そして彼女はヒーローになる
第16話
朝一番最初に来る。
あの3人はいつも予鈴ぎりぎりに来るけど、私がいないときに何をされるかわからないから。
だんだんと時間が過ぎていって、予鈴まであと10分になった。
周りはガヤガヤと騒がしいけど私は膝にぎゅっと握った手をのせて、誰とも喋らない。
「しっつ礼しまーす。いちばん汚い机ってどれ?」
いきなりそんな大声と共に、イギリス人みたいな背の高くて格好いい男性が入ってきた。
肩に机を逆さまにして軽々と担いでいる。
その男性の問いかけに、みんなが雨乃木さんの机をちらちらと見ると、視線を追いかけてその机に近づく。
新しい机は新品のようで、天板に顔が映りそうなくらいだ。
その格好いい人と入れ替わるようにとっても綺麗な子が教室に入ってきた。どこのクラスの子だろうか……。
その子はみんなに注目されながら雨乃木さんの机にすすみ……そのまま座った。
え……。この子だれ?
みんなそう思ってるようだった。
だってそこは、あの根暗で何を考えてるかわからない雨乃木の席なのに……。
「ねぇ、もしかして転入生……?」
興味深々な女子生徒が声をかけたので、その子は本を読もうとした手を止めた。
周りから口々にそこは雨乃木の席だよと言われ、その子は不思議そうにこう言った。
「雨乃木ですけど。」
あの時、これ以上驚くこはないって私は思ってた。
だって、もともとは顔がほとんど隠れてるような伸ばしっぱなしの髪で、誰とも喋らないし本が友達みたいな、そんな子だったのに!
でももっとびっくりしたのは昼休みの時だった。
私はあの3人にいじめられるようになってから、よくパシられてた。
お昼も1人で食べるようになって、だから今日もそうなんだろうなって、早く食べて5時限目が始まるまで捕まらないように校舎をうろついてよう……。そう考えてた。
「ねぇ、一緒にお昼食べない?」
わたしも1人なの。
そう言って私の机を挟んだ向かいに雨乃木さんは座った。
びっくりしたのと、座っている雨乃木さんがやっぱり綺麗で、何をしゃべっていいかわからなくて、私はたぶんよくわからないことを言ってたと思う。
それでも彼女はにこにこしてて、食べ終わった後もずっとそうしてしゃべってた。
なによりも、あの3人が私に手が出せないことが一番嬉しかった。雨乃木さんにやり返されてからは怖くて話しかけることもできないみたいだった。
まだ驚くことはたくさんあった。
学校の行き帰りは車で送り迎えをしてもらっているらしい。
「以前あんなことがあったでしょう?だから父の知り合いの方が心配して……たぶんすぐなくなると思うから気にしないで。」
そう言って微笑んでいた。
送り迎えなんて……どこかのお嬢様みたい。
それに彼女は頭も運動神経も良かった。
テストは必ず満点かそれに近い点数しかとらないし、バレーボールではスマッシュを決めていたし、50mを9.86秒で走るらしかった。
走るのは苦手なの。そう苦笑する顔も可愛かった。
クラスがだんだんと、雨乃木さんを中心に回り始めていた。
今まで興味もなかった男子が彼女と話そうと躍起になっていたり、女子は彼女の髪型やメイクに夢中になった。
メイクはほとんどしてないらしいけど……。
彼女いわく、まだ肌も若いから眉さえ整っていれば割とかわいく見えるものよ。らしい。
割と、の可愛さを全力で振り切ってるけど。
彼女の良さは日が経つごとにみんなに伝わっていった。
クラスから浮いているオタクにも声を掛けて漫画の話をしてるし、聞いたこともない歌手の名前を言われても興味深そうに耳を傾けていて、必ず次の日には何々の曲が良かったよ!
と感想を言っていた。
いつだって彼女の周りは賑やかで、その隣にはいつも私がいた。
不相応だと思ったけど、いじめられた仲じゃない、って。
私は彼女ほどの人格者はいないと思う。
彼女がいることでどれだけ私が救われたか、彼女が知ることじゃないけど。
私は卒業まで本当に楽しかった。
そんな私は、心残りが一つだけあった。
私は彼女に酷いことを言ってしまったことがある。
「いじめられてるのはあんたのせい!私がこんな目にあってるのは、あんたが悪いんだっ!あんたがやり返したりせずいじめられ続けとけば、私がこんな酷い目に会うことはなかったんだから!」
卒業してしばらくして、はっきりと思いだした。
あの時は本当に辛くて彼女に酷い八つ当たりをしてしまったこと。
それでも彼女は私を救ってくれたこと。
彼女が卒業後どうしたのかはわからない。
東大に行ったという話もあるし、アメリカの大学で研究者になったという話もある。
私は惨めな気持ちで、どこかに行くことを望んでた。
どこに行こうとしていたのかは忘れちゃったけど、忘れられるくらい幸せになったんだと思う。
彼女は今幸せだろうか?
彼女はどこにいるのだろうか?
いつかもう一度、逢える日をねがって……
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