今日もお仕事です。

第4話

 今日、「便利屋」にはある依頼が来ていた。依頼が来なければお金は稼げない。お金がなければ飯が食えない。飯が食えなければ生きていけない。というわけで有難く依頼を受けている。

「はー!?ふっっっざけんなあぁぁーー!!」

 依頼を––

「お前なめてんのかよっ。もう少し言うことアンだろが!」

 依頼を有難く……受けているはずだった。

「そうだな、クゼ。こんなふざけた話はない。」

 クルスまでこんな巫山戯た話はない、と澄ました顔をしている、ように見えて少し怒っている。素っ気ない「便利屋」と書かれたプレートが下がっている扉を開けてすぐにある、簡素な応接室に依頼人が一人。禿げかかった頭にでっぷりとした狸のような腹がベルトにのっかっている。まだ五月だというのに、汗っかきなのか忙しくハンカチで額の汗を拭い、向かいに座っている二人に丁寧に頭を下げる。

「いやー、もう少し早くお願いできれば良かったんですが、民間の方に依頼が来るのは二日目になってしまうんですよ。急ぎであることはお二人とも充分ご承知だと思い––。」

 バンッ!!

 クゼがテーブルを力任せに叩いた。

「ちっげーんだよ。おれが言いたいのはさぁ!今何日目なんだよ。もう三日目の10時じゃねぇか。あ゛?なんでこんな遅くなったんだよ。おっかしいじゃねーか!!」

「丸山さん。そちらにも事情はあるとは思いますが、今回はあまりにも遅すぎませんか?当人のことを第一に考えているとはとても思えないのですが。」

 クゼの唾を飛ばす勢いとクルスの静かな威圧感に、丸山と呼ばれた依頼人の額からは違う汗が滲み始めている。しかし、依頼をしにここへ来ているのだ。どうしても受けてもらわなければならない理由がある。今にも堪忍袋の緒が切れそうな二人を前にして、いい訳など言おうものなら何をされるかわからない。テーブルの次は自分が殴られるかもしれないという恐怖もある。「ひっ」と喉で止まってしまった言葉と汗が勢いでこぼれ落ちる。

「お願いします!助けて下さいっ。」

 ぷつん。

 依頼人は、フランベしたときのように一瞬で炎が燃え上がるのを感じた。

「「当たり前だっ!!」」



 クルスは今、制限速度ギリギリでキャンピングカーを飛ばしていた。隣に座っているクゼは、大きな身体で不器用にもモゾモゾとジャージからトレッキング用の服に着替えている。

「お前免許切れたって言ってなかったか?」

 そういえばこうしてクルスが運転しているのを見るのはかなり久しぶりだ。

「ちょっと、話しかけないでよ。ただでさえ焦ってんのに。免許だったらこの間取り直したよ。さすがにこの顔で80歳なんて言えないし。」

「え。いつの間に行ったんだ?今は講習とか色々受けなきゃいけねーんだろ?普通に仕事してたじゃねーか。」

「試験と実技だけでもいいとこ探したんだよ。講習受けるのと金額は変わらないけど。」

 もちろん講師にはいい顔されなかった。試験まで一度も顔を出さなかった17、8にしか見えない奴に免許を与えてしまったのだから。

「……。」

 いや、あれは仕方ないだろ。だって試験も実技も満点だったし。実技試験はさらに文句のつけようもなかったし。むしろ全ての試験が終わった後に、講師が自分の存在意義と葛藤しているようにも見えた。クルスがその時の苦々しい顔を思い出している間に、クゼは肌着アンダーウェア中間着ミッドレイヤーまでを上下着替え終えていた。アウターまで着るとさすがに暑い。

「あ、ちょっと、足元の機材蹴らないでよ。」

「蹴ってねえって。」

 さっき着替えているときに足が何度か当たったけど、大丈夫だよな……?

 機械全般が苦手なクゼは冷や汗が出る。

「でさ、なんだっけ?遭難して今日が三日目ってとこまでは聞いてたんだけど。」

 クゼが人の話をちゃんと聞かないのはいつものことだった。おそらく話のその部分だけで、頭に血が昇るには充分だったのだろう。

「そ、地元の山……っていっても車で2時間はかかるけど。家族連れでキャンプしていて、子供を見失ってしまったらしい。獣道にその子の帽子が落ちてたから、そこから戻る道がわからなくなったんだろうね。」

 どんなに登り慣れた山でも、遭難ビバークする時はするのだ。子供なら尚更だろう。

「あと、非常に困ったことが一つ。」

「……なんだよ。」

 いつも通りの口調だが、クゼは並々ならぬものを感じた。

「最近の話だけど、熊がでる。」

 全身の毛穴から汗が噴き出してきた。

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