大喝

 バスをおりた途端に、熱気と湿気をおびた空気が絡みついた。エアコンが効きすぎだと感じていた車内の方が、まだ快適だったとおもわせるほどの熱烈さをもって。

 夕方が近づいてもいきおいのおとろえない陽射しのなか、制服姿の少女たちは、市内をぬける国道ぞいのバス停から、商店街のアーケードにむかって歩きだす。いちど帰宅してからあつまった結たちは、瑠璃琥珀堂にいって瑠璃が用意していた手土産を受けとり、小久保の家へとむかっていた。

 なれない様子で左腕に風呂敷づつみをもった結に、夏帆が話しかける。

「瑠璃琥珀堂、いいところだね。おみせの人たちもいい人そうだし、なんだか安心した」

「うん。わたしの、大切な場所なの」

「……まさか話してすぐに行くことになるとはおもわなかったけどね」

「ご、ごめんね、あわただしくって」

「ううん、ちょうどよかったよ。それに、風呂敷でつつんだお土産をもって誰かをたずねるだなんて、なんだかわくわくする」

 綾里さん水上さん、とすんだ声がした。振りむいた二人に琴音が頭をさげた。

「今日は一緒に来てくれてありがとう。本当ならあたしひとりでいけばいいだけなのに」

「気にしないで。ボクは勝手に着いてきただけだけだから」

 微笑んだ夏帆のとなりで結がうなずく。

「わたしも瑠璃さんに、……たのまれたから」

「それでも、ありがとう。ふたりが一緒でよかった。不安だったの、本当は」

「わたしもちょっと、……心配。いまでも」

「大丈夫よ、あたしがんばるから。もともとあたしの用事だし、ずっとさがしてた本がよめるかもしれないんだもの」

「泉さんは、本当に本が、すきなんだね……」

「うん。でも実はね、いくらさがしても見つからないから、あきらめかけてたの。あのとき勇気をだしてお店に入ってみてよかった。たまたま綾里さんのアルバイトさきで、しかも本をもっているひとを紹介してもらえたんだもの。なんか運命を感じちゃう」

「……う、運命?」

「そう、運命。それにあたし断然、瑠璃さんのファンになっちゃった。美人で優雅、おとなっぽいうえに知的だなんて、あこがれちゃう」

「そ、そうだね……」

 前半に異論はまったくないが、そのあこがれのひとは、些細ささいなことで琥珀と張りあったり、すきあらば駄洒落だじゃれを差しこもうとしているひとであることは、黙っておくことにした。

 商店街のアーケードを横ぎった三人が、慢性的に渋滞気味な国道の迂回路うかいろとしてつかわれる片側一車線の道路との交差点にちかづくと、派手派手しい装飾のほどこされたトラックが停車しているのがみえた。周囲の歩道にできたまばらな人垣にきづき、彼女たちは顔を見あわせる。

「――この大馬鹿者めっ!」

 歩きだしかけていた三人はすくみあがった。

 大喝である、トラックの辺りからの。かなりの距離があるにもかかわらず、その声は、彼女の肝をひやすのに十分な迫力をたもったまま響きわたった。

 声がした方へ目をむけてみると、人垣の中央では、トラックの運転手らしい恰幅かっぷくのいい男と、和服姿のやせた老人が対峙たいじしていた。老人が一歩まえへでる。気圧けおされたように運転手が後退する。

 三人はふたたび顔を見あわせる。声の主がどちらだったのかは、だれの目にもあきらかだった。

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