第2話

 空の上からふわふわと降りてくる光る球を見上げる俺たち。


「なんじゃありゃ」

「発光素材でできた風船とか?」

「そんなアドバルーン的な何かならロープかなにかでどこぞにアンカーでも打って固定してるだろ。つかそもそもそれなら萎まなきゃ落ちてこない」


 そんなことを言いつつも足を止めて見上げ続けていた俺達の所に、そいつはふわふわと向かってきたのである。


「……なんかさ、人が中に入ってるみたいに見える気がする」

「ああ、奇遇だな。俺にもそう見えるよ」


 ふわふわと落ちてきたというか降りてきたというか。光の玉は、その光の中に人の姿のような影を内封しているように見えた。そしてそれはやがて、学校へと歩みをすすめる俺たち二人の目の前にたどり着いたのであった。


「……まあ、危険はないみたいだな」

「……そうね。それじゃ行きましょうか、ほんとうに遅刻しちゃうわ」


 ぷかぷかと腰程度の高さに浮かんだ状態で静止した光の玉は、ちょうど一抱えくらいの大きさであった。であったが、これといって危ない感じはしないので、俺と春香は触れないように左右に別れ、通りすぎようとした。


「そこは興味津々で触れちゃって中から出てきた私に驚いて何某かの対応をとる所では!?何故に素通りする気満々なのかな!」


 俺と春香のそんな事なかれ主義的な配慮は、その光の玉から伸びてきた小さな手によって阻まれることになったのである。

 光の玉から伸びてきた腕は、そのまま光の中からズルリと抜け出るようにその全身を露わにした。


「ふむ、女の子だな」

「それじゃ行きましょうか。特に怪我してるとかも無いみたいだし」

「だな」


 なお素っ裸であった。これは関わり合いになったら俺に被害が集中する。そう思った俺は、春香に目配せすると、頷きを返してくれたのを確認、後は彼女に任せることにした。すると、するりと掴まれていた手を外した春香は、同じように俺を掴んでいる手を、何の苦もなく宙を掴ませるに至ったのである。

 俺も一応離させようとはしたんだが、以外に握力が強くて取れなかったというのに、相変わらずハイスペックな奴である。


「いやいやいや、普通こんなのが降ってきたりしたら関心持つのが普通なのでは?ていうか、お主らの多分どちらかか、若しくは両方かもしれんが、私はお主らに助力を求めに来たのであるよ」

「……普通なら、か。俺は今現在、出来る限り普通とは違う生き方を目指してるんで、そう言った勧誘は他の方にお願いしたい」

「私もあんまり面倒なのはちょっと……遅刻しちゃうし」

「そんなこと言わずにな?ほれ!さっきのあの光る玉、アレは一種の魔法なのだぞ?魔法なのだぞ?凄かろう?確かこの世界、魔法なぞ無いのであろ?ちょっと気になったりせぬか?」


 正直者の俺達は、考えていたことをそのまま口にしたのだが、落ちてきた娘っ子は諦めずになんとか気を引こうとしてきたのだが。


「魔法使えるんなら……」

「自助努力で何とか出来るんじゃないかしら」

「墓穴掘った!?」


 自身の発言が何を意味するのかを認識して、少女はがっくりと肩を落としたのである。無論、それで引き下がるような相手ではなかったので、そのまま登校する俺らにつきまとい始めたのだが。


「ほうほうそれでそれで」

「ですから、おぬしかそちらの娘子かのどちらかか、御二方共なのかは私にはわからないのですが、力を貸してほしいのです」


 なんだかよくわからないが、なにやら力を貸して欲しいらしい。地味に口調が変わってるが、聞き流してたので細かい所は話の内容同様、よく覚えてないが。なお素っ裸はオレが社会的にヤバイので、体育用のジャージを貸してやった。俺のを。もちろん上下共にである。上だけ着せるとかも立派な大人の女性だったら有りかもしれんが、はいごめんなさい。俺の趣味嗜好は言わんでもいいですね春香さん。


「悪いな、普通の高校生なら「よっしゃわかった、任しとけ!」的な感じで関与していくんだろうけど」

「そーそー、かず君は今絶賛普通じゃない活動キャンペーン中なのよ。ゴメンね?」


 俺の返答に、事情を知っている春香も同じくお断りしますと手刀を切っていた。謎の娘っ子は眉間にしわを寄せて、納得がいかないとばかりの表情を見せているが、俺は相手にしない方向である。何しろ普通じゃない事をするためには、先ず自分の行動から!という方針であるからだ。


「というかその断る理由は何なのか。普通なら、とか普通ではないとか」 

「うんそう思うよな。俺もそう思う」

「私もそう思うけど、まあ普通よね。詳しくはwebで」

「うぇぶってなんぞ?」


ほんとにな。


「あら、知らないとか普通じゃないっぽくない?」

「羨ましい。まあ検索かけても今の会話内容が分かるような解説はどこにも載ってないだろうけどな」

「……さっぱりわから――ッ!」


 そんな風に、はぐらかしつつぐだぐだと、学校に向かっている俺達についてくる娘と会話を続けていたところ、急にその表情が固くなった。


「あ……ああ……」

「探したぞ、小娘」

「全く、手を煩わせてくれる」


 俺達の前に、いかにもその筋の人、と言う格好をした強面の男性が二人、姿を表したのである。


「なあ春香」

「何かな?かず君」

「ここはどうするのが普通っぽくない?」

「普通なら――強面のお兄さんにビビって身動き取れないんじゃないかなー、多分」


 普通はそうだよな、普通は。だがしかし、今の俺は普通を避けて通る気満々なわけである。脱普通のためなら多少の危険は眼をつぶるのだ。なぜって、脱普通しなければ俺の命がやばい。


「んじゃ」

「らじゃ」

緊急スクランブルダーッシュ!」


 俺は鞄を春香に投げて渡すと、俺と春香の間であたふたと身の丈に合わない長い袖と裾相手に格闘している娘っ子を抱き上げて、後ろに向かって全力疾走を開始したのである。



「そして今に至るわけですが本当にいったいどうなってんですかねぇ!」


 叫びながら、放り投げた女の子の後を追って加速する。

 正面から来ていた黒服連中は、うまい具合に女の子に視線を向け、その懐に片手を差し込んでいた。え、飛び道具とか出す気か。


「っ!春香っ」

「ほいさっ」


 俺が体勢を低くして叫ぶと、後ろに付いて駆けて来ていた春香が俺の背を蹴って高く飛び上がったのである。


「ガッ!?」

「ぐッ!?」


 俺の背を蹴って飛び上がった春香は、全身をバネにするかのように大きく左右に両手を広げた後、空中でコマのように回転し、その両手に持った俺と自分の通学カバンを、渾身の力を持って黒服連中にぶん投げなげたのである。どこかの野球アニメ的魔球投法だとかいわない。その勢いは正面から迫ってきた黒服が避ける暇すら与えず、顔面に直撃した後はそのまま膝から崩れ落ち、俺はぶつかった反動で更に宙に舞った鞄二つを空中でキャッチ、春香は先に宙を舞っていた女の子を受け止めて無事着地に成功していた。


「ダッシュ!」

「了解っ!って、かず君この子パス!」

「うぉっと!しゃーないなぁ。鞄持ってくれよ?」

「はいはい等価交換等価交換」

「釈然としねえ」


 鞄二つと女の子が重量的に等価だと?しかも多数の襲撃者を一人で相手取って無傷だった姉同様の廃スペックな身体能力を持ってるくせに?


「金払ってでも抱っこしたがる輩は居るんじゃないかしら?」

「かわいいは正義、わかりますん!」


 確かにこの落ちてきた女の子は可愛い。それは否定しない。

 十歳位の、銀色の髪で目が金色、そしてその銀色の髪の毛の間から二本、くるりと捻れた角が生えてたり、背中からちっみこいひよこのような綿羽で覆われた翼もどきが生えてたりお尻からフサフサの毛に包まれた尻尾が生えてても、この子は可愛い女の子である。

 全力疾走を続けながら、俺と春香はとりあえずの逃げ場を何処にするか考えあぐねていた。


「ねえかず君、これじゃ今日学校行けそうにないね」

「誰でもがっ、全力でっ、走りながらっ、喋れるとっ、思わないでっ、くれますっ!?」


 俺的には全力疾走とは言え、体力的に女子高生の域から外れている春香は、気楽にそう声をかけてくる。俺は半ば息も絶え絶えだというのに。これがスペックの違いというやつか。

 そう思い、言い返しつつも走り続ける俺達であったが、ふと気づくと何やら周囲が怪しげな雰囲気に包まれ始めたのである。


「視界が……歪む?」

「うえっ、気持ち悪ーい」


 周囲にある家々の壁や生け垣が、色を失い、輪郭がぼやけ始めていたのだ。なんじゃこりゃと思いつつ足を止めると、空の色さえも白黒の濃淡で描かれた水墨画のようになっていた。


「すみません、意識を失っていたせいで、帰還転移の発動抑制が解除されてしまったみたいです」


 そう言葉を発したのは、俺の腕の中で眼を回していたはずのちびっ子であった。薄く眼を開けた彼女は、言葉通り申し訳なさそうにそう口にする。


「何言ってんだこいつ」

「えーっ!?そこは『これはお前のせいなのか』的に憤慨するところであろう!?」

「いや、普通はそうかもしれんけど、脱普通を目指している俺としては、出来るだけ普通じゃない方向の返しを心がけている所存」

「いやあ、中々おかしい感じだよ、かず君」


 俺の目指す方向を知る春香が肩をパンパンと叩いて頷きを返してくれる。やはり志を共にする者がいるというのは良いものだと思う。それはそれとして、どんどんと周囲の光景がおかしな具合に滲んでいくのは止まらなかったが。


「本当は、しっかりと私の話を聞いてもらってから連れて行きたかったのですけど……仕方ないです。この先何が起こっても驚かないでにくださいね?」

「時と場合による」

「まあそうよね」


 申し訳無さそうだった表情が、地味に呆れ顔に変わっていくちびっ子を眺めながら、俺と春香は「もしかしたらこの娘っ子をもう一回放り投げたらこの状況からは抜け出せるんじゃなかろうか」という共通の思いを胸に、意識を失ったのである

 ジャージ返せ。

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