第4話 補佐官

王としての顔見世が終わった悟性は、執務室でユラからもらった資料を見ている。


「ホール・ワード……由緒正しい騎士の家系であるが、本人はそれ程でもないと」


 もちろん家柄や実績だけを書かれても、この世界に来たばかりの悟性にはわからない。

 資料には、どんな環境で育ったか、どんなことをどのようにして成し遂げたかなど、この世界に来たばかりの悟性でもわかるように、かなり詳しく書かれている。


 だが、悟性の知っている文字で書かれているわけではない。

 なのになぜか理解できている。

 悟性はそれを不思議に思いながらも、今は文字を覚える手間が省けた、とだけ考えることにしていた。

 そして資料の最後には必ず、ユラから見たその人物の印象が書かれている。


「ユラの印象は……食えない相手、ね」


 食えない相手……実績があまりないのはそのせいなのだろうか。


 悟性はそんなことを思いながら、ホール・ワードの資料とにらめっこしていた。

 すると、執務室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「開いてるよ」


 悟性はユラが戻ってきたものだと思って、声をかけた。


「失礼いたします」


 そんな声と共に部屋に入ってきたのは、ユラではなく見知らぬ男だった。

 その男の特徴をしいてあげるとするならば、特徴がないことが特徴であり、記憶に残りにくい、そんな人物。


「……すみません、どちら様ですか? 俺の記憶が正しければ、謁見の間にはいませんでしたよね」


 俺は十分に命を狙われる可能性があるのだ。 

 俺が死ねば、喜ぶ人間はかなりいるだろうからな。

 特に元王候補の5人とかな。

 でもこの男が暗殺者だとしたら、この城の警備はかなりザルってことになる。

 警備体制について少し見直すべきか。


 悟性はそんな事を冷静に考えながら、部屋に入ってきた男を見つめる。

 男は執務机の前まで歩いてくると、片膝を床につき、頭を下げた。


「はい、仰る通り謁見の間には居りませんでした。私達は陰であり、表舞台には出ないようにしているものでして」


 口ぶりと態度から察するに、暗殺者ではなさそうな感じだな。

 けど油断はしないほうがいいだろうな。


「陰ってのについて、説明してくれる?」

「もちろんでございます。私達の部隊の主な仕事は、常に陛下を陰からお守りすること。それも、陛下以外の者に気づかれることなく、です。故に陰なのです」


 悟性は男の説明を聞いて首をひねる。


 この男が言う事の真偽はわからない。

 真偽を確かめる、という行為自体も意味をなさいない。

 何故ならこの男は、「陛下以外の者に気づかれることなく」と言ったからだ。


 例え嘘をついていたとしても、嘘である確認をとることができないのだ。

 真実であっても同じく確認はとれない。

 だが真実であったのなら、これほどまでに有用な部隊はないだろう。


 潜入工作に情報収集など、様々な事に応用が利く。

 それ故にいきなり信用するのは不可能だが、無下に扱うこともできない。

 まして命を狙われている状況なら、尚の事警戒してしまう。


「私達の部隊と言ったね? その部隊の人数は何人になるのかな?」

「総勢30名になります」


 30名……1人の人間を守るにしては多いような気がするな。

 いや、この世界に関する知識がまだ少ないからそう思うだけかもしれない。


「……正直俺は貴方や、貴方の言う部隊を信用できない」

「それは御もっともかと思います」


 男は少し残念そうに返事をする。


「だけど俺は、チャンスをあげようと思う」

「……ハッ、ありがとうございます」


 男は興奮気味にそう答えた。


 多少のリスクを負わなければ、手に入るものも手に入らない。


 悟性はそう考えて、チャンスを与えることにしたのだ。


「内容は簡単。元王候補の5人の現状と、国内にいる有力者の動き、さらに隣国の2か国についても、動きがないか調査してほしい。もちろん、調べていることを誰にも気づかれることなく。これら全てを、14日という制限時間内に調べ報告してくれれば、俺は貴方と、貴方の部隊を信用します。もちろんこの期間中は、俺の護衛はしなくて大丈夫です」


「調べる……そのような事はしたことがありませんが、折角与えてくださったチャンスを無駄にしないよう、最大限努力したいと思います。時間を無駄にしたくないので、早々に失礼いたします」

「はい、いい報告を期待してます」

「お任せあれ」


 男はそう言うと、早々に部屋を出て行った。

 とりあえず不安材料を、一定期間ではあるが傍に置かずに済んだのだ。

 その間にある程度リスクを回避しておかなければならない。

 かと言って、今までとやることは変わらないがな。


「失礼いたします」


 悟性がそんなことを考えていると、再び扉をノックする音と、先ほどと同じ言葉が聞こえてきた。

 だが先ほどと違い、聞き覚えのある声で。

 扉を開けて部屋に入ってきたのは、もちろんユラである。


 ユラは執務机の前まで来ると、両手を前でそろえ、一礼した。

 悟性はそれを見て、一先ず先程の男のことは忘れることにした。


 あの男が言っていた事が真実であるとするなら、喋るわけにはいかないからな。


「頼んでた件はどうなった?」

「はい。2名が悟性様と同じ答えを出されました」

「2人だけか……まー仕方ないか。その2人を呼ぶことはできる?」


 20人の候補の中から2人となると、かなり少ないよな。

 けれど考え方なんて人それぞれなんだし、仕方ないよな。


「そう仰ると思い、外で待たせてあります。中に入れてもよろしいでしょうか?」 

「そういうことなら先に言ってくれればいいのに、早く中に入れてあげて」

「かしこまりました」


 ユラはそう言うと、扉の傍まで歩いていき、部屋の中に2人の人物を招き入れた。

 1人は眼鏡をかけ、少しウェーブのかかった髪が、腰まである女の子。

 もう1人は、短髪で気の強そうな男の子。


 2人は悟性の執務机の前で跪き、頭を下げる。

 ユラは悟性の斜め後ろで、両手を前でそろえて立っている。


「頭を上げていいよ」


 頭を上げた2人の表情は、強張りながらも、どことなく驚いている感じだ。


「もしかして、顔見世の時と喋り方が少し違うから驚いてる?」


 悟性のその言葉に、2人は躊躇いながらも頷く。


「今のこれが地だと思ってくれていいよ。流石に国務の時は威厳もあるからね、少し言葉遣いを変えてるんだ。でもあんな宣言したから、威厳も何もないだろうけどね」


 悟性はそこで一度言葉を切り、一呼吸してから、本題を切り出す。


「それはさておき。君達二人は俺の補佐をするとして、最初に俺は何をするべきだと答えたのか、教えてくれる? まずは、右の男の子から」


 悟性はそう言って、右の男の子を指差す。


「はい。僕は、民衆の意思を国王陛下と同化させるべきだと答えました」


 男の子の表情は、先ほどと同じく強張っているものの、声音はいたって冷静だ。


「なるほど、理由を教えてくれる?」

「理由は、戦争になったときの士気を上げるためです。民衆の意識が陛下と同化していなければ、争いに対して疑念を抱きます。それにより士気が低下し、勝てる戦いも勝てません。ですが意識が同化していれば、逆に士気が上がり、負ける戦いを、勝て


る戦いに変えることができるからです。しかしながら、民衆の意識を陛下と同化させるには、少し時間がかかります。ですから、最初にするべきであると答えたのです」

「わかった。左の女の子はどうかな? 同じ意見?」


 左の女の子は、少し躊躇ってから首を振る。


「……いえ、少し違います」

「違う? どこが違うか聞かせてもらってもいい」


 悟性は興味津々に聞く。


 悟性の答えは、男の子と全くと言っていいほど同じだからだ。

 それとは違う意見があるというのだから、興味が湧かないはずがない。


「……戦争になった時の士気に関しては、同意見です。違うのは、最初にするべき理由です」

「少し時間がかかるってところ?」

「……はい。民衆の意思を陛下と、短期間で同化させる方法が存在するからです」


 そんな方法があるのか!?

 もちろんその方法は気になる。

 だが今は、最初にするべき理由について聞かなければならない。


「なら、最初にするべき理由は何なんだい?」

「……国が在るから国民が居るのではありません。国民が居るから国なのです。ですから、国民のことを第一に考えなくてはなりません。それが理由です」


 女の子は、淡々とそう言った。

 それを聞いていた男の子は、脱力し、俯いてしまった。

 悟性は興奮を抑えられず、笑いをこらえるのに必死だった。


 確かにそうだ、国民あってこその国だ。

 俺は一体何を基準に考えてたんだ。

 こんな小さな女の子に指摘されるなんて、まだまだだな。


「よっし、2人共合格。2人を俺の補佐官に任命する」

「本当ですか!」


 俯いていた男の子が、勢いよく顔を上げ、悟性のことを見る。

 女の子も、わかりやすく驚いた表情だ。


「もちろん、理由があまりにもひどくない限り、元々そうするって決めてたからね。やらなければいけないことが多いから、今から手伝ってもらうよ」

「もちろんです、陛下!」

「よろしくお願いします!」


 2人は元気よくそう答えてくれた。


 国民のために、この国をよくするのだ!

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