第21話 最期の星 ver.0.9

最期の星 ver.0.9


 僕は布団の上でまぶたを開けた。

 僕は仰向けで、視界には僕の知る天井、6畳半の天井が見える。


「今日は休みか…」


 もう時計は朝の十時を回っていて、お腹もそこそこ空いていることがわかる。では、お昼を兼ねて海鮮丼を食べよう。

 その海鮮丼屋は、僕の部屋から三分のところの、魚屋の上にある。『魚屋の上にある海鮮丼屋』という言葉の響きだけで美味いことがわかる。そして、確かに美味いのだが、いかんせん土曜日にしか食べれないのだ。日曜は定休日。平日に行こうにも、昼のランチの時間帯にしか開店していない。僕は平凡な会社員だから、お昼休みにさっと人間を運べるような飛行ドローンなど当分先の未来の夢である現代において、それは今日の昼にしか食べられない特別なものだ。

 とはいえ、開店までの一時間、何も腹に入れないのはさみしいので、僕は冷蔵庫に入れている牛乳を手に取った。お気に入りの牛乳は少しだけ値段が張るけれど、とても甘くて美味しい。製造過程で砂糖をぶち込んだのであれば、この甘さも納得なのだが、牛乳の容器のどこを見ても「宇宙で一番美味しい砂糖を控えめに、ちょうどいい感じに入れました!」とは書いておらず、「うーん。まさに天然のフルーツ牛乳だ。」とうならずにはいられない。あれ?家畜は天然に入るのか?…いやいやそんなことはどうでもいい。美味いということが重要だ。

 半天然のフルーツ牛乳をゴクゴクと飲み、一息ついたので、家庭用のゲーム機を起動させる。すでに6畳半のインテリアと化しているエレキギターを横目に、今日もせっせと戦場の兵士として、目の前の敵を殺していく。ランチの時間までの暇つぶしに、兵士の人形を殺していく。そして僕も、殺されていく。

 あっという間に十一時になり、僕は慌てて出かける準備をする。昼飯時の、十二時に近づけば近づくほど海鮮丼屋は行列ができ、長く待たされてしまう。このタイミングがベストだ。

 僕は外へ出た。


 一階の魚屋を通り過ぎ、脇の階段から二階の飲食店に着くと、すでに並んでいる人が二人、席は満席だ。海鮮丼屋は客の回転が早いので、すぐに席は空くだろうと思い、行列席に座って待つことにした。脇の小さな机には、地元密着の店らしい、地域の催し物のチラシがたくさん置いてある。中には、暇つぶしのための写真集も置いてあった。僕の住む国の南端の小さな島の景色を集めた写真集だ。写真集の帯には、その島の出身であろうか、おじいさんの写真とこういう言葉が書いてあった。


『【うちなーぐ(以下わけのわからない方言)】(訳:私たちの島の景色をみんなに知ってほしいな!)』


 僕は、「本当にみんなに知ってほしいなら、まずわかりやすい日本語を勉強しろ。」と思った。一瞬だけ思った。すぐに反省した。彼も写真家や編集者に頼まれて、仕方なく当たり障りのない帯コメントを残しただけの被害者なのだ。うん。きっとそうに違いない。

 くだらないことを考えている間に、席が空いたので、店員のおばちゃんの案内に従って席に着いた。僕が座った席の目の前の壁には、小さな絵が飾ってある。その絵はとても控えめで繊細な絵だった。主張しすぎず、店の雰囲気を壊さない、秋葉原で売ってそうな絵だ。実際のところ、僕には絵の価値などわかる訳もなく、美味い海鮮丼屋にある絵だから、たぶんいい絵なんだろうくらいの感想であった。


「『今日の三色丼』ください。」

「はい、三色丼ですね。」

「以上で。」

「はい、わかりました。三色丼一つ、お願いしまーす!」


 これから三色丼が来るまでの間、隣の人が食べている別の海鮮丼などをチラと見て、期待を膨らませる。隣の芝は青く見えるとはよく言ったものだ。自分の頼んだ三色丼の頭の中のイメージが霞んで見える。しかし、その後悔はすぐに打ち消される。綺麗に盛り付けられた三色丼と、味噌汁。三色丼もさることながら、味噌汁もおいしい。寿司屋や海鮮丼屋の味噌汁はなんでこんなに美味いのだろうか。いや、答えは知っているのだが。

 例えば回転寿司屋で、


「寿司屋の味噌汁は美味いなぁ!魚のアラからとったダシが旨すぎるからだろうなぁ!」


 と偉そうに話している輩がいたら、たぶん僕だ。そんな奴がいたら、調子に乗りたい盛りの若造の言うことだと思って、生暖かい目で見守ってほしい。


「ごちそうさまでした。」

「はーい、また来てくださいね。」


 うまかった。ほんとにうまい、うまかった。

 腹も少々膨れたので、少し散歩をすることにした。

 歩いて十五分くらいの森林公園まで散歩をする。運が良ければ、可愛らしいリスもいるのだけれど、あいにく一回しか見たことはなく、リスが目的だったら都内の動物園にでも行けばいいやと思った。そう思ったところで、実際にリスが出てきたら、やっぱり少しテンションが上がってしまうのだが。これが野生の力というやつか、と考えながら、僕は森林公園の階段を上った先の展望台を目指す。


 展望台に登った。風が気持ちいい。僕は地図に強い方ではないけれども、たぶん僕の働く会社はあっちの方かなと自分の住む町を眺める。

 しばらくボーッとした。少し前の自分なら、公園でボーッとするなんて、することはなかっただろう。最近、公園でボーッとした後は調子が良くなることに気づいた。いくら夜を光で照らしていても人間は所詮、昼行性の動物なのだ。

 ただの一個体の動物として、日光浴を楽しんだあと、僕は人間に戻り、家に帰った。


 6畳半に戻ったあと僕はコンピューターを立ち上げた。このコンピューターは世界中のコンピューターに繋がっていて、自分の創作物を公開して他人に見てもらったり、自分も他人の創作物を見て、感想を伝えたりできる。

 自分の作品への新しい感想が届いていないかなと確認しながら、次の作品、サイエンス・フィクションの小説のアイデアについて頭を巡らす。

 そうだ、思いついたアイデアを逐次書き込んでいるメモがあった。見てみよう。


//////////////

■アイデア一覧


サムライ・チェーンソー

弾丸制御

ー弾丸に回路を埋め込む

ー名前はもちろんセックスピストルズ

星の王様

ーあの王子様が大人になったらどうなるか

ご飯生成

自動書記

スマートフォン

紙晶

ーペラペラな液晶

機械時代

ー新型EMP爆弾により、電子機器が破壊され、機械機構しかなくなり、機械機構が発達した時代

パラリンピックの方が強い時代

深層学習

ーシンパシーボックス(共感箱)

 ー人間を回路に組み込む

コントロール

ーヒューマンハッカー

ゲーム

ーARRPG

ーARcraft

宗教

ー救心

光合成(ナノ青汁

◼︎ゴキブリの軍隊→蟻の回路でやった

一粒で1日分の栄養素を摂れる錠剤(完全食品)

人工雪の女王

一億総監視社会

新宿駅のSF

新宿駅に新しい路線

ー宇宙エレベーターの駅

ー上下に増える駅

宇宙と地表を繋いでいたが、核戦争で分断、人類は地下に逃れた

主人公が廃棄された駅を登るところから始まる


■メモ作成済み

ー宇宙のテラリウム


■完成済み

ー拡張された楽園

ー電気ドーピング

ー蟻の回路

ーねこだまし

ー冷装

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 過去に思いついたアイデアが貯めこんであるものの、いざ、起承転結のストーリーというと…あまり思いつかない。

 まーいっか、これらのアイデアはもうちょっと温めておこう。

 僕は再び家庭用ゲーム機を起動させた。


 夢中になって人を殺していると、遠く離れたところで勤務している友人から、僕の持っている小さなコンピューターである携帯端末にメッセージが届いた。これは、他の友人にも一斉送信されているメッセージだ。


「やるぞ」


 一緒にゲームをやるぞ。という意味だろうが、もうすでに夕飯時だという事に気づき、僕は携帯端末にこう書き込んで返信をする。


「飯」


 夕飯を食べたら、友人と一緒に戦うことにしよう。

 僕は外に出た。


 そして僕は海鮮丼屋の向かいのカレーうどん屋に向かった。店の外にはメニューの看板があり、ここのカレーうどんがなにかのイベントで賞を獲ったなどと書かれている。

 その自慢どおり、ここのカレーうどんは絶品だ。濃厚なダシの入ったカレースープとコシのある麺、トッピングに豚肉、海老の天ぷら、ちくわの天ぷら、そしてチーズで、最強に見える。もし僕が無人島でサバイバルをしなければいけなくなったとして、一つだけそこに持って行けるモノを決めろと言われたら、このカレーうどんが良いと答えるだろう。このカレーうどんがあれば、なんやかんやで火も起こせる気がする。それくらい最強だ。


「スペシャルカレーうどんをください。」

「はい、紙エプロンはどういたしましょうか?」

「あ、ください。」

「はい、わかりました。」


 届けられた紙エプロンをつけた。カレーうどんが来るまでの間、携帯端末で暇を潰そう。

 僕はポケットから携帯端末を取り出し、画面に明かりをつけた。この携帯端末もまた、世界中につながっている。

 僕は興味を惹かれたニュースを手当たり次第に読んでいく。


『アメリカの会社が人工知能でビルの消費電力を八十パーセント削減した。』

『イスラムでイギリス人の人質が殺害された。』

『日本の大学が量子テレポーテーション実験を成功させた。』


 こういったニュースを見ると、未来がとんでもない方向に加速されているような感じがする。僕の持っているこの携帯端末は指の静電気を認識して、画面をなぞることで操作できるし、今のご時世、たった1万円のデバイスが人間の関節の場所を計測する。そして、世界中の研究機関が無料でプログラムコードを公開してくれたおかげで、我が家にいながら人工知能を開発することができる。

 僕は確かに、未来に生きている。未来に生かされている。

 そう思うと、自分も何かしなければという焦燥感にかられる。しかし、僕が手にしているのは僕一人の力だけだ。


 それはとりあえず、カレーうどんを食べることのできる程度の力だ。


「いただきます。」


 汁が飛ばないように注意しながら、うどんをすする。うどんの美味しさもさることながら、この海老の天ぷらだ。これが重要だ。

 最高の海老の天ぷらとそれ以外の海老の天ぷらの違いは何か。僕は『しっぽまで美味しく食べられる』ことだと思う。しっぽまでサクサクだから、最高だ。

 でももし、どんな海老の天ぷらのしっぽでも美味しく食べられる人がいたらどうか。やっぱり、その人にとってはすべての海老の天ぷらが最高なんだろうなぁ、と僕は羨ましく思った。


 と、いうわけで空になった丼を置き、僕は家に帰ることにした。


「ごちそうさまでした。」

「はい、またよろしくお願いします。」

「あ、どうも。」


 家に帰ってからコンピューターの通話システムを確認すると、件の友人たちが、遠く離れた場所どうしで一緒にゲームで遊びながら、通話をしているようだった。僕もさっそく、参加する。


「うぃーす。」

「うーす。」

「次入れて。」

「オーケー、あとちょっと待って。」

「うい。」

「なんだ。こいつ強いな。」

「勝率おかしいだろ。」

「確かに強いわ。勝てない。」


 友人たちの会話を聞いて、僕はついつい本音を漏らす。


「えぇ、そんなやつ相手にしたくないわ。オレ、もっと弱ぇやつと戦いてぇ。」


 友人たちと一緒に殺したり、殺されたりしながら、三時間。あっという間に深夜二十四時だ。


「そろそろ風呂入って寝るわ。」

「うーす、おやすみ。」

「おやすみ。」


 風呂上がりの体が冷めないうちに、布団に入って、僕は横になった。

 今日はなかなかいい休日だった。


 目を閉じた暗闇で、ふとこんなことを思う。


 これが僕の最期の星か。まぁ、こんなもんかな。


 では、お休みなさい。

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