第10話

 誘拐したわたしを乗せた車はそのまま突き抜けて、大通りまで出たあと左に曲がった。

 わたしはというとジッとしているわけにもいかないので、苦し紛れの抵抗を試みることにしたのだが––。

「むがっ。」

「ごめんね。すぐだから大人しくしてて。」

 羽交い締めとか生まれてはじめてされたわっ!あと口塞ぐな苦しいっ!

 フロントガラス越しに外を見ると、信号を左に曲がっていた。

 これ本気でやばくない?すぐって言ってたけど何がすぐなの?最近嫌なことばっかりだったっていうのにここにきて最大級の不幸が降ってきたとか、マジ、笑えない。

 もういいや。わたしの人生こんなもんなんだ。18歳にして人生諦めるとかどんだけ悟ってんだって話だけども。

 と、ゆっくり車が止まった。

 ……え。ほんとにすぐじゃん。しかもここわたしが裏道に入る前に歩いてた二車線道路の曲がり角だし。一周したってこと?なんで??

 わたしを誘拐?した男の人が先に降りてどうぞと手を差し伸べてくる。よくわからなくてそのまま手をとり、導かれるまま道の角にある古そうな雑居ビルに入る。エレベーターに乗り4階のボタンを押した。

 まもなく4階に着くと、執事みたいな初老の男性が丁寧なお辞儀をして待っていた。……この人さっき車運転してなかった?

 促されるまま「便利屋」と書かれたプレートが下がっている扉の中へ入る。



 小さい応接室を通り過ぎるとアパートメントみたいな内装になっていて、そこの真ん中にある大きめのソファに男性が2人いた。

 1人はドライバーを持ってしゃがんでいて、こっちから顔は見えない。もう1人は上半身裸の

「!!?」

 変態ジャージ救世主だった。その人の右腕の皮膚が大きくめくれているのが見えて––。

「ひっ!」

 思わず口元に手をあて後ずさる。

 めくれた皮膚の中は人の血管や筋肉じゃなかった。透明なチューブみたいなものがたくさんあって、そのチューブの中にもいろんな色の管がひしめき合っていた。

藤堂とうどう!お客さん連れて来るんだったら連絡しろ!」

 ドライバーを持ってしゃがんでいた灰色の短髪の人が慌ててその人の腕を服で隠した。

 わたしをここまで連れてきた人は藤堂とうどうというらしい。その人は悪びれもせず「ハッハッハ」と笑っている。なにがおかしいんだろ。

「いやー間が悪くてすまないな。そこでお前たち好みの依頼人を見つけてな。」

「え゛……。」

 ちょっと待ってきいてない––。

「ま、待ってください!依頼ってわたしお金なんて––。」

「あぁ、別にそれは後回しでいいですよ。」

 灰色の短髪に銀縁の細い眼鏡をかけた、生真面目そうな人が優しく微笑んでいた。

「とにかく、その髪型を先に整えましょうか。綺麗な顔が台無しですから。」



 きれいと言われて悪い気はしない。というか言われ慣れてないので恥ずかしくってしょうがない。こちらへ––と手招きされて別の部屋に案内される。

 衣装部屋に無理やり機材や色んな物が置いてあって、そんなに広くはない部屋。全身を写す鏡の前にアンティークみたいな可愛いけどちょっと渋い椅子が置かれた。

「散らかっててごめんね。どうぞ座って。」

「あの……さっきの人の腕なんですけど、」

 がしゃがしゃと音をさせながら忙しなく準備をしているその人に、申し訳ないとは思いながらも気になっていることを口に出さずにはいられなかった。

「あ、やっぱ見えたよね。ちょっと事情があってああいう体なんだ。気にしないで。」

 なんとなくだけど、あんまり踏み込まれたくない雰囲気を感じたのでこれ以上追求するのはやめることにする。世の中には知らなくていいこともある。

 ハサミとかくしとか大きなヘアピンとかドライヤーとかもろもろの道具がのった台車が、座っている斜め後ろに置かれた。おぉ。ほんものっぽい。

 てるてる坊主みたいになる布を掛けられて、準備万端って感じ。

「ずっと黙ってるのもなんだし、この髪型になった理由でも話してもらおうかな。」

 もしかしたら役に立てるかもしれないからね––。

「……。」

 髪をとかれながら、わたしはぽつり、ぽつりと下手くそに話し始めた。

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