第36話 電話だよ
私の言いたい事は伝わったかな?
彼女はたぶん初めて見る、困窮している真司の為に何か出来ないかと思い、さっきまで彼に電話をしていた所だった。
自分と一つ違いとは思えない程大人な人だと思っていた。けれど、それは本当は違っていた。
目の前の困難に一人で対処しようとして、自分の許容量を超えてしまうほどのストレスを抱え込んだその男子は、ついには自滅してしまった。
「だけど・・・」
だけど、自分の時より事態は重くないと燈色は思う。
あの時は、自分がギルドから追放されていても仕方なかったと思う。けれど、今回の事件は先輩も被害者だ。あの時の私が許されたなら、先輩はもっと許されて良いと思う。
そしてきっと明海さんも許してくれる。
燈色は、そんな話をずっと電話越しに真司に話していた。
「先輩が私を助けてくれたようには出来ないけど、私にできる事ならなんでもします!」
この言葉だけで、どれほど真司の気持ちを軽く出来たかはわからない。けれど言葉にしなきゃ何も伝わらない。
そしてそれは明海さんに対してもそうだと思う。きっと明海さんも、先輩からの連絡を心待ちにしてるはず。
そしてまた、みんなで一緒にゲームが出来る日が来て欲しい。
そんな現実が来ることを願い、そして夢見ながら燈色は眠りについた。
◇◆◇◆◇◆
自分の携帯に「真司君」という名前で着信が鳴った時は、礼二にしては珍しく、心臓が飛び出そうなくらいびっくりしていた。自分の目を疑い、思わず二度見をしてしまったほどだ。
今日の晩御飯について明海と話していたら、礼二の電話が鳴り、そして名前を見ると・・・、というのが現状だ。
(いやあ、まいったなあ~)
もちろん、真司からの連絡が来ることを心待ちにしていたのは嘘ではない。
だが実際にかかってくると、それなりに動揺している自分がいる事に、礼二は苦笑いをしていた。
「礼君、電話なってるよ?」
「あーうん、そうだね」
電話の相手が真司だとは知らない明海から、呑気な声が聞こえてくる。
(さてと・・・)
礼二は一度深呼吸をしてから電話に出た。
「もしもし?」
「・・・もしもし、お久しぶりです。黒部・・・真司です」
携帯の向こうから、やや緊張した感じではあるが、真司の声が聞こえてくる。
「やあ、久しぶり!元気だったかい?」
礼二はあくまでも、普段通りに声を掛ける。ここでの対応を間違えるわけには行かない。17歳の子供が意を決して電話を掛けて来たのだ。きちんと応える必要がある。
「はい、あの、この度は奥様に酷い暴言を吐いてしまいまして、本当に申し訳ありませんでした」
「あーうん、そうだねえ。でも、大体の事情は聴いてるし、こっちも空気を読めてなかったとこがあるからさ」
「いえ、それでも、暴言を吐いてしまったのは事実です」
「うん、そっか」
たぶん今のやり取りで、こちらが怒っているわけでは無い事は伝わっただろう。
礼二にとっての一番の心配は明海の事なのだ。なので当の本人が怒っていない以上、自分が怒るわけには行かない。
「電話代わろうか?」
「はい、お願いします」
「OKちょっと待ってね」
礼二はそう言ってから、明海に対して声を掛ける。
「明海ちゃん、真司君から電話だよ」
礼二は、一体誰からの電話だろう?と自分の方を見ていた明海に、特に工夫をすることもなく、真司からの電話である事を伝えた。
「・・・え?」
それを聞いた明海は、一瞬何を言われたのかわからなかった。
しかしそんな事はお構いなしに、礼二は明海に携帯を押し付けた。
しばらくの間電話に出るのを迷っていた明海だが、観念して電話に出ることにした。
こういう事は一度躊躇すると、決心がつくまで時間が掛かってしまう事がある。なので、考える時間を与えない方が良いだろうと礼二は考えた。
「・・・あの・・・真司君?」
そして恐る恐るではあるが、明海は電話に出ることになった。
久しぶりの二人の会話は、かなりぎこちないものがあった。しかしそれは仕方ない事だ。何しろ最後の会話があんな暴言だったのだ。
しかし、二人で話を続けるにつれ、とりあえず変なぎこちなさはなくなったようだった。
「そんな事ないよ!私があれは悪いの・・・」
「迷惑なんかじゃないよ!電話くれて嬉しかった」
そんな明海の声が聞こえてくる。二人の会話は明海の声しか聞こえてこなかったが、話の内容は大体推測できた。
そしてその後は「うん・・・うん」と少し泣きながら、でも笑顔で相槌をうつ明海の姿を見て、今回の件はとりあえずひと段落ついたかな?と礼二は考えていた。
まあ思えば、元々仲の悪い二人ではない。ちょっと遠慮が無くなっていた分、今回の件がちょうどいいクッションになって、より良い関係になるんじゃないか。
礼二はそんな事を考えながら「ふー」っと安どのため息をついた。
そしてその夜の桐原家の食卓には、礼二の大好物である「グラタン」が並ぶこととなった。
まあまだ油断は出来ないが、とりあえず最悪の事態は免れたようだ。さっきから明海は鼻歌を歌いながら食卓の準備をしている。
しかし今後、ギルドのマスターを継続していく以上、こういった問題に対する対策も考えておく必要があるだろうな・・・。礼二は明海の様子を見ながらギルドの事を考えていた。
今回の事件では、改めて「未成年の子供達もいるんだ」という事を再認識させられた。ネットだからどうでも良いとは思わない。
その辺りも踏まえてギルド運営をしていく必要がある・・・。
そんな堅苦しい事を考えながらも「いただきます」と食事を始めた礼二の心は、久しぶりに軽くなっていた事を当人も自覚していた。
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