トゥルーエンド

第17話

「つっっかれたぁあー。」

 事務所まで送ってもらったことにお礼を言うのも忘れて、わたしは事務所のソファに突っ伏した。

「おーおー。今日もおつかれさん。」

 クゼさんは足踏みミシンを前に細いドライバーで立ち向かっている。

 足踏みミシンなんて教科書でしか見たことないよ。

「それ依頼ですか?」

「どっかで飾ってたもんらしいけどな、ドラマの撮影で使いたいってよ。」

 ふーん。そんな依頼もくるんだ……。

 わたしが依頼をして一週間。

 他の依頼ははペットの捜索くらいしか見ていない。

 意外と暇なんだろうか……。

「紅茶淹れたけど飲む?」

「飲みますー。ちょっと待ってください。」

 うぅーん。と伏せたまま背伸びしてからゆっくりと起きる。

 ずっとニコニコしているのは、案外疲れるっていうのを初めて知った。

 顔の筋肉がおかしくなりそう。

「クルスさんは今忙しいですか?数学教えてもらいたいんですけど。」

「いいよ。ちょうど終わったから。」

 ふむ。仕事はあるらしい。

 クルスさんはウソ吐きそうにないし、本当でしょう。

 本棚から『センター試験過去問題集』と題された分厚い本を取り出して、高めのテーブルに置く。

 クルスさんがいい匂いのする紅茶を持ってきてくれる。

「甘くていい匂いですね。」

「今日はローズヒップにしてみたんだ。」

 口に含むと、程よい酸味が広がる。

 喉を通って行ったあと、甘いローズの香りが鼻へ抜けていく。

 おいしい。

「クルスさんって、紅茶淹れるのほんとに上手ですね。」

「褒められて悪い気分の人はまず居ない。褒められれば相手に対して心を開きやすくなる。おととい貸した人心掌握術の本で覚えたの?」

 クルスさんはよく笑う。

 眼鏡のせいか無表情のときは冷たく感じるけど、かなり優しいし。

 ちょっとしたことで笑う。

「そうですけど、ちゃんと本心ですよ?リプトンの紅茶パックでも淹れ方ですっごくおいしくなるって知ったの、クルスさんのお陰ですし。」

「そっか。」

 たまに言葉少なくなるのは、照れてるからかもしれない。

「あ、そうそう。漫画とかって詳しいですか?クラスの男子が話してたんですけど、わたしあんまり知らなくって。『剣に咲く』って漫画らしいんですが。」

「それすっげぇ面白いぞ!おれいま全巻持ってっから読め!絶対よめっ!!」

 クゼさんは明らかに、精神年齢が子供で止まってる気がする。

「勉強が終わってからお借りしますね。」

 にこり。と笑顔をつくる。

 たぶんウソっぽい笑顔になってんだろなぁ。

 練習しなきゃ……。

 気をとり直してノートとペンを出す。

「じゃあ先生。今日もよろしくお願いします。」

 どのくらいの付き合いになるのか知らないけれど、こんな関係も良いんじゃないかな。

 わたしはそう思ってた。

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