第33話 こ、こんにちは

「何それ・・・」


 明海あけみの反応は、あきれといきどうりが混じったものだった。


 今はゲームをログアウトし、寝室に戻った礼二が明海に現在わかっている事を説明したところだ。


「誰がそんなひどいことしたの?」


「それはちょっとわかんないなあ」


 明海の手前「わからない」とは言ったが、恐らくはBMAの誰かだろうと礼二は予想していた。と言うのが、自由同盟のメンバー同士は、色々な意味で「近すぎる」からだ。


 すでにオンラインだけでなく、現実社会でも連絡を取り合い、なんなら一緒に御飯を食べたりするくらいの仲だ。掲示板に書くなんてまどろっこしい真似をするわけがない。


 特に自由同盟は真司を「好き過ぎる」奴ばかりなのだ。真司が要塞戦で色々発言するのを、まるで親が子の成長を見守るかの如く、というのが一番しっくりくる表現だろうか?いやなんか違う。


「礼君?」


「おっと」


 明海に話しかけられ、礼二は自分の思考が、かなり脱線気味になっていた事に苦笑いした。


「まあ明日にでも、実明ちゃんと話をしてみるよ」


「犯人を捜すの?」


「ん~、犯人を捜すことに意味があればそうするけどね」


 犯人は誰ですか!?ときいて「はーい」と手を上げるような奴が掲示板に書き込んだりはしないだろう。なので正直犯人捜しは無意味だと思う。


 ならば二つのギルドはこういった行為を許さない、という姿勢を示すくらいしかないんじゃないだろうか?ただ、この件を無かった事には出来ない。それははっきりさせておくべきだろう。


「まあとにかく」


 礼二は明日の事をそうまとめつつ、明海に向き直る。


「真司君は、別に明海ちゃんの事が嫌いになったとか、そういう事では無いからね。そこは安心していいと思うよ」


「うん・・・」


 まだちょっと不安定な気はするが、明海に関しては後は時間の問題だろうと礼二は思う。


「真司君は・・・まあ、あの子は根が真面目だからねえ。復活にはちょっと時間がかかっちゃうかもしれないね」


「・・・ぐすっ」


 礼二の言葉を聞いて、また明海は泣きそうになっていた。


「いやでも、今生の別れでもあるまいし、そのうち真司君から「すみませんでした」って電話とか来るよきっと!うん!」


「ホントに?」


「うん!だってそういう性格でしょ?真司君は」


「うん・・・そうかも。私も謝らなきゃ・・・」


 せっかく立ち直りつつあったのに、自分の不用意な言葉でまた泣きだしたらたまったものではない。礼二は慌てて明海へフォローを入れていた。


 まあ本来なら、礼二から真司へ連絡を取って調整するのが良いとは思うのだが、それだと真司に謝罪を強要しているようにも思えてしまう。礼二はギルトマスター以前に、明海の夫という立場だからだ。


【うーん、難しいなあ】


 そしてその日はそのまま眠りについた。


◇◆◇◆◇◆◇


 次の日、仕事が終わってゲームにログインした礼二は、すぐにBMAの桜マスターこと、桜菜実明みはるに連絡を入れた。今回の「事件」について話し合う為だ。


「すみません、私のせいです。私が真司さんにあんなこと教えなかったら・・・」


 それはその通りだと礼二は考えたが、それを責めた所で何かが解決するわけでも無いので、そこは黙っておくことにする。どちらにしても、いずれ自分で見るか他の人間から知らされる可能性もあった。まあ、タイミング的には最悪だったのは間違いないが。


「それはともかく、僕が問題視してるのは真司君を名指しで批判してた部分なんだ」


「あ、はい。それは私も確認しました。あんな事を書くなんてひどいです!真司さん一生懸命頑張ってるのに・・・」


「だね。それでね?お互いのギルド員に・・・まあ、警告と言うか、こういった行為を私達は許さないという事を、伝えておくべきだと思うんだ」


「え?自由同盟とBMAにですか?」


 実明のその返事を聞いた礼二は、やはりこの子はこれがどういう事かをはっきりとは認識してないんだろうなと思った。


 というのが、彼女は良くも悪くもお嬢様育ちなのだ。純粋で人を疑う事を嫌う。まあ、だからこそ昔あんな目にあっても、ブラックアースをやめなかったんだろう。変なキャラクター像を演じてまでも。


「実明ちゃん、あの書き込みは明らかに身内のものだよ。要塞戦で口だけは出す、って文があったでしょ?他にも会議に参加してなきゃわからないような事とか」


「あ・・・」


「という事はあの書き込みは、自由同盟かBMAの人間がやった事なんだよ」


 ここまで言って、ようやく実明は事の重大さを理解したようだ。


「そんな・・・でも実際に・・・」


 突きつけられた事実がショックだったのか、彼女は何も発言しなくなった。恐らく、自分の中で仲間を信じたい気持ちと現実がせめぎあってるのだろう。


「実明ちゃん、ショックなのはわかるよ。けど、身内の可能性はほぼ間違いないと思う。だから、まずはそういう行為は許さないという態度を表明はしておこう」


「・・・はい」


「ああ、それから犯人探しをする必要は無いからね?」


「どうしてです!?ちゃんと犯人を見付けて真司さんに謝らせないと!」


「でも、犯人は誰ですか?って聞いて、素直に手を挙げる人は居ないよ?」


「そんな事はありません!ちゃんと誠実さをもって伝えれば・・・」


「え?でも僕だったら絶対手を挙げないよ?」


「なんでです!?」


「犯人だってばれたら嫌じゃん。そうなったら今度は僕が何言われるかわからないでしょ?」


「う、うーん・・・」


「まあ、そういう人間も少なくないって事だよ。なので犯人捜しより、今後こう言う事が起きないように対策しましょうって事」


「あ、はい。対策は重要ですね!」


 ようやく実明は納得してくれたようだ。そもそも簡単に反省するような奴は、最初から掲示板に書いたりなんかしない。だったらそういう無駄な事はせず、今後の対策を考えた方が賢明だろう。


「じゃあ、そういう事でよろしくね」


「はい」


 とりあえずはこれで良いだろう。あとは一応自由同盟の皆にも言っておかないとね。特に暴走しがちな女の子がうちのギルドにはいるからね・・・。


 礼二はそう考えながら、ギルドチャットを開いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 火雷利香からいりかは走っていた。かつて体育の授業以外でこんなに走ったことがあるだろうか?というくらい走っていたかもしれない。目的地は黒部家だ。


 最近真司がログインしている所を見たことが無いと不審に思った利香が、彼の姉である里奈に聞いた所、諸事情によりゲームを休んでいる事を説明してくれた。


 そして利香の脳裏に浮かんだのが、ここ最近の真司の妙な態度であった。


 利香や実明との会話中に、妙に自分を卑下ひげするような発言をしていた事もあった。それに、会話中、何かの拍子に「むっ」としているような感じも見受けられた。


 その時は気のせいだと考えていたが、里奈から彼の異変を聞いた利香は、やはり自分の直感が間違ってなかったと思った。


 それで里奈から事情を聴いた次の日、つまり今現在、黒部家へと走っており、先ほど玄関へたどり着いた所だ。


「ピンポーン」


 玄関のチャイムを鳴らすと、しばらくしてからドアが開いた。


「どなたで・・・よ、よう」


「あ、先輩!こ、こんにちは!」


 久しぶりに会う両者は、何故かお互いにやや緊張した様子でぎこちない挨拶を交わしたのだった。

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