第三章 6 ハタシアイ? イッツ・ファンタスティック!

「クロークちゅうと……あの農学校の校長先生か?」

 リョウマは、驚きの表情で外国人をにらみつけた。


 クロークはリョウマとヒジカタの間に入って両手を広げ、大声でわめきたてた。

「どういう理由があって殺し合いをしているのか、って聞いてるんだよ。つまらないケンカなんかで大切な命を捨てるのはやめろ、ってさ」

 おいらは、クロークが早口にまくしたてるイグランド語を、いつもリョウマにしているように二人に翻訳してやった。

「正当な決闘だといってやれ。命をかけた果たし合いはサムライの権利だ。お雇い外国人ごときにじゃまされてたまるか」

 ヒジカタが吐き捨てるようにいった。


「オー、『ハタシアイ』! イッツ・ファンタスティック!」

 クロークは自分の知っている日ノ本ヒノモト語を耳にすると、パッと大きな眼を輝かせ、イグランド語がちゃんと通じそうなおいらにむかってペラペラとつづけた。


「ええと……そいつは実にすばらしい。国への土産話にするから、ぜひとも立ち会わせてくれ、っていってる。それと、ついでに『ハラキリ』と『アダウチ』というのも見せてくれないか、って」

「なにをむちゃくちゃなことをいっとるんじゃ。それにしても、ろくでもない日ノ本語ばかり知っとるな」

 リョウマはあきれ果てていった。

坂元サカモトさん。こいつはおれたちからしぼり取った血税から出た多額の金をもらい、物見遊山のつもりで日ノ本に来ている不逞のやからです。追い払ったところで、まっ先に黒多クロダに注進されるのがオチだ。おれはこの夷狄をまず血祭りに上げて、それからこいつを雇った黒多を斬りに行く――」

 いうが早いか、ヒジカタは、こんどはクロークにむかって剣を振りかぶった。

 すると、クロークの顔がさっと緊張し、ランプを投げ捨ててふところからすばやくピストルを取り出した。


 そのときだ。

 おいらの肩から、ボコイがクルリと丸まりながら転げ落ちてきた。

 おいらが受け止めたときには、黒光りする球体に変じていた。


 あのときと同じだ――


 おいらがそう思った瞬間、その爆発は起こった。

 ボコイの口から恐ろしい火炎が太い棒のようになって噴き出したのだ。


「ワオッ」

「うわっ」

 火柱はあたりを明々と染めあげながら直進し、ピストルをかまえたクロークと剣をふるいかけたヒジカタのちょうど真ん中をつらぬいた。


 それはまったく一瞬の出来事だったが、炎が消えた後、クロークの手からはピストルが弾き飛ばされており、ヒジカタはまたたくまに熱くなった剣をたまらずに落とした。


Whatホワット?」

 クロークはピストルを拾うのも忘れ、両手を大きく広げて驚きを表した。

 ヒジカタも、何が起こったのかまったく見当がつかず、火傷した手のひらをこすり合わせながら呆然と立ちつくしている。

 ボコイは、おいらの腕の中でまたフワッと元の姿にもどった。


Squirrelスクィレル? Didディド itイット makeメイク thatザット? Pleaseプリーズ letレット meミー seeスィー itイット!(リス? あれはそいつのしわざか? どうかそれを見せてくれ)」

 ヒジカタに斬られかかったことなどたちまち忘れたかのように、クロークはおいらのほうへノッシノッシとやって来る。

 おいらは、ボコイを守るように抱いて後ずさった。


「ふん。お断りだというちゃれ。サムライの神聖な決闘の場にいきなり乱入してくるわ、わけのわからん要求はするわ。とんでもない外国人じゃ。おかげで、戦う気力がすっかりなえてしもうたわい」

 リョウマにも、クロークが発した短いセリフくらい理解できる。

 顔をしかめていかにも迷惑そうにいいながら、剣を腰のサヤにおさめた。

 ヒジカタのほうは、よほどあの火炎の奔流が衝撃だったらしく、取り落とした剣を拾い上げようともせず、おいらが抱いたボコイのほうを見つめたままだ。


 すると、おいらの眼の前に長身を折ってしゃがみこんだクロークが、にっこり笑いながら二人のほうをふり返り、なんと流暢な日ノ本語でいった。

「もう殺し合いをする気なんてなくなったでしょうが。でも、ああでもしなければ、今ごろお二人のどちらかが死んでますよ。見殺しにはできません。ワタシは学者だし、敬虔なクレスチャンでもある。ハタシアイやハラキリが見たいなんていうのは、もちろんジョークです。もちろん、文化的な興味は十分ありますがね」

 クロークが、いたずらっぽくウインクして見せた。


 うって変わって温厚そうな笑顔を見せた奇妙な外国人に、おいらたち三人は言葉を返すこともできず、ただただ呆然とするばかりだった。

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