代償
(――……まただ……!)
何度も何度もそんな考えが浮かんで、そのたびに胸が張り裂けそうだった。閉じこめられた部屋の中で、ただその痛みに耐えるしかなかった。
出会った頃からずっと、サラは大事な物を守るためには保身を顧みない無茶な子だった。
――私が望んだのです。
父に勘当を言い渡された時、私を背中に庇い自分が咎を負うと清々しいほど強情に言い張ったサラの背中。
――シオン様やヒース様にご迷惑をおかけするくらいなら、シオン様との誓いを破るくらいなら、死んだほうがマシです。あの方のためにこの命を捧げることができるなら、悔いも躊躇もありません!
そう言って、自害しようとした痛々しい姿。
それらが脳裏に蘇って、息もできないほど胸が苦しくなって、呻くことしかできない。
あんなことは二度としないでくれと何度言っても、あなたを守るために必要ならいつでもこの命を差し出すと聞く耳を持ってくれなかった。
――あなたは私にいろんなものを与えてくれる。だけど私は何も持っていないから。私の身心、命そのもの、それしかないから。
そう言ったサラは悲しげに笑みを見れば、氷に触れているような気分になった。
親を殺されても文句は言えないのが民であり貴族だと呟く声は苦渋に満ちているのに、それに笑顔を添えられる気丈さ。
痛ましいのに、一切の弱みを見せない強さ。
家族を思う優しさ。
それらがすべて愛おしかった。
サラをその残酷な境遇から救うためならなんでもしようと心に誓った。
一緒に生きようと言った時、サラは銀のユリが刻まれた指輪をしっかりと両手に握りしめて、幸せそうに目を細めた。
……ようやく、明後日その夢が叶うところだったのに。
なのになんで、こんなことに――。
* * *
「……少しは頭が冷えたか」
夜の
「父上! 私を守るために命すら投げ出すサラを保身のために切り捨てろとでも言うのですか!!」
力任せに机を叩くと、父は重い溜息をつく。
「お前の顔を見れば、あの子はいっそう苦しむだけだ。なぜそれをわかってやらない」
珍しく、父の表情が苦渋に歪んでいた。
「わかっている!」
父がサラを気に入っていたことも。せめてもの情をかけ、立場が危ういほどの保証をつけて厚遇してくれたことも。
だけど、足りない。
それだけでは、足りない!
「サラは一度も私を見ようとしなかった。――……だからこそ、もう一度会わせてください」
深く腰を折ったのは、願うためと同時に、立っているのが苦痛なほど胸が痛かったからだ。
サラは怖いのだ。
決意が揺らぐのが。
逃げ出してしまいたくなるのが。
ならば、苦しめることになっても、決意を揺るがせてほしい。
逃げて――生きてほしい。
「サラが生きてくれさえすれば、すべて捨てても構わない。だから父上、どうか、どうか――……」
涙に濡れる喉を振り絞っても、最後まで言い切ることはできなかった。
ただ拳を強く握り込むしかできなくて、しんと澱のような沈黙が流れた。
「――お前の、好きにしなさい」
長い沈黙の末に父は再び重い溜息をつき、サラサラとペンを走らせて一枚の書状を差し出した。すばやく目を通すと、朝までシオンが虜囚の見張りを勤める旨が記載されている。
真意を伺おうと顔を上げたが、父は既に背中を向けて窓の外を見つめていて顔色は伺えそうになかった。
「言っておくが、任務を放棄するような愚か者は私の息子ではない。今夜限りで親子の縁を切ったと公言するからそのつもりで当たれ」
喉がひきつって礼を言うことすらできず、ただ深々と頭を下げた。
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