第1話 母が腐女子になった日。

 それは、私が高校生の頃のこと。

 塾から帰ってきた私は、深刻そうな顔をした母親に出迎えらた。

 いつもはリビングでテレビを見たり雑誌を読んだりしているのに、玄関まで出てくるなんて珍しい。そう思って靴を脱いでいると、頭上から突然謝罪の言葉が降ってきた。

「盟……、ごめんね。あなたの部屋にある本、読んじゃった」

 顔を上げようとした体が固まる。

 本。本と申したか。

 勝手に読んで、わざわざ謝られるような、本。

 もうそれって一種類しか思いつかないんですけど……?

 いやいや、そんな、まさか。

 引き攣る顔を無理やり笑顔の形にしながら恐る恐る聞いてみる。

「……な、何の本を読んだの……?」

「えっとね。グラビテーション」

 あー、あー、グラビテーションね。

 村上真紀先生の描く超絶ハイテンションなギャグ漫画で、アニメ化もした人気作品。ただしBL《ボーイズラブ》。紛れもない男同士の恋愛漫画。ちなみにアメリカで初めて発売されたボーイズラブ作品でもある。エロシーン? エロシーンは……あったな、うん。あった。

 一瞬のうちに全12巻の内容を邂逅し、腐女子であることが親バレした巷のエピソードが脳内を駆け巡る。

 うちはそんなに厳しくないし、小学生の頃から部屋中にアニメのポスターを貼りまくっている私がオタクなんてことはとうの昔にバレている。というかそもそも隠していない。

 ただし、BLは別だ。男同士の恋愛ってだけでもちょっと親には見せ辛いのに、普通に書店で買える商業誌ですらあんなシーンやこんなシーンが満載だ。

 多少ライトだから本棚の手前に置いていたのがいけなかった。両親が私の部屋のものを勝手に触ることがなかったからと油断した。

 どうやって言い訳しようか……。素直に謝る? いや、別に私は悪いことはしていない。ここは笑ってごまかすのが一番では? そもそも母は何故私に謝ってきたの。黙ってスルーしてよ! 脳内でたくさんの私たちが大騒ぎする中、かろうじて無難そうな言葉を口にしてみた。

「あ、あれねー。面白かった?」

 って私のバカ! 何で感想聞いてるの、面白いよね、で終わらせれば良いものを……!

 やばい。このままでは墓穴を何十メートルも掘ってしまう。

 しかし焦る私の気持ちを無視して、母の返答は思いもよらないものだった。

「私ね……、結構こういうの、嫌いじゃないの」

 

 腐女子(45)が生まれた瞬間だった。

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