第20話 セックス・ピストルズ ver.1.0(完結)

セックス・ピストルズ


「おい、ギーク。今日もお得意の銃いじりか?」


 彼の同僚が彼をあざ笑う。体育会系の性格を持つその同僚は、彼を明らかに煽っていたが、彼は無視して黙々と作業を続ける。そんな彼に聞こえるように、同僚たちは大声で話をする。


「今のご時世、銃の整備を自分でやるなんて、気色の悪いオタクか、時代遅れのクソジジイくらいさ。」

「ああ、そうだな。大抵のことは機械がやってくれるんだからな。」


 彼らは警察官。今日は定期的に行われる、部署内一斉銃整備の日だった。彼の同僚が全員、銃をマシンに預けているのに関わらず、彼は黙々と自分で銃を分解していく。

 彼は機械を整備するのが好きだった。鉄の匂いと火薬の匂いと油の匂い、複雑に、時にはシンプルに噛み合う部品。自分が使っているものがどういう仕組みで、どう動いているのか。知らずにはいられない性格だった。純粋な興味。それと、それがなにものかを理解せずに使うことに気持ち悪さを感じるのだ。

 だから彼は銃整備士の資格を取った。

 大抵のことは機械がやってくれる時代、人は銃整備ができずとも銃を扱え、銃整備をする必要は無くなった。素人が銃を扱うことが増えたが、素人が付け焼き刃の知識で銃を分解することは危険だった。だから、銃整備には資格が必須になった。

 銃整備の日には、部署単位で銃所持が禁止され、銃整備機に銃が預けられる。そう、銃整備士の資格を持っている者以外は。


「いくら銃を綺麗にしても、持ち主の腕がなぁ。」

「この前のあいつの射撃のテスト、ひどかったな。見たか?見事にズドンだ。隣の的に。」


と同僚たちは笑いあった。ひとしきり笑った後、彼の無反応ぶりを見て、興がさめたのか、


「つまんねぇな。飽きたわ。」

「あっちでポーカーでもやろうぜ。」


と言って、休憩スペースに向かった。


 勤務中にも関わらず、平然とトランプゲームをやれるのは、この街が平和である証拠だろうか。そうだ、整備のためとは言え、一日中銃を持っていない部署があるなんて、平和だからこそできるバカな行いだ。

 そんなことを考えながら、彼は銃と、銃弾の整備を進めた。彼の銃弾は、彼の銃のために最適化されていた。銃弾一つずつを丁寧に整備していく。そして、6発のうちの4発の整備が終わったところで一息ついていると、突然、署内にサイレンが響いた。


『市内セントラル銀行で強盗事件だ!犯人は銃を持ち、人質をとって立てこもっている。署内警官諸君は銃を携帯し、現場へ急行せよ!』


 彼の上司が、彼の部署のリーダーだが、唾を吐き捨てるような勢いで、苛立ちを露わにする。


「くそっ!なんでこんな日に限って!誰も銃を持っていないじゃないか!!」


 例の犯人が、長年この部署で追ってきた指名手配犯であるということもわかり、上司のボルテージは一気に上がった。


「誰か銃なしでも行くような気合の入ったやつはいないのか!このままでは手柄を他の部署に横取りされるぞ!」


 上司が喚いても、しばらく誰も応えなかった。

 彼はすでに面倒に巻き込まれないように、銃を引き出しの中へ、隠していた。しかし、彼を嘲笑った先ほどの同僚が、


「ボス、あいつなら銃を持ってますよ。」


 と彼を指差した。余計なことを言ってくれた。彼が警察官になった理由は銃をいじるのが好きだったからに他ならない。決して市民を救いたいだとか、そういう高尚な理由でこの職を選んだわけじゃない。


「そうなのか?」

「ええ、あいつは銃整備士の資格を持っていますから。」

「そういえばそうだったな。おい!ギーク!銃の整備は終わったか!?」


 彼はやれやれと思い、口を開いた。


「銃弾が4発しか整備できていません。それに、私の銃の腕はあまり良いとは言えません。だって私の仕事は、交通安全推進なんですから。」

「かまわん!さっさと行け!この際、事件の場にいるだけでいい。参加したという事実が重要だ。ただし…」


 上司がずいと私の方に睨みを利かせてきた。


「ヘマをするなよ。」




 くそっ。最悪だ。面倒ごとに巻き込まれた。そして何よりも、残弾の数が最悪だ。彼にとって『4』は不吉な数字だった。奇妙なことに彼の周りでは4という数字が絡むと、物事がいつも悪い方向に転がるのだ。『4』に関しては、そういう苦い思い出しかなかった。

 今回も、すでに悪い方向に転がり始めているし、これからも良いことが起きる気がしない。


 先ほどの同僚とその仲間が再び彼を笑いに来た。彼らがニヤニヤしながら言うことには、


「代わってやりたいところだが、それはお前の銃だからなぁ。」

「他人の銃を使ったら、強盗犯と一緒にブタ箱行きになっちまうからな。ドンマイ。」

「ま、せいぜい人質を撃たないように気をつけるんだな。」


 言いたい放題言いやがって。

 ついに彼が出動というときにも、奴らは余計なことをしてくれた。


「ギーク野郎、弾を一つ忘れてるぜ。」

「どうせ外すんだから、弾はたくさん持っていかなきゃ!」


 同僚は銃弾を無理やり渡してきた。それは『4』という数字を回避するために、机の中に一つだけ残しておいた銃弾だった。

 「こいつは俺の一番嫌がることをわかっているな、それともまだ俺を煽り足りなかっただけか。」と彼は思った。

 この銃弾を裸で持つのは危険なので、彼は渋々、受け取った銃弾をリボルバーに詰めた。


 現場に到着すると、強盗犯が人質の頭に銃を突きつけながら、すでに銀行の外に出てきていた。


「ポリ公ども!さっさと車を用意しやがれ!でないとこいつの頭にぶち込むぞ。早くしろ!!!」


 おっかない奴だ。完全に頭がイッている。

 彼はなるべく巻き込まれないように、警察官たちの防衛戦の一番外側に立つことにした。

 彼が存在感を最小限にして見守る中、ある一人の警官が犯人の説得を試みた。平和ボケした組織の中にも、正義感溢れる警察官がまだ残っていたのだ。

 その警官は銃を地面に置き、犯人に向かって一歩踏み出した。


「要求は飲む。今、君の望む車を準備中だ。少し待ってくれないか。そして、一つだけ君にお願いがあるんだ。人質を解放してくれ!

 その人は何の関係もない!どうか今、学校で授業を受けている彼女の娘さんのために、彼女を解放してくれないか?」

「ふざけるな!こいつと一緒でないと俺はどうなる!?面倒臭いカーチェイスをやる気はない!さっさと車を用意しろ!」

「なにも、何も無しで彼女を離せと言っているわけじゃない。私と彼女を交換してくれないか?」

「ハハッ。なるほどな。正義のヒーローのお出ましってわけか。かっこいいねぇ!」

「私は一人の人間として、彼女たち親子の平穏を願っているだけだ。アメリカン・コミックのヒーローのように特殊な能力を持っているわけでもない。だからこれは私から君への『お願い』だ。どうか彼女を解放してくれ。」

「そうだな。俺も女を殺すのは気が引けてたところだ。俺は優しいからな。」

「ではそっちに行ってもいいということか?」

「ちょっと待て。お前、見たところによると、相当鍛えてるな。そんな奴を人質にするのはか弱い俺としては、心配なところだ…。

んーそうだ。おい!そこの弱そうなやつ!お前だお前!お前がこっちに来い!」


 犯人の視線は、通称ギーク、彼の方向へと注がれた。


「へ?」


 待て待て待て待て。なんで自分が。


「おい!人質交換を提案したのは私だ!彼は関係ない!」

「うるせぇお前は黙ってろ!関係ないだぁ!?まさか正義の警察官さんが善良な市民を見捨てるわけないよなぁ!?早く前に出てこいよ!」


 最悪だ。だから『4』は嫌なんだ。立て続けに悪いことが起こりやがる。先ほどの正義のヒーローは申し訳なさそうに彼の方を見る。お前のせいだぞ、自分の腕をへし折ってでも人質になれよ…この偽善者が…

 彼はトボトボとした歩き方で、前へと、犯人から30mの位置まで出た。

 彼が止まったところで、犯人は口を開く。


「よしよし、銃を下に置き、こちらへ来い。おお、テレビ中継もされてるようだな。ついでだ。何か最後に言っておくことはあるか?愛しのママとかにな。」


 犯人はニヤニヤしている。同僚らと一緒だ。「ついでに」彼をあざ笑うためにそんな言葉をかけてきたのだろう。

 彼は銃を手に取りながら、最後の願いを告げた。


「『4』は嫌なんだ。」

「は?」

「最後に、銃の全弾を空に向かって撃ち尽くしたい。今、残弾が『4』でね。とても気持ち悪いんだ。『4』は不吉な数字なんだ。リボルバーの中を空にして、スッキリしてからそっちに行きたいんだ。」

「変な奴だな。言ってることはよくわからねぇが、まぁ、そっちの方が俺も安心だ。終わったら銃を分解して地面におけ。」


 彼は銃口を空に向けた。運動会のスタートの合図のピストルのように片手で、地面に垂直に。

 そして、銃弾は4発すべて発射された。




 銃弾は空に放たれた。

 放たれた直後から、銃弾の表面から無数の羽が生えた。古代カンブリア紀の海を泳いだアノマロカリスのヒレのような羽根、もしくは未確認生物の空飛ぶ魚、スカイフィッシュのような羽根だ。細かく波打つ無数の羽根は高速で回転する銃弾の軌道を少しずつ、繊細に制御していく。高速で回転する銃弾を制御するため、羽根は波打つと同時に引っ込んだり出たりを繰り返す。その羽根たちは空気を切り裂き、キーンと耳が痛くなるような高い音を発し始めた。その音は、ある程度の時間を置いて、地表に届くだろう。

 続いて、空飛ぶ銃弾は重力の方向を計測し、その方向へと少しずつ曲がっていく。その表面では無数の羽根がうごめいている。銃弾は高速なため、急に曲がることはできないが、広大な空には何も障害物がないため、ゆっくりと曲がることができる。少しずつ、着実に地表の方向に軌道を修正された銃弾はついに地表へと向きを変えた。

 それから下降する銃弾はGPSの情報を元に『対象』がいるエリアへと向かっていく。ある程度、地表に近くなれば(と言っても飛行機の高度よりはるかに高いところだが)、銃弾の先に取り付けられた高解像度かつ1秒あたりのコマ数が数万画像であるスーパースローカメラが、地面の様子を捉える。銃弾は高速回転しているため、そのまま見れば何が写っているかなど判別することはできない。したがって銃弾の現在の回転速度を元に、一枚ずつ静止画を回転し直して並べる。そして、地表の詳細な様子が確認できるようになった。


「何だ。この音は。」


 犯人が不思議そうに音の方向、空を見上げる。

 ギークも手際よく銃を分解しながら、この音を確認した。

 銃弾が放たれた直後に放つあのキーンと耳が痛くなるような高い音が、ようやく地表に届いたようだ。


 銃弾は空を見上げる犯人の顔を捉えた。あらかじめ登録されたその『対象』に向かって、銃弾の羽根たちは最後の微調整をするために再び、一層激しく波打った。





 計3発、そのすべての銃弾が犯人の顔に叩き込まれた。犯人の体は力を失って、崩れ落ちた。銃弾の4発目は制御しきれずにどこか遠くへ行ってしまったようだ。

 やっぱり『4』じゃなければ、自分はすごぶる調子がいいな。と彼は思った。そして、この実験結果を受けて、この銃弾制御システムをいくらで売ろうかという計算を早速し始めた。


「あ、そうだ。名前を決めないと。」


 彼は彼が好きなロックバンドと、これまた大好きなとある漫画にしたがって、このシステムの名称を、『セックス・ピストルズ』と名付けることにした。

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