どうやら俺は『ごく普通の高校生』らしい

でぶでぶ

第1話 

俺の名前は佐藤和也、ごく普通の高校一年生である。


 ついこの間までは当然の事ながらごく普通の中学生で、ごく普通に自宅から一番近い公立高校を受験して、ごく普通に受かってこの春から新一年生として歩み始めた、本当にごく普通の高校生である。

 実は全国模試で上位の成績を取っていたりとか、アイドル顔負けのすごいイケメンとか、親とかその実家や遠縁に大富豪がいたりとか、実は元華族だとか言うすごい家柄であるということもない。

 成績はごく普通で、毎度のごとく平均点前後を水平飛行だし、体格だって中肉中背、十六歳男子の平均身長・平均体重とほぼ変わりなく、容姿はと言えば取り敢えず忌避されない程度には普通、だとおもう。

 少なくとも、通りすがりに「何アレキモーイ」とか言われたことはないし、翻って間違っても女子に告白とかされたりとかもない、そんなありふれた顔である。

 両親も同じくごく普通で、共働きのサラリーマンであるし、どちらも地方の農家出身だ。

 その二人の田舎の両祖父母だって特にこれといった特筆すべき点はなく、財産だって古い民家と田んぼと畑、あとは売るにも買い手がつかないという小さな山を持っている程度。

 家柄だってそれに準じた、先祖代々由緒正しい農家だと言っていた。

 故に、間違いなく胸を張って言える、ごく普通の高校生であると。


「のはずなんだけどなんでこんなとこでこんなことになってるかな俺はァ!!」


「む、なにか気に障ることでも?」


 ごく普通の高校生であるはずの俺は、何故かごく普通にお隣に住む幼馴染と一緒に登校している最中に光の玉に包まれて空から降ってきた女の子を抱えて、街中を走り回っていた。


「何か、って言うか障りまくりじゃあないですかねぇ!」

「かず君!前!前見て!」


 抱きかかえている女の子からの問いかけに答えようと視線を進行方向から逸らした所、俺の隣で一緒に駆けている女子高生にして幼馴染の青井春香から、逼迫した声がかけられた。


「おうわ、やっべぇ!」


 言われて戻した視線の先に、いかにも怪しそうな黒い背広にサングラスという出で立ちの人物が二名、こちらに向けてかけ出して来ている姿が見えた。


「緊急回避!」


 俺は抱きかかえた女の子を抱え直し、走っている勢いのまま弧を描くようにして、前方斜め上――黒服たちに向かって――全力で放り投げた。


「ぬっ?うをっ!?」

「ダーーーーーッシュ!!」

「っ!そゆことね、了解!」


 困惑のまま放り投げられた少女を追って速度を上げると、意を解した幼馴染も躊躇なく追随してきた。


「ぬぉおおおおお?この扱いは如何なものかとぉ!」


 放り投げられて悲鳴とも付かない声を上げているちびっ子は置いておくとして。なんでこんな状態になっているのか、俺にも理解出来ていなんだが、ありのまま今に至るまでに起こった事を話そう。



 今朝……つい先程のことであるが。いつものように高校に向かう道すがら、俺はここ最近降りかかってきていた様々な事柄について反芻していた。こう言ってはなんだが、ごく普通の高校生である俺に、ちょいとアレな出来事が多々起こったのである。

 この春から今に至る数ヶ月、そう、高校への入学が決まった合格発表の日からこっち、目の回るような、それこそ生死に関わると言う言葉が軽く思えるほどのイベントが盛り沢山だったのだ。

 それらの出鱈目な出来事がようやく収束したある日、俺はお隣の青井家の住人に呼び出され、そのリビングにお邪魔していた。お隣と言っても、俺の家とは規模が違いすぎるのだが、お隣はお隣である。

 シックな装飾で整えられた俺の家がまるごと入って尚余るだろう広さのリビングという名の室内空間は、しっとりとした曲調のオーケストラが微かな音量で流されており、その趣を更に増している。

 そしてそのリビングには、俺以外にもう一人、テーブルを挟んだ向こう側のソファーで、やけにゆるい雰囲気を醸し出しながらゆったりとした姿勢で腰掛ける女性の姿があった。

 ふわりとゆるくカールした、腰まで伸ばした髪を、その中程で大きめのバレッタで纏めて肩越しにその豊満な胸を隠すように前に持ってきている。

 穏やかな表情を崩さないその女性は、テーブルに置かれたティーカップを手に取り口をつけると、一つため息を付いてから口を開いた。


「さて、かず君や」

「はい?」


 俺に声をかけてきた女性は、幼馴染である青井春香の姉で、俺より四つ年上の青井天音さん。

 実のところ春香の姉というよりも、幼馴染姉妹の年上の方、と言うのが俺の中で根付いている実際の感覚なのであるが、一足先にもう成人している為に少々こちらとしては気が引けるといったところである。

 今、俺と春香が通っている高校に在学していた際に、請われて海外へ留学、二年もかからず博士号を得て帰ってきたという出鱈目な脳味噌を持つステキなおねいさまである。現在は有志から資金を集めて得意分野の研究をしては特許取ったり製品化しているとかなんとか。正直その辺は、なに言ってるのかわからん内容だったので、俺の脳が拒否反応を示したために記憶からはすっかり抜け落ちている。

 そんな感じで見た感じすでに大人の女!と言う雰囲気バリバリの、イメージ的にビシっとしたスーツを着こなすであろう才媛であるだけに余計だ。

 しかしながら今現在は、ゆったりとしたブラウスに膝下丈のマーメイドスカート姿である。彼女が持つその雰囲気とも相まって、実にお似合いであるのだが、今は置いておこう。

 そんな天音さんが俺を呼び出しての最初の一言は、こうだった。


「かず君さぁ、君って自分のことをどう思っているのかしらぁ?」


 そう言いながら、視線は手に持ったままゆるりと揺らしているティーカップの中身に向け、器の中で回る透明な紅い液体を眺めていた。


「どうって……ごく普通の、男子高校生じゃないですかね?この春入学したバリバリ新入生の」


 そう俺が言うと、天音さんは視線をしばらくこちらに向けてから、苦笑いを浮かべ

た。


「ああうん、確かにごく普通の男子高校生なんだけどねぇ……。ほんと、ごく普通すぎて困るわぁ」

「どこに出しても恥ずかしくない、ごく普通の高校一年生だと思いますけど?」

「うん、まあソコが問題なんだと思うんだけどねぇ?」


 ソコとは、もんだいとはなんぞや。

 ごく普通の高校生の何処に問題となる部分があるというのだろうか。

 言われる意味がよくわからない俺に、天音さんは言い難いことを話さなきゃいけないな―と言う時の、いつもの癖がでていた。

 鼻の頭を人差し指で擦っていたのである。


「あー、かず君さぁ、君ぃ、日本中に「ごく普通の一般家庭」ってどれだけあると思う?――」




「――君、かず君ってば!さっきから何押し黙ってんの?あっ、もしかして私と一緒に登校するのが嫌なの?まさか『一緒に登校して、友達に噂とかされると恥ずかしいし』とか考えてたりするわけ?どこのラスボス様なの?馬鹿なの?死ぬの?」


 天音さんに言われた事を反芻しながら学校へ向かう道すがら、ぼーっとしていた俺に横から声をかけてきたのは、お隣りに住む幼馴染姉妹の下の方、青井春香である。

 しなくてもいいのに毎朝わざわざ俺の部屋まで起こしに来るわ、夜には二階の俺の部屋に窓から襲来しては秘蔵のオヤツを奪い取り、買ったばかりで俺もろくに手を付けていないゲームやら漫画やらを堪能しては帰っていくのである。

 なお、週末は深夜までゲームやら漫画を読みふけったりで結果、雑魚寝してしまったりすることもあったりする。

 俺がお小遣いで買い込む物を購入者より先に消費しているくせに、俺に対して「こーんな美少女が毎朝起こして差し上げてるのだからありがたく思え」「起こし賃よ、安いもんでしょ?」と言って憚らない。

 ごくごく普通の俺に比べて、高校一年生の平均身長よりかなり高めの身長に、高校一年生の平均値を遥かに上回る凸凹を誇る体型。

 それに加わえて、やたらめったら白い肌にシャープな輪郭で見るものを惚れさせるだろうキリリとした趣の、整った顔。そして見事なほどに整えられた、長いぬばたまの髪。どこの日本人形だというレベルである。

 今日も今日とてきちんと手入れされた御髪に玉の肌、着ている服もぴっちりとアイロンがかかっている制服は無改造で、せいぜいスカートの裾をたくし上げてるくらいだろうか。綺麗に絶対領域をを形作っているサイハイソックスも、こいつに着られるのなら本望だろう。俺も嬉しい。

 言うまでもなく学校でも人気者で、校内にはファンクラブだの親衛隊だのが存在するほどである。漫画かアニメのキャラクターじゃあるまいに。

 そしてその幼馴染である所の俺は、その自称ファンクラブだの親衛隊だのという輩に頻繁に嫌がらせを受けていたりする。代表例は靴箱にゴミとかドロとか、机に落書きとか、私物の紛失、棄損に果ては校舎裏に呼び出されて暴力行為に至ろうとしたりとか。

 まあ、学校側がそう言った事に恐ろしいほどに対応慣れしていて、防犯カメラで常時監視からの個人特定、厳罰に処すと言うコンボが一貫して行われたために、実害はコレと言って無いのだけれど。

 この流れが嫌にスムーズだったのは、なんでも春香の姉の天音さんが残した遺産のような物だったらしい。

 天音さんも妹に引けをとらないというか、方向性が違うだけで同レベルの美少女(当時)だったので、同様の事が起こったらしい。被害担当の俺が居る春香と違い、天音さんに直接性的な乱暴狼藉を行なおうと目論んだバカ男子生徒どもや、やっかんで嫌がらせやイジメを行った女生徒達が、逆にぶちのめされたと言う話なのであったが。

 尚それは一度や二度ならず、両手に余る回数発生したらしい。その全てを無傷でくぐり抜けてきた天音さんは、その際に正当防衛の証拠として常に稼動状態の自作のマイクロドローンで自分自身とその周辺を撮影していたらしいのである。

 正当防衛の連勝記録を更新し続けて、天音さんは卒業まで大過なく過ごし、進学。その際に後に入学してくるであろう俺達のため、かどうかは知らないが、同様のシステムを学校側に寄贈したというのだ。おい、プライバシーどこにやった。

 まあ悪さをして動画が必要とされる状況にならなきゃ、データは順次上書きされていくらしく、悪用も無理らしい。さすが天音さん謹製。なおこの事は、学校側でも学年主任以上の教師、生徒では俺と春香だけしか知らないらしく、おまけに操作やデータ管理はこれまた天音さん謹製の人工知能が行うという完全自動化。隠し撮りで不埒なことは出来ないらしい。

 とまあこんな感じの安全対策が取られている、おかしいレベルの人気がある春香サン。

 確かにそんな美少女が毎朝起こしに来てくれる権利を転売する事が出来るなら、超高額で競り落とされること間違いなしで俺の懐具合はさぞかし温まるであろう。

 そして彼女が贔屓目抜きで控えめに言っても美少女で、ある意味完璧超人である点に関しては俺も否定しない。

 だがしかし、お前が起こしにくる時点で俺普通に起きてるし。ただお布団さんの方が俺を放したがらないだけだし。


「それ起きてるって言わないからね?て言うか、お兄ちゃんもいい加減一人でおきられるようにならなきゃ駄目よ?んじゃ名残惜しいけど私こっちだから。アディオス・アミーゴ!」


 なんだかんだと幼馴染と会話をしているところに彼女と反対側からそう言って早足で離脱していったのは、俺の妹である楓。

 兄思いの実に心優しいしっかり者の俺の自慢の妹は、一歳年下で中学生なのだからあたりまえだが登校先が別なのである。

 正直な所、幼馴染よりも将来は美人になると踏んでいるので、兄としては今から心配で仕方が無かったりもする。

 しっかり者ならば心配無用なのでは?と思うだろうがだがしかし。


「いってらっしゃーい、でも私は女だからアミーゴじゃなくてアミーガよー、楓ちゃーん」


 そう妹の楓に声をかけて一応の間違いを正す春香。楓は色々と思い違いをすることが多いと言うかノリだけで生きているというか。

 そんな感じの妹なので、色々と心配なのである。


「んじゃ俺達もさっさと学校に行くとするか」

 そう言って歩き出した俺を、春香が後襟を掴んで止める。

「ぐぇっ!ってなにすん……」

「曲がり角は気をつけなさいって、いつも言われてるでしょ?」


 文句を言おうと振り向いた俺に、涼しい顔で前を指さしそう言う春香。視線を元に戻すと、すごい勢いで駆け去ってていく見知らぬ少女の後ろ姿があった。

 どうやら今まさに差し掛かろうとしていた横道から物凄い勢いで飛び出てきて、そのまま全力疾走を継続しているようである。

 引き止めてくれていなかったら、全速力で駆けている少女と出会い頭の衝突事故になっていたかもしれない。

 それにしても「遅刻遅刻~」と声を上げながら駆けて行くのは中々に目を引く姿である。


「……なんじゃありゃ」

「どこかの転校生の娘かなんかじゃないの?ご丁寧にトースト咥えて走っていったけど……まだ遅刻って時間じゃないわよねぇ」


 転校生が来るとは俺は聞いていないので他所の学校だろう、まあよくある事だと溜息を一つ吐き春香へと向き直った。


「遅刻するほど遅くはないけど、のんびりしてられる程でもないな。ま、ぶつからなくて済んで助かった。あんがとな」


 俺も朝っぱらから曲がり角で横から体当たりなど食らいたくはない。


「さっきのにぶつかってたら、また時間食っちゃって遅刻コースだったわね。わかってる?」

「わかってますって。あー、でもまあよくあるシチュエーションなんだからしゃーないんじゃね?」

「よくある、ねぇ。まあ良いわ、行きましょ。いい加減ほんとに遅刻しちゃうわ――っと、そうそうハイこれ」


 そう言って俺に手渡してきたのは、細いナイロンの釣り糸のようなもので編まれた輪っか、と言えばいいのだろうか。所々にビーズのような小さい石が散りばめられているアクセサリーのようであるが……。


「なんぞこれ。俺こんなのつけねえぞ?」

「うん知ってる。おねえちゃんがね、「手慰みに作ったんだけど」って言うから貰っちゃった。そしたらかず君にも渡しといてって」


 アクセサリーなんて冗談でも着けた記憶すらないが。天音さんは何を思ってこんなもんくれたのやら。


「お揃い、ね。おねえちゃんは首に着けてたけど、流石にこれから学校だと、見えちゃうところに着けるのはねー」


 そう言いながら、春香は袖をめくって二の腕に着けたそのアクセサリー――タトゥーチョーカーと言うらしいとは後で知った――を俺に見せつけてきた。同じようにつけろと言いたいのだろうか、と思いつつ、いつまでも袖を捲ったままこちらを見てくる春香に根負けして、俺も同じく腕を通すこととなったのである。

 そうして不思議と歩みを早めた彼女の後を、俺は大人しくついて行くのであった。

 この時はまだ、まさかその直後にあんな事態に巻き込まれるとは、微塵も考えていなかったのである。


「かず君、アレなにかな」

「は?」


 言われて見上げた青い空。

 そこには学校への歩みを再開した俺達目掛けて落ちてくる、ぼんやりと白色に光る丸い物体が存在していた。

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