第13話

 あめのきさき––。

 少し驚いたように手が止まった。

「?」

 どうかしたのかと思う前に、また鋏でショキショキと切り始めている。

「ふーん。そうか。雨乃木さんも変わった名前だね。」

 何がおかしいのか、クスクスと笑っている。

 人の名前で笑わないでよ……。

「ごめんごめんっ!別に名前が可笑しくて笑ったんじゃないから。」

 う……。

 顔に出てたらしい。ちょっと気まずい。

「さてと、こんな感じでどうでしょう。右側が結構切られてて……バランスを考えると、たぶん元の長さよりだいぶ短くなっちゃったけど。」

 折りたたみの大きな鏡を広げて後ろも見せてくれる。全体的に左の方が長いショートヘアになってた。

 アシンメトリーってやつ?

 なんだか可笑しくて笑ってしまった。

「あ、やだった?いいと思ったんだけどな。」

「いえ、ちがうくて。」

 ちょっと拗ねたように見えてしまうのが、またおかしい。

「久しぶりに自分の顔、ちゃんと見たなぁって。家に鏡ないし。」

 そうなんだ。と言いながら手早く首や顔の周りの髪の毛を払っていく。

 てるてる坊主になっていた布が外されても、やっぱり鏡に映った自分は見慣れない顔をしている。

 足下に散らばった髪を見ると、なんだかむずむずするし。

「……クルスさん、て言いましたっけ。」

 くるっと片足でまわって、髪を切ってくれた人の方を向いた。

「わたし、依頼をしたいんです。でもお金ありません。」

 わたしは無条件で人を助けようなんて絶対に思わないし、救える力もない。

 お願いだけしようなんて凄く凄くズルいことだけど。

「だけど、わたしの所為で苦しんでいる人を救ってくれませんか?」

 あの、背の高いジャージの人みたいに。




 入り口にある応接室で、車を運転してた執事みたいな人が紅茶を淹れてくれた。

「じゃあさっそくだけど、依頼内容を聞こうかな。」

 クルスさんが主に仕事を仕切ってるのかな?

 誘拐犯……藤堂さんはなんにもしゃべってないのに、わたしの真正面でふんぞり返っていた。

 紅茶がびっくりするくらい美味しいけど、味わっている場合じゃないのが残念。

「わたしをいじめてた3人組なんですが、別の子をいじめ始めたんです。」

 リーダー格らしき子の髪を切って切られて––。

 それでわたしへのイジメはなくなったけど、次の日からは違う子がターゲットになった。

 それだけだったら別にほっといたんだけど……。

「わたし、その子に言われちゃったんです。"あんたのせいよ"って。"私がこんな目にあってるのは、あんたがあいつらにやり返したからだ"……って。」

 休憩時間にトイレに行った時だった。

 あの3人が狭いトイレではしゃぎながら、ティッシュを水に濡らして投げているとこに出くわしたのだ。

 我ながら、ほんと運がわるい。

「げっ、雨乃木!」

 3人はわたしの顔を見て逃げてった。

 そんなことよりわたしはトイレに行きたい。

 個室を順番に覗くとトイレットペーパーがほとんどなかった。……あいつら。

 と、ひとつの個室に女子がうずくまっていた。

 まわりにはべちょべちょになった紙くずがたくさん。

 その子が、こっちをギロッと見た。

 ––あんたのせいよ。あんたのせいで……。

 そういって泣いていた。

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