第16話 冷装 ver.1.01(完結)

冷装


 地球温暖化で温帯は熱帯に、熱帯は超熱帯になった。特に夏になれば工事現場や工場の作業員が熱中症で倒れるのが当たり前になり、「適度に水分を補給する」とか「1時間毎に休憩する」程度の対策では予防できない問題になってしまった。

 そこで考案されたのが、真の個別空調とも言われる『冷装』である。

 端的に言えば、それは空調のついた服であり、詳しく言えば、素材に熱放射効率の高いものを使用し、プロペラのない安全でごく小さい扇風機を無数に取り付け、おまけに冷蔵庫の仕組みをそのまま用いた冷却機能までついている服だ。

 アイデアとしては単純で、誰でも思いつきそうなものであったが、今まではその値段の高さと服の重さから実用化には至っていなかった。

 それが最近の技術革新と地球温暖化による空調のないところでの需要の高さから、軽量化が図られ、大量生産でコストは抑えられた。そして冷装が普通の服と着心地が変わらなくなったところで建築会社や農場や工場からの注文が殺到したのだ。加えて、デザインにもこだわり始めたので、次第に一般の消費者にも売れていくようになった。

 とある中小企業の工場では全ての空調を取り払い、作業員の冷装を義務付けた。冷装は個人の体の周りだけを冷やすので、工場全体を冷やすよりもはるかに電気料金が安かったのだ。


「こんなにお日様がかんかん照りなのに、全然暑くないとは、いい時代になったものだ。」

「全くだ。少し前なら考えられないね。休日ですら暑すぎて外に出るのが億劫だったんだから。」


 工場の部署の上司同士で世間話をしていたところ、作業場から緊急の連絡が入った。


「区画Aで突然、作業員が倒れました。すでに救急車は呼びましたが…。」

「何?Aライン?じゃあ、あいつか…。今日は具合が悪そうだったのか?」


 区画Aのラインの担当者は片方の男の部下だった。


「いいえ、元気そうでした。冷装もしっかりと動いていて、熱中症であるはずもありません。」

「ううむ。わかった。とにかく、彼の家族には私から連絡を入れておく。病院への付き添いも私がしよう。そちらに向かうから、詳しい状況を聞かせてくれ。」




 救急車が到着した。救急隊員は意識のない部下の服を脱がせ、聴診器を当てた後、てきぱきと救急車へ運び入れた。その上司である私も付き添いとしてその後についていった。

 病院に向かう救急車の中で、私は救急隊員にこう言われた。


「何故、すぐ服を脱がさなかったのです?そうであればこんなに危険な状態にはならなかったのに!」

「えっ?冷装を脱がしてしまったら暑さで病人がまいってしまうでしょう?」


 救急隊員は、はぁ…と大きなため息をついてこう答えた。


「彼の病名は凍傷と、全身性低体温症です。」


 こんなに暑い日に凍傷!?唖然とする私に、救急隊員はこう続けた。


「いえ、私も言い過ぎました。素人判断で対処するのは危険ですから、あなたの処置には問題ありませんでした。しかし、どうにもやりきれないですね…。」


 救急車に設置された心電図にすでに波はなく、静かに0の数値を示していた。

 そして私には、自分の着ている最新で最軽量であるはずのその服が、ひどく重いものに感じられた。

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