そうな馬車程度だけど、それが霞んで見えるレベルの重根感あふれる馬車本体に加え、それを引く馬は大人と子供程にサイズが違っていた。例えるならサラブレッドと道産子馬程に。無論ツェツィーリエさんの馬の方が小さいわけだが。

 これに乗ってきたのって、一体どんな奴なのだろうかと考えるだけで、少々どころではない勢いで逃げ出したい気持ちに駆られるのだが、ごく普通の男子高校生的に考えてごく普通の思考だろう。出来るだけ避けたいはずの、普通という選択をしたくなってくるほどなのだ。もうね超選択したい。しかし出来るだけ普通を選択せずに過ごすことが、この異常事態に巻き込まれるという『普通の高校生』的特異点からの離脱に近づく一歩なのだ。積み重ねていくことでいつかこ状況から抜け出すことが出来るかもしれない。元の世界に戻れるかどうかは、今は置いておくとして。なので、俺は自分の気持ちをねじ伏せて、魔王様の使者に会ってみることにしたのである。どうせ拒否しようにも出来なさそうだしと言うのは気にしない方向で。主に推薦者的な理由で。

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