第51話 単純だから

「痛ってーな!何すんだよ!」


「はあ!?私がただいまって言ってるのに無視するあんたが悪いんでしょうが!」


「電話中なの見りゃわかるだろ!」


「なーにが電話中よ!どうせ利久りく燈色ひいろでしょ!」


 その姉貴の言葉を聞いて、俺は再びムカッとした感情が湧き出てきた。姉貴の言い草にカチンときたわけではなく、利久の名前が出たことにイラっとしたんだ。


 利久のあまりの言い分に腹が立った俺は、利久に電話を掛けたんだが、あの野郎、それを無視してログアウトしやがった。


 それを心配した燈色がすぐに俺に電話をかけてきたので、さっきの何なんだよ!って話を二人でしていたんだ。燈色の方も思い当たるところは無いらしく・・・と言うか、利久の言い分からして、あいつの言う「自分の事しか考えてない」ってのは、俺だけなんだろう。


 と、思っていたら、俺がログインする前の利久と燈色の二人きりの時も、利久の燈色に対する態度はすげえ素っ気なかったらしい。一体どうなってんだ?


 一応念の為燈色に「俺、何か自分勝手なことしてた?」と、聞いてみたんだが、そんなことは無いと思いますとお墨付きを頂いた。もちろん燈色から利久へも考えられない。逆ならありそうだが。


 で、ずっと電話でさっきの出来事について愚痴ぐちったりしていたら、いつの間にか里奈の奴が帰ってきてたらしく、それに気付かず「お帰り」と言わなかった事に対してスリッパで頭を叩かれて今に至る。


「あんた今日は一段とブサイクね」


 里奈は俺のむっとした顔を見るなり、そんな暴言を言い放つ。


「うるせえ!これは生まれつきだ!」


「何よ、燈色と喧嘩けんかでもしたの?」


 俺と燈色が喧嘩・・・。いやいや、全く想像が出来んな。


「ちげーよ。利久の奴がさあ・・・いや、なんか俺の口から言うのはしゃくさわる。燈色から聞いてくれ」


 俺はそう言って里奈に電話を渡した。里奈は頭にはてなマークを浮かべたような表情で電話を受け取る。燈色との電話中に姉貴と言い争いを始めたから、燈色さんには全部筒抜けだろう。


「あーもしもし?・・・そう、私。一体何があったの?」


 そういうと、電話の向こうの燈色と話し始める。


「うん。うんうん。あーなるほど」


 今まさに何が今日起こったのかを燈色が姉貴に話している所なのだろう。つーか、里奈の事だから話を聞いた途端「はあ!?あいつ何考えてんのよ!」とか言いそうな気がしたんだが、意外と冷静だな。


「大体わかったわ。あんたも怖かったでしょうけど、気にすることないから。うん、じゃあお休み」


 しばらく燈色と話しているとそう言って、燈色との通話を勝手に切りやがった。いやまあ、別に良いんだけどね。


「燈色から話は聞いたわ」


「あいつ絶対おかしいだろ?」


「利久がおかしいのは昔からでしょ?何言ってんのよ」


 こいつご近所の幼馴染に対して随分と酷い事を言うな。つーか、まじなテンションで言うんじゃねえ。


「いや、そうじゃなくてだな・・・」


「わかってるわよ。そもそもあいつ単純なんだから、また何かに触発されて暴走してるんでしょ」


 まあ・・・それは俺もそう思う。たまになんか思い出したように熱くなって暴走するんだよな。ただ、今回のターゲットは俺なわけで、こっちには思い当たる節が全く無いから余計に頭に来てるんだが。


「とにかく、明日とことん問い詰めてやる」


「えー、喧嘩とか止めなさいよ」


「それはあいつ次第だ」


「はいはい。それじゃあ傷薬用意して待っててあげるわよ」


「なんで俺が負ける前提なんだよ・・・」


「あっはっはっ」


 俺がそう言うと、里奈は笑いながら部屋へと戻っていった。何なんだよちくしょう・・・。


 そしてその日はもう一度ゲームにログインする気も起こらず、姉貴と一緒に「コールオブダーティー モダンヤーキー2」を遊んでから眠りについた。


◆◇◆◇


「おい、昨日のあれはなんだったんだよ」


 次の日の放課後、俺は学校で利久を捕まえて問い詰めていた。昨日の夜はイライラするあまり、ほとんど眠れなかったからさらにイライラしていたかもしれない。


「は?お前昨日俺の言ったこと聞いてなかったのか?」


「聞いてたからこんな事になってんだろうが!」


 やべっ!思ったよりでかい声が出ちまった・・・。周りの奴らが一体何事かとこっちに注目している。


「だから、昨日のあれはどういう意味だって聞いてるんだよ」


 俺はなるだけ落ち着いて話すよう心掛けた。


「言った通りの意味だよ。お前が自分の事しか考えてない自分勝手野郎だって事だ」


「だからなんでそうなるのかを聞いてるんだろうが」


 さっきからずっと同じ質問と答えの堂々巡りだ。一体俺の何が気に食わないのかはっきり言ってくれよ・・・。


「それはお前が自分で気付くべきことじゃねーの?」


 利久が腕を組んで偉そうにこっちを見ながらそう言った。やべー、すげえ腹が立ってきた。なんでこいつはこんなに上から目線で俺に説教垂れてんだ?


「自分じゃ全くそんな事無いと思ってるから気付けるわけねーだろ。色々と思い当たる節だらけのお前と違ってな」


 いった瞬間「しまった!余計な事言った・・・」とは思ったが、すでに遅かった。もちろん利久の売り言葉が原因だとは思うが、俺もそれを買う必要は全く無かった。けど、昨日からのあれで俺も結構イライラしてたんだと思う。


 しかしそんな俺のふか~い心の事情は利久には全く関係なく、あいつから見たらありがたい説教してやったのに反省するどころか、自分に嫌味まで言ってきた風にしか見えなかっただろう。みるみる顔が赤くなっている。


「てっめえ!」


 そしてそう叫ぶが早いか、利久が殴りかかってきた。「ごっ」という鈍い音と共に顔に衝撃が走る。いってえ、あの野郎本気で殴ってきやがった!そしてさらに追い打ちをかけるべく俺に覆いかぶさってくる。


 その辺りで誰かの「おい誰か止めろ!」という言葉と共にクラスの男子生徒達が止めに入り、俺と利久は強引に引き離された。利久の奴はそれでも尚、俺に殴りかかろうとしていたので、複数の男子生徒から取り押さえられている。


「おい真司、お前もう先に帰れよ。その間利久は抑えとくから」


 ありがたいことにクラスの男子達が口々にそう言ってくれる。


「あー悪い。それじゃお言葉に甘えるわ。すまん」


「おう、貸し3な~」


「1じゃねーのかよ・・・」


 そんな軽口を叩き、俺は皆にすまんと手を合わせながら教室を出て行った。なんか、一発殴られたら妙に冷静になっちまった。


 それにしてもなあ・・・。俺はさっき出てきた自分の教室前を振り返った。そこにはやじ馬でいっぱいになった教室前の廊下付近から「もう離せよ!暴れねーって!」という利久の声が聞こえてきた。


 そして俺は「顔絶対腫れてるよな~どうしよ?」とか考えながら、帰宅したのだった

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