枷1
力なく寄りかかった石壁はひやりと冷たく、体温も気力もなにもかも吸い取られるような気がした。ゆるゆると石壁から抱え込んだ自分の膝に寄る辺を変える。いつもなら首元にある小さな指輪の感触はなく、左手の薬指をなぞり、そこにもないことを確かめる。
それだけのことに、心臓を真冬の川に浸しているような痛みを覚えた。
「討伐中の竜とは知らず匿った。この血はその礼に渡されたと、そう言ったか」
「はい」
両腕を後ろで縛られたまま、王の前に跪いて深々と頭を下げた。
「どうかあの竜を追い回すのはおやめください。国の守護者であり神聖な神の使いにこのようなことをしてはこの国に
「……神が、この国の滅びを告げているとでも?」
「違います。神竜を傷つければ神がお怒りになります」
「ではなぜ、あの竜は我が息子を――この国の王子を――殺した!!」
まさか、と思った。
あんな天真爛漫な子が、そんなおぞましいことをするはずがないと。
けれど――確かに、あの子は人を蔑んでもいた。
「きっと――きっと、あの子は、なにもわからなかっただけです……」
不安が声音にはっきりと反映されて弱々しい奏上しかできずにいると、ゴーシュ王は何気なく所持品を
花。
竜の血が入った小瓶。
そして――銀の、指輪。
その指輪に王が触れた途端、心臓を掴まれたような心地がした。
「《愛するサラへ婚約の証として シオン・イグナス》」
王がゆっくりと内側に刻印された言葉を読み上げ、唇が弧を描く。
いつも心を温め続け、励まし続けてくれたその指輪の言葉が――死刑の宣告のように聞こえた。
「……聞いたことがあるぞ。お前が、卑しい街娘の分際でリュイナールを治めるイグナス家の3男と婚約したという、あの噂の悪女か」
血の気が引く音が聞こえるような気がした。思わず項垂れると顎に剣の刃が添えられ、くっと王を見上げさせられた。
「男を
「違います! ヒース様にもシオン様にも全く知らせりことなく、私の独断でしたことです!!」
この剣で喉が裂けたほうがどれほど良いだろうかと思うほどの胸の痛みを誤魔化すように声を荒げる。だが王は剣を納める。
「ふん、魔女め。竜の血を持ち歩いているのなら、その美貌はとうに永遠となり、不死を得たのだろうな?」
「私は、不死など――」
「これ以上の話は必要ない。これは返してやろう」
王はそう吐き捨てると、後ろ手に回されている私の左手の薬指に指輪をはめると、控えていた騎士隊長に目配せをした。
「この娘の身元をヒースに確認させろ。対応次第で爵位及び領主権の剥奪、抵抗するならリュイナールの制圧を検討する」
王は弁明する暇を与えてはくれず、騎士に私を下がらせるよう指示を出す。
「それから、この娘は明日火炙りの刑に処す。早急にリュイナールで処刑の準備を始めろ。手懐けた竜を呼ぶかもしれん、騎士団の配備も怠るな!」
全身が凍ったようで声も出ず、ただ許しを乞うように王を見上げた。
それに気づいた王は、満足そうな笑みを浮かべた。
「これでおまえが不死の魔女かどうかもイグナスが潔白かどうかも、明白となろう」
身震いがして、膝を抱え込む腕に力を込める。
これでよかったんだと必死に自分に言い聞かせる。
シオンを、ヒース様を、街の人々を――私の独断の犠牲にしないためには、こうするしかなかった。
ソウジュを匿い逃がしたのは、私の罪なのだから。
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