第3話

「結果、普通じゃない世界に来たという件について」

「有りがちな結果になって私どもといたしましては強い懸念を表明いたしたい所存でありますわ」

「まだ遺憾の意までは行ってないと」

「とりあえず、行動を阻害されるような事にはなってないし?」

「ふむ、納得いかん」


 納得できる出来ないにかかわらず、俺たちは普通じゃない状況に追いやられているわけですが。気がつけばここは、森に囲まれた街道らしき、轍の跡と思われる溝が残る、舗装も何もない踏み固めただけであろう土の地肌のままの道であった。


「うーんと、息は出来る。ってことは、生物相は地球近似なのかしら。でも見たこともない木があるし、やっぱあれかしら。でも良かったわね、変な気体で満ち満ちてたら即死だもんね」


 深呼吸した春香は、小首を傾げながら、周囲をぐるりと見渡してとりあえずの感想を述べてくれた。地味に思考レベルの違いが浮き彫りにされる件について。ぐぬぬ。

 それはともかく俺の腕の中にいたちびっ子がいつの間にか居ない件については誰が説明してくれるのでしょうか。


「それはそのうち何処かの誰かが責任持ってしてくれるんじゃない?連れて来たがってた本人とか。とりあえず、道の上ってことはどっちかに進めば人里があるってことなんだし、進もうか。現状鞄の中のお弁当くらいしか食料がないことだしさ」

「知的生命体が人だとは決まってないけどな」

「そん時はそん時よ、ちょっとこれお願いね」


 そう俺に言って、両手に持ったままだった鞄を両方共渡してきた春香は、反論する前にそそくさと森のなかに入っていった。


「トイレか」

「違うわよっ!ちょっと高めの木に登ってみて、周囲を見渡してみようと思ってるの!」


 俺がボソリとつぶやいた一言に反応してわざわざ戻ってきた春香は、それだけ言い残して再び森の中に入っていった。相変わらずアグレッシブなやつである。

 とりあえず荷物持ちを拝命した俺は、道の真中で突っ立っていてもし全力疾走してくる馬車なんかにはねられたりしたら、なんて事はないだろうが万が一ということもあるので端の方へと移動して春香が戻るのを待った。

無論、ただぼーっとして待つわけではない。


「さて、と。お空の色はどんな色?っと」


 見上げた上空は、街道沿いの木々が枝を伸ばす、緑と空の青とのコントラストが眩しい色合いだった。


「空は青い、か。雲も白っぽい。太陽の位置は――っと」


 そんなことをつぶやきながら、俺は木漏れ日が見せるチンダル現象という光の通路から、現在の陽の傾きを確認し、その木漏れ日が地面に残した光と影の境目に、そこら辺の樹の枝を突き刺した。


「さって、携帯携帯っと。ふむ……一応南北はわかるな」


 スマホのアプリを立ち上げ、内臓の電子コンパスで方位を確認してみる。方位磁石ではなく内臓の磁気センサーが地磁気を拾って方角を示すタイプなのでより正確、らしい。

 少なくともいま足元にある大地は地磁気が存在すると言う事は証明できたわけである。そして――。


「太陽が北東にある。まあ南半球かもしらんからそれは良いとして……いや、よくはないけど」


 地面に刺した樹の枝の位置が、日陰と日向の境目部分から、どちらに移動するか。まあ枝が動くわけじゃないけれど。


「あっちが北だから、うーん、こっちからこう動けばギリ地球かもしれませんねっと」


 そして待つこと暫し。陽の光が描く陰は、俺の淡い期待を他所に、今の居場所が地球ではないという事実を告げてくれのである。もし地球であったなら、陽が射すのは北半球ならだいたい南側からで、東から昇って西へと動くわけだけれど。今俺が立っているここでは、陽は北側から差し、太陽は北西からさらに北へと移動していたのだ。日の傾き具合の変化からして、これから中天に向かうだろうから、地球とはまるで逆方向に動く太陽に、俺は頭が痛くなる思い出あった。

 何故に俺たちがこんなに落ち着いて行動していられるのか、と言う点に疑問を感じる方もおられるでしょう。いやもうだいたいわかっているかも知れないが、実のところこのような事はこれが初めてではないのである。最初に同様の事が起きた際には、春香の姉の天音さんをも巻き込んで、異世界に飛ばされてしまったのだ。なおその折には、春香さん無双で無事帰還したのであるが。


「たっだいまー」


 しばらくすると、ずざざざと木々と草むらの中からわざとらしい程に音を立てて、春香が両手に何やら怪しい果物っぽいものを持って、飛び出してきた。


「おか。どだった?」


 俺がそう尋ねると、髪や衣服に付いた葉っぱやらなにやらを取り除きながら、春香は見てきたことを大雑把に告げてくれた。


「適当な高さの樹を探してに登ってみたけど、見える範囲に人里っぽいものはなかったわ。見渡す限りの森ね。あっちはでっかい山があってさ、ずーっと向こうからあっちまで。それで、山頂から中腹までは雪があったから、かなり高いんじゃないかしら。裾の方は霧だか靄だかで見えなかったけど」

「あっちね、らじゃ」


 鞄から取り出したノートに、簡単に印をつけて春香に見せる。現在位置を中心に、北に山、周囲に森っぽく木を何本か描き、街道を書き込む。とりあえずの地図を書きだしたのである。


「西から昇って東に沈むっぽい太陽?自転方向逆ってことかしら。それとも磁極が逆?」

「どうなんだろうな。下手したら天動説の世界かもよ?地面の下では亀とか象とかが支えてたり」


 異世界なんだからなんでもありかもしれないのだ。困ったことに。


「さて、どうする?俺としては、人里が見つからなかったって事だし、街道沿いにどっちかへ移動しよう、としか言えないけど」

「うーん。とりあえず、山から離れる方向に進もっか。異世界確定ならさ、何かヤバそげなのが居るって言えば山でしょうし?あ、でもそれを考えたら山に向かう方が普通じゃなくなくない?」

「おけ、んじゃあっちな。流石に危険度の高い方を選択してまで脱普通はちょっと」

「ですよねー」

 そう言って俺は、山とは反対の方向を指差した。

 その意見をニッコリしながら肯定してくれた春香と二人、これからの事を考えると気が重いってレベルじゃねーぞ、などと考えつつ、体力を温存するためにのんびりと、街道に沿って、山とは反対方向の、南の方角へと伸びる街道を歩み始めたのであった。



「ねえかず君」

「なんですか」


 てくてくと歩みつつ、そこら辺で拾った比較的真っ直ぐな長めの樹の枝を、鞄から取り出した鉛筆削り用と言う名目で持ち歩いている折りたたみナイフ、肥後守で形を整えていると、春香は沈黙に耐えられなくなったのか俺に話しかけてきた。


「このまま帰れなかったらどうする?」

「どうすっかなぁ。普通ならどうなんだろう。この世界に骨を埋めるとか死ぬまで帰る方法探すとか?」

「普通ならねぇ……私達の場合、とりあえずはあの怪しいちびっ子探すの一択だしねぇ」

「まあそうなるな。あと、普通じゃない事してたらそのうちこの変な因果から抜けだして帰れたりするんじゃないかなとか淡い期待を抱いたりしてる」

「お姉ちゃんいわく、特異点に一旦成ってしまったら、余程のことがない限り通常の状態には戻らないって。重力の特異点みたいな感じ?」

「平凡存在としてのブラックホールか。我ながら厄介な」


 春香と会話しつつ、手にした樹の枝の皮を向き、肥後守で綺麗に表面を加工してゆく。無駄に何かを考えるよりは、こうして何かに無心になっている方が気分的に楽だった。


「しかし、お姉ちゃんも変な事考えるよね。当たってたわけだけど」

「確かに」


 そう、今の俺を形作る周囲の環境、俺自身の行動その他。それら一切合切を纏めて曰く。



『かず君は日本一、世界一平凡な、いわゆる『ごく普通の高校生』なのよ』



 天音さんにそう言われたことを思い出す。世間一般の「ごく普通の一般家庭」という認識。それは、日本全国津々浦々を調べあげても、だいたいのご家庭は、どこかが世間一般の「ごく普通」からはみ出ているのだそうだ。

 考えてみて欲しい。普通に、「ごく普通の一般家庭」をイメージした場合、どのようなご家庭を思い浮かべるだろうか。夫婦円満?旦那はそこそこの企業のサラリーマンで、妻は専業主婦?子供達は仲が良く、ごく普通に健康優良児で成績は平凡だけれど学校では楽しくのびのびと過ごしてます?お隣には仲の良い幼馴染がいて、お互い気にし合っていたりする?

 そんな「ごく普通」がフル装備されることなんて先ずあり得ない。天音さんはそう言って、俺の周囲がどれだけ『ごく普通』のテンプレート状態な環境なのかをこと細かに語り、そして最後にこう言って締めたのだ。


『ごく普通の高校生にはね、トンデモないことに巻き込まれる運命が待ち受けているのよ』と。


 うん、天音さん。あなたは正しかった。どこの漫画とかラノベの主人公ですかと笑い飛ばした俺を殴ってやりたい。まあその前に天音さんが殴ってくれたんですが。

 俺は、よくあるシチュエーションを呼び寄せる特異点となってしまっているらしい。普通が板についてしまっていた俺であるから、いかにも普通な返ししか出来なかった。これからは普通じゃない行動を身に付けろと言われたのだ。それがいつか特異点でなくなる為の、第一歩だと。

 とりあえず、今現在異世界にいる時点で普通じゃない気がするけれど、コレはその計算に含まれるのでしょうか。

などと考えつつも、春香との会話は続く。


「見つからなきゃ、そん時とは考えるとして、基本はそれだな」

「うん」


 少々湿っぽい雰囲気になったところで、会話しながらも動かしていた鉛筆削り用の肥後守が、樹の枝の表面の凸凹ギザギザを、綺麗にそぎ落としてくれていた。


「ほい、杖出来上がり。足元不安だからな、武器にもなるし持っとけ」

「あんがと……ってあのゴツゴツの樹皮に包まれて、ささくれだらけだった樹の枝が、匠の技によってこんな綺麗な杖になりました!」


 我ながら、枝から杖への変化が素敵過ぎる。


「肥後守に礼を言っとけ。今宵の肥後守は切れ味が違う。いやマジで」

「異世界に来た影響とか言うやつかしら。木に登るのもいつもより楽だったし」


 いつも登ってるのか。そういや子供の頃から木登り好きだよな、俺も巻き添えにされて降りられなくて泣いた記憶ががが。

 褒められて調子に乗った俺は、そんな感じでもう一本杖を作ろうかと適当な枝ぶりを探しつつぼちぼちと歩き続け、太陽が中天に差し掛かった辺りで腹の虫が鳴り始めたので、鞄の中に収められている弁当を取り出して腹ごしらえをすることにした。残して後で喰うとか無理だしね、普通の弁当だし。

 そして道端に座り込んで黙々と食べる。途中で横から春香が水筒から注いでくれたお茶を手渡してくれる。ヘタするとコレが最後の元の世界の食事かもしれないのである。きっちりと、ごはん粒のひとつすらのこさずに綺麗に食べ終えて茶をすすった。


「ふう……ごちそうさま」

「さて、移動しますか」


 弁当箱を鞄に戻し、鞄は背中に背負う。こういう時、普通の学生鞄じゃなくてよかったと思う。いわゆる3ウェイバッグという奴で、形状こそ普通に学生鞄ぽいが、少々大柄でショルダーバッグにもバックパックのように背負うことも出来るのだ。普通のだと片手塞がっちゃうからね。

 歩きながら、さっき春香が持ち帰った果物を齧ってみた。酸っぱい、超酸っぱい。


「ほんとにこれ毒じゃないんだろうなぁ」

「だいじょいぶジョブジョブぅ。他の生き物も食べてた痕あったし、安心めされよ、なんてね。あ、こっちは甘い、すっごい甘い」

「それは狙ってか、ワザとか。俺にもよこせ」

「それ食べてからね~」


 ニコニコしながら毒があるかどうかもわからないはずの果物を齧る春香と、渋い顔で酸っぱいのを食いきった俺であった。どうも本当になんとなくでわかるらしい。異世界転移の影響なのだろうか。俺にはわからないんですがそこら辺どうなんでしょうかね。

 なお食いきった後もらった甘い方の果物は、野生種のくせにクソ甘く、中心に桃のような固くでっかい種を持っていた。口寂しさが紛れるのでそのまま舌で弄んでいると、春香が何やら聞きとがめたようで、足を止めて耳を澄ましはじめた。


「向こうからなんか来るよ、かず君」

「まあ街道だからな」


 そう言って春香が指差した先は、街道の正面。そりゃー来るとしたら普通は前か後ろですわ。街道だし。馬車とか徒歩の旅人とか、来ない方がおかしい。いやまあ実はとっくに放棄されてる旧道でした、とかなら知らないけれども、まあそんな道なら草茫々だろうから先ず心配はいらないと思う。


「つか、目指す向きが逆だな」

「どっち向きでも人が居るところまで乗っけてってもらえるなら、今まで歩いたのがチャラになっても、お釣りが来るぐらいのありがたさなんだけどねぇ」


 とりあえず俺たちは街道の端に身を寄せ、来るであろう何かに少々ワクワクしながら歩みつつ待ち構えたのである。

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