第8話 小説における神は死んで久しい

 小説における神は死んで久しい。

 なんともニーチェな言葉ですが、ここではなんの捻りもなくニーチェに沿った意味の使い方をしています。


 神は死んだの概要だけ説明しておきます。

 産業革命後のヨーロッパではキリスト教における教えは一般人への知識の広がりと科学の進歩と共に論理的土台が崩れて矛盾だらけであることが明らかになっていました。そんな時代にそもそも神という概念はなぜ生み出されたのかを考えた上で、今日における神は役割を終えたのではないか、これからの人間の進むべき道は何か、を考えたのがニーチェです。

 人は自らの生み出した神という概念に自ら奴隷となって仕えている。今こそ自ら作った神の奴隷であることから自身を解放して真に新たな道を歩こうではないか。それを端的に表した言葉が神は死んだです。

 もう少し踏み込みたいのであれば青空文庫でニーチェ入門を読んでください。青空文庫なら無料です。


 さて、ここから大量に神が出てきます。


 小説における神とはなんだったのでしょうか? 続けざまにニーチェの話になってしまいますが、今回の題材においてとても大事なことなので書かざるをえません。

 それは神つまり「正しさや正義」という観点がすでに強烈な権力構造を構築する要因なのだというものです。

 これが小説。だから小説はこうでなければならない。そんな考え方そのものが小説における神ではないでしょうか?


 あなたの思う小説とはなんでしょうか?

 児童文学における不思議の国のアリス?

 日本書紀? 平家物語? おとぎ話?

 純文学における芥川龍之介?

 ゲームファンタジーにおける水野良?

 それともあなたの好きなあの作家?

 あなたの好きな作品に対する感想は誰に対しても正しいですか? もし誰に対しても正しいならそれはあなたの小説における神の形であるかもしれません。


 なぜNARUTOは東洋的な世界観を背景に持つのに世界的に楽しまれたのでしょうか?

 逆もあります。なぜヨーロッパの歴史的背景を知らずにハリーポッターを楽しめたのでしょうか?

 聖書の書かれた世界は遠い昔です。なぜ聖書に書かれている内容を当時を生きていないわたしたちが我が物顔で解釈するのでしょうか?

 究極的に言えば「物語の内包するものを読み手が独自解釈しただけ」なのだと思います。もし日本人がハリーポッターを語るなら本家のイギリス人は「日本人が勝手な解釈をしている」と感じるでしょう。逆もしかりです。


 ある物事の解釈における独自解釈を禁じることは神の創造です。

 そういう意味では日本における文学的な解釈を教えるタイプの教育のほとんどは自らの生み出した神であるわけです。

 夏目漱石のこころを読んで、このときの主人公の気持ちを答えなさい。はいその解釈ではダメダメこんなのじゃ点数はあげられません。この物語はこう解釈されるのが正解でこういう正しさがあるのです。ああこれを神と呼ばずになんと呼ぶのでしょうか。


 時代の変化はもちろん小説の世界にも影響します。

 小説は文字の情報です。データです。ネットでやり取り可能です。作品発表のために出版社を通したり自費で同人誌を作ったり出版する必要はないわけです。

 スマホ1台で小説を書いて読者のいる場所へ投稿できます。

 作家は特別なものではなくなりました。

 同じように作品の解釈についても発表できるようになったため、星の数以上の解釈が飛び交うようになりました。

 学校の文系のテストなら先生がコントロールできますが、一般社会のコントロールは先生ではできません。

 こうなるとすべてが混沌としていてもう大変です。作品に対する唯一絶対の解釈というのは否定されるようになりました。学校の授業でみんな違ってみんないいと教わってきた人たちが独自解釈を認めたからです。

 学校側は色んな価値観があると教えつつ純文学の唯一絶対の解釈を押しつけてきたのでこれは壮大なブーメランでした。


 こうして唯一絶対の解釈という小説における沢山の神は激しい戦いの末に全滅してしまいました。

 逆に言えば作者がこう思って書いているのに読者はこう感じたというのを否定することもできなくなりました。

 純文学は読者側の独自解釈に弱いので、独自解釈に溢れる世の中ではエンターテイメントのほうが生き残りやすいでしょう。エンターテイメントは楽しさとか面白さで勝負するので厳密な解釈が必要ないからです。


 小説における神が死んだことで小説の世界は変わりました。わたしたちは進まなければなりません。

 でも今も進みながら迷っています。

 さらに言えば今日もせっせと神を作っています。剣と魔法とデジタルなステータスによる異世界転生ゲームファンタジーすらも結局のところ小説の枠組みにおける自作の神でしかないのですから。


 小説における神は死んで久しいがこれから生まれてくる神もいるのです。

 古い神は死んだ、だから新しい神を自作する。それを繰り返していくのがわたしたちなのかもしれません。

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