健気な花3
華奢だとは思っていたが、実際触れたその体は驚くほど細く、かよわく、ほんの少し力を入れたら容易く折れそうに思えた。
社交会のダンスなどで触れる貴婦人の肩は、もっと丸みがあって柔らかいのに、サラは少しやせすぎてごつごつと骨の感触が伝わるほどに細い。
その儚さが、泣きたくなるほど切なかった。
ボタンに掛かったままの手を掴む。
ひどく冷たくて、震えている手を、3つめのボタンから引きはがす。
「……あ、あの……すみませ……ちゃんと……」
恐怖にか、緊張にか、ひきつった声だった。聞いている方の心が引きつれて痛むほど。
「……違う」
絞り出した声が掠れた。
意図を汲めずにサラは困惑している。
「違うんだ。そんなこと、しなくていい」
呻くように絞り出すと、腕からふっとサラの肩の力が抜けたのが伝わって、なおさら苦い涙が胸の奥からこみ上げる。
「――断ってほしかったんだ」
涙を堪え、ぽつりとそう呟くのが精一杯だった。
溜息のようなかすかな吐息が聞こえ、強張った体からゆるゆると力が抜けていった。
離してやらなければと思いつつも、怖くて動けなかった。
この細い肩を。
手を。
一度離したら、ひとりでは立っていられないような気がした。
「……今、断れないと言ったところなのにですか?」
かすかな笑いを含んだ声が、雨が地面に染み込むようにとても優しく穏やかに心に沁み込んでいく。
「うん、そう……」
うまく言葉にできなくて、もどかしい。
拒否できない立場だと理解していたし、サラにも言われたばかりだ。
だけど。
「だけど、君が怒って断ってくれたら、と――」
抱きしめた腕から伝わるぬくもりがさらに思考を鈍らせて、その先を続けることができなくなった。
沈黙が、澱のように漂った。
不意に、腕の中からくすと笑い声がした。
「……シオン様は殿下と違って、私を試しているだけだろうと信じていました」
笑ってはいても、それは聞いているほうが悲しくなる乾いた笑い声だった。
その暗さに、冷水を被ったように頭が冷えた。
信じていたから怒らなかったわけでは、拒否しなかったわけでは、ない。
抱きしめた瞬間に体を強張らせ、そんなことしなくていいと言われて肩の力が抜けたのは、その先を覚悟していたとしか思えなかった。
……なにが、傷つける気がない、だ。
力ずくでも私のものになんて、一瞬でも考えた自分がひどく醜い生き物に思えた。
あの男となにも違わない。一括りにされても仕方ない。サラにとっては襲ってくる獣が獅子か狼かくらいの差しかなかっただろう。
「――ごめん、八つ当たりだった」
ようやく腕の力を緩め、サラを解放した。
硬直したままのサラから一歩引き、苛立ちから頭を掻いた。
わかっていた。
拒否できないことはわかっていたけれど。
あの男への嫉妬と、身分が違うだけでこれほどの理不尽がまかりとおることに対するやり場のない怒りを押さえきれなくて。
サラは、痛々しいほど必死に耐えていたのに。
あの時のようにきっぱりと拒否し、その閉塞感を打ち破ってはくれないかと――。
必死に耐えているサラに酷いことを命じた自分が情けない。
彼女を傷つけることしかできない自分が、情けない。
頭を抱える手のひらに、力が籠もる。
「私は……こんな、身分なんかいらない」
それは、こどもっぽい逃避と変わらない程度の思いつきだった。
だが驚いた様子でサラが振り返り、目が合うと――サラが一緒にいてくれるならそれが本当にできそうな気がした。
彼女の手を両手で包みこむ。
「サラ、こんなことを我慢するよりもどこか身分なんかないところに行こう」
サラは潤んだ目をくるりと丸め、頬を上気させ、真意を押しはかろうとするようにまっすぐに視線が結ばれた。
だが、それはほんの一瞬だった。
サラは、ひっそりと目を伏せて俯いた。
泣きだしそうに見えたが、次の瞬間に彼女は自嘲気味に、口元だけで笑った。
「――私は、この街を離れるつもりはありません」
サラはあの時と同じ泣き出しそうな微笑みで言うとそっと私の手を押しやり、ベッドの淵に腰掛けた。
なぜ、という言葉が口をつくより先に、サラは床に視線を落とした。
「……シオン様は私の家族のことをご存じですか?」
声もまた、静かに沈殿するかのようだった。
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