第34話 正直わからん

 火雷利香は困っていた。勢いに任せ黒部家に来たのは良いものの、どう話を始めれば良いかわからずに悩んでいるのだ。


 まさか、「大丈夫ですか?」なんてストレートに聞けるわけもなく、先ほどからずっと頭を悩ませていた。


 幸い真司は一階へお茶を取りにっていて、利香があーでもないこーでもないと悩んでいる姿を見られてはいなかった。と、思っていた。


「待たせたな」


「ひゃ、ひゃい!」


 噛んだ。思い切り利香はんでしまった。これは恥ずかしい。冷静に落ち着いて話を聞こうと思っていたのに、しょぱなからつまずいた格好だ。


「あー、そのなんだ、俺がログインしてないから様子見に来てくれた感じかな?」


「そ、そう!先輩がゲームにINしてないって聞いたんで、ちょっと・・・」


「そっか、悪いな心配かけた。という事は、俺が何でINしてないかも聞いてる?」


「あ、はい。燈色ひいろさんから聞きました」


「そうか、すまん」


 どう話を切り出そうか迷ってたのがバカらしくなるくらい、真司の方から話を進めてくれている。情けない・・・。あと、なんで謝るんだろう?


 本当はゲームの中で、詳細な事を里奈辺りに聞こうかとも思ったのだが、理由が里奈と真司にあった場合、色々と大変な事になりそうだと思い、結局は学校で燈色に聞くことにしたのだ。


 普段学校で、ほとんど話す事が無い二人だったので、色んな意味で学校のアイドル的・・・と言っては大げさだが、そこそこ人気もある利香と、最近ようやくクラスメイトとも話すようになってきた燈色が知り合いだったことは学年中で話題になった。


 あの後、なんで燈色さんと知り合いなの?と、色んな子から聞かれたのが利香は面倒で仕方なかった。きっと向こうも同じ目にあってるに違いない。


 もうちょっと目立たないようにすれば良かった。今度ラインに登録してもらおう。


 ただ、一緒に行かないか?という誘いは、彼女に断られた。まあ、彼女は彼女なりに立場があるんだろう。利香はそう思う事にした。


「あの先輩」


「ん?」


 考えが横道にそれそうになった。ここで利香は、黒部家に来たら聞こうと思っていた事を口にする。


「先輩このままゲーム辞めるつもりとかじゃないですよね?」


 燈色から聞いた話の内容と、最近の真司の態度からして、掲示板に書かれたことが主な原因ではないように思えた。


 何かずっと悩みを抱えていて、それが掲示板の件で爆発したのではないだろうか?


 だとすると、この物凄く真面目な先輩は、再びゲームをやろうとは思って無いかもしれない。利香はそう考えた。


 一見ひょうひょうと過ごしているように見えて、根は本当に真面目なのだ。じゃなきゃ、あんなに色んな人から可愛がられたりはしないだろう。


 思えば自分の時もそうだった。この黒部兄弟はホントに人の為に一生懸命になれる人達だ。


 なので、このままゲームをやめてほしくないという気持ちが利香にはあった。


「正直わからん」


「なんでです?別に先輩が悪い事したわけじゃないでしょ?」


 利香は言葉にはしなかったが、おそらく明海に放った暴言の事が、真司の中で引っかかっているのではないかと考えていた。


「すまん」


「なんで謝ってるんですか。まあいいですけど」


 たぶんこれ以上何か言っても、真司から良い返事は返ってこないだろう。そう判断した利香は、これ以上真司に負担をかけないよう、この話題を終了する事にした。


「まあでも、私を家に入れてくれたって事は、またお邪魔しに来ても良いって事ですよね?」


「は?いやそりゃ当たり前だろ。なんで拒否らなきゃいけないんだよ」


「ならいいです」


 真司は利香が何を言っているのかよくわからない顔をしていたが、ゲーム外、つまり実生活で会えるなら、いくらでも説得するチャンスはあると利香は考えた。


 まあ、アップデートには間に合わないかもしれないが、それはそれで良いのだ。まずは自分を拒否らず家に入れてくれた。それだけで少し安心だった。


 実を言えば、かなりひどい事になっているんじゃないかと、めちゃくちゃ心配していた。


 匿名の掲示板とは言え名指しで批判、しかも身内からだ。そりゃあ、仲間大好きなこの先輩は、すごくショックだっただろう。


 ホントなら犯人を探し出してボコボコにしてやりたい所だが、それは利香には無理だった。だったらせめて最大限のフォローはして行こう。


 利香はそう決意して、お茶を一口飲んだ。


 その後、里奈が帰って来るまでは真司とコールオブダーティーをして遊び、里奈から「なんであんたがいるのよ?」等とひどい事を言われてから、黒部家を後にした。


◇◆◇◆◇◆


「はあ、先輩大丈夫かなあ・・・」


 学校からの帰り道、気が付くと、いつものセリフを吐いていた。


 そこまで心配ならメールをするなり家に行くなりすればよいのだろうが、この少女からすれば、今の状況でそれを行うのはとてもハードルの高い事なのだ。


「燈色ちゃんまたねー」


「あ、さようなら!」


 燈色と呼ばれた少女は、すれ違ったクラスメイトと思われる女の子に慌てて返事をする。


 彼女はこれまでずっとクラスでも浮いた存在だった。このように、クラスの女子から話しかけられることなんて想像すらできなかった程に。


 それが好転したのはつい最近の事だ。


 ブラックアースと言うオンラインゲームで出会った姉弟。あの二人のおかげで、一歩前に踏み出す勇気の大切さを知った。


 そして学校でも一歩前に踏み出した結果、無愛想ぶあいそうだと思われていた燈色が、実はとてもシャイで人見知りなだけだったことがクラス中の女の子に知れ渡った。


 そして毎回顔を赤くして、なんとか返事をしようと頑張る愛らしい姿に、クラスで愛されキャラとして定着してきたのだ。


 なので今の学校には、一人寂しく昼食を食べている燈色の姿は存在しないのだ。


 ついこの前、同じ学年で、燈色と同じ「ブラックアース」をプレイしている「火雷利香」が話しかけて来た。


 最近真司がゲームにログインしてないようなので、燈色に事情を聞きに来たのだ。


 燈色から事情を聴いた利香は、「そんなの許せない!」と、憤慨ふんがいしていた。そして、今日真司の家に行くけど一緒に行かないか?と誘われたのだ。


 行きたい!と思った燈色だが、本人を目の前にして何をどうすればよいのか皆目見当もつかなかった。たぶん、気の利いた言葉なんかかけられないだろう。


 その点、あの利香と言う子なら、真司を上手く慰めることが出来るんじゃないだろうか?たぶん、私なんかよりちゃんとしてくれそうな気がする。


 燈色はそう考え同行を断った。


 だが、その後すぐに断った事を後悔した。これじゃあいつまでたっても先輩と話すことは出来ないだろう。


 自分をいつも助けてくれる先輩に、どう返せば良いのか。先輩が困っている今だからこそ自分は動くべきじゃないのか?


 これまでもそうだった。いつも一歩前に進む時には、何か妙案があったわけじゃない。行き当たりばったりの行動ばかりだった。


 でも何もしないよりは良い結果が生まれて来た。きっと今度もそうなる。


 面と向かって会えないなら電話でもいいはず。よしそうしよう!


 そして燈色は、(今日、家に帰ったら電話をしよう!)


 そう心に決めた。

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