第56話 証拠

「その先輩が書き込んでいたというハンドルネームについてはプライバシーの観点から伏せておくわね」


 えー教えてくれないのかよ・・・。すげえもやもやっとするじゃねーか・・・。そんな俺のもやもやなど関係なく姉貴は話を進めた。


「それで彼女は自由同盟のホームページを見たらしいのね。そしたら、K先輩が先ほどのハンドルネームでゲームをやっている事が判明したわけ」


 という事は、そのK先輩ってのはやはり自由同盟関係者って事だよな?だって自由同盟のホームページを見て、K先輩がブラックアースをやっていることが判明したわけだ。


 という事はブログなりキャラ紹介なりに、K先輩のキャラ名が載ってたって事だろ。いやでも、掲示板とかコメント欄に書き込んだ訪問者って可能性もあるのか。


「先輩、K先輩って人、自由同盟の人なんでしょうか?」


「コメント欄への書き込みの可能性もあるから一概にそうとはいえないけどな」


 燈色ひいろも俺と同じことを思ったらしい。まあそりゃそうだろう。多分ここにいる全員がその可能性を考えただろう。ただ、最近は団長夫婦のブログが好評で、それなりの訪問者がいるし、結構なコメント数になってるからなあ。


 そして姉貴の話は続いた。


「そして彼女はこう思ったの「K先輩と同じゲームをやって嫌がらせをしてやろう」ってね」


 は?なんでそんな思考になるんだ?その人ってK先輩と仲悪かったわけ?性格悪すぎだろ?いくら仲が悪いからってそこまでするか普通。いや、と言うか、この話に出てくる嫌がらせ女って・・・。


「先輩、この話に出てくる嫌がらせをする女ってヒカリさんの事ですか?」


「ああ、俺も同じこと考えてた」


 これってヒカリさんの事を指してるんだよな?話の流れ的にそうとしか思えねーよ。


 ただ、ヒカリさんが嫌がらせしてると仮定して、その対象がなんで俺なわけ?俺とヒカリさんはリアルで接点なんかもちろん無いし、なんならゲームでもそれほど話してないぞ。


「A先輩によれば、その子はK先輩の事を凄く慕っているらしいわ」


「はあ?慕ってるのに嫌がらせすんの?どうなってんの?」


 俺は思わず口を出してしまった。だっておかしいじゃん。意味が分からん!


「A先輩によれば、最近ゲームに夢中で、全然自分に構ってくれないってぼやいていたんだって」


 ああ、そう言う事か。つまり、大好きな先輩がゲームにはまって自分に構ってくれないから、ゲーム内で嫌がらせしてゲームから離れさせようとか、大方そんな所じゃねーの?


「これ、嫉妬心からの嫌がらせですね」


「そうかもな」


 それにしても、恋愛のれの字の雰囲気も見せない、ブラックアースオタクの燈色さんの口から嫉妬心とか言う言葉が出てくると、なんかちょっと面白いな。


「ま、そういうわけだけど、どう思うヒカリさん?」


 そして里奈は唐突にヒカリさんに話を振った。ヒカリさんの発言に皆の注目が集まる。果たして彼女は今の話をどんな気持ちで聞いていたのか。


「何がですか?」


 少し間があってからヒカリさんからの返事があった。


「今の話聞いてどう思ったか、感想を聞かせて欲しいのよ」


「何の事かわかりませんね」


「おい!何いちゃもん付けてるんだよ!さっきからまるでヒカリさんがその女みたいな言い方しやがって!」


 ずっと黙っていた利久りくが姉貴に文句を言ってきた。さっきからヒカリさんを標的にしている姉貴に我慢がならなかったんだろう。


「そうですよ。私がその女だって証拠とかあるんですか?」


 利久から援護射撃を受けてちょっと気を持ち直したのか、ヒカリさんが強気の対応に出てきた。


「証拠って言われると里奈さんきついんじゃないですか?」


「うーん」


 確かに燈色の言う通り、証拠って言われるときつい気がする。A先輩の言う女とヒカリさんが同一人物だって照明できなきゃいけないわけだからな。ヒカリさんが知らぬ存ぜぬを通すと難しくなるぞ。


「証拠ならあるわよ?」


 しかし里奈はさらっとそう言った。


「え?あるの!?」


「あるわよ」


 あるのかよ!え?一体どんな証拠があるんだ?


「証拠って何でしょう?」


「わからん。けど、あいつの事だから何もないのにいい加減なことは言わないだろう」


 燈色の言葉に俺はそう返すしかなかった。大丈夫・・・だよね?


「証拠って何ですか?」


 おっと、やはりヒカリさんもそこは気になるらしい。そりゃそうだよな。証拠は無いって前提だからこそ、ある程度強気に出られるわけで・・・。証拠なんかあった日には全部崩れ去るわけだからな。


 と言うか姉貴の奴、一体どこまでやるつもりだろう?どこか適当に落としどころを作っとかないと、追い詰めすぎるのも良くない気がする。そんな事を考えながら俺は姉貴の発言を待った。


 そしてついに姉貴がその証拠を提示する。


「音声データよ」


 まじかよ!決定的じゃん!


「しかもあなたの名前までばっちり録音されてるやつ」


 名前入りとか完璧じゃねーか!恐らくそのA先輩が録音したんだろうけど、余程目に余ったんだろうなあ、後輩の行動が。こうなると、ヒカリさんの反応がどうなのかが気になるな。そう思いながらヒカリさんの反応を待っていたんだが・・・。


「盗聴とか最低ですね!そんなもの無効です!」


 まるで浮気がばれた人間のテンプレートの模範もはんのような回答をしてきた。いやいや、あんたどの口が言ってんだ!って、思わず突っ込みそうになったぞ。しかも、遠回しに自分の発言という事を認めてしまっている。


 そしてそう思ったのは俺だけじゃなかった。


「え?ヒカリさん、それどういう意味・・・」


 そう発言したのは利久だ。なんせヒカリさんは間接的に自分の発言だと認めてしまっているからな。


「違うの!これははめられたの!」


 そしてこれまた浮気した男女が、恋人に言い訳するときのようなテンプレート回答をぶっこんできた。ヒカリさん、その回答は多分一番ダメなやつです。


「だって無効って事は言ったって事なんじゃ・・・」


 利久の言葉には会議が始まった当初の勢いは全く見られない。そりゃそうだよな。ヒカリさんの言葉を信じてずっと突っ走て来たのに。まあ、突っ走りすぎだが。


「あームカつく!」


 そしてそれまでのヒカリさんの雰囲気とは全く違う言葉が、ヒカリさんの発言としてチャット欄に表示された。

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