第11話 ななつの魅せ場
はじまり
その世界には、神様がいた。
神様は人間に問題を与えた。
「私達の大切なものを盗めたら、新たな神様にしてあげましょう」と。
人として知らぬ者のいないその問題に、多くの人間が挑んでいった。
だが、今まで誰一人、神様の場所に辿り着くことすらできなかった。
やがて人々が諦め、問題を知っていても無視するようになった時代。
一人の女の子が問題を解いてしまった。
しかも、神が一人死んでしまった。
人々も、神様も揺れた。割れた。驚いた。
なぜか――その女の子が事実を一切明かさずに姿をくらませたから。
出会った人々は納得し、神様は宣戦布告し去って行く。
多くを盗んだ女の子から、神様らしく取り返すために。
これは、それを知りつつ旅をする一人の女の子の物語。
遂に始まった神様連中とミコとの決着、神感覚カードゲーム“ファニータイム”。
1本目を終え、早くもギャラリィたる神様応援団はハラハラハアハア。興奮、発奮、絶頂、欲情etc…とミコに対する千差万別個神個神の想いが抑えきれずに熱くなる。言いたいことは分るが此ればっかりは体質。だからしょうがないとして、全員有りの侭を受け入れていた。自分の業として。
そんな神様達。基本的に全員仲良しだが当然相性に差は出るもの。応援団としての観覧も自然と派閥別……元実力別に固まる。其の特等席、ミコを真正面視線の果てに見られる位置に居るのは魚、哉、祝、迷、絵の最強戦隊。その中でも最前列、手摺の上で腕を組んで身を乗り出して見ている神様が居る。誰でしょうか――祝だ。
魚の教え子で哉の特別、最後に加わった絆の神。外見通り幼子のまま鍵を使って扉を開き神様となった。其の秘められた可能性は今尚全容が見えぬ程。彼女が師事した魚でさえ、共に歩んできた哉でさえ、未だ祝の実力を計りきれていない。何を考えているか分らない訳では無い。祝は外見通りのメンタリティで或る意味『一番安全な神様』と云える。ただ其の底知れない可能性が、どう転ぶか分らない。だから常に傍に置いていた。
なんとなく、彼女が自分達神様仲間達の未来を変えてくれるような可能性を感じたから――これが最大の神望神徳を持つ魚や其れに連なる絵、迷達が祝に一目置く理由である。そしてその祝は今勝負中のミコに夢中になっていた。脇目も振らず、色目も使わず。なんてことはなさそうで、そうでもなさそうなその様子。微笑ましく見守っている魚は後ろから抱きつく様にして絡み尋ねた。
「祝ちゃん、ミコちゃんばっかり見てる……どうしてなの? かっこいい? それとも惚れた?」
「師匠……ヤキモチ焼くなら冬にしてくださーい。おいしくもちもちしますよわたしー。そうじゃないです。ミコおねーちゃん、堂々としてるなーって思っただけです」
「そうね……」魚が其処から先を繋げようとした矢先、隣に割り込んできた哉が口を挟む。
「そうだよね! アノ余裕の態度はムカつくってゆーか一周回って羨ましい! アノ椅子も、アノワークアシストも、そしてアノ天蓋も! 全部ロイヤルドリーム社が持てるパッション注ぎ込んで創ったって云う伝説の逸品だよ? ソレラを惜しげも無く見せびらかして優雅にやってる姿はもう……憧れ転じて憎くなるぅ! あたしもアレしたいしたいしたーい!」
哉の困ったちゃん台詞を聞いた祝は、「そうです。わたしたちはこの闘いが終わったらミコおねーちゃんにあの家具類を借りに行くのです! 最低銅貨1枚で35分レンタルするです」と相方の無茶に負けず劣らずの無茶で応える。と言っても其れは社交辞令。祝の顔に哉同様片目ずつ備わった神眼・気雷眼と気炎眼が気迫の稲妻と陽炎を発し遠くのミコに只ならぬ視線を照射する。正直其処までするか?――同じ気炎眼&気雷眼を持つ哉と2名に其れを修得させた魚は祝の気迫の度合いに戦くが、此処で吃驚ハプニング。何とゲーム勝負中のミコが上体起こして祝の方に目を遣り、フリーとなっている自前の両手を小さく振って祝の観覧に応えたのだ。其の時の魚、哉、迷、絵の気持ち。「ウソ」
一瞬の事で終ったが、其れでも其の一瞬ミコと通じ合った祝は「こりゃミコおねーちゃんの勝ちですね」としれっと爆弾発言をかます。小声だから他の仲間達には聞こえてないものの、一応翠の応援団である魚達からは一分、血の気が引いた。どうにか我を取り戻してから迷と絵が祝に尋ねる。勿論小声だ。
「みいこが君に手を振ったね。ひらひら扇に手を振ったね。まさか祝、みゅーんみゅーんぐるるっポーと直感してたの?」
「迷……此のえまーじぇんしー状況下でも相変わらず其のとーくすたいるなのね。関係ないでしょ、そんなこと。此処で大事なのはこんたくと出来ることを直感してたんじゃなく、実際にこんたくとがあって祝が其処からあのミコの勝利を感じたってこと。でしょ?」
迷と絵、紛うことなき実力者コンビの漫才コンビもいけそうな落のアイデンティティを脅かすやりとりで祝に本題を吹っ掛ける。すると祝は片手一本人差し指でミコを指差しこう答えたのだ。
「なーんていうのかなー。細かい説明は出来ない分らない限界なんだけど……やっぱり役者が違うなーって思ったんだー。あ、大事なことはちゃんと言うからあんしんしてー。然るべきタイミングで。ね」
何時だよ……4名は心中揃って突っ込んだが、祝が続け様に発した「見てればわかるよ」との御詞を戴き、受け入れることにした。祝同様、ミコに執着することを。応援団としての仕事を事実上放棄することを。
ま、応援の度合いそのものも個神個神で違うので後ろめたさは全くない。翠のイカサマ乱舞があるからなんとかなるだろと云う楽観的視点の方が此の場では勝っていたのだ。ぶっちゃけ翠の勝利は動かない――然う思っていた。
しかし此の実力者一味でも祝の勘と詞の真意は理解出来ずに終る。自分達の予想は正しかった。が、同時に祝の呟きも真実になろうとは、此の時の4名は知る由もなかったのだ。
2本目
・ミコ コスト残数53→55 手札8枚 ボツボックスのカード2枚アイコン数6
ロストホールのカード2枚(メイク1,コマ1) ストックプールのカード1枚
・翠 コスト残数49→57 手札4枚 ボツボックスのカード1枚アイコン数4
ロストホールのカード5枚(メイク3,コマ2) ストックプールのカード1枚
「それでは行くわよ」「2本目、始め!」
「ドロータイム!」
審判役の希と天がコールを上げると、翠とミコは山札を引く。尤も翠がやっているのはサーチ行為。取り敢えずコマカードが不足気味なので其れを補強するメイクカードを山札の上を引く振りして半ばから取ってきた。一方ミコはゆったりと、開いた黒い手で態とらしく、見せつける様に山札の一番上のカードを捲る。其れは只単に正しいことなのだが、閲覧席の魚、哉、迷、絵達祝の取り巻き達には物凄く眩しく写った。なぜだろう。
「メイクタイム!」
審判役の希と天がコールした瞬間だった。1本目の時の様に、即座に回転木馬宜しく回している8本手の手札の1枚を使ったのだ。「『急いでない』んじゃなかったのかなー」、祝がそんなことを呟いたが、周りの魚達他応援団全員、そして審判役も相手プレイヤーの翠も、ミコの使ったカードに驚かされたから其れどころじゃなかった。其れは翠のメタを封じることが出来る唯一のカード、でも同時にコストパフォーマンスが劣悪で、創作班自体「ギャグで創った」と明言したカード。入れていたのは知っていたが、まさか本気で使うとは誰も予想だにしなかったカード。
「コスト39、メイクカード『白紙化してなかったことに』を使うわよ! これによって今後わたしはメイクカードの詳細を審判に見せる義務もなくなり、使用しても実際の効果発動までなんのカードを使ったのか宣言する必要もなくなるわ」
衝撃の展開にどよめく神々。其のカードがデッキに入っているのは盗視透視で知っていた。組み込んだミコの意図も、分らなかった訳じゃない。しかし本気で1枚のカードにコストを39も、然も2本目という序盤で躊躇いもせず使ってくるなんて思いの外予想外である。応援団からの覗き情報で手札にあるのは知っていたが、コストリカバリ用のカード『修羅場に感じるタイムマジック』が手札にある訳でもないのに使ったことに翠だけでない、天も、希も、応援団の神様仲間達も、祝だけを除いて皆仲良く驚いた。合唱するみたいに息を揃えて。
(扉の千里眼を以てしてももうミコの手札にあるメイクカードは判別不能。ま……まあ当然ね。“ファニータイム”は然う云う神様レベルのゲームだし。問題はコスト計算。ミコは今39のコストの内訳を1文字×2、2文字×9、3文字×1、4文字×4の方法で支払った。其の恒星の輝きは既にプラニスフィアから消え、残ったコストは16! 3本目で戻ってくるコストは1本目に使った2文字×8の16と今使った1文字×2の2。合わせて18。幸い手札にあるコマカードは視えるからミラー勝負で更にコストを追い込むことが出来る。ただ、ミコもバカじゃない。『白紙化してなかったことに』を使う前にミュー達が手札に確認していたドロー用メイクカードを使ってくるはず。問題は其れで、『修羅場に感じるタイムマジック』を引き当てられてしまうのかどうか……ならば其処が抑えどころね)
翠は上下の歯を噛み合わせ、ギャグ論外の真剣顔で綿密にミコの動きを予見する。其の目付きは自信に溢れた時のドヤ顔とは訳が違う。集中熱中の女神の顔だ。
とは言え翠はミコが件のカードを手に入れることもまた予見していた。1本目で事実上互角の勝負を魅せたミコも又イカサマしていると確信していたから。「抑えどころ」とは然う云う意味だ。其の為翠はトライテールの髪を或るパターンで回すことでリラックスを装いつつ応援団をやっている神様仲間達に合図を送る。「ミコがドローでイカサマする瞬間を捉えるべく動け」と。指令を受け神様達は観戦位置を変える振りをしつつ、ミコの側宙に浮いている山札を注視且つガン視してミコのイカサマの瞬間を暴くべく、“影の隠密”として本格的に行動を始める。そして案の定ミコは其の、ドロー系カードを使ってきた。翠は動く。この状況下で更にコストを使わせミコに間違いを犯させる為に。敵が間違いを犯している時は、その邪魔をしてはならない。寧ろ助長すべきである――古の世界で失われた戦略絵巻に書かれた真実に則り、翠はミコのプレイミスを全力で助長させる。
「メイクカード使用! ……これからは全部言わなきゃいけないのね。めんどくさー。まあいいか。使うのは『窮地を凌ぐ水だけ生活』よ。手札から他のメイクカード1枚捨てかつわたしのプラニスフィアに残っている設計図の文字数別種類の分だけコストを払うことで、種類分だけドローするわ」
「ミューもメイクカード使用。『ピンチピンチ大ピンチ!』を使うわ。妨害カードよ。コスト1を支払って泥棒ミコさんがドローできるカードの枚数を1枚減らすわよ。まあ、ボツボックスのアイコン数もひとつ減らしちゃうんだけどね」
「OK。じゃあ引くわよ」
「ちょっと待ってよミコ」此処で審判役の希が諌言する。翠が澄まし顔で見逃そうとしたミコのプレイミスを審判という立場から確認しにかかったのだ。ま、イカサマ師同士のフェアプレイを重んじる翠は希の待ったを止めはしない。敵の間違いは止めないが、味方の正道を止めないのも戦略絵巻の教えである。
そして希はそのふんわりした髪を靡かせ、恩着せがましくミコに語りかける。
「ミコ。あなたわかってんの? 『窮地を凌ぐ水だけ生活』を使っても今あなたのプラニスフィアには1文字と3文字、二種類の設計図しかないからコスト2で2枚引けるところを翠の『ピンチピンチ大ピンチ!』でたった1枚にされたのよ。只でさえそれなのに問題は其処じゃない! あなたコスト2をピッタリ支払うことできないじゃない。3文字の設計図でコスト3を支払わなきゃいけないのよ? 既に39もコスト払っといて其の上無駄遣いまでする気?」
うん、善い審判してる――翠は希の味方ぶりに心から感謝した。然う云えば天の邪鬼なミコは必ず意地を通すと分っているからだ。
案の定ミコは、「1枚でも良いわよ。押し切る!」と大見得ぶって3文字でコスト3を消費し、手札からメイクカードを手放して、その空いた黒い手を全周裂開した影帽子の口周りで回してゆっくりと、ぺら〜と勿体振る様に山札の一番上からカードを引いた。其れを唯一見ることの出来るミコの表情が綻んだのを、神様達は見逃さなかった。翠と祝は其れ程でもなかったが、他の神様連中は少なからず動揺した。此の状況で最も必要とされるカードを手にしたことに。
そんな余韻に浸る間もなく、ミコは直ぐに其のカードを使った!
「メイクカード『修羅場に感じるタイムマジック』を使うわよ! ロストホールのコマカードを全部ボツボックスに移す代わりにノーコストで現在消費したコスト種類の中で最も多い文字数のコストを今すぐ手元に回収よ! さて……わたしが取り戻せる惑星の光はどれだけかしらね。審判役の希さんに天さん?」
ミコの意地汚い詞攻め。分り切ったことを役目上無視出来ない審判役に自分から振っている処が特に厭らしい。見習いたいくらいだが、此処は加担するわけにはいかない。審判役の2名には、悔しい気持ちを抑えてでも人身御供になってもらう他無い。
その2名。案の定心底面白く無さそうな顔をしていたが、審判の役目に忠実に、ミコの問いに答えたのだった。
「ミコがもっともコスト数を保有しているのは2文字の設計図17個のコスト34。はあ〜全部プラニスフィアに光を取り戻しました」
「あんにゃろう!」「趣味エキストラの癖に!」「タバスコ飲め!」
応援団連中の神懸かったヤジが四方八方から飛び交う中、翠は神様仲間達全員に思話通信(ゴッドチューニングver.)で皆に確認を取る。
(ミコのイカサマの証拠は捉えたの?)と。一抹の期待を込めて。
然し俗世は嗚呼無情。神様の声など聞き入れもせず、帰ってきたのは惨い返事。誰一人としてミコが『修羅場に感じるタイムマジック』を引いたことに関するイカサマを看破出来なかったのだ。
(あっ、そう)翠は役に立たない神様仲間達を疎んじる様に応じながらも心の底では熱い奔流が湧き上がってくるのを此の上も無く感じていた。ミコは此の衆神環視の中、バレないイカサマをやってみせたということなのだから。其れは自分に匹敵する、至高の才能。
(どっちが上を行くか。ふ……ふふ。楽しくなってきやがりましたわ)
普段なら絶対使わない口調になって、翠は此のイカサマ合戦への情熱を爆燃させる。あれだけ手を打ったのに尻尾ひとつ掴ませないとは――「いいねいいね此の感じ」てな具合に翠は現状を楽しんでいた。それに勝敗にどちらが近いかで考えると状況は有利だ。なんせミコはロストホールにあったカード1枚をボツボックスに送った。『ピンチピンチ大ピンチ!』でミコのボツボックスアイコン数をひとつ減らしてしまっていたのでこれでプラマイゼロになる。現在のボツボックスアイコン数はミコが6で翠は4。未だこっちがリードだ。
其れにこっちの手札にだってドロー系カードはある。ミコに先手を取られ続けたけど、或る意味取らせ続けたとも云う。“ファニータイム”はターン制ゲームではないけれど、今度はこっちが逆襲だ。
決断したらば即行動。翠は手札に唯一あったメイクカードを使用する。
「コスト3メイクカード! 『スケジュール調整タイムマジック』を使わせてもらうわ。泥棒ミコさんのボツボックスにある敗北条件アイコン数の分−1枚山札を引かせてもらうわね。勿論アイコン数は1本目でミューが使った『ボツ原稿の怪談』による水増し分含むから。と云う訳で5枚引かせてもらいまーしゅ。善いわね審判さん?」
「宜しい!」「異議なし!」
天と希の了承の元、翠は素早く山札を引く。ミコの様に上から捲る様な真似はしない。スパッと一瞬、手で攫う様に5枚取る。勿論此れは翠のイカサマドロー。上から5枚ではなく、応援団の山札透視情報とミコの手札盗視情報を受け取った上で、ミコの手札6枚全てを占める分とストックプールの分を合わせ、ミコが7枚、マニュスクリプトに出せるコマカードと全く同じカード7枚を揃えたのだ。勿論只山札から引くだけじゃない。手札に有る不要なコマカードを戻しつつ必要なカードを揃える――其れだけの事を先の一瞬でやってのけたのである。因みに今回のメイクカード使用で翠は手札の枚数が8枚と、ミコの5枚を上回ったので、1枚メイクカードを持って来ていた。折角なので其れも1枚遣う。ミコを追い込む戦略カードを。
「コスト4、『被った作品にペナルティ』を使うわ。効果はわかっているわよね? 此の本ショウタイムで起承転結のコマカードを魅せる際、同位置のカードで同じ方向から魅せた場合にFP+15、さらに勝負に勝ったら手札から、引き分けたらロストホールから、負けても山札から泥棒ミコさんのコマカードを1枚ボツボックスに送る事ができるカードよ」
「わぉ、こわーい」
ミコは翠の一手にも挑発的な詞にも悠然超然不自然な口調、喋っている事に反して全然怖がらずぶりっ子みたいに可愛らしさの調味料をグロス単位で過投入するかの様な返事で返す。其の甘ったるさに翠だけでなく多くの神様仲間達がイライラしたり砂糖吐いたりと実に個性溢れる反応を見せるのだがそうこうしている内にミコは何時の間にやらコマカード4枚を既にマニュスクリプトに配置し終わっていた。早っ。急いでないんじゃないのかよ――翠始め神様仲間達はまたしても総ツッコミを心中大合唱させたが、後手に回るのはイカサマする側としては好条件。メイクカードは見れなくなったが、コマカードは見れるので、応援団に盗視透視で確認してもらえば、同じカードを出しミラーマッチに持ち込めるからだ。其れに翠だけでもわかる事がある。ミコの手札の枚数が3枚な事からミコがストックプールから高コストが嵩む『花奈ちゃんのツッコミ』を配置した事を見抜いたのだ。ストックプールのカードは、メイクカードの効果無しには絶対に手札に戻せない故。
(仲間が居るって素敵な事ね〜。御陰で泥棒ミコさんのコマカードの情報丸裸♪ 同じカードを並べましょっと)
然うして翠はミコと全く同じコマカードを同じ順番起承転結同じ向きに仕込んだ。愈2本目のショウタイムである。
審判役の天と希も察したらしく、2名揃って片腕を上げて審判らしく進行宣言した。
「それでは準備も宜しい様で……」「さあ、ショウタイムよ!」
希の掛け声に応じて翠とミコは起承転結4枚のコマカードを回転させ“魅せる”。そして其れは翠の誇る神業以上のイカサマに因って、又もミコの回転と寸分違わず同じ回転方向となる。先に翠が出したメイクカード、『被った作品にペナルティ』の効果がフルに発揮できる状況となった。まあ翠のイカサマ技術を以てすればこんな事は容易い。ミコの回転方向を刹那に見極め、後の同時に回転を終らせるイカサマ。喩えミコが異議を唱えても審判2名は翠の味方。なので疚しい事など無い。抑この勝負自体、お互いにイカサマを駆使して闘っているので気に病む事など何も無い。バレなきゃ善いのだ。バレなきゃ。
然しミコの魅せ方に合わせる形になったが為に少しダメージを負った事は割り切るしかなかった。特に今回は起承転結全てが右回転なのも痛いが、さてさてディスポーサルである。
「起のカード。翠、ミコ共に起転コスト2『嵐を起こすコトネちゃん』の右回転。FP55。回放効果は『起の位置かつ右回転させたとき山札からコマカード2枚とメイクカード1枚を選んで審判に見せてから手札に加える』だね。FP判定の前に効果を処理するよ。双方、コマカード2枚とメイクカード1枚を選ぶが宜し!」
天のGOサインと同時に翠とミコは夫々山札を手に取りデッキの残りを確認しつつ、元も必要とされるカードを選ぶ。然し翠は急がないミコよりも更に遅く時間を賭けた。コマカードではミラーマッチが翠の基本戦術なのでミコの引いたカードに合わせる方が手間が省けて丁度善い為だ。勿論リーク元は審判役の天と希である。なので情報提供を受けた後、今度はイカサマサーチする事も無く堂々と同じカードを持って来る翠。唯一此処でミコにしてやられたと思うのは、1枚サーチして加えたメイクカードの情報だけが分らないと云う点だ。『白紙化してなかったことに』恐るべしと云った処だが、メイクカードではミラーではなくメタ戦略が基本の翠なのでメイクカードに関しては自由に、もっと最もミコを戦略的に追い込むカードを手札に加え、効果処理を終えた。
終ると間髪容れずに天はFP判定に入った。声を張り上げ審判役を進行する。
「ではFP計算! ミコはFP55のまま。一方翠はメイクカード『被った作品にペナルティ』の効果でFP+15となり70。ディスポーサル! FP70対55で翠の勝ち! ミコのカードはボツボックスへ。更に『被った作品にペナルティ』の効果発動。翠が勝ったのでミコ、手札から1枚コマカードをボツボックスへ!」
「はいな、おまえさん。ではとっときのカード、起承転結コスト4、全てに使える『シュールなことするソフィアちゃん』捨てますよー」
「なにい!」「ミスったミスったプレミだわ!」「よっしゃあ! 翠が一気に追い込んだぜ!」
翠の戦略が最高のパフォーマンスを発揮したことに、神様応援団の仲間達は“影の隠密”の役目も忘れて歓喜する。まあ仕方のないことだろう。なんせ此処だけでミコはボツボックスにコマカードを2枚も捨てる羽目になり、敗北条件たるアイコン数も一気に6から14まで増やしたからだ。1本目に使っておいた『ボツ原稿の怪談』もじわじわと効果を発揮している。『ボツ原稿の怪談』と『被った作品にペナルティ』のコンボが目に見える形で効いてきている事に仲間達は歓喜しているのだ。翠も此処は自慢のドヤ顔で応える。
が、其れも一瞬の事。未だ2本目は終っていない。油断はしないのが翠クオリティ。
続け様にもう片方の審判、希が通る声でコールする。次の対決だ。
「第2戦行くわよ。翠の起のカードに対してミコは承の位置承転コスト2『ビックリする子ヘレン』の右回転。FP65。回放効果は『負けた場合相手全カードのFP−10。さらに山札から1枚ドローできる』ね。ミコのFPは65のまま。対して翠のFPは70。ディスポーサル! FP70対65で翠の勝ち! ミコのコマカード効果も発動するけど先ず翠の効果からやらせてもらうわ。ミコのカードはボツボックス行き。更に『被った作品にペナルティ』の効果で手札から1枚コマカードをボツボックスへ!」
「いわれなくてもわかってますよーだ。じゃあこれ。起結コスト2の『オロオロヒロイン若葉』を捨てまーす。で、もうわたしの方の効果処理してもいいよね、希さーん?」
ミコは翠の罠にもあっさり適応し、黒い手に持たせていた『オロオロヒロイン若葉』のカードを審判役の希や天だけでなく翠にも見せる様にしてから手を離して落す様にボツボックスに送る。負けたカードもボツボックス行きとなり、処理を終えたミコは「今度は自分の番でしょ」と云わんがばかりに不遜な口調で希に問いかける。宛先の希は元々ミコに対して屈辱侮辱を感じているので増々憎悪の度合を増すが、審判役としては正直だった。ミコの言い分を認め、しょうがない感あからさまモードで告げる。
「はいはい。どーぞ。山札から1枚ね」
希が然う告げて、ミコが今空いた黒い手を回し山札からドローしようとする寸前、翠は再度自慢のトライテールを揺らし、神様応援団に“影の隠密”として働くよう指示した。「ミコが又ドロー行為でイカサマするはずだからその証拠を掴め」と。実は翠には悪寒じみた不吉な予感があった。此処でミコが切札的なメイクカードを引くのではないかと。根拠もなしに云っていない。前兆はある。其れはミコが翠のコマカード処分効果カード、『被った作品にペナルティ』の効果で二度に渡り手札からボツボックスに送ったコマカード。あれ2枚とも起のカード、『嵐を起こすコトネちゃん』でサーチしてきたカードだ。詰りミラーマッチを常とする翠の手札にも其のカード2枚があるのである。其処まで弱いカードではない。其れはデッキ調整の時から知っているが、ならば尚更残しておくべきカードである。特に『シュールなことするソフィアちゃん』は起承転結全てに対応できるアイコン数MAX4のカード。其れを躊躇いも無く先に捨てた事が頭の片隅に引っかかっていた。此のカードにはコンボとなるメイクカードがある上、ミコはデッキに其れを入れていた。其れが手札に在るのか加わるのか、気になるからの指示だった。
そしてミコがドローした。其の表情からは何を引いたのか読み取れない。直ぐに“影の隠密”に思話通信で確認を取ると、詳細が見えないのでコマカードではないとのこと。此の時、翠は不吉を通り越して不安に駆られた。何せ自分が使った『被った作品にペナルティ』の効果で敗北条件たるミコのアイコン数は水増し分も足して20になった。自分は4のままなので大量リードだが、同時にミコは翠が懸念するメイクカードの発動条件を満たしたことになる。恐らく『嵐を起こすコトネちゃん』の効果の時サーチしていたはずだ。となると次、3本目で使ってくるだろう。その際は自分が手札に持っている『プレッシャシック』で先んじて追い込まなければ――翠は決意を新たにした。
そして審判役天の声が響く。第3回戦だ。
「次の勝負行くよ! 翠は勝ち残った起のカード『嵐を起こすコトネちゃん』、FPはメイクカードの加算分も合わせて70! 一方ミコは転の位置、転結コスト2『特技ありすぎミス・メロディアーレ』の右回転。FPは……0!」
FP値を告げただけで天の語りは止まり言い淀む。其れは0と云うFP値を聴いた神様応援団も、実力者集団である魚も哉も迷も絵も、もう1名の審判である希も、そして相手プレイヤーである翠も動揺した。例外はニヤニヤしている祝だけだった。ミコとのミラーマッチ、即ち同方向に回す事以外考え無しにいた翠は不安の源泉が此れだったと漸く認識した。FP0の代わりに回放効果が強烈なのだ。後の同時から後の先を取っていたつもりが、完全に今後手後手に回った事を理解する。天もショックで固まっていたが、軈て皆が感じる視線と気配。発生源なんて云うまでもない。ミコが続きを待っているのだ。急いでないの生き様通り、何時迄も待つ意向を感じるが其れ丈に天始め神様連中は急かされている気がしてならなかった。鼓動は高鳴り、胸は重くなる。が到頭圧力に屈し、天はディスポーサルの続きを始めた。
「『ミス・メロディアーレ』右回転の回放効果は『手札にある全てのコマカードの右回転FP値を加算するか、手札のコマカード全てをロストホールに送ることで別回転の効果を使う』の選択式。ミコ……どっちを選ぶって、訊く迄も無い事でしょうけどさあ……」
「そーよねー。わたしは手札にある3枚のコマカード全てをロストホールに捨てて『ミス・メロディアーレ』の上回転の回放効果を使うわよ。コマカードさん、さよならー」
然う云ってミコは黒い手3本からコマカードを手放した。手札が2枚にまでなっても、全然慌てた様子は見せない。
然うして天がディスポーサルの更に続けようとした瞬間、冷や汗を流した。翠は自分に加担する側としてミコの選択が自分を窮地に追いやる事を知ったのだなと看破したが、そんなの翠の方がもっと前から知っている。なので今度は翠が急かした。「早くしてよ」と。
天は観念する様に、将又翠に同情するかの様に、一転ダウナーな声色で続けた。
「ミコが選んだのは上回転の効果。『ボツボックスにあるコマカードの枚数×10をFP値に加算するか手札から2枚までメイクカードをこのカードの効果として使ってよい』の2通り。ミコ、どっちを選ぶ……って」
「決まっているわよねー。メイクカード2枚を使うわよん♪ 手札使い切ってでもね、この世で一番肝心なのは素敵なタイミング――なのよん♪」
何処ぞの歌でも歌うかの様にミコは告げると、目の前に残っていた手札2枚、黒い手に掴ませたまま持って来ると、先ず1枚、表にして使用を宣言する。
「1枚目は『ソフィアちゃん大暴走!』のカード。コスト20消費に加えボツボックスに『シュールなことするソフィアちゃん』があること、さらにボツボックスのアイコン数が20以上でなければ使えないけど、条件は満たしているからコスト使って発動よ。翠様のマニュスクリプトにあるコマカード全てをストックプールに送ってこの本でのディスポーサルを強制終了。わたしが出して残ったコマカードは手札に戻る。そして次の本からわたしがドロータイムで山札から引くカードの枚数は3枚になる上消費したコストが光を取り戻すまでの本数が1本分短くなるわ。強烈よね〜」
「ぬおおおおおおお!」「なんて奴だよ此の鬼! 悪魔!」「ギャグで作ったカード入れまくって……気が触れてるんじゃないの!」
未だ1枚目だと云うのに此の有様此の動揺。翠はミコの立場でもないのに正直鬱陶しく思えてきた。何故に敵と味方が同じ心情を抱かねばならんのか。
然しやはりミコも然う思っていたのか、それとも空気読まないマイペースなのか、どよめく神様連中なんて蚊帳の外と言わんがばかりに平然と2枚目のメイクカードを表にして使用する。
「2枚目はこれ。コスト11『トジコメイロ』よ。このカードを使ったら相手はストックプールからコマカードを出すことができなくなりまーす。しかも毎本毎の維持コストはきっちり消費してもらい、払えなくなったら全部ボツボックス行きでーす。ま、払えなくなったらってプラニスフィアから恒星の光消えて負けってことでしょうけど。ふぃやぁ〜とってもきーもちいー。じゃあ効果発動ね。翠様、マニュスクリプトのコマカード、起承転結4枚全てストックプールに送ってくださーい。勿論維持コストも全部払ってもらいますよ。はい、天さん?」
「ディスポーサル! ミコの回放効果により翠のコマカードは全てストックプール行き! ミコの方も残ったコマカードは手札に戻ってショウタイム終了!」
「これにて2本目終了!」
「Shit!」審判役の天と希のコールが終るや否や翠は間髪容れずに悪態を吐いた。無理もない。ことコマカードに関してあれだけリードを奪っておきながら全てのコマカードをストックプールに閉じ込められたのが痛い。然も半永久的に。ストックプールのコマカードはミラーマッチに拘る余り残してしまった『すっとぼけたコロガリ君』も合わせて全部で5枚。維持コストは毎本12ににもなる。然も『トジコメイロ』の所為でマニュスクリプトに出すことも叶わない。ミラーマッチ戦術は略崩壊してしまった……。翠は自分の拘りを壊された悔しさ腹立たしさに腑煮えくり返っていた。己の矜持=アイデンティティを崩され、してやられた感――敗北感にも通じるものが胸中に込み上げてくる。もう投げ遣り投げ出したくさえなってくるのだ。気付けば口は堅く閉ざされ歯ぎしりし、手は震えながら手札のカードを握りしめる。だが其の時、上の吹き抜けから共にゲームを研究した仲間、㬢の声が響き渡った!
「諦めちゃダメです翠ちゃん! ミコちゃんに勝って設計図を取り戻せるのは神様62名の中でも翠ちゃんだけなんですから! 挫けないで! 立ち上がって! どんな手段を使ってでも……勝ってみせろ! 翠=ミュージック!」
「㬢……」
詞の最後。普段の㬢なら絶対しない様な詞遣いに翠は身体も心も震えた。声のした方向を見上げると㬢は今にも泣き崩れそうな顔をして眼を瞑って手摺に手を掛け、座り込んでいた。神様仲間一弱気で臆病な㬢があんな檄を飛ばしてきた――それが何れだけ彼女にとって勇気と虚勢の要る行動か、同じプレイヤー班だった翠は知っている。
すると㬢だけでなく、他の神様仲間達も堰を切った様に翠を応援し始めた。
「そうだそうだ!」「腑抜けんな翠!」「気合よ気合!」「根性見せろ無敗のゲーマー!」「翠じゃなかったら誰がやるのよ!」「俺達がついてる! 忘れんな!」
矢継ぎ早に次から次へと翠に浴びせられる罵詈雑言に似た詞。決して上品とは云えない、でもだからこそストレートに伝わってくる皆の愚直なまでに正直な想い。
(ミューは、何を勘違いしていたのかしら……高がコンボひとつ決められたくらいで、負けたみたいに弱気になって。そうよミュー、皆の言う通り。未だ終った訳じゃないわ!)
感謝の涙も涙腺の奥に引っ込めて、再び闘志を目に宿す翠。其の目で以て見据えるは、神の宿敵ミコ=R=フローレセンス。神様以上に傲岸不遜でマイペースで、常識も心理も通じない神様の歴史上初めて現れた自分達に匹敵する存在。そしてあの日の真相を知る、只一人の人間……。
パン!
翠は両手で頬を叩き、気合一発入れ直す。そして攻撃的な目でミコを見据えて手札を持った左手を突き出し宣言する。
「よくもやってくれたわね泥棒ミコさん。でもまだ前哨戦。終っちゃいないわ。此処からミューの神懸かり的逆転劇、見せてあげるわ。刮目しなさい!」
「ウオオオオオオオオオオッ!」立ち直った翠の力強い詞に神様応援団は歓喜し拳を振り上げ喝采を浴びせる。誰も彼も気持ちを一つにした瞬間だった。誰もが翠の逆転勝利を疑わない――はずだった。
然し其の中に在って、翠を応援しつつも其のイカサマにも協力しつつも、直ぐに客観中立の立場に戻ってしまった神様が居た。誰でしょうか――祝だ。
翠の真後ろミコの真正面の上階吹き抜けに陣取る祝。其の周りを囲むのは師匠である魚。兄弟弟子である哉。魚に匹敵する実力を持つ破滅コンビの迷と絵。此の4名は他の神様仲間達、そして自分達とは違う景色を視ている祝の周りを取り囲み、異分子同然の祝を翠応援一辺倒の周囲から保護しつつ、祝の視ている景色がどんなものなのか近くで見定めようとしていた。分り切っている実力と暗に匂わせる迫力で此の5名の居る特等席の周りには誰も近付こうとはしなかった。そんなことするより、ミコを取り囲んで彼女のイカサマの証拠を見つけたり、手札のコマカードを盗視透視して翠に伝えたりで忙しいから。
だが2本目が終って祝達の席に近付く影がふたつ現れた。この実力者集団・強者共の群れに近く、一寸遠い力量ながら、祝の通り名でもある“絆”は他の連中に比べて強く、其れ故に其の糸を手繰り寄せてきたのだろう。祝と同格である哉の器用さを誰よりも評価し、時には魚と祝からレンタルして3名で過ごすこともある。失と幽がやってきた。
其の動きに誰よりも先に勘付くのは勿論インスタントにつるんでいる哉だ。視線を在るべき位置から逸らし、失と幽の顔に向けて次は口から「よっ」と一言。哉の挨拶を受け、他のメンバーも顔を向け、おいでおいでと頷き招く。ぽてぽてとほとほ。失と幽は仲良く手を組み足揃え、祝を中心とする観客席にやってきた。
「どうも皆、高鳴ってる? 先皆で翠に発破掛けたでしょ? でも此処だけ、翠の背中に当たり翠を最も励まし押せる此の位置に居る哉達は応援したけど直ぐ冷めたでしょ。だから様子見に来たんだ。因みに此の事に気付いたのは幽。ね?」
「う、う、うん。真正面中央に陣取っている祝の目をも、も、もくげき目撃した……の。な、な、何か違うものをみ……みている視ている気がし……たから」
失の説明と幽の報告を聞くと、集団の真ん中に居る祝がぴょんこと飛び出し嬉しそうに失と幽の手を取り自分の陣取っていた特等席の両隣に引っ張った。哉、魚、迷、絵にとっては割り込まれたも同然、祝に異議の一つでも伝えようかと思ったが、其の当人である祝の笑顔を見て提訴を廃訴と取り下げた。なぜか――自分達には未だはっきりと視得てない“祝が視ているもの”を先に感じ取った事実に対する感嘆と賞賛。実力差では測れない、感性や素質と云った処で自分達より一歩先を行った失と幽に対する敬意が芽生え花開いたのだ。祝の隣に納まった失と幽も含め、3名を取り囲む様に魚、哉、迷、絵は環を作る。
すると左手人差し指、手袋で覆われた一本の指をくるくる回して口を開いた。
「翠おねーちゃんがほんきになったかー。もう決着は目前だよー。“ゆびさきレーダ”によると……翠おねーちゃん、泣いちゃうみたい」
「そっか」「な、な、なる……ほど」
祝の台詞に阿吽の呼吸で相槌を打つ失と幽。やはりわかっているようだ。祝の最も近くにいる者として、魚と哉は目を見合わせ頷き合った。こりゃあの日と同じ大荒れになる。祝達3名は其れをそこはかとなく感じ取っていると。なので自分達もその瞬間を見届けるべく、今一度視線をロビーのゲームエリアに向ける。真正面からミコを見据えて。
そう、ミコの背中を見ることはせずに――。
㬢の発破を機に神様応援団全員が注目する中、3本目開始のコールが上がった。審判役天と希の神懸かり的デュエットが。
「それでは準備も宜しい様で」「3本目、始め!」
3本目
・ミコ コスト残数19→56 手札2枚 ボツボックスのカード7枚アイコン数20
ロストホールのカード10枚(メイク7,コマ3) ストックプールのカード0枚
・翠 コスト残数27→49 手札6枚 ボツボックスのカード1枚アイコン数4
ロストホールのカード8枚(メイク6,コマ2) ストックプールのカード5枚
3本目の始まりを審判が告げた。先ずはドロータイム。翠は相変わらずドローと見せかけたサーチ抜き出し。一方ミコは呑気なもの。其れも致し方のない事か。何故なら2本目で使ったメイクカード『ソフィアちゃん大暴走!』の効果によりドロータイムで引く山札の枚数が3枚に激増しているからだ。焦る必要もないのだろう。全周開いたがま口チャックから飛び出している黒い手を3本、順に並べて1枚1枚また1枚と引いていく。
ドロータイム終了。翠の手札は7枚になる一方、ミコは3枚もドローしたの手札が5枚に激増していた。扉を筆頭に手札を盗視透視している応援団――“影の隠密”達からの報告によれば引いたカードは3枚ともメイクカード。此のまま行けばコマカードは揃わずにペナルティ措置となるだろうが、ミコの事だ。イカサマしてでも其れは回避するだろう。
なので翠は今回からミコの後手に回る事を止め、自分を優位に加速させるカードを率先して使いにきた。何よりも先に出しておかねばならぬカードも在る。翠は希の「メイクタイム!」の掛け声が上がると同時に其のカードを放り投げた!
「コスト9メイクカード、『プレッシャシック』を使わせてもらうわ。このカードを使って以降、泥棒ミコさんはメイクカードを使う為のコストを倍にするか或はコスト通常の代償に山札から2枚ロストホールに捨てるヘヴィな条件に変わるわよ」
「むっ! コスト激増カードを使ってきたわね……地味に痛いわぁ。やるわね。翠様」
ミコが翠の先手に唸る。だが翠は其れに満足する素振りも見せず、続け様にメイクカードを使ってきた。2本目でミコが使った『白紙化してなかったことに』に匹敵する、切札的カードを!
「もいっちょ行くわよ! コスト15メイクカード、『マニュスクリプト・ターミナルアクセス』発動! コストには5文字の設計図3個からなる15の恒星の光しか使えない上、これで消費した15のコストは効果発動中5本経っても帰ってこない半永久封印だけど、此のカードを使う事により、此の本からミューは手札だけでなく山札からもコマカードを選んでマニュスクリプトに出すことができる。然もカード記載のアイコン数に関係なく、ショウタイムで消費するコストは1枚につき1個のみ! さらに発動した此の本にストックプールに送るコマカードの維持コストも半分(切り捨て)になるわ。どうよ! 此の神懸かったコスト調整ぶり。褒めてもいいのだよ。ああ、ほれほれ」
「神懸かったって今神様じゃん翠様。笑えないので褒めませーん。さて、今度はこっちの番。まずは手札を充実させまーす。まずはドローするメイクカード……と。え〜っとどの手に……ってこれだこれだ。はい、コスト1を倍にして『引く手数多の売れっ子作家』使用! ロストホールにあるコマカードの数だけドローできるわ。わたしのロストホールには現在メイクカードが7枚コマカードは3枚あるから、3枚引かせてもらいます」
使ったメイクカードを持っていた黒い手がロストホールにカードを投げて、同時に手持ち無沙汰にしていた沢山の黒い手から3本が山札の上から1枚ずつカードを捲った。翠は此処でもミコのイカサマの証拠を掴めなかったと“影の隠密”こと神様応援団から思話通信による報告を受けて、却って闘志が燃え上がった。ミラーマッチももうできなくなった今、勝負を分けるのはどちらが因り先に自分の戦略――勝ちパターンを展開できた方の勝ち。ミコは必ずドローと見せかけサーチをしてくるはずと翠は読んでいたし、2本目のコンボ成立を目の当たりにした神様応援団も略同じ認識だった。だが流石はミコ=R=フローレセンス。此処に至っても尻尾を掴ませないとは――自分も同類だからこそ、翠は熱いものを感じていた。
そんな熱い気持ちとは矛盾するようでもあるが、翠は一方で冷静に警戒もしていた。自分があれだけやったのである。ミコの方も何を引いたか分らなくても何かしらやってくることは分る。用心してミコのメイクカード使用に備える。
そして案の定、ミコは強力無比なメイクカードを使ってきた。然も2枚も。
「コスト7を倍にメイクカード『締切に追われる恐怖』とコスト5を倍にメイクカード『さよなら卒業キャラのみなさん』を発動! 『締切に追われる恐怖』でこの本ショウタイム中ディスポーサルで、翠様の出したコマカードのFP値は起の位置でFP−15。承の位置でFP−20。転の位置でFP−35。結の位置ではFP−50とされるわ。さらに『さよなら卒業キャラのみなさん』の効果によりこの本翠様がショウタイム中の勝負で負けてボツボックスに、引き分けか勝ってストックプールに、その他の効果でロストホールにマニュスクリプトに置いたコマカードを送るとき、手札か山札からもう1枚、同じアイコン数のコマカードを道連れに同じところに送ってもらいまーす。どうよこの嫌らしさ。嫌ってもいいですよ。ああ、ほれほれ」
「最初からミューはキミのこと嫌いだから!」自分の口ぶり真似されてムカッときた翠様。ミコが自分に返した様に、皮肉を込めてやり返す。
然し流石はミコ一流。メイクカードの高コスト化をものともせず、更なる追い討ちをかけてきた。特に『締切に追われる恐怖』でこの本でのFP対決がミコに大きく有利になっている。手札は5枚、然も全部コマカードのため今此処では状況を打開することもできない。ならばディスポーサルでの回放効果ね――翠は『マニュスクリプト・ターミナルアクセス』の効果に基づき山札から2枚、元々持っていた手札から2枚を起承転結に配置する。対するミコも起承転結、手札から4枚マニュスクリプトにコマカードを配置する。3回目のショウタイム、準備は整った。
コマカードが起承転結に配置され、翠とミコの目が互いを見据えたのを審判役の天と希が確認する。2名は拳を突き上げ叫ぶ!
「準備はいいか?」「さあ、ショウタイムよ!」
「オオオオオオオオオオオオオッ!」神様応援団が審判役のコールに滾る中、翠とミコは起のカードから順に回転させてカードを“魅せた”
翠は上、上、下、上の順に。
ミコは右、上、左、下の順に。
会場からはどよめきの声が上がる。1・2本目共にミラーマッチだったので、戦術を切り替えた翠とミコによる本格的な全面衝突に心躍らせているのだ。特に皆が注目したのが『マニュスクリプト・ターミナルアクセス』の効果で翠が高コストアイコン数多めのコマカードを遠慮なく使っている点に或る。何しろ全てコスト1なのだから。安上がりにも程がある。まあ、此の時点で翠はミコが使った『トジコメイロ』によるストックプール維持用のコストを12も払わされているのだが。其れでも今後マニュスクリプトに出すコマカードのコストが1になるのは心強い。其れを踏まえてコマカードを山札手札から織り交ぜて展開した翠。元々翠の手札は5枚全てコマカードだったが、ミラーマッチ戦術を二度も続けたのでミコに手の内バレていると悟ったが故の処置である。
対してミコも今度は翠と回転を合わせる事など無く、遠慮無く自分の戦略戦術を疲労しようと云う気満々の回転の組み合わせ。ミコが使ったメイクカード、『締切に追われる恐怖』の所為でこの本翠の出したコマカードはかなりのFPマイナスを喰らうので、覚悟と度胸が試されるのだ。
そして始まる勝負の時。今度は希が先にディスポーサルの処理に当る。
「行くわよ! まずは第1戦。翠、ミコ共に起のカード。翠は起結コスト2『オロオロヒロイン若葉』の上回転。FP90。回放効果は『このカードの後に配置されたカードの数×10を後続に配置したカードのFP値に加算』。此のカードは起の位置、後続は承転結の3枚! 因って翠が承転結には位置したカードには一律FP+30が適用される。勿論ミコが使った『締切に追われる恐怖』のFPマイナス効果も適用されるわ。『オロオロヒロイン若葉』では90−15=75。次はミコが起に置いたカード、起コスト1『驚き叫ぶよステラさん』の右回転。FP40。回放効果は『この本のカウント数(何本目かの数字)×15をFPに加算。さらに勝負に勝った場合、後続のカードを回転方向引き継ぐ条件のもと該当位置のアイコンを持つロストホールのコマカードと好きなだけ交換してもよい』……ね。FPはこの本3本目だから15×3=45を加算してFP85になるわ。ディスポーサル! この勝負ミコの勝ち。翠の『オロオロヒロイン若葉』はボツボックス行き。更にミコの使ったメイクカード『さよなら卒業キャラのみなさん』の効果が発動し翠は手札か山札から同アイコン数のコマカードをもう1枚ボツボックスに送らなくてはならないわ。翠、選んで頂戴」
「そうね……手札は減らしたくないから山札から承結コスト2『ネタキャラ要員康祐君』をボツボックスに送るわ。これでミューのボツボックスアイコン数は8か……やるじゃん、泥棒ミコさん」
「褒めてもいいのよ。どんとこーい」
苦虫を萬匹ギリギリと歯ですり潰したかの様な口調の翠の憎まれ口に、先ず一勝を取ったミコは余裕じみた楽し気な声で応える。然う上手くは運ばせねー――翠は内心逆襲してやるとの想いを焦がすのだった。勿論ミコの詞は無視。
そうこうする内に続けて発せられる希の声。ミコの方の効果処理を促す声だ。
「で? ミコは承以降に置いたカードをロストホールのカードと入れ替えるのかしら?」
「ええ。承の位置に置いた『悪乗りしちゃうぜゆみ先輩』をロストホールの『主役はわたしよ友梨乃姫』に。転に置いた『花奈ちゃんのツッコミ』を『母親に見えない凉夏さん』と入れ替えるわ。結はこのまま。それでよろしく」
ミコが効果処理を終えると、希に代わって天が次のステップ到来を告げる。
「では第2戦を始めるよ。ミコは引き続き起に置いた『驚き叫ぶよステラさん』でFPは85ね。対して翠は承に置いた起承転結コスト1『10代社会人みなみちゃん』の上回転。FPは0だけど、回放効果が『手札の枚数分コストを追加で払うことでこのカードのFPは最終補正後の相手FPと同値を取り、両方ともストックプール行きになる』と条件付きFP補正系効果があるわ。今翠の手札は3枚。翠、コストを払うか否か?」
「払うわ。コスト3を消費して効果発動よ!」
「ディスポーサル! 翠のカードの効果発動により、FPは同値85となり、引き分け! 両者、コマカードをストックプールへ! 更に翠は『さよなら卒業キャラのみなさん』効果で手札か山札から1枚、ストックプール行きに同伴させる事。翠、どのカード?」
「アイコン数の同じやつよね……起承転結コスト4か。半分になるとは云え痛いわー。でもまあ仕方ないわね。手札から起承転結アイコン持ちの『悪乗りしちゃうぜゆみ先輩』ストックプールに送るわ」
「第2戦、終了!」
「これで翠が抱えるストックプールのカードは7枚。維持コストは毎本20になりました。かなりピンチですね。占いで一月ずっと不幸と占われる位ピンチです。イカサマしなさい。翠、イカサマして勝つのです!」
神様応援団の一角、翠や㬢と同じプレイヤー班の黒一点、戦が同性の男神連中の中で翠の置かれた状況を冷静に分析していた。偶々近くに居て其の分析を聞いた茂が、ポップコーン口に含みながらの声で「ホラホラ私の予言通りじゃないか」と勝負に出る前諌言した自分達男神仲間を軽んじた翠を非難する様なコメントを発するが、直ぐに周囲の男神達からボディブローを全方位から集中放火され黙らされた。でも殆ど効いてない。翠に「メタボデラックス」と表現される肉の厚さは伊達じゃないのだ。だけど茂も周りの制裁がどんな意味を持っているのかは分っているので大人しく黙る。茂とて場の空気は読める。文句を云った事も有ったけど、今は全力で翠に加担する時。だから「只の軽口だよ。ま、不適切な頃合いだったかも」と軽く詫びる事でその場はあっさり収まった。審判役の片割れ、希のコールも届いたからだ。
「互いに一勝一敗ね。次行くわよ、第3戦! 翠は転のカード承転結コスト1『ドSだけど人気者。姉御・高天原御咲』の下回転。FP80。回放効果は『このカードはメイクカードの効果を受けない。さらに勝負に勝った場合山札から1枚メイクカードを選んで手札に加えてよい』ね。一方ミコは承のカード、起承コスト2『主役はわたしよ友梨乃姫』の上回転。FP50。回放効果は『相手の手札の枚数分ドローし、ドローした枚数×20をFP値に加算』よ。今翠の手札は2枚。よってミコ、2枚ドローして」
「あいあいさー♪」
希の指示にミコは嬉々として答え、空の黒い手2本を使って上から2枚ドローする。翠は仲間達からの思話通信でまたしてもイカサマの証拠を掴めなかった旨の報告を受けるが、もう気にもしてないので、(大丈夫よ。でも監視は続けてね)と神様応援団と審判役の神様仲間達全員に通達する。其の意を受けた希は其れを合図とディスポーサルの続きを再開する。
「FP計算いくわよ。ミコは回放効果でFPが2×20加算されて50+40=90。翠は素でFP80。然も回放効果でメイクカードの効果を受けないのでミコが使った『締切に追われる恐怖』のFP−35は無効! その一方で起のカード『オロオロヒロイン若葉』の効果によるFP+30は有効。因ってFPは80+30=110。ディスポーサル! この勝負翠の勝ち! ミコはコマカードをボツボックスへ送って。更に此処で翠の回放効果が条件を満たしたわ。山札から1枚好きなメイクカードを手札に加えられる。各々方、処理をして」
「了解」「はーい」翠はしてやったりと久しぶりのドヤ顔で、ミコは急いでないの生き様を体現するかの様な能天気な返事をして、それぞれ後始末の処置をした。
翠はコストリカバリ用にメイクカードを山札から手札に加え、コマカードしかなかった手札に保険をかける。片やミコは勝負に負けたコマカード『主役はわたしよ友梨乃姫』をボツボックスに送った。1本目に翠が使った『ボツ原稿の怪談』による水増し分も合わせ、ミコのボツボックスアイコン数は23。じわじわと追い込んできたのだが、翠の方がピンチである。何せプラニスフィアの残りコストがもう2しかないのだ。この本は何とか切り抜けたが、もしもミコがコスト割増系等の効果を持つカードを使っていたら終っていた。その点に於いてはミコのイカサマミスを翠は笑う。2本目に自分が油断してピンチとなった様に、今度は此処で止めを刺しきれなかったミコが窮地に陥ってもらう番だ。
そして双方処理を終えた事を確認した審判役の天が次の勝負の始まりを告げる。
「どんどん行くよ、第4戦! お互い承の位置のカードね。翠は変わらず『ドSだけど人気者。姉御・高天原御咲』のカード。FP80に加え起に置いたコマカード効果で+30。80+30=110。さてミコの方は承の位置コマカード初披露。起承転コスト3、『母親に見えない凉夏さん』の左回転。FP90。回放効果は『自分と相手の手札の枚数が同じとき、相手はこのカードのアイコン数分手札からコマカードをロストホールに送る。足りない場合は山札からも送る』だよ。何と現在翠とミコの手札枚数は3枚で揃ってるので効果発動。翠は手札から優先してコマカードを3枚まで捨てて……てか有るの、翠?」
「『主役は私よ友梨乃姫』と『母親に見えない凉夏さん』の2枚しかないわ。だから山札から……これね、結コスト1『トリックスター半蔵君』を選んで3枚、ロストホールに送るわよ。でも勝負には勝ったわよ。天! ディスポーサル!」
「ほいきた! いくわよディスポーサル! FPは翠110に対しミコ90! この勝負翠の勝ち。ミコのカードはボツボックスへ。更に翠は『ドSだけど人気者。姉御・高天原御咲』の効果が勝負に勝ったので発動! 好きなメイクカードを山札から1枚持ってきなさい。戦後処理開始!」
天の合図とともにミコのコマカードはボツボックスへ送られ、反対に翠は山札から好きにメイクカードをサーチして1枚持ってきた。今度はドロー系のカードだ。勝負に勝ったとは云え、今は山札からもコマカードを展開できるとは云え、流石に手札にコマカードがないのはマズい。なのでドロー系カード。鉄板のチョイスだ。これで手札はメイクカード2枚になった。そして相手の泥棒ミコはボツボックスが又1枚肥やされ、ボツボックスのアイコン数は27。残り12にまで追い込んだ。この本さえ生き延びれば次の4本目で勝負は決まるだろう。
だが、目の前の問題から目を背けるわけにはいかない。未だ3本目のショウタイムとディスポーサルは終ってないのだ。其れを知らしめるかの様に希の声がホールに響く。
「最早未知の領域ね……第5戦、start! 翠は三度正直に勝ち続ける承のカード『ドSだけど人気者。姉御・高天原御咲』の下回転。FP80。メイクカードの効果は回放効果で受け付けず、味方のFP30加算によりFP80+30=110! そしてミコの最後の砦、結の位置に置いたカードは2本目で獅子奮迅の働きを魅せた脅威のコマカード。転結コスト2『特技ありすぎミス・メロディアーレ』の下回転! FPは0! そして注目の回放効果は『ロストホールにあるコマカードの総アイコン数×10をFP値に加算。そしてFP差35以上で勝った場合、相手はロストホールのコマカード全てをボツボックスに送り、さらにロストホールにあるメイクカードの枚数分ボツボックスのアイコン数を水増しする』とか云うトンデモ効果でございますね。そしてミコのロストホールには起承転結勢揃い、アイコン数MAX4のコマカードが『花奈ちゃんのツッコミ』、『10代社会人みなみちゃん』、『悪乗りしちゃうぜゆみ先輩』と3枚在るわ。因ってFP加算は12×10=120。FP合計は0+120=120! ディスポーサル! FP110対120。此の勝負ミコの勝ち。トンデモ効果の発動は条件を満たしてないので無し。更に『ドSだけど人気者。姉御・高天原御咲』の回放効果はメイクカードの効果を受け付けないので『さよなら卒業キャラのみなさん』によるもう1枚のコマカードをボツボックスに道連れにする効果も無効となります! あー長かった! 第5戦、此れにてfinish!」
長台詞の台本をリテイク無しの一発録りで声当てしたかの様な希の審判が終わり、皆がした事は緊張の糸を解すべく息を呑み、呼吸をすることだった。其れ程までに場は張りつめ、皆固唾を飲んで此の勝負の行方を見守っていたのだ。翠とミコ、互いに譲らぬ攻防の中、中盤翠の『高天原御咲』が猛威を奮い出し、ミコを最後の配置結のカード迄追い詰めたが、其れを迎え撃ち返り討ちにしたミコの『ミス・メロディアーレ』の無双振り。未だゲームは4本目なのに、コマカードに有る4つの回放効果中3つまでを披露し、そして尽く結果を出している。翠もその強力さは知っていただけに、2本目のショウタイムで自分の『ミス・メロディアーレ』をストックプールに封印されたのは痛かった。1、2本目ではコマカードの効果によるカードの強制排除が目立った為にディスポーサルも展開がスピーディだったが、ミラーマッチでなくなり、ガチで勝負した結果がコレだよ! 予想外の長期戦にもつれ込んだショウタイムに複雑怪奇となった各ディスポーサル。其れが翠やミコだけでなく、審判役の希と天、更には神様応援団をも結構疲弊させていた。此の点審判役が2名なのは素晴らしいと云う他無い。何せ3本目の勝負は後一つ決着を残しているのだから。そして到頭その時が来た。天が3本目最後の勝負を仕切る。
「長かった3本目のショウタイムも此のディスポーサルで最後だよ。行くよ!」
「オオオオオオッ!」
神様応援団の空元気元無茶元気な絶叫と共に、天も疲れた様子を隠さず、半ば自棄気味にディスポーサルを開始した。
「最後。決着。第6戦。翠のコマカードは結の位置に置いた結コスト1『物語の女王・ヴィクトリア』の上回転! FP70。回放効果は『このショウタイム上回転で魅せた自分のカードの枚数×10をFP値に加算。さらに上回転の枚数が4枚未満の時、相手は山札の上から上回転させた枚数分カードをロストホールに送る』だよ。山札を捨てる効果は無条件型だから今発動。ミコ、山札の上から3枚捨てなさい」
「了解。さあわたしのおてて、いってらっしゃい」
天の宣告に応じミコは大量に余っている空の黒い手を3本山札へ向かわせ、1本ずつ上から引かせる。ロストホールは互いのプレイヤーが視る事が出来るエリアなのでこの効果でロストホール行きになるカードは盗視透視するまでもなく、翠も確認できる。翠としては3枚中何とか2枚、最低でも1枚はコマカードを期待したいところなのだが……。
ミコの黒い手が先ず山札からカードを捲った。此方に表面を魅せてくる。
「1枚目。起承転結コスト4『ジト目が特徴本条さん』を捨てるわ」
(コマカードキター)翠は先ずは最低ラインを突破した事に安堵。続けて2枚目。
「2枚目はメイクカードね。コスト3『路線変更』を捨てまーす」
(外したか)翠は心中舌打ちを打つ。愈勝負の3本目。ミコの黒い手が山札を取った。
「3枚目。あーコマカードかあ。承転結コスト3『甘えん坊なくみちゃん』ね」
(願いが叶った!)翠は喜びを隠しきれず、周りの目も気にせずガッツポーズを決めた。後もう少し。4本目で勝負を決められる可能性が一気に高まった。略思惑通りの結果に顔はドヤ顔から緩くなり綻ぶ。然しFP勝負は終っていなかった。其れが予想外に痛い事になる事、すっかり忘れていた翠です。
「FP計算! 翠は回放効果により上回転3回分×10=30と起のカードの効果分30、合計60をプラスする。が! ミコが使ったメイクカード『締切に追われる恐怖』により結の位置のFP−50! 因って翠のFPは70+30+30−50=80! そしてミコは前の勝負に引き続き結のカード『特技ありすぎミス・メロディアーレ』の下回転でFP120! ディスポーサル! FP対決80対120でミコの勝ち! メイクカード『さよなら卒業キャラのみなさん』の効果で翠はアイコン数1のカードを手札には無い筈だから山札から捨てて! 更にFP差が35を越えたので『特技ありすぎミス・メロディアーレ』の下回転回放効果の条件が満たされたよ! 翠はロストホールに在る全てのコマカードをボツボックスに送る事! 更にボツボックスのアイコン数は翠のロストホールにあるメイクカードの枚数分水増しです! お互い処理を!」
「だあああああああっ! やられたあ!」翠は手札を持った手にも拘らず感情の侭に頭を抱えて絶叫した。ミコは勝ち残った『ミス・メロディアーレ』のカードをコスト2消費してストックプールに送るだけ。一方最後の勝負に負けた翠は負けた『ヴィクトリア』とアイコン数が同じ1であるカードとして承コスト1『フェードアウトした惠森父』を山札から抜き取ってボツボックスに送った。此れでボツボックスのアイコン数は13なのだが、『ミス・メロディアーレ』の無双効果が発動してしまったが為にロストホールに在るコマカード全てがボツボックス行きになった。枚数は5枚。アイコン数の合計は実に9。更にロストホールに在るメイクカードの枚数――8枚分アイコン数は水増しされ17ものアイコン数がボツボックスに追加された。合計30。ミコのアイコン数は27なので、到頭ボツボックスのアイコン数もミコに逆転されてしまった。矢張り此の3本目、戦略を整える目的に加えてミコの攻勢に対し防御を採った事が失敗だったかと、翠はゲームの内容を思い返して顔を顰める。最早自信たっぷりのドヤ顔なんて何処へやらって話である。
だが其れも仕様がない事だった。何せ3本目翠が残り使えたコストは僅か2にまで減らされていたのだから。手札の事を考慮しても、止むなしと云った処だろう。
なので正直に翠はロストホールの処理を終え、完了の旨を伝える。其れを受けて審判役の希と天が宇宙に木霊させるかの如く叫んだ。
「3本目、此れにて終了です!」
長い永い3本目、一気にゲームが進んだ3本目が漸く終り、改めて翠とミコ、天と希、そして周りで観ている神様応援団57名の全員が深い溜息を吐き、深呼吸した。メイクカードの応酬に加え、起承転結に配置したコマカード8枚の効果の処理が今までで一番濃密になったもんだから疲れたのだ。1、2本目がコマカード効果でディスポーサルを強制終了とかしていただけに余計に。
ともあれ3本目を終え、翠、ミコ共にあと1本で決まるところまで追い詰められている。特に翠の方は紙一重だった。残りコスト1まで追い詰められていたのだから。あの状況になった時、神様仲間全員死ぬかと思った。不死身なのに。其れでもどうにか翠は切り抜けたが審判役の2名も神様応援団の57名も薄々勘付いていた。次の本で終わりだと。
ならば待つ必要などない。疲労なんて関係ない。“急いでない”がモットーのミコのペースを崩す意図も相俟って、天は希4本目の開始を告げる。“急いでない”と云う事はゆっくりやりたいと云う事。ミコも意外と疲れている。パンクしている。消耗している。然う睨んだからだ。なので駆け足早口でゲームの続行を宣言した。
4本目
・ミコ コスト残数17→66 手札3枚 ボツボックスのカード10枚アイコン数27
ロストホールのカード16枚(メイク11,コマ5) ストックプールのカード1枚
・翠 コスト残数2→18 手札2枚 ボツボックスのカード11枚アイコン数30
ロストホールのカード8枚(メイク8,コマ0) ストックプールのカード7枚
遂に始まった4本目。先ずは審判役2名の「ドロータイム!」の掛け声に合わせ、翠、ミコ共々規定枚数分カードを引く。翠は1枚。ミコは3枚。翠は勿論イカサマでサーチドローし、最も必要とされるカード、コマカード転コスト1の『無茶振り悪友ベルガデル』を手札に加え3枚。ミコは矢張りイカサマの証拠を掴ませないまま3枚引き6枚となった。
ドロータイムが終わった事を確認した天と希は続けて声を張り上げる。
「メイクタイム!」と。
すると瞬時に翠が動いた。ミコの“急いでない主義”に乗っ掛かり隙を突き付け上がるってな具合に手札からメイクカードを使用した。3本目にサーチしてきたコストリカバリ用カード。
「コスト0、代償条件付きメイクカード『残業休息――真夜中の癒し満天の星空』を使うわ。条件は『残り手札のコスト数が手札の枚数以下であること』。此れは泥棒ミコさんにも見せて確認してもらうわ。ミューの残り2枚の手札はコスト1メイクカード『窮地に燃えるタイプの作家』と転コスト1のコマカード『無茶振りする悪友ベルガデル』よ。条件満たしているわよね?」
「そうですね翠様」「其の通りよ」「文句の着けようが無いわ」
ミコと審判役2名が同意する。翠は得意気に続ける。
「此れに因りプラニスフィアで消えている恒星の光は封印している分を除いて全て輝きを取り戻す! ミューの使えるコスト総数も18から56に回復するのだ」
「ほう……やりますね。翠様」
「更に今見せたコスト1メイクカード『窮地に燃えるタイプの作家』発動! 手札を全てロストホールに捨てる代わりにミューのボツボックスの残りアイコン数分、9枚山札からドローさせてもらうわ。いいわね?」
「ちゃんと手札捨てたらね」
「ふ……ふふ。ありがと♪」翠は天と希を介さずミコとのやりとりを重視する体で手札を一度全てロストホールに捨て、例の如くイカサマサーチドロー。勝負を決するカードを抜いて抜いて抜きまくった。此の4本目で決着を着ける為のカードを。余すことなく手元に揃えた。
其れも此れも千里眼持ちの扉を始めとする神様応援団のミコの手札盗視透視情報の御陰。メイクカードは謎だが、コマカードの様子は筒抜け。ミコが今手札に持っている2枚のコマカードとその総アイコン数――翠は勝ちを確信した!
「コスト4メイクカード『無理矢理4コマにしました』使用! お互いのプレイヤーは手札のコマカードを全てロストホールに捨てて此の本のショウタイムで起承転結出せる様に好きにコマカードを選んで4枚手札に加えられる。さあ、手早く処理と行きましょうか」
翠が促すとミコも頷き、審判の許可も降りたので翠とミコは手札からコマカードを捨て、山札から4枚のコマカードをサーチして手札に加えた。翠にとって重要なのはコマカードを4枚手札に揃える事では無い。ミコの手札に在るコマカードを捨てさせて、ロストホールを肥やす事が大事だったのだ。ロストホールはストックプールと違い相手の情報を大っぴらに確認出来る。条件が整った事を改めて確認した翠は「く……くっくっくっ」と顔を俯せ、誰にもその表情見せずに、怪しく嗤う。
そして其の侭ゲームエリアの床面こと水面から発生する霧の様に、勝利宣言を発声した。
漸く表を上げた翠は余裕たっぷりにゆっくりと手札から1枚のメイクカードを見せる。
「ミューの勝ちね、泥棒ミコさん。このカード、コスト13メイクカード『原稿は落ちた』でキミの……いえ貴女の負けは決まったわ」
「おや? わたしの負け? もう? ここで? それ、どんな効果のメイクカードだったかしらね」
翠の勝利宣言にも未だ恍ける返事を返すミコ。時間稼ぎしても無駄よ――“急がない”がモットーのミコ張りに余裕綽々な状態の翠は意地悪な口ぶりでカードの効果を説明する。
「『原稿は落ちた』はね、此の本でのショウタイムでミューが魅せるコマカード全てのFPを−15減算する代わりに、今直ぐ貴女のロストホールに在るコマカード全てをボツボックスに送れるのよ。たったひとつ、貴女に有利な条件付きで」
「あら……何が有利なのかしら?」
ミコはまるで空気が読めない女を装うかの様な純朴さで訊く。翠は口元を歪ませて答える。
「此のカードでロストホールからボツボックスに送っても、敗北条件に関するアイコン数は半分切り捨てにされるって点。だからわたしは先に『無理矢理4コマにしました』を使って貴女のロストホールにコマカードを入れさせた――此れ以上の説明が要る? 泥棒ミコさん」
「なるほどね。わたしがロストホールに送らされたカードは『愛を貫く一途な漢・ジン』と『月下の歌姫フィルエール』の2枚。アイコン数は『ジン』が起承転『フィルエール』が起承結。両方とも3合わせて6。送り先のロストホールに今まで送っていったカードたちのアイコン総数は19。合計25。アイコン数のカウントを切り捨て半分で12にされるとは言え今のわたしのボツボックスアイコン数は27。納得。Just39、そのカードを使われたらわたしの負けか」
「然う云う事♪」
「しゃああああっ!」ミコが敗北する事を理解した瞬間、神様応援団は一斉に歓喜の雄叫びを上げた。そして「翠! 翠!」と翠コールも起こる。其れは負けられない闘い且つ極限にまで至るハイレベルなイカサマ合戦を含め此のゲーム勝負を制した翠への、仲間達からの最高の贈り物。既に審判役である天と希も拳を振り上げ翠コールをやっている。中立の筈の審判役にあるまじき行為だが、ミコより翠を取る事は周知の事実なので誰も気にしなかった。
ゲームエリアの大ホールに響き渡る翠コール。其れですっかり気を良くした翠は未だカードは使わずに、ミコに最後の挨拶と御節介な嫌味忠告を告げた。
「貴女はあの時3本目、ミューのコストが2になった時に勝負を決めとくべきだったのよ。其れが貴女の最大の失敗。泥棒ミコさん。でも其れを差し引いても此れだけ白熱したゲームにしたのよね……流石だったわよ。ミコ=R=フローレセンス」
翠は得意自慢のドヤ顔でミコの健闘を称える。すると背後から「うんうん」と其れに同調する声がした。祝の声だ。翠は其の名前通り、翠の勝利に対する祝の辞だと思っていたのだが……。
其の後続け様に彼女が発した詞を聞いて、耳を疑った。
「さすがミコおねーちゃん。せーせー言いながらも勝負を急がず楽しんで堂々としてる。やっぱちがうねー。わたしも遊んで欲しーなー」
他の神様仲間達は呆然と聞き流していた。が人一倍首も頭も回る翠は、祝の伝えんとする真意を読み取ってしまったのだ。
(せーせー? 堂々? ま、ままままさか……ミコは正々堂々イカサマ無しでやってたって云ってるの?)
此の瞬間、今にもカードを出し使おうとしていた翠の手が停まる。
其れは此の本も又、長く永く時間がかかる事への前触れであった。
ゲームは未だ、終っていない――。
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