第28話 ワールドマスターという男

「えっと、千隼ちはやさんとワールドマスターさんはお知り合いですか?」


 俺は話し合いが始まる前の挨拶あいさつが終了した時点で、千隼さんにそう聞いていた。俺自身が気になっていたのもあるが、後ろに居る里奈と燈色ひいろが聞け訊けとうるさかったからだ。


ワールド「あれ?千隼から聞いてないのかい?」


 ワールドマスターさんが、俺と千隼さんの顔を交互に見ながら、そう聞いてきた。


千隼「あー、ごめんね。特に言う必要も無いかなと思って言ってなかった」


 そう一言あってから話し始める。


千隼「私、昔はシャイニングナイト所属だったの」


「「「え?」」」


 俺と燈色と里奈の声が重なった。そして画面を見ると、刹那せつなって奴も「え?本当ですか?」とワールドマスターさんに聞いている。


真司『おい、知ってたか?』


里奈『全然』


 燈色はともかく、里奈も首を横に振る。


 団長とグラマンはノーリアクションだ。って事は、二人は知ってたって事か。まあ、一人はシャイニングナイト所属だし、団長はギルドマスターだからな。待てよ?あの刹那って奴が知らなかったって事は、やっぱあいつらは新人だった可能性が高いな。


団長「それはともかく、今日の議題へと入りたいのですが」


 団長の一言で「そういえばそうだった!」と思い出した。今日は抗議に来たんだよ俺は。千隼さんが過去にシャイニングナイトだった話は興味はあるが、とりあえずそれは後だ。


団長「ワールドマスターさん」


ワールド「ワールドで構いませんよ」


団長「ではワールドさん、昨日そちらの刹那さんを含む数名のギルド員の方々が、我々のギルドのクラン員の狩りの妨害を、不正に行ったことは聞いていますか?」


 おお、団長ズバッと言ったなあ。


ワールド「ええ聞いてます。ただ、そちらのヒーラーの方が不正なツールを使っていたとの報告も僕は聞いているのですが?」


 来た、と思った。ヒールの魔法を使うとMPを消費するんだけど、昨日シャイニングナイトのヒーラー二人のMPが無くってるのに、里奈のMPは無くなってなかった。しかも、ヒールの魔法をたくさん使ってたのは里奈の方だ。なのにMPが無くならないのはおかしい!これが刹那達の主張だ。


団長「これについてはダークマスターから説明があります。いんだよねダーク君」


ダーク「はい」


 つっても、実際には俺の後ろに居る里奈が話すことを、俺がキーボードに打ち込むだけなんだけどな。


里奈『いい?ちゃんと私の言う事をそのまま打つのよ?』


真司『わかってるよ』


 わかってるけど、あまりに過激な発言は当方で修正させてもらうけどな。


ダーク「では説明します」


 俺は後ろで里奈が喋ってることを、出来るだけそのままキーボードへと打ち込んでいく。


 結果から言えば、里奈の奴は不正なツールを使ったり不正を働いたわけでもなんでもない。里奈が操るキャラクター「エリナ」のステータスに、その理由があったんだ。


ワールド「ステータス・・・。もしかして、INT型・・・ですか?」


真司『え?INT型?何それ?』


里奈『とりあえず「その通り」って答えなさい』


 俺は姉貴の言う通りにキーボードを打っていく。これ、自分がわかってて打ち込んでるわけじゃないからやりにくいなあ。


ダーク「ええ、ワールドさんの言う通り、エリナはINT型のヒーラーなんです」


 INT型ヒーラーってのは、初期ステータスポイントのほとんどを知能につぎ込んだヒーラーの事らしい。


 ブラックアースのキャラステータスは以下で構成されているんだ。


体力・レベルアップ時のHPの増加に影響する

腕力・剣での攻撃力に影響する

器用・弓矢の攻撃力に影響する

知能・魔法の威力や消費MPに影響する

魔力・マジックポイント、MPの増加に影響する


 で、キャラクター制作時にもらえるポイントを各能力に割り振ることで、最初のキャラクターが決まるんだ。


 例えばヒーラーなら、一番多いタイプが「体力」「知能」「魔力」に均等に振り分けるタイプだ。


 なんでヒーラーに体力がいるの?って思うだろ?でも、レアアイテムをゲットするためにはボスと戦う必要がある。ボスと戦うにはヒーラーが必要不可欠だ。で、ボスは強いから自分のHPが低いとすぐ死んじゃう訳。なので、ヒーラーでも最低限のHPを確保する為に体力にもポイントを割くらしい。


 じゃあINT型は何かと言うと、初期ポイントのほとんどを知能に割り振ったヒーラーの事だそうだ。全部を知能につぎ込んでるので、一般のヒーラーに比べて回復量は3倍、消費MPは3分の1、MP総量も3分の1、HPは3分の2程度になるんだと。


 なので、回復量や消費MPの点ではかなり有利だけど、HPが少ないので、ボス戦などではテクニックが求められる難しいタイプらしい。


 てか、自分でテクニックが求められるとか言うか普通。もちろんそこは普通にスルーさせてもらったよ。


ダーク「それに加えて・・・」


ワールド「まだあるのかい?」


ダーク「漆黒しっこくシリーズを装備しています」


ワールド「漆黒もか!徹底してるねえ」


真司『漆黒シリーズって何?』


 俺は自分でキーボードに打ち込んでおきながら、それを姉貴に質問するという高度な技を先ほどからずっと使っている。だって仕方ないじゃん、知らないんだから。


里奈『あんたそれも知らないの!?』


真司『俺はヒーラーじゃねーから知らなくて当たり前なんだよ!』


燈色『すみません、私も知りません』


里奈『燈色は良いのよ』


真司『ちょっと!』


里奈『はいはい、それも説明してあげるわよ』


 そう言いつつ、里奈は漆黒シリーズの説明をし始めた。


 漆黒シリーズってのは、正式名を「黒の法衣」や「黒神の杖」など、黒が名前に付く装備の事を漆黒シリーズという。この、漆黒シリーズに共通しているのは、持ってるだけでMPが回復するという特質がある事だそうだ。なので、INT型の奴が装備すると、鬼のようなMP回復力が得られるらしい。


 本当は里奈の奴、


「だから、あの程度の雑魚相手にMPが無くなるなんて、私的にはあり得ない事なのよねえ。どっかの誰かさん達と違ってね!」


 とか言ってたんだが、揉めるだけなので、そこは俺の判断で全カットさせてもらった。こいつは昨日の今日なのに全く懲りてないな。


ワールド「なるほど、大体の事情は理解した」


 ワールドさんは俺の話を聞くと、そう言いつつ刹那の方へ向き直って話し始める。


ワールド「君は、そのレベルにもなって「INT型」や「漆黒シリーズ」の事も知らなかった。そうだな」


里奈『あんたも名乗り出なくていいの?」


 里奈の奴がニヤニヤしながら俺を肘で突いてくる。っく、反論できねえ。


ワールド「そのうえ、こんなギルドをからかう事に無駄な労力を割いていたわけだ?」


 いやあ、俺と里奈と燈色は一瞬顔を見合わせちゃったね。こいつ、自由同盟を「こんなギルド」とか言いやがったぞ。本人達の目の前で!


ワールド「その時間をレベルアップやレアハントに充てていれば、こんな下らない事に私の時間を割かれる事も無かったんだ」


ダーク「おいおい、ちょっとあんた!下らない事ってなんだよ!大事な事だろうが!」


 でもワールドの奴、俺のそんな言葉は無視して、刹那に語り続ける。


ワールド「刹那、君たちのグループは今日でシャイニングナイトから追放だ」


 はあ!?こいつ何いってんの?そう思いつつも、俺は刹那のステータス画面を慌てて確認する。


刹那・無所属


 おいおいおい、本当に除籍じょせきしやがったよこいつ。何考えてんの?カルシウムが少なくてイライラしてるってか?カルシウムはちゃんと取らなきゃ大きくなれないんだぞ!


 俺が混乱して、そんなわけわからん事を考えてる横で、里奈の奴が完全にヒートアップしていた。


里奈『あいつ一体何様なのよ!ちょっと一言ビシッと言ってやらなきゃ気が済まないわ!』


真司『おいやめろ!』


 そう言いながら、里奈が俺からキーボードを奪い取ろうとするので、必死になってキーボードを守ったよ。だって今のこいつにチャットなんかさせたらどんな暴言吐くかたまったもんじゃない!そしてその結果。


ダーク「jぷ80f@おあえf90あうff;あえmふぁえ」


 という、意味不明の文字列が、会議室のチャット欄に表示される。


千隼「ダーク君?」


ダーク「すみません!家のやんちゃな猫がキーボードに乗っちゃいまして・・・」


 と、すぐに言い訳を打ち込んだ。すげえよ俺、とっさに気の利いた言い訳をした俺を誰か褒めてくれ!


ワールド「まあ、とにかく、今後は君たちにこのような迷惑を掛けることは無いと思う」


 一旦は、里奈の暴挙で場の空気が変になりそうだった会議室は、再びしーんとなってしまった。そしてワールドはそのまま椅子から立ちあがった。


ワールド「では、これで失礼するよ。じゃあな、シャイン、グラマン」


 そう言うと、ワールドは会議室から出て行った。団長も千隼さんも黙ってワールドを見送っている。そしてグラマンは、ほとんど何も喋らなかった。


里奈『なんで団長も千隼も何も言わないであいつを行かせちゃうのよ!あーもー腹が立つーーーー!』


 里奈は履いてたスリッパで俺をぽかぽか殴りながら文句を言っていた。でも俺さ、団長と千隼さんの気持ちわかるよ。あれは「」って奴だ。


 いつまでも「むきー」と言いながら、俺を殴る我が家のでっかいINT型猫と、それを見ておろおろしている燈色をぼんやりと眺めながら、俺はなんだかわからない脱力感に襲われていた。

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