第5話 将来の戦い

「それじゃ早速これからの事についての話し合い、と行きたいところなんだけどその前に、2人の名前を教えてくれるかな?」

「僕はジョン・ベイリー。ジョンとお呼びください、陛下」

「……私はメイ・マーティン。メイとお呼びくださいませ、陛下」


 2人はそう言って頭を下げる。

 悟性はそんな2人を見て、首を傾げる。


「これから長い付き合いになるんだ、その陛下ってのやめてくれない?」

「でしたら、なんとお呼びしたらよろしいでしょうか?」


 ジョンの疑問に、メイも同意見のようで頷いている。


「ユラさんと同じで、悟性の方が嬉しいかな。陛下だと、俺以外にも居たわけだし」

『かしこまりました』


 ジョンとメイは、タイミングを合わせたかのように、同時にそう言った。


「それじゃ本題の方を進めようか。メイ、さっき言ってた意思を短期間で同化させる方法について、説明してくれる?」

「……はい。短期間で、民衆の意思を陛下と同化させる方法。それは、国内を平定することに他なりません」

「平定!? ちょっと待って、それどういうこと?」


 悟性は焦りながらメイに聞き返す。

 平定すると言うことは、逆を返せばそれ程までに国内情勢が不安定であるということになる。いくら元王候補の5人が怒っていて内戦に発展しそうでも、今すぐにと言うことは絶対にない。なんたって予期できなかったからこそ、そこまで怒ってるわけで、内戦の準備なんてできているはずがない。それに内戦に発展する可能性があるだけで、内戦になるとは決まってないのだ。


「国王不在が長らく続いた為、国政が滞っています。その不安からか、国内各地で賊が大量に発生しているのです。国内を平定し、国民の安全を確保するだけで、民衆の意思が悟性様に同化される程に」


 メイの言葉を聞いた悟性は、頭を抱える。

 要は今まで無政府状態も同然だったってことか。

 本当にあのじじいは、もう少し後のことを考えろよな!


「そのことに関しては僕も考えた、だが賊の数が多すぎて短期間では不可能だ!」


 ジョンはメイの意見を強く否定する。

 おい、そこまで言うほど多いのかよ。

 悟性はそう考えてさらに頭を抱えた。


「……確かに普通に対処していたのなら、かなりの時間が必要になるでしょう。……ですが普通でない特殊な方法、例えば……内戦により相当数の排除が可能だとしたらどうでしょう?」

「もしそんなことができたら、賊に対して牽制になり、確かに国内はかなり安定するだろう。だが不可能だ。都合よく内戦に発展して、さらに運よく相当数の賊の排除。この2つを同時に……なんて…………可能だ。いやだが……確証がなければこの場で言うはずがないな、どこから情報を手に入れた? いやそれよりも、誰が集めている」


「……クルス・リチャード」

「あの人なら確かにやりかねないが……そこまで……」

「2人で盛り上がってるとこ悪いが、俺にもわかるよに説明してくれる?」


 このままだとジョンとメイだけで話が完結してしまいそうだったので、悟性は咄嗟に口を挟んだ。

 ジョンとメイの2人は、悟性を置いて話を進めていたことに気づき、素早く頭を下げる。


「申し訳ございません」

「……少し話が弾んでしまって」


 2人は申し訳なさそうにそう言った。

 俺から見たら話が弾んだと言うより、現状確認の延長線みたいに見えたんだけどな。

 悟性はそんな事を思いながら、2人に対して言葉をかける。


「謝るほどのことじゃないよ。ただ、俺の理解力と情報が足りなかったせいで分からなかっただけだと思うから。だからもう少し、2つを同時に可能にする方法あたりを、わかりやすく説明してくれると嬉しいかな」

「前国王陛下は変わり者と聞いていましたが、悟性様も中々変わり者ですよね」


 メイは呆れ気味にそう言った。

 ジョンも否定しないということは、少しはそう思っているということだろう。

 けどあのじじいと同じ扱いは、少し嫌だな。


 悟性はそんな事を思いながらも、顔には出さない。

 出せばまた2人が謝ってきそうだったからだ。

 2人もそれを察したのか、それ以上は何も言わず、メイが説明を始めてくれた。


「2つを同時に可能にする方法は、本来ならかなり難しいです。それは不可能といってもいいほどに。……ですがある条件が揃うことで、いとも簡単に両立することができます。というより、勝手にそうなってくれます」

「その条件ってのは?」


「まず前提条件として、国内に賊が大量に発生していること。次に、王候補が他にも居たこと。さらに、王候補の中にどんな手を使っても、王になりたいと思っている者が居ること。そして最後に……その王候補に人望がないこと。これらの条件が揃えば、不可能であったはずの両立が、勝手に可能になっている事があるんです」

「見事に揃ってる訳だ。けどそれはあくまで可能性の話だろ? そんなうまくはいかないだろ?」


「……私もそう思ってました……昨日ある情報を仕入れるまでは」

「昨日って言えば……俺が王になった日」

「そうです。悟性様が王になられた日……そして5人の王候補が王になれないと決まった日。その日私が仕入れた情報は……王候補の1人が、中規模の賊をまとめている人間に会った、というものでした」


「それはつまり……」

「もっと正確に言うなら、前国王の長子であるクルス・リチャードが、中規模の賊をまとめているエルマー・アダンに、新たに就任する国王を殺す手伝いをするように持ちかけました。報酬は、クルス・リチャードが王になった時に爵位を与える、そんな取引を」


 取引……違うな。

 これは既に話を詰めている段階と考えたほうがいいな。

 賊からすれば、こんなにうまい話はないだろうから、断るはずがない。

 それがわかっていて話を持ち掛けたのだろう。

 こんなことが他の王候補にでもバレたら、終わるだろうからな。


 クルスが考えるシナリオは、賊を鎮圧しに来た俺が、善戦やむなく賊に敗れる。

 全てを賊のせいにして、自分は知らぬ存ぜぬの一点張りといったところか。

 俺の予想が合ってるかどうかは別にして、内戦に近いものは避けられないわけだ。

 悟性はそのことを理解して、ため息をつく。


「……戦いは避けられない、か」

「はい。その戦いが、この国の命運を決めると思われます」


 孫子曰わく、兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。

 孫子の兵法書を読んでて良かったなんて思ったの、初めてだな。

 まずは勝算を明察するための資料を集めなきゃな。


「ユラさん、この国の軍事力と組織形態についてまとめた資料ってある?」

「軍事力に関しては持っていませんが、組織形態に関しての資料ならこちらになります」

「ありがとう」


 悟性はユラから紙の束を受け取る。

 本当にユラさんは準備がいいな。

 どこから資料を出したのかに関しては、聞かない方が幸せだろう。

 悟性はそう考えながら、受け取った資料を読んでいく。


「…………はっ?」

「どうしたんですか? 悟性様」

「いや、ちょっとこれを見てくれ」

「いいんですか? そんな大事な資料を僕が読んで」

「読めばわかるよ、次にメイも読んでみてくれ」


 悟性はそう言って、資料をジョンに手渡す。

 メイは戸惑いながらも、頷いている。

 本来なら組織形態は、かなりの国家機密だろう。

 だがあれはそんな大層な代物ではない。

 あれは……

 悟性はそんなことを思いながら、メイから資料を受け取る。


「読んでみてどう思った?」

「これは、独特のものですね」

「……凄いと思いましたよ」

「2人共うまいことかわすね。もっと正直に言っていいのに。こんなのは組織形態なんて言えないって」


 命令系統はバラバラで規則性など皆無。

 組織全体の事を把握できているところは、一つもない。

 明らかに不要なものから、言葉が違うだけで内容は同じ事をしているところまで様々。

 これは大改革を行わなければ、その内勝手に国が滅ぶレベルでやばい。

 逆に今まで滅ばなかったことが奇跡だろう。

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