第3話 顔見世

 細川悟性は、普通の高校生とは言えない。

 勉強は平均的、運動も平均的な高校生。

 だが、普通の高校生とは言えない。


 いや、悟性の中では普通なのだ。当たり前で、当然で、普通で平凡的な、誰もがやっていること。

 ただ悟性はそれが、他人よりも卓越していた。

 それだけのことが、悟性を異常な高校生たらしめた。


 例えば犬が好きな人は、犬に詳しくなるだろう。医者になりたい人は、医者に必要な勉強をするだろう。サッカー選手になりたい人は、サッカーの技術を磨くだろう。

 自分が好きなこと、やりたいことなのだから、頑張るのは苦にならない。それどころか、楽しくもあるだろう。


 それは異常なことではなく、人として普通のことだ。

 では悟性のやりたいことは何だっただろうか?

 それは、王である。

 一国を治める、国王である。


 国王が好きなのではなく、国王になりたかったのである。

 ここで重要なのが、好きではなく、なりたかったことだ。

 もし国王が好きなだけだったのなら、悟性は普通の高校生になることができただろう。


 好きならば、詳しくなるのは過去に存在した国王についてだったからだ。

 悟性は王になりたかった。だから、医者になるために勉強するのと同じように、サッカー選手になるために技術を磨くのと同じように、王に必要なものを勉強し、磨いた。


 では王に必要なものとは何か? それは、力ではなく知識、それと順応力と応用力だと悟性は考えた。

 順応力は、元々かなり高かった。応用力に関しても、日常生活で意識することで磨いていた。

 知識に関しては、王に必要だと思われるものから順番に勉強した。


 なのに勉強は平均的にしかできない。これにはあるカラクリがある。

 それは、王に必要な知識が、生きていくうえで必ずしも必要とは限らないということだ。

 つまり、悟性が必死に勉強したことは、学校の授業では習わない事ばかりだったのだ。


 興味を持った事に関しては、覚えようとしなくても勝手に覚えることができる。

 逆に興味を持っていないない事に関しては、頑張って覚えようとしない限り、覚えることができない。

 たったそれだけのことだ。


 だから、勉強も運動も平均的。だけど王に必要と思われる膨大な知識に、順応力と応用力は凄まじく持っている高校生。

 そんな高校生を普通というには、あまりにも不自然だ。異常というほうがしっくりくるし、実際異常だ。

 これこそ細川悟性が、他人から異常だと言われる原因である。


ーーー


「起きてください、悟性様」


 悟性はユラの声で目を覚ます。


「おはよう、ユラさん」


 昨日はユラさんに色々な事を説明してもらった。

 周辺の国や、俺の置かれている状況など、他にも様々なことを詳しく教えてもらった。

 その結果わかった事は……今現在、この国はかなり危機的状況にあるということ。


 周辺の国に関しては、2つの国と国境が接しているらしい。そして、3国ともあまり中が良くない。今は2つの国が睨み合ってるお陰で、攻められる心配はないらしい。だが、いつ攻めてきてもおかしくない状態であることには変わりない。


 そして俺の置かれている状況は……最悪。

 元々王候補は5人居たらしい。そんな中突如として現れた、どこの馬の骨とも知れない男が、国王として決定してしまったのだ。そのことに王候補の5人だけでなく、貴族達も全員かなりご立腹で、今にも内戦に発展しそうな勢いらしい。しかも王候補の1人は、前国王の1人息子らしいのだ。


 あのじじい、1人息子が居るのに俺に王座を譲るとか、もう少し譲られた方の事も考えろよな。


「ユラさん、昨日お願いしてた事ってどうなった?」


 悟性はベッドから立ち上がり、期待しながら聞く。


「全て滞りなく準備できております。お願いされていた資料も、こちらに」


 ユラはそう言って、悟性に紙の束を手渡す。


「これだけ?」


 悟性は手渡された紙の束を受け取りながら、ユラに聞く。

 渡された紙の束は、片手で持つことができる厚さだ。


「いえ、それはほんの一部です。読みやすいように数を少なくしてあります」

「なるほど」


 悟性はそう言いながら、紙の束をパラパラと見る。

 紙には、この城で働く1人1人の情報が書かれている。


「当分はこの紙の束を手放せなさそうだな」


 悟性はため息まじりに言う。


「頑張ってください、悟性様。ですが今は……」

「大丈夫、わかってますよ」


 悟性はこの後のことを考えて、少し緊張していた。


「よっし」


 悟性はそう言うと、両手で自身の頬を叩く。

「それじゃ行きますか」

「かしこまりました、悟性様」


 ユラはそう言って頭を下げる。


 これが、王としての最初の仕事になるのか、それとも最後の仕事になるのか?


ーーー


「ビスカンタ王国第13代国王、細川悟性様、御入来」


 そんな声と同時に、3メートルはある両開きの扉が開く。

 部屋の中は、まさに謁見の間。

 扉から王座まで赤い布が敷いてあり、布の両サイドには多くの人達が跪き、俯いている。


 その赤い布の上を、悟性は堂々と歩く。

 臆することなく、怯むことなく、さも当然であるかのように王座まで歩いて行き、王座に座る。


 これが王として、俺が背負わなければならないものの一部。


 悟性は3段程上にある王座に座りながら、跪く人達を見て、そう思った。


「大儀」


 悟性のその言葉で、今まで跪き、俯いていた人達が一斉に悟性のことを見る。


「最初に言っておく。俺には、何の才能もないし、何の力もない。できることもあれば、できないことだってある。そんな俺が、王になった。なってしまった」


 悟性は、右手の甲が皆に見えるようにしながら、言う。

 そんな悟性の言葉を聞いて、部屋の中が少しざわつく。

 今の悟性の言葉は、聞きようによっては、王になどなりたくなかったと聞こえるからだ。


 それは悟性にもわかっている。

 だからこそ、今の気持ちを言葉として紡ぐ。


「俺は王になりたくない訳ではない。それどころかむしろ王になりたい。けれど先に述べたように、俺は非才で無力だ。俺よりも多才で有力な人間なんて、探せばいくらでもいるだろう。だからこそ俺は、厚かましく皆に頼る。俺にできないことは、できる人に任せるし、忙しいときはできることだって任せる。俺1人ではこの国を良くできないというのなら、俺は迷うことなく皆を頼る。俺はそんな人間であり、そんな王になる」


 悟性は力ずよく、そう宣言する。

 部屋の中は先ほどまでのざわつきはなく、静まり返っている。

 そんな静けさを、1人の男の笑い声がかき消す。


「いやー、すみません国王陛下。俺は、ホール・ワードといいます。ちなみに俺は、陛下の考えは大賛成です。できないことをできないといい、他人に任せることができる。これはれっきとした王の素質ですよ。上に立つものほど、できないことをさもできるかのように装いたがります。中には、本当にできてしまう天才もいるでしょうが、大抵の人間は結局できずに、できる人間にやってもらったことを、自分がやったかのように偽装するんです。もちろん全ての人がそうとは限らないと思いますよ。ですが俺はそんな人間より、堂々と嘘をつかずに、できないことはできないと言ってくれる人間の方が、命を懸けて守りたいと思えます」


 ホールは、どこかつかみどころのない口調でそう言った。


「私もです、国王陛下」

「同じく僕もそうです、陛下」


 ホールの言葉を皮切りに、部屋の中にいた人達が次々と悟性の言葉を肯定していく。

 悟性はそれを見てホッとする。

 自身の王としての在り方が認められた事で、張り詰めていた緊張が解けたのだ。

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