第10話
「ようこそ冒険者ギルドへ。この度は新規ご登録と承っておりますが、お間違えございませんね?」
うむ、すっごい有りがちである。中世の欧風な世界観だと思って中に入ると、ここだけ別世界さながら――現代日本のお役所の窓口か――と言った雰囲気なのだ。これはもう一種異様な光景とも言っても過言ではないのではなかろうか。そんな中で、窓口業務のお姉さんが、すっごいいい笑顔でこちらに語りかけてくれる。
俺と同様に加入申し込みをしている人が他に何名かいる模様だが、時折ふらふらと目眩でも起こしたのかのようにバランスを崩しそうになっていたりする人までいる始末。そのふらついた人は何故か登録を却下されてしまっていたが、この程度の色香に迷うような人はダメとか言う話なのだろうか。まあハニートラップとかで面倒背負い込む可能性は高そうだから、お断りしたほうが良さそうな気もするが。しかし確かにこの世界ではこんなふうに優しく対応してくれるようなところはそう無いだろうが、そこまでクラっと来るものだろうか。
よっぽど女に免疫がないのか?などと哀れんでしまいそうになるが、俺だって女性に免疫があるのかと問われれば、単に春香と天音さんと妹の楓に慣れているだけで、他の女性相手だとどうなるかわからん。
姫様とかアマーリアさんとか?あんな非常事態でどうにかなってたら俺の命運はとうの昔に尽きている。
「はい、それではこちらを御覧ください。当ギルドの規約となっております。こちらの内容をご確認の上、ご質問等ございませんようでしたら、加入手続きに入らせて頂きます」
あれよあれよというまに加入する段取りが整っていく。一応規約とやらにも目を通してみたが、これといって怪しい項目はなかった。鑑定スキルで読んでいるので、言い回しとかで実際とは違ったりするかもしれないが、問題点は見当たらない。貴族の姫君だったツェツィーリエさんだって登録していたのだから、登録すること自体には問題となる点はないのだろう。
互助会的な存在だというお題目と、試用期間の後に正式加入、加入によるメリット・デメリット、禁止事項等々が記されており、裏をかいたような一文も見当たらない。他の街に行くのを止められることはないし、戦争に参加する強制力等も無い。身内同士で喧嘩するなとか他所と揉め事起こしたらちゃんと報告しろとか、実にありきたりといった話である。脱退は自由だし違約金もなく、ただ単に定期的なギルドへの貢献という名の、魔獣・幻獣狩りの成果は自分で利用する分以外は、全てギルドでの買い取りとする、この一点だけがきつく言い渡されている程度だろうか。それを踏まえてギルド内を見回してみれば、買取価格が壁にずらりと表示されている。
「本日の買取価格、か。その日によって変動してるみたいだな」
「だぶついてるのは安く、品薄なのは高く、まあ基本よね」
「同じ価格で買取続けたら、自分の首締めるようなもんだしな。まあ常に消費が期待できる食肉は安定供給のためかあんまり変わらないみたいだけど」
気を付けて見てみると、買い取り価格がいつでも変えられるように、数字の書かれた板を嵌めこむ形の価格表示がされている物と、一枚板に彫られている品とに分かれている。一枚板の方は価格の変動を気にしないで買い取れる品だということだろう。その固定買取価格の品には、槍兎・銅貨五枚より。剣猪・銀貨一〇枚より。瘤牛・銀貨五〇枚より。などと書かれていた。まあ、狩りの基本として血抜きとか云々をしてその具合とか大きさによって価格が変わるのは、当然として。幻獣遺留物各種・時価、とあるのはやはり希少だからなのだろう。
しかし槍兎ってどんなんだ?などと春香と会話していたところ、周りの【疾風怒濤】のメンバーが目を丸くしてこちらを凝視していたのに気がついた。
「ん?どうかしました?」
「おい、お前ら規約全部読んだのか?」
「はあ、一応」
スキルで鑑定してですけどね。
「こんなにたくさん書いてあるのに、全部読んで、その上内容について話しあうとか……」
何やら凄い評価されてる模様。何故だ、アンタたちも通った道だろうに。
「……かず君、この人達アレだわ。薄々わかってたけど言語化したくなかったから言わなかったけど」
「ああ、みなまで言うな。俺だって同じことを考えてる」
この人達、全員脳筋だ。
細かいことは考えない、面倒は嫌い、悩む位なら悩みゴト吹き飛ばす系のいわゆる脳細胞まで筋肉で出来てる系の人たちだ。
「一緒にされると困る」
ただ一人、ボソリと呟いてこちらの服の裾を引っ張る人物が居た。まさか俺の思考を読んだ!?
「口に出してた」
「そでしたか、失礼しました、エルネスティーネさん」
「だいたいあってるから構わない」
魔法使いのエルネスティーネさんである。この人は魔法使いだけに、流石に脳筋とは言いがたく、口調も物静かでおとなしいのだが。ダブっとしたローブを身にまとい、その服のだぶつきすら跳ね除けて、存在を主張する二つワンセットの物体。動くたびにたゆんと揺れるそれは、この世界に女性用機能性下着がないことを意味していた。このエルネスティーネさんが下着つけない主義じゃなければだが。
「見ただけ。読んでない」
他の四人を指差して、端的に彼女はそう言った。要するに、他の連中は規約に目を通したと言いつつ、文字通り見ただけで内容を把握してはいないと言いたいらしい。
「全部後で私に聞いてきた」
そう言って、がっくりと肩を落とす。
ああ、苦労人だ、苦労人枠の人だこの人。おもわず目頭に涙が溢れそうになる。思えば俺も天音さんとか春香とか妹の楓とかに振り回されて、男の子なんだからと一番きつく叱られてた記憶が……。
きっと他の四人が、狩っても金にならないのを狩りまくってギルドで買い叩かれた後になんで言ってくれなかったのとか言われたりとか、やっちゃいけないことをやらかして尻拭いに奔走させられたりするんだよこの人。
「仲間」
うんうんと頷きながら意気投合してしまった俺とエルネスティーネさん。ショートボブの髪の毛にもいくらか苦労が見え隠れしている。端的に言うと、枝毛とか白髪とか。
「かず君や」
「はひ!?なんでせう春香さん」
「後でちょっとOHANASHIがあるから」
こいつまさか俺の思考を読んだ?!
「ノーセンキューで」
ほら、受付の人が呼んでるから行かなきゃ、っと言ってごまかしたが、きっと誤魔化されてはいないだろう。春香の記憶力は抜群なのだ。困ったことに。
「はい、それではこちらがギルド加入者証となります」
「……普通ですね」
「はい?」
「いえ、こちらの話で」
手渡された加入者証は、手の平より少し小さい長方形の革に、更に若干サイズの小さい金属板がリベット留めされている、シンプルなものだった。そこに現地の言葉で、ギルド名と加入者の氏名、加入時期、賞罰欄が記されていた。なお、当然ながら賞罰欄は空白……だと思ったのだが、その下に備考欄として「推薦者:硬度六【疾風怒濤】」と記載されていた。なるほど、たしかに有名人や実力者の紹介は便利そうである。
なお、別に魔法がかかっていたりはしないようである。
と思っていたのだが。
「あ、魔力通すとレベルとか出るんだ、へー」
なにしてるんですか春香さん。て言うか魔力通すってどうやるんだよこのチート娘が。て言うかどんな数値なのか教えろ下さい。
「こうやって、むーって眉間に力入れたら」
「むーっ」
「それは眉間にしわ寄せてるだけ」
出来ん。
「普通の人ならだいたいできる。極稀に魔力操作が出来ない人もいる。別に異常というわけではない」
そうフォローとも付かない解説をしてくれるエルネスティーネさん。おうふ……。普通なはずなのに。普通さ加減なら日本一だと思われる俺が、普通じゃない、だとう?
「なんか嬉しいようなそうでないような」
「微妙だね、かず君」
苦笑しながら俺の方に手を置く春香。やめて、そんな憐憫の目で俺を見ないで。普通じゃないの最高。別に悔しくなんてないんだから。
ギルド証を入手した後、その日丸一日を使って街中で買い物行脚を行う羽目になった。彼女ら【疾風怒濤】の懇意にしている店をまわり、ああでもないこうでもないと言いながら、俺と春香の武器と防具を揃えるために。
「普通は体型に合わせるために調整とかで結構時間喰うんだけどねぇ」
「ほんと、ラッキー」
俺の気持ちを知ってか知らずか、ベアトリクスさんとエルネスティーネさんは、俺が身に着けていく装備を見てウンウンと頷いていた。
俺の買った革装備は、全てデフォルトサイズがピッタリと、まるで誂えたようだと言われるレベルでフィットしてくれました。春香が横で「普通だね」と苦笑いしているのが悔しい。
なお春香の方はというと、ほぼすべて特注サイズにも関わらず、店のおっさんが全力で仕上げると息巻いて、その奥さんにシバカレるという、元の世界でも稀によくある光景が見れたのでした。
そして買い物から二日後、ディートリンデさん曰く「早すぎる、ずるい」というほどの日程で春香の装備が出来上がったのだが。
「という訳で、【疾風怒濤】の方々に同行してもらって、近場で狩りの練習をすることと成りました、っと」
「やけに説明的な台詞だね、かず君」
「なんて言うか口にして自分に言い聞かせないと、コレが現実か
そう、先日狩りから帰ってきたばかりだった【疾風怒濤】のメンバーは、本来暫く全休の予定だったそうだ。ちょっとした遠征でそこそこ稼いで、帰還したら装備の点検整備と骨休めをして、また遠征、と言うサイクルで暮らしているらしい。そこを彼女らの好意で、街からほんの目と鼻の先にある狩場で面倒を見てくれるというのだ。いやあすっごいありがたいなぁ!
「予備の装備があるから」
装備を修復に出してるんですよね?無理しなくても良いんですよ、と言ったところ、そう返答されてしまった。
「予備って言っても、この辺りに出る魔獣程度なら、傷もつけられないのよ?」
そう言うのは重装備に身を固めていらっしゃる、ディートリンデさん。全身くまなく板金鎧で覆い尽くし全身が隠れるほどの大きさの盾に片手剣装備という、歩く要塞である。それなりに硬い土の道であるにもかかわらず、足跡がきっちりと刻まれているのが恐ろしい。今はヘルメットの面を上げているので顔がわかるのが救いである。しかし、細面の女性が板金鎧に大盾に片手剣とか、ギャップありすぎて困る。しかもいわゆる被害担当艦である。敵の攻撃に、盾と成って味方を守るのだ。未装備状態の線の細さを見ているだけに、よく動けるものだと感心しきりである。見た目俺より細いのに。
そんなわけで現在俺は、槍兎とか言う魔獣が見える草むらに潜んでいる。槍兎と言うのは、森とか草原とか、もうだいたいどこにでも居る雑魚だそうだ。ただ、その鋭く長い耳を振り回したり真っ直ぐ前に伸ばして突進してくると言う、マジで死ねる必殺技を持ってる所が俺らの世界の兎と違うところかなー。
先頭に立つ斥候の人、フロレンティアさん。革のジャケットとパンツが、まるでライダースーツのようである。頭には艶のない金属が貼り付けられた革ベルトがバンダナのように巻かれてふわりとした栗色の髪を押さえ込んでいる。つや消しの為に色を塗ったのか、鈍い緑色の刃先を持つナイフを手に、俺達の前方を進んでいる。音もなく草木をかき分け進む彼女の後をついて行くと、しばらくして立ち止まり、手だけをこちらに向けてチョイチョイと手招きをしてきたのだ。
「ハルカ、カズヤ、そーっとあいつのとこまで歩け」
ベアトリクスさんが俺達にだけ聞こえる程度のささやき声でそう指示してきたので、ゆっくりと近づいていった。するとそこには。
「メスの取り合い」
それだけをボソリと告げたフロレンティアさんの指差す先には、三匹の兎。アレがいわゆる槍兎と呼ばれるものだという。
一匹の槍兎を間に置き、二匹の槍兎がある程度の距離をとって向かい合っていた。間にいる一匹よりも大きな左右の二匹。真ん中のがメスで、左右のがオスのようだ。メスを取り合っての喧嘩かな?と首を傾げていると、フロレンティアさんは口元に指を立て、暫くじっとしていろとハンドサインを示してきた。
そうしてほんの数秒。目の前で一匹の槍兎の首が跳んだ。
「って、木に刺さってる、木に刺さってるよあの耳。しかも弱かった方は繁殖の為の栄養になるとか……なにそれ怖い」
「それがこの槍兎の習性なの。あの状態だと周りが見えて無いから狩りやすい、覚えておいて損はない」
長い槍状の耳を振り回し、お互いを殺しあった結果、負けた方は勝ったオスとメスのお食事となってしまうのだという。て言うかなんだこの兎、肉食かよ。なお槍兎の勝負はリーチ(耳の)の(長)差(さ)で勝利が決まるかと思われていたが、耳の長さは短いながらも素早いフットワークで相手の耳槍をかわして喉元に自身の槍を滑りこませた側の勝利となった。なお、相手の首を飛ばした勢いそのままに、傍にあった樹の根元に槍耳が食い込み、藻掻いているところを、フロレンティアさんがおいしくいただきました(狩猟的な意味で)。
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