第四章
第32話 変だな
「ねえ
「今日のご飯はねえ・・・じゃーん!礼君の大好きなグラタンでした!」
「やった!」
夜19時を回ろうかと言う
「はいっ、どーぞっ」
「うわあ、美味しそう!」
目の前に置かれた、妻特製のグラタンの香りを楽しみながら、礼二は、明海がゲームにログインしなくなったあの日の出来事を思い返していた。
「あんたに何が分かるんだ!」
その日、礼二の妻の明海は、ギルドメンバーのダークマスターこと、黒部真司にそう言われてしまった。
その日はBMAとの要塞戦の打ち合わせがあったのだが、何故か真司の元気が無かったことが礼二は会議中ずっと気になっていた。
しかしその後、ギルドチャットでは元気よく狩りに行こうと言い出していたので、それほど気に留めなかったのがいけなかったのかもしれない。
そんな真司を、いつも通り明海がいじりだしたので、もう少ししたら間に入ろうかと言う矢先、真司から冒頭の言葉を明海が投げつけられたのだ。
そして真司はすぐにログアウトしていった。
あまりに突然の出来事だったので、礼二は何が起こったのかを一瞬理解できなかったが、明海がログアウトしたのを見て、ギルドの皆に「ごめん、僕もちょっと落ちる」とだけ伝えて、すぐに明海の元へ向かった。
この日明海はチャットだけするという事で、いつものリビングではなく、寝室で寝転びながらゲームをやっていた。廊下を走っている時間さえもどかしく感じる。
「明海ちゃん!」
礼二が寝室に飛び込むと、明海はベッドに腰かけ顔を両手で覆っていた。
「礼君・・・どうしよう・・・私・・・真司君を怒らせちゃったよー」
泣きじゃくりながら明海はそうつぶやいた。
「あの子、まだ高校生なのに、わたしそんな事すっかり忘れて・・・酷い事言っちゃった・・・」
明海は、あの少年の事がとても大好きだ。
まだ高校生だというのに、ギルド内での調整役、まあ、自分から望んででは無いとしてもやってくれ、そのうえ明海のいじりにもちゃんと乗ってくれる。
そしてギルドで浮いていた
ブラックアウトから誘われた時も、実は明海は真司が移籍したらどうしようと一番心配していた。でも彼は自由同盟を選んだ。
そして何より、自分と結婚してる礼二が羨ましいと口にまで出してくれるような子だ。明海も可愛くて仕方ない感じだった。
そんな真司からあんな言葉を受けてしまった。そのショックは、礼二には計り知れないものがあるだろう。
「だけど変だな・・・」
礼二は明海の頭をなでながら、そうつぶやいた。
そもそもあの真司君が、あの程度の発言でキレるとはとても思えない。そういえば、会議の時から元気が無かった。何か関係あるんじゃないか?礼二はそう考えた。
「明海ちゃん、ちょっと待っててね」
礼二は明海にそう伝えると、リビングに戻り、ゲームに再ログインした。
「あ、団長!」
礼二がログインするなり、エリナが声を掛けて来た。
「あ、みんなごめんね?心配かけちゃったね」
「それより明海さん大丈夫なの?」
「あーうん、まあ、大丈夫、とは言えないかな・・・」
大丈夫、と言おうかと一瞬考えたが、あの状況で大丈夫と言っても白々しいだけなので、礼二は正直に言う事にした。
「そう・・・よね・・・。あのね団長、ダークが明海さんに悪い事をしたと、すみませんって・・・伝えて欲しいって伝言・・・」
あー、やっぱり彼も何か思いつめてしまった結果だったのか…。一体何があったんだろう?明海の為にもまずは原因を知らなければいけない。礼二はそう考えた。
「あのエリナちゃん、ダーク君何かあったの?なんか会議の時から元気なかったみたいだけど」
「そう!私も思った。ダーク君凄く大人しかったもの」
礼二の言葉に続いたのは、彼と共にこのギルドを創設した
礼二はそう考えながら、他の意見を待った。
「あの、実は・・・」
「えっと、エリナちゃん何か知ってるの?」
彼女はゲーム内でのダーク君の彼女という事になっている。だったら何か知っているのかもしれない。
そして礼二と自由同盟のメンバーは、カシオペアサーバー掲示板に書かれていた内容で、真司が悩んでいた事を知った。そして恐らく身内が書いたであろう、真司自身への悪口の内容も。
「信じられない!何考えてるのよ!」
エリナの言葉を聞いた後の第一声は、千隼だった。普段とても温厚な彼女にしては、とても強い口調の言葉だった。まるで怒った時のエリナ君みたいだなと、内心、礼二が思ったほどだ。
「私も頭に来たんだけど、ダークから、ギルドの皆を不快な気持ちにさせたく無いからって止められたのよね・・・。あーもう!あんな言葉無視すればよかった!」
「なるほど・・・。匿名の掲示板でギルドやダーク君の悪口が書かれていた。しかも、どうも身内からの書き込みもあるという事だね」
礼二はエリナから聞いた話しを簡単にまとめた。つまり、掲示板の書き込みを気にしてた真司が、明海のいじりに過剰反応した・・・。
しかし礼二は、自分の考えに今一つ自信が持てないでいた。あの真司がそれだけできれたりするだろうか?
「というかね?利香ちゃんから聞いたんだけど、どうもここ数日様子が変だったらしいの」
「どういう事だい?」
礼二が思考を巡らせていると、千隼がそんな事を言い出した。
「なんかね、変に自虐的になってたらしいの。俺以外のメンバーは皆上昇志向があるし、みたいな事を言ってたらしいよ」
「は?なによそれ?」
「わかんないよー。私もそこにいたわけじゃないから」
真司が掲示板を見たのが昨日、そしてここ数日様子が変だった。という事は、掲示板の内容が直接の原因ではない、もしくはそれだけじゃないって事か?
「うーん、ますますわからない話になってきたねえ」
「ごめん、混乱させたかな・・・」
「いやいや、千隼さんのせいじゃないよ」
礼二は慌てて否定する。真司本人に話を聞ければ良いのだが、あの調子じゃいつログインするかもわからない。
「困ったことになったねえ」
「ホントに。でも団長、今は明海さんの側に居た方が良いんじゃないの?」
「あ、そう・・・だね。うん、そうさせてもらうよ」
まあ、今はわからない物を延々と考えても仕方ない。なので礼二は、エリナの言葉に甘えさせてもらう事にした。
「じゃあ今日はログアウトさせてもらうね」
「明海さんによろしくね!」
「ありがとー」
そう打ち込んでから、礼二はログアウトボタンを押した。スタッフロールが流れ出し、それをエンターキーでスキップする。そして画面にはいつものPC画面が表示される。
「とりあえずは、BMA、実明ちゃんと話をしなきゃいけないかなあ」
礼二は「ふー」っと一度ため息をついてから、誰に言うでもなく一人そうつぶきながら寝室へと戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます