第23話

「ひっぐ、えぐ……。」

「あの、沙希さん……。」

「うええー。クルスさんなんて大嫌いだぁ……。」

「ほら泣き止め、な?泣いてちゃ食いもんの味もわかんねーだろ。」

 エステサロンから、藤堂さんに無理言って「便利屋」まで送ってもらったのに、着いたとたん何しに来たのって。

「クッキーいらないっ、紅茶ちょうだい!」

「はいはい……。」

「お前ってお茶ジャンキーだよな。」



 クルスさんが紅茶を淹れてくれている間に気分が落ち着いてきた。

 高校三年生にもなって人前で泣き喚くって……。

 恥ずかしすぎる。

「大変失礼いたしました……。」

 藤堂さんに3時間ほど連れまわされた後、お願いして事務所に行ってもらった。

 やっとゆっくりできると思ったら、仏頂面のクルスさんに開口一番「何しに来たの?もう遅いしこれからうちで出来ることないよ。」

 と、手厳しく言われてしまい……。

 そうなんだけどさ、そんな言い方しなくてもいいじゃんって。

「ごめん……、言い方が悪かった。」

「知ってます。」

 珍しくクルスさんが助けを求めるようにクゼさんを見る。

 あ、顔そらした。

「とりあえず、御曹司らしき人と連絡を取りつつ、どういう人か探ってみようと思うのですが。どうしましょう?」

 この微妙な空気を払拭しようと、話題の転換を試みる。

「クゼの方はその依頼どうしてたんだっけ?」

「もー手詰まりって感じだな。交友関係は広いみたいなんだが、友達未満って感じでよ。関係が深いやつも探してはみてるんだが……。」

 あら、意外と厳しい状況なのね。

 結局、普通にその御曹司と会話して、話したことを連絡することにした。

 昨日もメール来てたし。結構おしゃべり好きっぽい。

「あくまで普通にね。変に探ろうとしないように!」

 とクルスさんから念を押されたけれど、別にわたしはこういうの得意じゃないし、話したことをそのまま伝えるくらいしかできないと思うんだけどね。

 相手が男性ということを除けば特に問題はないかと思うし。メールの文面までゴテゴテの乙女だったから、若干の心の距離はあるが……。


 そんなこんなで1週間、藤堂さんに連れまわされつつ、事務所で愚痴と行方知れずと思われる御曹司との会話を赤裸々に(女性特有の話とか!)話しつつ、あっというまに過ぎていった。

 藤堂さんが女子生徒だけでなく男子生徒まで誘惑したり通報されたりしたが、犠牲になった女子生徒はいなかったので些細な問題だろう。

 さて、パーティ当日の日曜日。わたしはいつもよりちょっと早く起きて、「便利屋」へ向かう。ウキウキした気分とちょっとした緊張感、頼れる人がいるということの安心感を抱きつつ、「便利屋」の扉を開けた。

 にっこりと笑ったクルスさんが手を引いて衣装部屋へ連れて行ってくれる。

 ……ん?なんでこんな綺麗な笑顔で??

 頭をかすめた疑問も、綺麗なドレスを見るとどうでもよくなった。

 シックなワンピースドレスと、普段は絶対に履けないようなヒールの高い靴、小ぶりのパールがついたネックレスと、お揃いのイヤーカフ。髪は片サイドを編み込んで小さなバレッタで止める。

 薄く化粧もしてもらう。

「うわぁ……。」

 鏡の中の自分に、思わず感嘆の声が漏れた。

 これ……わたしなんだ。

 高いヒールなんか構わず、クルッと回ってみる。

「!––えへへっ。」

 むずむずするみたいな変な感じ。だけども嬉しい。やっぱり女の子だし、綺麗なものは好き。

 幸せ気分のまま、パーティ用の鞄を持って部屋を出た。

「…………。」

 幸せ気分が限界まで下がった。吹っ飛んだんじゃなく下がった。もうダダ下がり。

「ああ、来たか。随分早かったな。待ち合わせの場所まで連れてってやろうと思ってな。」

 いつもよりさらにフォーマルなスーツを着こなした藤堂さんがいた。

 なんでいる。わたしはクルスさんとクゼさんにお願いしてるのに。誰もお前なんかに用はないわ!

 この1週間で最低に近かったこの男の評価がどん底まで下がっていたこのわたしに、この男を会わせるとはっ!

 ハッとしてクルスさんを見ると、ものすごく意地の悪い顔をしていた。

「……クゼさん。ケーキ食べてないでクルスさんに顔面崩壊してるって言ってあげて下さいよ。」

「沙希ちゃん、崩壊してるのは顔面じゃなくて性格だからもうどうしようもねぇ……ぶふっ!」

 クルスさんがソファに置いてあったクッションをわしっと掴んで、クゼさんに向かって投げつけた。行儀の悪い……。

「駅前で待ち合わせだったか?こいつらはほっといてさっさと行くぞ。」

 藤堂さんはいつも通りに尊大な態度で、わたしを車まで誘導する。堂々と、自分が歩いたところが道になると言わんばかりに。

「…………。」

 まさかね。

 いつも通り気取った赤い車の、嫌に座り心地の良い座席で、これから会う女装癖の男性を思い浮かべていた。

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