似たもの同士
あかるい話し声とともに、生徒たちはぞろぞろとドアへとながれていく。
オレンジ色で五線譜がえがかれた黒板をはさんで反対側にある扉にむかう潤一郎を目でおった結は、自分の席でちいさくうなづいた。となりをとおった夏帆が首をかしげる。
「かえらないの? 結」
「あ、あの……、先生にききたいこと、あるから、さきにいってて。……ごめんね」
「わかった。おくれないようにね。つぎ数学だよ」
笑みをうかべた夏帆は背中をむけて歩きだした。
クラスメイトたちと入れかわりで静けさがみちた音楽室で、音楽準備室につづくドアをまえに結はとまどう。
これまでまったく縁のない場所だったが、黃羽にたのまれて何度かおとずれているので、この部屋をたずねることにそれほどの抵抗はない。だが、これからきこうとしていることをどんな風に切りだすかについては、どれだけかんがえてみても一向にうまい答えには
それでもいましかないのだとおおきく息をすい、ノックしかけて、やめる。五回ほど繰りかえしたところで、不意にドアの方からひらいた。扉が気をつかったわけではない。面会しようとおもっていた人物が、たまたま出てきただけのことである。
おたがいに不意をうった状態で遭遇したふたりは、硬直ののちに二度ほどおなじタイミングで話しだして譲りあい、最終的には
「綾里さん、僕になにか用でしたか?」
「は、はい。……ちょっとおききしたいことが、あって」
結が目的の前段階を達成するまでに、休み時間の半分ほどが消費されていた。
スチール製の棚と机、アップライトのピアノがおかれた部屋は、音楽準備室というより音楽教員専用の執務室にちかい印象がある。教室にあるものとおなじスチール製の椅子を結にすすめた潤一郎は、自分も腰をおろすと親しげな表情になった。
「どうしました? ちいさなお友だちからの質問ですか?」
「きょ、今日はちがうんです。その、せ、先生のおうちでみた鳥が、どうしてるか……、気になって。ずっと雨、ですから……」
ああ、と潤一郎は笑みをくもらせる。結は、不意に姿をみせなくなった黃羽について、期待していた言葉がきけないであろうことを察した。
「ここ二、三日みていないんです」
「……そう、ですか」
「庭の楓の木に巣はそのままあったので、どこかにいったりはしてないとおもうんですが。……ただ、野良猫なんかもいますし」
「それは多分、大丈夫です」
「どうしてそうおもうんですか?」
「な……なんとなくですけど、……つよそうでしたから。きっと野良猫にはまけないとおもいます」
もごもごと説明しているうちに、潤一郎は表情をやわらげた。
「そうですね。きっと大丈夫です。気を使ってくださってありがとうございます」
「いいえ。先生はあの鳥が、……き、気になりますか?」
「ええ、似たもの同士でおなじ家にすんでいるわけですから」
「似たもの同士、ですか?」
「そうですね。僕たちは似たもの同士なんだとおもいます」
潤一郎はまた、なにかが欠けた笑みをうかべる。彼が背にした窓のそとではあいかわらず雨がつづいていたけれど、その言葉は結に、ひとつの決断をさせた。
降りしきる雨のなかでは、カラフルな遊具たちも色あせてみえた。
こばしりに近づいた。結の方をみて立ちあがりかけた彼女は、思いかえたように渋面をつくり、ふたたび腰をおろす。その正面にかがんだ結は、おなじ目線のたかさで話しかけた。
「き、黃羽さん」
「なにしにきたの?」
視線をそらしたままで、くぐもった早口の声がかえってくる。
「えっと、黃羽さんに……、あいたくって」
「なんで?」
「……だって友だち、ですから。急にあえなくなると心配になります」
ぴくり、とふるえた黃羽が顔をそむけた。かすかに頰があかい。
「ど、どうしてここがわかったの?」
「琥珀さんにおねがいして、さがしてもらいました、黒桂さんに」
「そう」
「あ、あの……、黃羽さん」
「なによ」
「……峯岸先生も、心配していました」
「潤一郎が?」
反射的に振りむいた黃羽は、あわててうつむく。
「別にあたしは、……心配されても、うれしくないけど、でもどうして潤一郎は、……あたしを心配したりするのかな」
「似たもの同士だからっておっしゃってました」
「なんで、似たもの同士?」
「わかりません。でも似たもの同士って、おんなじみたいって、ことですよね?」
「おんなじみたい、か。……なんかいいね」
「はい。わたしもそうおもいます」
結は黃羽のとなりから公園をながめた。雨からまもられたせまい場所でかわす言葉は、普段よりちかくまでとどくような気がした。
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