国王戦記

黄昏時

第1話 叶わぬ夢

 俺こと、細川悟性ほそかわごせいは普通の高校生である。

 他人からは、「お前を普通の基準にしないでくれ」なんて言われるが、俺は至って普通の高校生だ。勉強に関しては平均的にできる。運動に関しても平均的だ。他人よりも凄い才能を持っているわけでもなく、他人より圧倒的に劣っているわけでもない。

 こんな俺の、どこが普通じゃないというのだろうか?

 俺にはさっぱりわからない。


 そんな悟性は今、公園のベンチに座っている。

 今日は1週間の内、最も自由に過ごすことができる日、土曜日である。

 何故そんな自由な日に、公園のベンチに来ているのか?


 悟性自身にもわかっていない。

 ただ言えることは、悟性の部屋のエアコンが壊れたのが原因だという事だけだ。

 もちろん手ぶらで出てきた訳じゃない。

 悟性の手には、部屋で読んでいた本がある。


「『王の在りかたについて』。中々面白い本を読んでおるのう」


 悟性が、持ってきた本を読もうとした時、不意に声を掛けられた。


「はー、ありがとうございます」


 悟性は声を掛けてきた人物を見ながら、軽く言葉を返す。

 声を掛けてきたのは、白く長い髭をたくわえた、お爺さんだった。

 しかも、この辺りでは1度も見たことがないお爺さん。


「隣に座ってもよいかの?」


 お爺さんは笑顔で、悟性の右隣を指さしながら言ってきた。


「別に俺のベンチって訳もないですし、俺の許可なんて必要ないと思いますよ?」

「そうかのう? なら遠慮なく座るとしよう」


 お爺さんはそう言って、悟性の隣に座った。


「それで、御前さんは王になりたいのかのう?」


 お爺さんの言葉に、悟性は少し考えてから答える。


「この本を読んでいるからと言って、王になりたいとは限りませんよ」

「これは聞き方が悪かったのう。いつから王になりたいと思ったんじゃ?」

「あの、話聞いてました?」

「もちろん聞いておったとも。で、いつからなんじゃ?」


 悟性はため息ついてから、持っている本を脇に置いて考える。

 どうやらこのお爺さんの中では、俺が王になりたいという事は確定事項らしい。


 だが、間違っているわけでもない。

 俺は確かに、王になりたい。

 普通であり、平凡である俺は、王になりたいのである。


「5歳ぐらいの時だったと思います」


 なぜ話してしまったのか、恐らく気分的に話してもいいと思ったのだろう。

 いや、思ったんだ。

 俺が読んでいた本を、面白いと評価し、笑わなかったから。


「5歳か、えらく若いのう。その時の夢を、まだ持っておるのか?」

「そうなりますね。叶わないとは、自分でもわかってるんですけどね」


 悟性は弱々しく言う。

 現実を見てみれば不可能な話だ。

 一介の学生が持つような夢ではない。

 ましてこの日本という国には、王など……存在しない。


「そうじゃのう、今の世界じゃ無理じゃろうな」


 そのことは、お爺さんも理解しているようだ。

 この国だけでなく、例え他の国に渡ったとしても、悟性が王になることは、夢が叶うことは、絶対にない。


「だがもし、全てを捨てることで王になれるとしたら? 御前さんはどうする?」


 悟性は考えることなく答える。


「俺は迷わず全てを捨てますよ、て言えたらいいですけどね」

「ほー、全てを捨てることは出来んと?」

「そんなもしは、何度考えたことか。ですが全てを捨てて王になれたとしても、王として生きていくことはできない。それじゃあ意味がないんですよ」

「なるほどのう。面白い考え方をするもんじゃ」


 お爺さんは、嬉しそうに笑う。

 あたかも、正解ではないが、求めていた答えを聞けたような。

 そんな笑顔。


「ならもし、御前さんが王になったとして、一番欲しいものはあるかのう?」

「もちろんありますよ」

「なんじゃ、それは?」


 お爺さんは、目をキラキラと、まるで面白いおもちゃを見つけたかのように輝かせている。


「信頼できる仲間ですよ」

「仲間とな? 絶対的な力とかではないのか?」

「はい。確かに、力もあるに越したことはないですよ。ですが王自身に力は、それほど必要じゃなありません。それよりも俺は、信頼できる仲間の方が欲しいですね。自分が王だとしたら」

「王だとしたら、か。理由を聞いてもよいかのう?」


 お爺さんは、先ほどまでの笑顔ではなく、真剣な表情で聞く。


「そんな大層な理由じゃないですよ。ただ俺は、王として生きたいですけど、王として死にたくないだけです」


 お爺さんは首を傾げる。


「王として死にたくないというのは、どういうことじゃ? すまんが、わかりやすく言ってくれるかのう?」


 悟性は軽くうなずく。


「王としての死、それはつまり……国民の支持を失うことですよ。国民は、王に完璧を求めるでしょう。ですが王とて人間です。必ず間違うことはあるはず。その時、一緒に手を取り合って、助けてくれる仲間が欲しいだけです」


 お爺さんは驚きながらも、どこか嬉しそうな表情をしている。


「なるほどのう。どうやら儂の目に、狂いはなかったようじゃのう」


 お爺さんはそう言って、頻りに頷く。

 悟性は、首を傾げながら聞く


「どうしたんですか?」

「いや、気にせんでくれ。それより、少し右手を見せてくれんか? これでも儂、手相がわかるんじゃよ」


 お爺さんは得意げに、自分を指差す。

 悟性は特に深く考えずに、右手をお爺さんに見せる。


「こうですか?」

「そうじゃそうじゃ」


 お爺さんはそう言って、悟性の手を見る……のではなく、悟性の右手に、自身の右手を重ねた。

 お爺さんはそのまま、小声で何かを言い始めた。

 悟性が不思議に思って、何をしているのか聞こうとした時、突如右手に激痛が走った。


「何をしたんですか!」


 悟性は痛みに耐えながら、勢いよくベンチから立ち上がり言う。

 悟性の右手の甲には、六芒星の中に二つの目と鍵穴のようなもの、さらにその上に王冠を載せたものが浮かび上がってきている。


「すまんのう、全てを押し付けることになって」

「どういうことですか!? それにこの痛みは何です!」


 悟性は力ずよく言う。痛みに耐え、朦朧とする意識の中、どうにか絞り出した言葉で。


「どうい事かは次に目が覚めた時にわかるわい。痛みも、次に目が覚めた時にはなくなっていることじゃろう」


 本当に申し訳なさそうに、お爺さんは言う。

 悟性はそこまで聞いたところで、立っていることができなくなり、膝をつく。


「何か困った事があれば、メイドのユラ・スチュアートを頼るといい。御前さんが言っていた、信頼できる仲間になってくれるはずじゃ」

「何を……言って……」


 そこまで言ったところで、悟性は気を失った。


「国民が幸せであることを、御前さんが賢王になることを、儂は祈っておる」


 お爺さんは足元に倒れ、徐々に消えていく悟性を見ながら言う。

 自称普通で平凡な悟性の、異常で異色な生活が今、始まろうとしていた。

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