第2話 国王

「夢……ではなさそうだな」


 悟性は周囲を見てから、自身の頬をつねりそう考える。


 夢じゃないとして、ここはどこだ?

 やたら広い部屋だし、多分学校の教室より広いんじゃないか?

 なのにこの部屋には、家具がこのベッドしか置いてない。


 悟性はそう考えながら、ベッドを叩く。


「しかも屋根付きのベッドって……俺初めて見たぞ」


 悟性は呆れながらそう言うと、右側で風に揺れる大きなカーテンを見る。


 言うまでもなく、俺がこんなところに居るのも、俺の右手の甲にあるマークも、全部あのお爺さんが原因だろう。

 一体何をしてくれたんだか?


 悟性がそんなことを考えていると、左側から扉をノックする音が聞こえてきた。

 悟性は警戒しながら、音の聞こえた扉を見つめる。


「失礼いたします」


 そんな声と共に扉が開き、メイド服の女性が部屋に入ってきた。

 メイド服の女性は、悟性が居るベッドの隣まで歩いて行くと、丁寧に会釈をした。


「お目覚めになられていたのですね」


 優しい声音で、メイド服の女性は言う。

 悟性は首を傾げながら、自分を指差してメイド服の女性に聞く。


「えっと、俺、ですか?」


 メイド服の女性は、笑顔で頷く。


「はい。貴方様でございます」


 メイド服の女性が、俺を敬ってくれている。

 これはどういう状況だ?

 まるでどこかの貴族みたいな感じだな? 


 だがそこで、悟性はあることを思い出す。

 お爺さんの最後の言葉、「何か困った事があれば、メイドのユラ・スチュアートを頼るといい」という言葉を。


「あのー、すみませんが、名前を教え貰ってもいいですか?」

「これは私としたことが、名乗るのを忘れていました。申し訳ございません」


 メイド服の女性は、そう言って頭を下げた。

 そして頭を上げ、姿勢を正してから続ける。


「私はこの国の新たな国王であらせられる、貴方様の専属メイドを務めさせていただきます。ユラ・スチュアートと申します。以後お見知りおきを」


 あのお爺さんが言っていた人物は、どうやらこの人のようだな。

 さらに重要な事が判明したぞ。

「この国の新たな国王であらせられる、貴方様」だと?

 俺が国王?

 どこで、一体どんな経緯でそんな事になった?


 悟性は、頭をフル回転させて考える。


「よろしければ、貴方様のお名前も教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「俺? 俺は、細川悟性。それよりも、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「なんなりとお聞きください、悟性様」


 ユラはそう言って、頭を下げる。


 考えた結果、いくつか候補が出てきた。

 だが、どの候補が正しいのかはわからない。

 わからないのなら、わかるようにするしかない。

 自分がどういう状況に置かれているのか把握するのが最優先だ。


 悟性はそう考えた。


「まず、新たな国王ってのは、俺で間違いないんですか?」

「はい、もちろんでございます」


 ユラは自信満々に言う。


「その根拠は?」

「根拠は、悟性様の右手の甲に刻まれている、王の証です。それは代々国王が受け継いできたもので、国王である証なのです」


 ユラにそう言われて、悟性は自身の右手の甲を見る。


 やっぱりあのお爺さんが原因か。それに話の感じからして、あのお爺さんが前国王なんだろうな。

 言っていることは、理解はできるが、納得はできない。

 触れただけでこんなマークを刻むなんて、どこの国のどんな最先端技術だよ?


 悟性は、そんな事を考えずにはいられなかった。


「なるほど。それじゃ次に、ここはどこですか?」

「はい、ここはビスカンタ王国東部に位置する、ビスカンタ城の一室です」


 国王だなんだと言ってたから、日本じゃないだろうとは思ってたけど、ビスカンタ王国ってどこだよ? 聞いたことないぞ?


「すみません、世界で言うとどこら辺になるんですか? アフリカ? ヨーロッパ?」


 ユラは首を傾げる?


「申し訳ございません。まだまだ勉強不足のようで、そのアフリカ? や、ヨーロッパと言うものが、どんなものなのかわかりかねます」


 ユラは、申し訳なさそうに、そう言った。


 アフリカやヨーロッパを知らない!?

 王とかメイドとか普通に流してたけど、普通に考えればあり得ないよな。

 考えてた可能背の中で、一番可能性が低いと思ってたのが、今までの質問の答えで、一番可能性が高くなってきた。

 だとするなら……いや、あり得ない、絶対にあり得ない。

 それに、普通に言葉が通じてるんだ、タイムスリップでは絶対にない。


 悟性がそこまで考えたところで、もう一つの可能性が頭をよぎる。

 タイムスリップよりも、あり得ない可能性。

 なぜ急にそんなことが頭をよぎったのか、疑問に思ってしまうほどのもの。

 だが悟性は、それを確認するために、口を開く。


「もしかして、魔法とかって使えたりします?」


 悟性はそう言ったと同時に、後悔する。

 悟性自身、なぜそんなことを言ってしまったのか理解できていない。

 ただ、頭の中で考えるより先に、言葉として出てしまったのだ。


「はい。使えますが、それがどうかいたしましたか?」

「えっ……」


 悟性は驚きのあまり、裏声が出てしまった。

 そして今聞こえた事が、間違いでないことを確かめるため、悟性はユラに聞き返す。


「本当の本当に、魔法が使えるんですか? マジックや手品ではなく?」

「マジックや手品については先程と同じく、私の勉強不足でわかりかねますが、魔法に関しては使うことができます。なんでしたら今、簡単な魔法を使ってみましょうか?」

「使ってみてください!」


 悟性は興奮気味に言う。


「かしこまりました」


 ユラは優しくそう言うと、右手を広げる。

 悟性は、広げられた手の平を真剣に見つめる。

 するとユラの手の平の上に、徐々に水が集まり、丸い形を作っていく。


「嘘だろ……」


 何もない場所から作り出された水の玉は、テニスボール大の大きさになると、弾けてなくなった。


「いかがでしょうか?」


 これはいやでも認めるしかないな。ここが俺の知っている世界とは、別の世界である可能性を。


 悟性は今目の前で起きた出来事を受け止め、そう考える。


「悟性様?」

「今のを見て、さらに色々と聞きたいことができました。……ですが、それを聞く前に、確認しておかなければならないことがあります」


 悟性は、真剣な表情で言う。


 この世界が俺が元々居た世界とは違う、別の世界だというのなら、覚悟を決めなければならないからだ。この世界で生きていく覚悟を。

 この世界に来た方法もわからないのに、元の世界に戻る方法なんてわかるはずがない。


 魔法なんて危ないものがある世界に、何の力もない平凡な俺が放り出されたら、3日も経たずに世界とサヨナラできる自信がある。

 なら今は、この国の王として生きていくしかない。

 そして、王として生きていくからこそ、確認しておかなければならないことがあるのだ。


「なんなりとお聞きください」

「……ユラ・スチュアートさん……俺は貴方を信用しても大丈夫ですか?」


 お爺さんは、信頼できる仲間になってくれると言った。

 だがそれは、お爺さんの予想でしかない。

 俺が本当に王として生きていくのなら、専属のメイドが信頼できるかどうかはかなり重要な問題だ。


「悟性様。お言葉ですが、そう簡単に人を信用してはいけません。それに信用とは、何かを成し遂げた時、成し遂げた者に与えられる評価であって、未だ悟性様の前で何も成し遂げていない私は、信用できる人間にはなり得ていないと思われます」


 ユラは強く感情込めながらも、声を荒げることなくそう言った。


「それもそうですね。これから信用できるか判断していこうと思います」


 とは言っても、ユラの言葉を聞いた悟性は、信頼しても大丈夫だと判断している。


 信用しても大丈夫かと聞いて、大丈夫だと答える人間はあまり信頼できない。

 それに俺は、この国の王らしいのだ。

 その王である俺の間違いを、間違いであると言ってきた。

 それだけでも十分、信頼しようと思うことができる。


「はい。それと悟性様」

「何ですか?」

「私のことは、ユラとお呼びください」

「初対面の人を呼び捨てにするのはちょっと」


 悟性は焦りながらそう言う。

 顎に左手を当てながら、少し考えたユラが1つの提案をする。


「では私が悟性様の中で、信用しても大丈夫な人間だと判断されたら、ユラと呼び捨てにするというのはどうでしょうか?」

「それなら、まぁ」


 親しくなったらいいだろうと考えて、悟性は渋々承諾する。


「それでは早く悟性様に呼び捨てにしていただけるよう、さらに頑張ろうと思います」


 ユラはとても嬉しそうにそう言った。

 悟性としては一安心だ。

 なんだかんだで、ユラとは仲良くやっていけそうだと思ったからだ。

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