とげ
日ごとに声量をましつつある
気温や湿度までもが一段さがったような気がして、結は店のなかをみまわす。草花が咲きほこった前庭の、陽ざしに応じてあざやかさをます眺めとは対照的に、優美な曲線をえがく飾り棚やテーブルがおかれた
おくのカウンターにたつ女性は、
肩ほどの長さがある華やかな金の髪と
「結ちゃん、こんにちは」
「こ、こんにちは。瑠璃さん」
挨拶をかわしながらもう一度を確認する。もうひとりの店主の姿はどこにもなかった。
「……琥珀さんは、いらっしゃらないんですか?」
「ちょっと出かけてるの。もうすこしでかえってくるとおもうけど」
「そ、そうなんですね。じゃあわたし、着がえてきます」
はい、と応じた瑠璃の視線からのがれるように、結はカウンターのわきにあるバックルームへむかった。扉をしめてから、みじかくため息をもらす。
じわじわと胸のおくにひろがる後ろめたさに
店では、瑠璃がカウンターにならべた数点の品を、店のロゴがはいったクラフト紙の袋におさめていた。くろい背表紙のノートをたしかめてから、宛名がかかれたシールで封をする。
一連の作業をながめていると、扉のひらく音がした。一瞬だけ音量をました蝉の声が、ふたたび締めだされる。
いまもどった、とつげた女性の声と佇まいは、無造作なものであったにもかかわらず、たしかな輪郭をもって周囲の空気を一変させた。ないだ湖面をわたる風のように。
たかい位置でひとつにまとめたながい髪と黒
「これをたのむ」
「お疲れさま」
「なに、どうということはない。
「行ってらっしゃい」
琥珀は、結が背にしたドアに近づいてくる。挨拶をかわし、道をゆずって擦れちがった瞬間に、彼女のまとった香がかおった。はなやぎと鋭利さをともなった薫りは、化生の存在を感じるようになったころ、不安をやわらげるために施設を訪ねてきてくれたときの記憶を呼びさました。
「――あ、あの」
うまく説明のつかない感情に背中をおされて呼びとめた。振りむいた眼ざしは、普段とかわらずやさしい。
「どうした?」
「……い、行ってらっしゃい」
二回まばたきするほどの時間、結を見つめてから琥珀が微笑む。
「ああ、いってくる」
いつの間にかとまっていた息を、そろそろと吐きだす。今日もぎこちなかった、という後悔が、彼女がいないとつげられたときに感じた
「結ちゃん?」
「ひゃいっ!?」
瑠璃から声をかけられて飛びあがる。目をまるくした彼女の表情が笑みにかわっていくのに比例して、頬が熱をもった。
「ちょっとだけお店の番をお願いできるかしら。すぐもどるから」
「わ、わかりました……」
「じゃ、お願いね」
瑠璃も扉のむこうにきえていった。琥珀からたくされた籠を大事そうにかかえて。
そこにおさめられた綿花に似た一輪の花とおなじものを、結は、いくたびか見たことがあった。
外道におちてもなお、さらなる力をもとめた煌牙は、里親になるまえの倉方夫妻から抜きとったというその花で、結を脅迫した。きよらにさくそれらなくしては、彼らはじきにしんでしまうという言葉をそえて。
そしてきふたりの化生が琥珀にたおされたのちにのこったのが、おなじかたちの花であった。あかぐろい煌牙の花はまたたく間にちってしまったが、わずかに染みのあった黛の花は、琥珀の手で
本業にでかけるたびに持ちかえってくるということは、琥珀の本業とは、あの花をあつめることではないだろうか。
では一体、どこから、どのようにしてあつめてくるのか。そもそもこの花は何なのか。なぜ黃羽はあれほどまで琥珀をおそれたのか。それらの疑問はすべて、おさない少女が急変した病棟で彼女を見かけたことへ
おだやかな光にみちた病室で、ベッドにねむる少女の花を剪る琥珀を想像しかけ、あわてて頭から追いはらう。ふとした瞬間にむけられるやさしい瞳や、ときおりみせるくだけた調子、危機におちいるたびに駆けつけてくれた頼りになる後ろ姿を、そこにかさねたくはなかった。
胃のあたりで不快な音をたてる、おもたく、ごつごつした塊から、懸命に意識をそらした。
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