みにくいアヒル

誘拐犯は突然に

第9話

 私はどこにもいない。

 家の中。学校の教室。近所にある公園。駅の構内。

 でも帰る場所はあるでしょう?

 駐車場になる空き地。神社にある太い木の根っこ。遠くに見える黒い海の底。

 早く、私は帰りたい。




 こんにちは。だれに挨拶しているんでしょう?

 まぁいいです。とりあえず、わたしは不平不満を口にしたいのです。

 ええ。

 だってわたしはただの脇役で大根役者で主人公なんか絶対にできない人種ですし。絶対むりです。むりむりかたつむりです。

 だからほんとうはもう二度と喋ることはなく文章のどこにも登場することなくこのまま終わるはずでした。

 なのに退場した身でありながらもう一度この舞台に引っ張りだした野郎に文句のひとつでも言ってやろうと思ったわけです。

 ですがちょっとめんどうなことになってしまいまして、不覚にもわたしはそれをちょっぴり楽しいだとか思ってしまいまして。

 だって、ねぇ?こんなにも、紅茶がおいしい。



 路地裏殺人未遂事件から二ヶ月が経った。未だわたしの中では自称救世主(笑)の変人ジャージを忘れられないでいた。

 そのくらい衝撃だったし。

 けれどあの日以来その路地裏の近くに寄れないでいる。

 ……まぁ、誰だって殺されかけた場所に行きたくはないよね?

 だがしかし。なんの気まぐれかなんとなく、ほんっとーになんとなく、今あそこどーなってるのかなーとか思っちゃったりして、元々こっちの道で登校下校してたしなーって自分を納得させて、のこのこと昼間でも人通りが絶えない二車線道路の裏にある道に入り、さらに車がぎりぎり通れないような道に入ったところにある路地裏の入り口までやってきた。

 うん。何にもない。当たり前だ。

 だからわたしはそのまま路地裏を通り過ぎて真っ直ぐ進んだ。このまま歩けばさっきの二車線道路を左に曲がったところにでてこれる。

「うっわぁ……。」

 出てきたところに。すっごい派手な車があった。

 なに、あの赤っっい車。めっちゃかっこいいじゃん。車に興味がないからその車の名前なんてわかんないけど。

 その車の後部座席から若い(たぶん)男の人が降りてきた。あ、無理な人種だ。見慣れないスーツをきっちり着こなしてるから社会人なんだろうけど、IT企業の若い社長ってこんな感じなんだろうなって感じ。

 まあわたしには関係ありませんし、と思って裏道を抜けてさっさと帰ろうとした。

「ちょっとそこの君!」

 そこのキミ!だって、いったいどこの誰が呼ばれているのだろうかと後ろを振り返る。

「?」

 さっきの赤い車から降りてきた男の人がこちらを向いている。ふむふむ。とするとわたしが帰る方にその人はいるのだなと前を見る。

「??」

 いやいやわたししかいませんよ?というかこの通りそこの赤い車から降りてきた男の人とわたししかいませんよ?

 ……ちょっとまて。

「君だよきみ。そこの一風変わった髪型のあなたですよ。」

「人が気にしてることをわざわざ言うのは失礼じゃないですか?」

 好きでこんな散切り頭にしてるんじゃない。

「これは失礼しました。」

 全然失礼したって顔じゃありませんけど。

「いえいえ。実はですね、もしかするとあなたのお役に立てるのではと声を掛けさせて頂いた次第でして。」

 はぁ……。と聞きなれない馬鹿丁寧な話し方に曖昧な返事しかできない。にしてもこの人やたら距離が近いな。見上げないとこの人の顔が見れない。

「ひとまずこちらへどうぞ。」

 こちら?といつまにか握られていた左手。腰にまわされた腕。ダンスのリードをするみたいに開いている車のドアの前へ運ばれる。

 え、うそっ––。

 そのまま後ろに倒れてドアが閉まる。慌てたが時すでに遅し。体を起こした時には隣に男の人が座っていて––。

「行って。」

 どこに!?ていうかこれ誘拐じゃん!!

 だ、誰かたすけてーー!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る