ことだま

「言霊って、アリますかね?」

 日差しが傾く正午過ぎの喫煙ブースで、久野は祝に問うた。

 スツールに腰を下ろしている久野の正面でガラス張りの壁に凭れている祝は、返事をするでもなしに久野を眺めながら、紫煙をたらふく吸い込んだ後、鼻先に通したのである。

 

 「何の話?」

 いきなり問われて、是非の答えようがない。答えようもない質問に答えるより先に、紫煙を優先したのだった。つり上がった目を見開いて瞬かせ、祝は二口目のシガレットを口に挟む。久野が答える間は、祝が紫煙を吸い上げる番だ。そんな順番を互いに守りながら、久野は紫煙を吐き出しつつ続けた。

 「できる、って思ったことが、できるようになったりしないもんかと思って。例えば、逆上がりができない小学生が、”逆上がりができる!”って言い切ったら、本当にできるようになったりとか、さ。言葉には力が宿るって、言うだろう?いわゆる和風ファンタジーって世界でさ。アレ、現実にはないもんかなぁ…。」

 先端に貯めた灰を吸い殻スタンドに落として、久野は順番通りにシガレットを口にしようとした。ところが、祝は紫煙を吐き出した後、続けてシガレットを咥えたのである。この時点で、久野はすぐに答えが返ってこないことを悟った。口に入れずに指先に収めた侭のそれを、吸い殻スタンドに引っ掛けて待つことにする。

 祝は何ともマイペースな男だ。久野の言葉を受けても相槌ひとつ打とうとしない。つり上がった目で久野を眺めるだけに留まり、すぱすぱと紫煙を吸い込んでいた。対して几帳面で真面目な久野は、律儀に祝の返答を待っている。真面目でコツコツが取り柄で、必要以上のハッタリも誇張表現もしないのが久野である。祝は久野とは正反対の人間だった。とはいえ、何だかんだと同じ部署にいるものだから、こうして話をする機会も多く、祝の能天気さとか、自分にないものを持っているということを熟知していた。こんな、”らしくない” 無い物ねだりをぼやくには、ちょうどいい相手だった。

 ところが、祝は先ほどから瞠目したまま一向に返事をよこさない。

 やがて祝はシガレットを一本吸い切ってしまい、吸い殻をスタンドに落とした。久野のシガレットもだいぶ短くなって、指先に熱が伝わり持っていられなくなっていた。

 「久野さん、陰陽師になりたいの?」

 「いーや、そういうんじゃねぇよ。」

 「ですよねー。じゃぁ、今、言霊の力を借りたいことがあるんですか?」

 「まぁね」

 「まじすか!そっちを教えてくださいよ!ケイコとマナブから探してきてあげますから」

 「そういうお節介が欲しいんじゃねーよ」

 

 無い物ねだりをする大人が余程面白かったらしく、祝いはケラケラと声を立てて笑った。久野はその声に舌打ちし、シガレットをスタンドに捨てた。30半ばにまでくれば、諦めたものだって、欲しいものだって、あるだろうに、祝にはそういった悲観的な面は見られない。だからこそ、久野を笑い飛ばしたのかもしれない。

 

 「いいじゃないすか、ハッタリ飛ばしましょうよ!実力なんて後から幾らでも付いてくるんですから。先に啖呵切っておいた方が頑張れるっしょ?言霊ってそういう力なんじゃないすかね?」

 互いに立ち上がり、喫煙ブースの扉を開けた。コンクリート詰めのビル特有のワックスの匂いは紫煙まみれの空気よりも数段美味く感じる。

 「さ、頑張りますかー!午後も!次も稼ぎますよ!新規2件!」

 肩を回しながら意気込む祝の背中を眺めながら、久野は小さく「俺は3件な、」と呟いたのだった。





(20150405)

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