終章・星の向こう
ここへ来てどのくらいが経ったのだろう。数十年のようにも感じるし、数百年のような気もする。それでいて数分のような錯覚にも陥る。そもそも「時計」が正しくないのだから「現実」を生きていた頃の尺度と同じに考えてはいけない。ここはそういう場所だ。
アスタリスク。俺達が「星」と呼ぶここは「理解者」の中で最も最初に他界した光一の手により創造された死後の世界。ここにいる人間は総じて死後に自らここを望み、訪れた存在だ。入場チケットは「ここを知っている事」と「行きたいと願う事」この2つだけだ。可能な限り現実に則したルールを適応した仮想現実とも呼べる世界で俺たちは仮初の肉体を持ち、生きていた頃と同じように生活している。
時間的な感覚が曖昧なのも光一が「ズル」をしたせいだ。世界に時間を適応し、待つ事を余儀なくされた光一は「時計を進める事」を思いついた。時間旅行というよりはコールドスリープに近い。
基本的には「1分ってこれくらいだよな?」的な感覚的なノリで「1秒」を仮定し、その倍数を持って1時間、1日、1年を仮定している。その適当に作られた時計の針を光一は高速化し、時間を高速化させつつ、世界を鈍化させた。俺達は超高速で流れる時の中をスローモーションで生きているような物だ。相対的に見れば普段通り。しかし、ここでの「1日」は「現実」における約1年に相当するように調整されている。
神は6日で世界を作り1日休んだとも言われるが、ここは光一基準で5日で作られたと言う。最初に訪れた客は待ち望んでいた美咲ではなく槐だった。その数日後には理沙が訪れ、美咲が現れたのは3番目だった。完全な異世界、現実は隔絶された場所ではあるが、時間という概念で無理やりにでも整合性を取ろうとしているのだから、その辺は現実世界で死んだ順だ。それからここでいう数ヶ月後には俺を含め、子孫数代懐かしい顔が並んでいる。思想を共有できた友人周りやその子孫も含まれ、随分と賑やかになってきた。もちろん全員が全員ここを望んだわけではなく、純一の息子の武一は「ドコへでも行けるならオレは宇宙海賊になる」と訳の分からない事を言いながら他界したと孫から聞いた。武一の妻も仕方がなくソッチへ付いて行ったのだろう。まぁ、理屈が分かってるならどこへ行こうと飽きた頃にはコッチに顔を出すかもしれない。もちろん、文字通り、「生きていれば」の話だが。
言うなれば俺達はここでルールによって保護されている状態だ。眠る事によって意識を喪失しようとも、ここへ来てからの情報は全てアスタリスク内の共有情報として世界に保存されており、それを元に「翌日」を生きられる。脳に保存されたシナプスの電気的な信号をそっくりそのまま世界という器に移し替えた形だ。
俗にいう「全知に至る道」アカシックレコードとも呼ばれる物を随分と普通な用途で日常的に活用している訳だ。もちろんここの「全知」はまだまだ幼い。ここに居る人間が持ち寄った断片的な記憶が全て。とはいえ塵も積もれば何とやら。うろ覚えの断片的な記憶でも大量に集まれば一応の完成を見る。そういう意味では後続の人間が持ち込んでくる有名な映画などの記憶も収集、統合され一つの作品として完成する。完全にオリジナルと一致しているかは怪しいが、限りなく近い物にはなっているのだろう。
気が付いた頃にはここには約15万の人間が暮らしており、中規模な衛星都市ほどの規模になっていた。オレがもっと上手くやってりゃ一撃百万都市もありえたかもしれないが、ソコソコの規模になった頃から世界の時計は徐々に速度を落とし、今ではほぼ標準時間と思われる速度で世界は動いている。
この世界は創造主たる光一を始め、同等の力を持つ存在として、その娘夫婦の神奈と大地、そしてオレの4人が大きな権限を持っている。一部の人間からは「四神」とか「四柱」などとも呼ばれているが、別に俺達が特別な訳ではないし、俺達以外の人間がそういった特権を持つことを制限している訳でもない。
ここでは誰もが等しく、神になれる。そういう場所なのだが俺達4人を除く他の人間は今でも生きていた頃の常識に強く捕らわれており、その常識を逸脱した力を自由に使うことができないでいる。その気になれば誰だって生身で空を飛べる世界なのに常識に縛られ従来通りの生活から脱却できないでいる。もちろん、それで構わない。ここで望まれているのは永遠に続く平穏そのものなのだから。
その為、ここは可能な限り「現実」に則した「街作り」が成されている。ベースは生まれ育った霞ヶ丘の情景を落とし込み、適度に自然の残る普通の町並みを再現している。各家庭には通称「魔法のレンジ」が備え付けられており、食べたい物を入力するだけで数秒を待たずに料理が現れる。
通信技術も高度に発達し、外部端末の一切を使用せずに、視野内に操作パネルを「表示」させ、通信や各種情報の閲覧が可能となっている。一見すると高度な科学力によって未来的な生活を享受しているようにも見えるが…正直な話、一手間増えているだけだ。「魔法のレンジ」にも「基本通信端末」にも、長距離移動を瞬間的に行う「ゲート」にも…魔法も科学も介在していない。「そういう便利な物がここにはある」という思い込みが、彼らにここでの「常識」として無意識に「力」を使わせているだけだ。本当に種も仕掛けもない。そういう意味では科学よりも魔法に近いが、科学的なスタイルの方が「現代人」には受け入れやすいのだろう。
中にはここの「ルール」を理解しようと努力する者もいる。神奈に対して並々ならぬ対抗意識を燃やしている美咲がそうだ。基本的には同一人物なのだ。自分にできる事が自分にできないって矛盾に腹を立てているのだろう。今日もまた一人で飛ぶ練習をしているが中々上手くは行かないようだ。俺は元妻のそんな努力をそっと影から見守っている。文字通り物陰から見ている訳では無く、何キロも離れた場所からでも「この世界」で起こっている事なら全て知る事ができる。通常であれば情報端末ではアクセスが制限される「個人情報」にも俺達は直接アクセスが可能だ。新たにやってきた人間がどこの誰かは即座に分かる。
ここは基本的に誰でもウェルカムな開かれた世界ではあるが、事前のルールとして「自殺はご法度」と定めているし、「生前、非道な犯罪行為を犯しなお反省のない者」などにも一定のペナルティーは発生する。その辺りは実に宗教的だが、住民の質を高めるという意味では合理的な方法だと思う。
禁を犯せば罰もある。何、この町まで最大で一光年ほど歩いてもらうだけだ。時間は無限にあるし、死ぬ事は無い。そう考えれば大した罰ではないだろう。そんな罪人であろうと「力」を制限したりはしていない。チープな言い回しだが「力」に目覚める事ができればズルする事も認めている。高速移動も瞬間移動も使っていい。まぁ、それが出来る人間ならわざわざココを目指すとも思えないが。
「自殺するのは賢者か愚者かの二択だわな」
「大半は愚者だがな」
アフロの「割り込み」に俺はそう返して苦笑する。俺のこういった「思考」もまた常にアカシックレコードに刻まれ続けている訳で、力を持つ者に対しては常にオープンチャット状態だ。もちろん、プライベートとして「保護」する事は可能だが、それをこじ開ける事も可能なので基本垂れ流し。四神と呼ばれる俺達の力は基本的に拮抗している。まぁ4人の内3人が事実上の同一人物であり、夢の世界を操る力は幼少の頃には完成していた物を全員が共有しているのだから当然だ。そういう意味で言えば俺の、いや、俺達の唯一の理解者は元美咲の現神奈ただ一人だ。
一応だが街の中は平和そのもの。他者への攻撃行為の一切が「禁則事項」になっており、邪な「考え」を起こすのは自由だが、それを実行することは「できない」ようになっている。いわゆる「ピースゾーン」であり、相手が傷つく「言動」も場所によっては自動的に制限される。従って警察組織も治安維持の為の組織も必要ない。
「あいつ気合で飛ぶ気なのか?」
「ああ、まだまだ時間がかかりそうだ。無理を通そうと思ってる間は無理だろうな」
いつの間にか俺の横に物理的に存在しているアフロの言葉に俺はそう返して幼い子供を見守るような気分になっていた。俺達はよくここにいる。町で一番高い電波塔の展望台。の屋根の上。飛べる人間にしか入って来られない、ある意味で「聖域」となっている場所だ。電波塔とは言えただのランドマーク的な役割しか無く、実際には電波は出していない。
「父さん達、またここにいたんだ」
俺達が高みの見物を決め込んでいる所に轟音を響かせながら文字通り一人の男が「飛んできた」。アフロがいつの間にか横に居たような瞬間移動ではは無く、物理的に空を飛んできて、スピーカー越しの篭った声で話しかけてくる。
「梛助、お前さん飛べるようになったのかい?」
「父さん達みたいに空間を跳躍する訳じゃないし機械に頼って物理的に飛んできただけだけどね」
感心するアフロの言葉に俺の息子の「梛」はそう言って変身をを解いて「人の姿」に戻り俺達の横に着地する。
俺達「四神」程で無いにしろ「ここの仕組み」を高いレベルで理解して行使できている「一般ピーポー」の中ではウチの息子は群を抜いている存在だ。流石は俺の息子だ。ただ「能力」として空を飛ぶ事よりも「テクノロジー」や「科学技術」という形に「力を置き換える」事で中々捨て去る事の難しい「古い常識」を理解できる範囲の「常識」として相殺している形だ。その為、梛の「飛行形態」は某アメコミ・ヒーローの機械超人のような収納可能なパワードスーツのようなロボット姿だ。色は白いし某アニメの主人公機のようなフォルムをしている。まぁ男の子なら一度は憧れるよな。こういうの。見た目こそ少年のような容姿だが、こいつも中身は100歳超えてるジジイではあるが。
むしろ息子のここでのその姿を見る度に「世界を変えてしまった」という若干の罪の意識も芽生えるのが事実だ。俺が「アフロ」として生きていた頃に神楽が連れてきた「梛」は正に「楓の生き写し」のような背格好と容姿をしていたが・・・俺の息子の梛はどうみても小柄で女の子のような容姿で色も黒く銀髪、完全に嫁さんに似た。楓としての俺の人生を完全に上書きしてしてしまった影響で俺と獅庵の結婚もアフロとして見ていた「未来」よりも何年も早くなってしまったし、誕生日はおろか生まれた年も違う。性格も俺の知っていた梛とは大きく異なり、知識欲旺盛な小柄な子供で小さな頃から機械いじりを趣味としていた。
生きていた頃は大手の航空機メーカーでエンジニアを勤めていた。生前は実現に至らなかったサイエンス・フィクション世界の産物のような「理論上は作成可能」な機械や素材、都合の良い架空のエネルギーなんかもここでは簡単に使う事ができる。そういう意味では技術者冥利に尽きるというか、思いを形にできるここでの生活は楽しくて仕方がないようにも見える。
まぁわざわざロボットスーツを着こまなくても空は自由に飛べるのだが、それが中々に難しいのも事実であり、高度に発達した科学もまた魔術と区別が付かないと言えなくもない。自分の体を完全に覆い隠すほどの質量を持った「スーツ」も今は影も形もない。
俺達も「何も無い空間」から何気なくタバコを取り出したりもするし、それと同じ事だが、俺達はそれを「当たり前」だと認識しているが、梛はそこに科学的な理由を付けることで「当たり前」の事として自分を納得させている。当人曰く、物質を構成する分子レベルの配列をデータ化する事でデジタルデータとしてデバイスに収納し、必要な時はそれを元に再構築する。当人はそれを「ナノトランス技術」と呼んでいるが、俺達が「アカシックレコード領域」に手を突っ込んで「過去の記憶」を引っ張りだして物質化するのと基本的には同じだ。
「ウチの娘はなにやってんの?随分とフラフラ飛んでるみたいだけど?」
またいつの間にか現れていた神奈が遥か彼方、普通の人間の肉眼では視認できない距離にいる神楽の方を見て呟いた。
「アイツまだ
見れば少しばかり女性的なフォルムのロボットがフラフラと飛んでいるが、ぶつかりそうでぶつからない、落ちそうで落ちない。仕様書を見る限り、高性能なバランサーと衝突回避機能が備わっているようだ。
「あれをオズと名付けたのか?」
「うん、僕の時代に主流になっていた並列処理OSの名称そのままパクった。僕のが1号機でアレが2号機」
俺の問に梛はそう答えて満足気に笑った。
「まぁ、乗り物って形で与えてやれば、そいつを使うのはここの人間にも難しいこっちゃないわな。なぁ梛助、オイラにもアレ作ってくれよ。色は赤がいいな」
「お義父さん、自力でドコへでも跳べるでしょ?」
アフロの言葉に梛はそう返して苦笑する。
「オズ名乗るなら3号機もいるだろ?それにああゆうのはやっぱロマンだろ」
「自分で作れるだろ。あれのデータはもうここにあるんだからさ」
アフロの言葉に俺はそう返す。この世界に既に存在してる以上、俺達はそれを自由に閲覧、使用、具現化に量産、なんでもござれだ。
「赤といえば専用機だろ?当然専用のデザインで有って欲しいし、俺達がそういうデザイン的センスが絶望的なのは言うまでもねぇだろ?餅は餅屋。有り物使うより新しい物を生み出すってのもココじゃ大事な発展要素の一つだろう?」
「ま、確かにな。与えられるだけの人間もいれば、無からでも何かを作り出せる人間も居る。ここじゃお前みたいなクリエイターの存在は貴重かもしれないな」
「この世界を作ったクリエイターが一番凄いと思うけどね」
「そう言われると照れるな」
梛の言葉に光一がそう返して照れ笑いする。気がつけば「四神」と呼ばれるメンツが勢揃いだ。ここの住人は基本的に皆10代後半の若々しい姿をしている。光一も例外ではないし美咲も10代の姿だ。稀に中年時の姿を好む者もいる。もちろん俺達は望む姿に瞬時に変身する事もできるし、一般の住民でも「エステ」で「整形」という手順を踏むことで若返りも変身も性転換も可能ではある。
「居たのかよ」
「野暮なツッコミだな。ここじゃドコにいてもソコにいるような物だろう。居ないってのはアスタリスクから消えちまうこったろうに。あ、いや、すまん」
光一の言葉に俺は一瞬消えちまった美咲の事を思い出した。その意識もまたアスタリスク経由で皆に共有されてしまった。光一はそれを汲み瞬時に謝罪する。
「いや、いいんだ。確かに言う通りだな。俺達は今ここに居るが・・・事実上はどこにでもいる。同時に複数存在することもできる。そういう意味では3次元人から4次元人になってのかな?」
「それはSF的な考え方だよ。物理で言えばユークリッド空間に異種微構造が見られる唯一の次元数で余剰次元におけるヘテロティック玄理論において・・・」
「なるほど分からん!」
「俺達生物が専門だしな・・・高校レベルの」
梛の説明に開き直るアフロ。俺も良く分からない呪文のような解説に終止符を打つべく相槌のように匙を投げる。もちろん梛の持つ知識や理解を自身に取り込み「我が物」とする事もここでは容易だが、それを繰り返せば自ずと「自己」が希薄になりいずれは自らが世界そのものとなりえる。それこそ「個のゲシュタルト崩壊」だろう。使い方、合ってるのか?
「それにしても、ここの人口も結構増えたもんだな。お前さんがもうちょい上手くやってりゃこんなモンじゃなかったんだろ?それこそ国が何個もできるレベルでさ」
「よせ!」
「あー、やっちゃったね。「もしも」が動き出した」
アフロの言葉を静止するも、間に合わず、世界は動き出す。神奈はそれを瞬時に感じ取り・・・むしろワクワクしているようにも見える。
「オイラなんかマズイこと言ったか?」
「マズイ事を無意識に望んだだろ?別の次元から億単位のお客様が来ちまう。まぁ、収容人数に限界はねぇから問題は特に無いけどな」
アフロが無意識に開けてしまったのは異次元との接点だ。想像しうる物は存在しうる。「もしも」を想定すればそれはどこかに存在しうる。無限に存在する平行宇宙の中には「わざわざ」ここを目指す連中ががいても不思議ではないし、そこの先導役が俗にいう「大成功」を納めていれば・・・億、いや数十億単位の移民が押し寄せても不思議ではない。
「ちょっとアンタ、穴広げないの!」
神奈に言われて俺も「もしも」の規模の拡大に加担していた事に気づく。そしてソレは静かに、既にそこに佇んでいた。
「皆さんはじめまして。ぜひ、一度お会いしたかった。できれば皆さんの三親等くらいの身内やお友達を皆集めてもらいたいくらいですよ」
「アンタ・・・何者だ」
突如現れたこの男の正体が「わからない」。アスタリスクに存在しているにも関わらず、アスタリスクにこの男のデータがない。いや、俺達如きではアクセス出来ない高次のプロテクトがかかっているような形だろうか?少なくとも・・・俺達「四神」の力はほぼ同等であるが、このふざけた「ナリ」をした男の力はこの世界の15万の人間が「四神」と同等の力を得たとしても・・・総掛かりでも足元に及ばない程の別次元の「力」を持っている。俺達はここで「神にも等しい」力を得たと思っていたが・・・とんだ思い上がりだったようだ。このご丁寧に頭上に天使の輪っかまで備えた「イエスキリスト」としか形容できない容姿の男には・・・勝てない。その気になればこの世界そのものを誰の同意も無しに白紙にできるだけの力を持っている。
「大丈夫ですよ。私はそんな事はしませんよ」
「こっちの考えは筒抜けかい・・・」
笑顔でそう言うその男に俺は心中穏やかではないし、真顔でそう返すのが精一杯だった。
「私が何者なのかは気になる所でしょう。本来なら見れば一発なのでしょうが、まだ見せられない。とは言え、隠すつもりもありません。ただ、私は皆さんとお話がしたいんですよ」
そう言ってその男は笑った。少なくとも・・・敵意はないように見える。
「このような姿で現れたのも、一目瞭然な説得力という意味では非常に分かりやすいかと思ったからです。もちろん、キリストは「神」では無く「神の子」ではありますが、日本人にとっては異国の神としての認識の方が強いでしょう。単刀直入に言えば私はこの世界の神です。はい、藤岡一と申します。まぁペンネームですが」
そう言って神は笑った。
「ここを作ったのは光一だ!藤岡一は俺の使ったペンネームで・・・」
「はい、私がそのように書きましたので。ぶっちゃけると皆さん、私の書いた作品の登場人物で、まだ作中にいる存在であり、この展開はいわゆるメタフィクションに相当します。でも説得力はあるでしょう?特定の世界に対して絶対的な権力を持つ存在。いわゆる神というのは創作物に対する作者であるというのは」
「その・・・神様が・・・ここに何の用があるんだよ」
「至極、簡単な話ですよ。貴方は自著伝として自らの人生を書いた。私はフィクションとして貴方達を書いた。これでも貴方達との付き合いは長いんですよ。私は貴方達を等しく愛している。死後、どこへでも行けるなら・・・愛する者に会いたいと願うのは必然でしょう。だから・・・早いところ締めましょうか」
「締める・・・って何を」
「言ったでしょう?まだここは「作中」だと。私にとっては貴方達との会話自体が現時点では脳内での「自問自答」に等しい。同じ経験を夢のなかで幾度もさせたはずですよ。作品として締めてしまえば・・・そこから先は完全に貴方達の自由意志で動けます。そして私は、それを見てみたい。私は神であることを放棄します。ここで生きる以上、ここのルールに従いたい。そして知りたいんですよ。作中で描かなかった部分、そこも確かに存在する。例えばそうですね。桜はちゃんと結婚できたのか?椿と椛は?家庭を築いたなら子供もいるでしょう。私はそこにはノータッチですが、書いていないから存在しない訳ではない。もちろんここの「全知」に頭を突っ込めば済む話ですが・・・それでは味気ない。まぁ・・・変なゲストが一人増えた程度にお考え下さい」
「お、おう・・・ってコレもアンタが言わせてるセリフなんだよな?」
「はい。まだ作中ですので。そろそろ作品として締める予定ですので今暫くお付き合い下さい」
「メダだな」
「はいメタです」
俺の言葉、いやセリフに神はそう答えて笑った。
「じゃあ・・・別にオイラが世界に風穴開けたわけじゃねえのね?」
「貴方に開けさせましたが開けたのは私です。その副産物として別次元との接点も生まれました。ここで平穏に暮らしても良いですが、安全を確保した上で別次元に遊びに行くのも自由です。そう、オンラインゲームでも遊ぶかのようにね」
アフロが胸をなでおろす中、神はそう提案してきた。それもアリだろう。ゆくゆくは一つ「宇宙」を作って様々な星を旅してみたいなんて事も考えていた。そして都合よく無限に広がる平行宇宙への扉が開いたのだ。ちょっとやそっとじゃ「遊びつくせい」だけのタイトルが無限に存在しているような物だ。そして俺達には時間はいくらでもある。
「どこへでも行けますよ。既存のゲームやアニメの世界、映画の中や完全オリジナル。自然発生した別の文明。原始時代でモンスターと戦ったり、SF世界で星間旅行も可能ですよ」
「SFがいい!コイツが許容されるレベルの世界に行きたい!ここじゃ撃てないけど左腕には小型のハドロン式粒子化速砲が搭載されてるんだ!このブレードも銃に変形するように作ってあるし、実戦でデータも取りたい!」
神の提案にいい年した息子がOZを展開して武装を披露して大はしゃぎしている。
「そこは本当に安全なんだな?」
「ええ、貴方達の全ての行動はここ、アスタリスクに紐付けされていますから。言うなればリアルタイムセーブされている状態ですので「出先」で死んでも直前の記憶を持ってここに戻るだけです。ファンタジー世界で魂の牢獄的な所に永遠に囚われるような「詰み」の際にもサルベージは可能です」
「でもまぁ・・・痛いものは痛いんだよな」
「そりゃ生きていればそうですね」
「・・・一つ・・・聞きたいんだが」
「その答えはイエスです。いい女でしょう?」
「取るなよ」
「取るのは簡単ですが取りませんよ。それが彼女の、私の愛する人の幸せですからね」
そういって神は笑ってみせた。俺が聞こうとしたのはこれまで「想定」でしかなかった部分。獅庵と美咲の関係についてだ。確認の取りようがない部分だと思っていたが、作者が言ってるのなら間違いない。そうであってほしいと願ってはいたし、かと言って「ウラ」が取れたからといって何かが変わるわけではない。
「・・・ここはまだ作中なのか?」
「さぁ、そうかもしれませんし、そうでないのかもしれません。私は既に作中に落とし込まれた一人のキャラクターですので言わば神の分身です。いずれ「本物」もここを訪れるでしょう。本物がここに来てここの管理下に置かれるまでは・・・何が起こっても不思議ではありませんよ」
俺の問に神、いや神の分身はそう答えて肩をすくめる。
「本物ってのは・・・いつ頃来そうなんだ?」
「それもわかりません。ただ、若くもないし、長生きするようなタイプでもないので20年か30年、長くても40年以内でしょうね」
「会いたいようで・・・会いたくないような・・・」
俺は困り顔でそう呟いて天を仰いだ。イメージ的に上から見られてるような気がするからだ。もちろん神の視点、カメラがどこにあるかなんてわかりゃないない。でも俺が「自分の意思でこうしている」と思っている行為そのものが神が「やらせている行動」であるならば・・・意味があるんだろう。きっと目が合っているんだろう。神と、そして作品としてコレを読んでいる読者と。
「いつでも来な。しっかり生きてからな」
俺はそう呟いて少し笑ってみせた。さて、これから何をしようか。永遠に続く平穏な生活も悪くはないが・・・目の前にオモチャが転がってるんだ。どの世界で遊んでやろうか・・・
笹川楓のラブレター 藤岡 一 @stooky
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