第4話

 その日、夜半過ぎに南方の家を出た。


 ――死んでしまった、難波さん。


 ――埋められていた脇に紫陽花。


 ――青色のまま変化のない花弁。


 ――ペーハーで色が変化する話。


 ――実際は変化しなかった花弁。


 色んなことが頭を巡る。何か引っかかるものがあった。 家に帰るなり、軽い食事をしてその日は寝てしまった。


 翌日、夜は難波さんの葬儀だった。

 市関係者で弔問に行った。

 そうして、三連休は終わりを迎えかけた。

 ただ、どうしても、何か気になることが取れなかった。

 橘音に電話をかけた。

 ――つながらない。時刻は夜十時半。携帯の電源を落としているのかもしれない。

 南方のマンションの店舗に電話しようかと思ったけれど、サチエさんは風邪を引いているし、別の方法を思いついた。

 家全体に電話のベルが鳴らすより、より効率的な方法を。

 パソコンを立ち上げ、インターネットに接続をして、メッセンジャーソフトをインストールした。

 メッセンジャーソフトとは、インターネット回線を通じて文字でのやり取りが行えるソフトだ。

 ユーザの登録画面を開いた。

 RockLaver。という名前で自分のユーザを作成した。

 フレンド申請画面を開いた。

 FoxStandard。と入力した。

 覚えていれば、この名前だったと思う。

 ――もしも、今橘音がPCを立ち上げていれば、チャットが出来るかもしれない。


 ▽ こんばんは。堀田です。

 ▽ 気になることがあって、メッセージ送りました。

 ▽ 今、起きていますか?


 橘音が使っているメッセンジャーは、予めメッセージを送り、承認して貰わなければ、メッセージのやり取りが出来ないソフトだ。

 また、今僕が送ったメッセージに気がつかなければ、今日中に連絡を取るのは厳しいかもしれない。


 ――約五分後に反応が返ってきた。


 * FoxStandardさんがフレンド承認しました。


 メッセージのやり取りが出来るようになった。


 ▼ 何あんた、ストーカー?


 ▽ 違う。そうじゃなくて。


 ▼ 順、キモイね。

 ▼ なんの用?


 ▽ 昨日さ、紫陽花の話あったじゃん。


 ▼ 漢方とか、色が変わるとか?


 ▽ そうそう。気になっているんだよ。

 ▽ 赤い紫陽花を見たんじゃないかっていうのが。


 ▼ 見たんじゃない?


 ▽ 見たんだと思う。


 ▼ じゃあ、終わり。ばいばい。


 ▽ そうじゃなくて。

 ▽ 調べられないかな?

 ▽ 橘音の力を使って。


 ▼ あー。


 ――時間がかかっている。『FoxStandardさんがタイピング中です』と表示されたままになっている。


 ▼ 出来ないことはないと思う。

 ▼ ただ、時間がかかりそうな気がするし。

 ▼ 何よりメンドクサイ。

 ▼ それに赤い紫陽花の場所を知ってどうするの?

 ▼ 掘りにでも行くの?


 ▽ うん、掘ってみたい。


 ▼ バカじゃないの?


 ▽ 例の難波さんの事件だって解決していないじゃん。


 ▼ あー。お姉ちゃんと風見さんの話だと、

 ▼ 例の宗教の話の人と、難波さんが接点

 ▼ あるかも、っていう感じみたい。


 ――そういう状況になっていたんだ。


 ▽ じゃあ、なおさらだよ。

 ▽ 難波さんが紫陽花の元に埋められていた。

 ▽ 紫陽花の色は変わらなかった。

 ▽ 日本の土壌ではアルカリ性の土壌は

 ▽ あり得ないので、普通は青系の色になる。

 ▽ でも、僕は||どこかで見た・・・・・・、と君が指摘したんだ。

 ▽ 絶対何かあるよ。

 ▽ そこに。その場所に。


 ▼ 無いよ。

 ▼ っていうか一人で探してくればいいじゃん。


 ▽ そんな時間も無いし。

 ▽ 頼むよ。


 ――そこから返事が途切れた。

 僕は何がしたいんだろう。妙に興奮している。また月曜から木曜にかけての四日間勤務に備えて寝てしまえば良いのに。寝てしまえば良いのに、落ち着かない。

 十の力と一の力と零の力で、結果に大差がないならば、零の力で良いのではないだろうか。

 否。十の力で結果が変わるような感じがする。

 こういう感覚は生まれて初めてかもしれない。

 結果が変わる世界を見てみたい。

 ――そこで、結果が変わらない世界で、あれば。

 ――それは。

 ――もう。

 だとするならば――、

 ずっと、零の力で正解じゃないだろうか――。


 ▼ あのさぁ。ボイスチャット使える?


 橘音から返事が来た。


 ▽ ボイスチャット?


 このメッセンジャーソフトは、インターネット回線を通じて会話が出来るボイスチャットの機能がついている。イヤホンマイクを通じて話しかけると、互いの声が聞こえる仕組みだ。


 ▼ そう。声が分からないと判断出来ないし。


 ▽ 携帯電話無いの?


 ▼ 夜はお姉ちゃんが使っている。

 ▼ 携帯のゲームを私のでやっているから。

 ▼ お姉ちゃんのは古い機種ので遊べないんだって。


 なんじゃ、そりゃ。だから、三日前も橘音の携帯番号からの着信表示で紅子さんから電話があったんだ。多分。今、電源が落ちているのも紅子さんのせいか。


 ▽ 分かった。

 ▽ マイク付きのイヤホンあるから、大丈夫だよ。


 メッセンジャーソフトのVoiceと書かれたボタンをクリックすると、Voiceというボタンが黄色くなった。


 ▼ 出来てる?


 ▽ 大丈夫。つながっていると思う。


『もしもーし』僕はマイク越しに話しかけた。

『聞こえているよ』

 大丈夫みたいだ。

『じゃ、始めるよ。全てイイエで答えて』

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