第29話 桜+グランドマスター
俺の部屋で、グラマンこと
「・・・」
無言。すげえ怖いんですけど・・・。
「あの、ちょっと怒ってらっしゃる・・・?」
「別に・・・」
ひいいいいいい!怒ってらっしゃる!
「いや、別にさ、お前に黙ってたのも色々と理由があってだな・・・」
「別に怒ってないって言ってるでしょ!・・・腹は立ってるけど・・・」
何か違うのそれ!?
「まあ確かに~、あんたには正体ばらしといて私には教えてくれなかったとか~、すごーくショックだけどねー」
ぐっ、やっぱり根に持ってんじゃねーか。いや、絶対怒るとは思ってたけどね。なので、それを指摘されたら言おうと思っていた持論を展開する事に。
「そりゃー、お前に話したら根掘り葉掘り聞くだろ?女であることをばらしたくない向こうからすりゃ、そりゃあ話せるわけねーよ」
「むっ」
「以前、シャイニングナイトとのいざこざがあった時、メインチャットでやらかしたような事をやってしまう可能性もゼロじゃないしな」
そう、こいつは何と、サーバー全員が見えるチャットで、シャイニングナイトの奴と口喧嘩を始めたんだ。ギルドの皆が止めるのも目に入らず、俺がこいつの頭をスリッパではたいてリアルで止めるまで、それは続いていた。あれはまじで恥ずかしかったぜ。
「うっ」
「なるべく穏便に事を運びたい彼女からすれば、あの時のお前の行動は、お前に本当の事を話すのを
「むうううううう」
いやあ、結構適当に理由並べてみたけど、案外そうかもしれないとか思えて来た。こいつは頭に血が上ると、後先考えずに行動するときあるからな。
「じゃ、じゃあ、なんで私にこんな話してくるのよ!」
「これは俺の独断」
「へ?」
「俺が自分の判断で里奈に相談してる。だから、お前が仮に解決策を提示してくれても、お前が解決策を提示してくれたとは皆には言えない。そこは先に謝っとく」
「いや、そうじゃなくて・・・。なんで私に相談しようと思ったの?」
この姉貴の問いにはちゃんとした理由があった。別に、答えが見つからないから誰彼構わずという訳ではない。
「なあ、俺達が
「は?ああ、まあ覚えてるわよ。それがどうしたの?」
俺は、なんで姉貴に相談する事にしたのかを、ちゃんと説明することにした。
当時、俺達黒部兄弟と
燈色の言動の根底には、皆と仲良く遊びたいという願望があった。決して、意地悪をしたいとかそういう理由ではなかったんだ。
そして燈色は、傷つけてしまった里奈になんとか謝罪したいと思っていた。それを知った俺は、特に険悪な仲になっていた姉貴への謝罪の機会を設けてやりたいと思ったんだ。
けど、里奈は違っていた。孤立しがちだった燈色を、ギルドに馴染ませるために行動しようとしていた。謝罪して解決!なんて考えてた俺とは大違いだよ。
「だから俺は、実明さんとの約束を破ってでも、お前に相談しようと思ったんだよ」
くーっ!姉を褒めるとか、普段絶対やらない様な事をすると、本気で恥ずかしいな!けど、これは俺の本心だ。
「ま、まあ、私くらいになればそれくらい当然の事だけどね!」
腰に手を当て、胸を張りながら鼻息荒くそう語る里奈。けど顔は照れのあまり真っ赤になっている。でもそれはたぶん俺もなので、あえて言わないことにする。
「とは言っても、急には良案は出て来ないわよ」
まあ、それはそうだろうな。そもそも今回は、実明さんに非があるわけではない。なので、実明さん当人と話し合いをしてどうにかなる類の問題じゃないのが難点だ。
「ねえ、一つ聞いて良い?」
「なんだよ?」
「その子、実明ちゃんだっけ?「桜」って名前を使いたいのよね」
「そだよ」
「じゃあ、グランドマスターって名前は好きじゃなかったって事?」
実明さんがグランドマスターって名前を好きじゃなかった可能性・・・。
「いや、それは無いと思う」
「なんでよ?」
姉貴にそう問われてから、改めて考えてみる。
俺とグラマンの出会いは団長の紹介なんだけど、その時に「同じマスター同士、仲良くしようじゃないか!」と言われたのを思い出した。
そして、グラマンが創設者の一人である「シャイニングナイト」設立のきっかけは創設者3人の名前にマスターが着いていて、同じ名前で意気投合した事にある。そして何より・・・。
「自分の名前が嫌いな奴が、その名前をギルドの名前に付けるわけがねーよ」
そう、グランドマスターのギルドの名前は「ザ・ブラックアース・マスターズ・アソシエーション」だ。よく考えてみると、実明さん、かなりグランドマスターの名前は気に入ってるんだと思う。まあそれ以上に、桜って名前には思い入れがあるんだろうけど。
俺の話を聞いた里奈は、しばらく考え込んでいたようだった。腕を胸の前で組んで、目を瞑って微動だにしない。
「ねえ、あんたの話しを聞いてると、マスターって部分を特に気に入ってるように聞こえるんだけど」
「あ、ああ!確かにな。マスター繋がりをいつも強調してたしな」
そして再びしばらくの間、腕組をしながら考え込む姉貴。
「だったら良い案があるよ」
「え?マジで!?どんな名前だよ?」
「それはね・・・」
里奈が俺に提案してきた事とは・・・。
**********************
その日、俺達自由同盟とBMAは要塞戦の作戦会議を行っていた。そして何故か、お兄ちゃんLOVEこと、火雷利香の姿もそこにあった。
実は、俺達自由同盟とBMAの自由BMA同盟に加え、お兄ちゃん大好きギルドも加わり、何と、3つのギルドが協力して、黒乃水言さん達が所属する「ブラックアウトギルド」の「ローザ要塞」に合同で攻め込むことになったからだ。
合同で攻め込むことになったのには理由がある。今から数日前に、俺が姉貴から提案された実明さんの名前に付いて、皆に相談していた時の事だ。
「桜マスター!?」
そこにいた全員の声がハモッたかと思ったくらい、綺麗に重なっていた気がする。実明さんの桜と言う名前を使いたいという希望に対して姉貴が提案したのは「桜」と「マスター」を組み合わせる事だった。
「はい。実明さん、マスターという名前はどうですか?あまり気に入ってませんでしたか?」
「い、いえ!むしろ、色々と思い入れのある好きな名前です」
俺からのいきなりの質問に、少々戸惑いながらも答えてくれた。
「だったら、思い入れのある名前どうしをくっつけてみては?と思ったんです」
・桜マスター
・SAKURA MASTER
・サクラマスター
こんな感じで、好きなのを使えばいいんじゃないかという事を、姉貴が提案してくれたんだが、そういう訳にもいかず、俺が考えた風に言ってみた。
「桜・・・マスター・・・」
実明さんは、しばらくの間、色々と考え込んでる風だった。そりゃあ、桜と言う名前でプレイしたいって相談だったのに、「桜マスター」はどうですか?って提案されたわけだしな。まあ、断られる可能性は正直高いと思う。
「いいです!凄く良いです!」
「ですよねえ、やっぱ無理が・・・えええええ!」
断られる可能性を考えていたからか、実明さんの言葉を瞬時に判断できなかったぜ・・・。
「えっと、いいんですか?」
「もちろん!あー、どうして気付かなかったんだろう!好きな名前をくっ付けたら良かったなんて・・・」
あれ?なんか意外と決まりそうな方向に向かってる感じがする。
「確かに桜マスターなら、以前の関係者も「桜」だとは気付かないかもね」
団長が俺の・・・正確には姉貴の案に賛成の意を表明する。
「桜」だと、昔の仲間に気付かれる可能性は高いが、「桜マスター」は完全に別人だ。しかも、グランドマスターが「桜」だと知っているのは、今ココにいるメンバーと姉貴だけなので、ばれる可能性は100%無いと言って良いだろう。
「真司君~、たまには良い仕事するじゃん~!」
明海さんが俺をからかうように突いて来る。本当は俺の案じゃないので、苦笑いをするしか無かったけどな。
あ、一応利香には姉貴の案であることは予め言っといた。
「里奈さんなら口外しないから大丈夫でしょ」と言われ、ちょっとだけ気分が軽くなった気はした。ここだけの話と言われていたのを、姉貴に話してしまったことを、ちょっと申し訳なく思ってたからね。
「そっか、桜マスターか・・・。ふふっ」
実明さん、本当に気に入ってるみたいだ。正直、この話はもっと解決に時間がかかると思っていただけに、ちょっと安心したよ。
「後はギルドの皆への説明だね」
「それは私が責任を持ってやります」
団長の言葉に、実明さんははっきりと宣言する。わからんけど、大丈夫じゃないかな。そんな気がする。
しかし、改めて里奈には感謝しなきゃなあ。今度なんかお礼考えとこう。
これが数日前の出来事だ。
それでなんで、お兄ちゃん大好きと合同で「ローザ要塞」に攻め込むことになったかと言うと、その時の桐菜さんの発言が引き金となったんだ。
「桜ちゃんが復帰するなら、私もシャイニングマスター引っ張ってこようかな~」
思ったよりあっけなく実明さんの問題が解決したため、みなで明海さんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら談笑している時に、桐菜さんが何気なく言ったこの言葉がきっかけとなったんだ。
「お、久々にシャインちゃん復活?」
桐菜さんの言葉に団長が反応する。
「わー、桐菜さんがシャイニングマスターでプレイするのって、凄い久しぶりじゃないですか?」
実明さんが嬉しさと懐かしさが混じったように話しかけた。団長と桐菜さんと実明さんは、元シャイニングナイト所属だったから、懐かしい気分が蘇ってきたんだろう。
「シャイニングナイト辞めてから一回も遊んでないかも」
「え!?桐菜さん、自由同盟入ってから一度もシャイニングマスターで遊んでないんですか?」
俺はびっくりして、思わずそう質問していた。だって確か、レベル100目前だったはずだぜ。それなのに、全然遊んでなかったのかよ・・・。
そんな感じで、実明さんの名前問題から、桐菜さんのキャラクターの事について、みんなでわいわい言ってる時だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
利香が慌てて俺たちの会話に混ざって来る。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、え?シャイニングマスターって言いました?桐菜さんが?」
利香は半分パニックになりながら、そう質問してきた。
「あ、そっか。ごめん、内輪ネタで盛り上がってた、すまん」
「いえ、そうじゃ無くてですね!」
俺の言葉を即座に利香は否定する。え?そういう事じゃ無いの?じゃあどういう事なんだ?
「あの、シャイニングマスターって、シャイニングナイト創設者の一人であるシャイニングマスターですか?レベル100に一番近いプレイヤーって言われた!」
あー、そういえば、なんか昔凄かったって話は聞いてたな。黒乃さんが言うには、シャイニングマスターが現役なら、サーバーで頭二つくらい飛び抜けた存在になってたはずらしい。今の桐菜さんのプレイスタイル見てると、とてもそうは思えんが。
「いやあ、確かにシャイニングナイトは実明ちゃんと一緒に作ったけど、そこまで凄くないよ」
桐菜さんはかなり照れながら利香に返事をしていた。まあ、目の前で凄いだのなんだの言われれば、そりゃ照れるよな。
「えええええええええええええええええええ!」
そして、その後すぐに、利香の声が桐原家のリビングに響き渡る事になった。
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