第10話 60対1

 はじまり

 

 その世界には、神様がいた。

 

 神様は人間に問題を与えた。


「私達の大切なものを盗めたら、新たな神様にしてあげましょう」と。

 

 人として知らぬ者のいないその問題に、多くの人間が挑んでいった。

 

 だが、今まで誰一人、神様の場所に辿り着くことすらできなかった。

 

 やがて人々が諦め、問題を知っていても無視するようになった時代。

 

 一人の女の子が問題を解いてしまった。

 

 しかも、神が一人死んでしまった。

 

 人々も、神様も揺れた。割れた。驚いた。

 

 なぜか――その女の子が事実を一切明かさずに姿をくらませたから。

 

 出会った人々は納得し、神様は宣戦布告し去って行く。

 

 多くを盗んだ女の子から、神様らしく取り返すために。

 

 これは、それを知りつつ旅をする一人の女の子の物語。



 ミュー達――神様と呼ばれる存在が俗に云う「神様の問題」を出したのには其れ也の訳が在る。偶然宇宙的なエネルギィで満ちた所為で矢鱈活動的なこの惑星が定期的に繰り出す“星裁”を幾度となく見てきたからだ。文明のリセット、生態系の絶滅執行に依って其の影響を受けない設計図持ちのミュー達が、何れ程心を痛めてきたことか。㬢なんて見てられないと部屋に逃げ込み其れでも泣いて、突然死なされた生命達を弔っていた。程度と個体差こそ在れど、其の気持ちはミュー達神様仲間が皆一様に抱く気持ち。何とかして此の惑星の悪趣味極まる“星裁”から一つだけでも、助けたかった。其れこそが理由。「設計図を盗み、“星裁”から解き放たれる新たな神様仲間と成れ」と云うのが、ミュー達神様仲間が遠い過去、「神様の問題」を出題した動機だった。

 だが、出題してから幾星霜、正答者は現れなかった。“星裁”が起こる度に、定期的に新たに生まれた人間を初め全生命に神告宣下で問題を告知し続けた。実際解こうとしてくれた者達も居た。が、全員徒骨折って脱落した。鍵を持って扉を開き、ミュー達の居るアパートへと辿り着く――其れ丈のことがどいつもこいつも出来ずに死んだ。情け無さに呆れ果て、余りの救えなさに涙も出なかった。救えないなら亡びも必定――とうとう然う考えるに至り、戦が神告宣下に依る出題だけを暇つぶしの様に続けて、悠久の時が流れた。

 何時しか俗世は『人間・生命世界』等と過去(むかし)を知らない愚か者共が付けた全く以て望みの無さそうな世代へと移り変わり、愚か者共は相も変わらず挑んだ振りして諦める。又望みのない世代。滅びる運命にある世代。然う思っていた――。

 

 然し。

 

 惰性任せに積み重なったミュー達神様仲間達の事実の固体予測は、此の世代に因って破られた。一人の少女が、アパートに辿り着いたのだ。

 其の名はレイン。諦め切った愚か者共ばかりの人間達の中では割合問題への関心熱心執着心が有る一派、気象一族の一員。雨と契約した39代目の雨声端末。

 唐突突然のことにミュー達は虚を衝かれ対応も接待も出来なかった。皆アパートの個神部屋に籠りきり。気配を感じ、情報が入った後でさえ先ず皆がしたことは、真偽を疑うことだった。

 その隙を突いたのかは知らないが、レインはロビーもホールもシアターも通り過ぎ、勝手許可無く或る個神部屋に入った。ミュー達神様仲間達は基本的に個神部屋ではプライパシー保護を施術しているので、此処でもミュー達は後手に回った。62の個神部屋の一体何処に入ったのか、其れさえも分らず更に時間を稼がれた。そして最早客とも呼べない侵入者となったレインの居場所を突き止めた刹那だった。

 

 レインの居場所だった個神部屋の主、嘘の神、泉=ハートの気配が消えたのだ。設計図の反応は有るのに、侵入者レインの気配も在るのに、部屋の主である泉の気配だけが唐突に消えた。ミューが真先一番手で泉の個神部屋に駆けつけ部屋の中を確認したが、居たのはレイン一人だけ。其の時初めて交わした会話、今も鮮明に覚えている。

「ミューは遊戯の神、翠=ミュージック。貴女、ミュー達が待ちに待った問題の正答者、気象一族のレインでしょ? 此処の主、泉を一体どうしたのかしら。答えて頂戴。聞いてあげるわ」

 ミューが尋問すると其の子は花のように淡く柔らかく笑って答えた。

「泉さん……自分の宿命を自覚したみたいで消えちゃいましたよ。『この世に未練無し』って言って、わたしに完成した“歌心”を残してね――。もう潮時ね。元からわたしは泉さんの歌を聴いて会いたいと思ったから来ただけだし。わたしもわたしの“宿命”を知っちゃったしねー。時間がないわ。でも急がない。ただ残りの神様たちに親切心から嫌がらせして帰らせてもらおーっと。ね、翠様」

 其処から先、ミューの記憶は一時途絶えた。と言うのもレインがミューのことを急襲し気絶させたからだ。遊戯の神なんて通り名ですが、ミューの実力は決して遊戯に限った話じゃない。だけどレインの攻撃は的確且つ正確で、ものの一撃で気絶させられた。

 そして意識を取り戻した時、既にアパートは荒らされた後。レインという名の嵐は各個神部屋62部屋全てを襲い派手に暴れてとんでもない爪痕惨状を残し、挙句あっさり俗世へと消えていたのだ。魚の神言で全員が招集され、ロビーに久々集合すると、事の深刻さが想像以上だったことと知る。集まった神様仲間達の内、実に28名がレインに設計図を奪われていた。居なくなった泉の設計図と合わせて29個、半数未満、然れどほぼ半数の量をあの小娘は盗んで逃げたのである。盗まれた組は大半が嘆き、悔しがっていた。まあ中には整の様に「自ら渡した」と悲観しない者も居たし、盗まれてない組でも希の様に「見逃された」と屈辱に身を震わせている者が居る等、十人十色に多様な思惑と心情を持ってはいた。が、審議の結果は一本締めのオンリーワン。他の選択肢は出る幕すら無く、「解答者出現の神告宣下と全員での俗世への降臨」が満場一致で採択された。意見が別れ始めたのはこの後で、レインに対する対応策に話題が移り始めてからだった。レインに対し直接復讐だの観察だの説得だのと、其れこそ個神個神が自分の置かれた状況から導かれる思惑に忠実に成ったが為に出るわ湧くわの意見乱発。今思えば此れで相当数の時間を浪費したと思う。だってその間にレインは気象一族さえ抜け、剰えレインからミコ等と名前まで変えてしまっていたのだ。結局レイン、いやミコと一番始めに接したミューと一番長く接していた魚が決定権を握り、神様仲間達を思惑別に組分け班分けすることになった。

 追跡班、情報収集班、観察・伝言班からなる外出組と、創作班、製作班、プレイヤー班からなる俗世本拠地での留守番組にミュー達は神材を編成したのだ。此れを見返せば分るのだが、ミコへの逆襲や復讐と云った戦闘希望の面子は意外に少ない。全員ミコにしてやられたので勝ちたい気持ちもほぼ全員が共通して持っていたが、勝負方法自体はミューを代表にして遊戯勝負……則ちゲームで勝てば良いと考える者が多く、自らの手で闘って負かさなければ気が済まないとまで宣う急進派強硬派は追跡組に押し込んだ。だが追跡班が二組六班編成の内の一班でしかない様に、其処まで宣う連中というのは当初はそんなに居なかったのだ。其れ丈に外出組がミコを追ってガデニアに集結した際、追跡班情報収集班観察・伝言班の垣根を越えて希望者全員で負けに行ったのには驚いた。聞けば気象一族の追手に自然学派のタカ派と買収された花一族の造反者、更には端末の身体を乗っ取った自然現象の意思そのものとミコが闘っていた場面を見て、戦闘意欲を掻き立てられたのだと云う。其れを聞いちゃあ抜け駆けされた形になるミューでも納得するしかなかった。ミュー達より遥かに劣る実力でミュー達を破ったミコの相手が務まる訳がない。ミューでもバトルを考えるだろう。新たな神になれる実力を持った女の子の相手には神様こそが相応しいのだから――。

 でも闘った処で負けるのは目に見えていた。実際ミューは先程の文で、「負けに行った」と云っている。単純戦闘ではミコがアパートから出る前に起こした騒動で皆壊滅的に負けている。戦闘接触がない神様仲間にしても、“格の違い”と云うものを認識させられ負けている。其れなのにバトった処で、設計図を返して貰える筈も無い。事実闘った者達は、ミコは疎かミコが引き連れた人間仲間にさえ負けたと云うではないか。其の上、真の実力者である魚、哉、祝のトリオに迷に絵、始の爺は参戦しなかったと云うのだから、結果は聞くより先に見え透いていた。正直、徒に神様の株を下げただけだと思う。まあ此れもミューと魚の計算通り。血気盛んな仲間達を良い塩梅に諦めさせ、ミュー達留守番組が1から創り上げたゲーム、“ファニータイム”による勝負をミコに受けさせることに成功したのだから。或る意味予定調和と云えよう。

 そして魚達が正式に宣戦布告したことも有り、開発を急がなければならないのがミューとミコの勝負手段、カードゲーム“ファニータイム”だったのだが、創作班が結構時間を食い潰して思いのほか浪費しやがったのには呆れた。公明正大なゲーム作りは此方としても望む処だが、対決には『適時』と云うものが在る。要はタイミングの問題。実際にプレイしない連中には分らんだろうが、神様にも『ツキ』が有る。既にミュー達プレイヤー班はミューの“最高勝率期間”を演算して割り出していた。今年の草枕の月〜細波の月にかけてがミューのラッキータイム、其れを圧迫、剰え過ぎてしまうようなことは絶対避けたい流れだった。幸いにも梓弓の月、魚達外出組が帰って来た時丁度創作班の作業が終わったので安堵の溜息を吐いたものだ。因みに「神様バカぼっち」の進が製作班を追い出されていて創作班に逃げ込んで、挙句乗っ取り騒いでいたことが創作班の遅滞原因と同時に判明し、安堵の溜息は二回吐いた。製作班は進よりも上手な宝と華が牛耳っているので心配はせず、安心した影響もあって其処からミュー達プレイヤー班は緊張の糸が解れ今の内にと長期睡眠を取った。その後夢半ばで居た時に外出組、其れも追跡班だった希に「完成したわよ」の目覚ましチョップで目が覚めた。睡眠時間はざっと数日〜半月そこら。まあ精神を落ち着かせ安定させるには十分な睡眠と解釈が皆合致。希を本人の希望通りプレイヤー班に編入させ、5人体制で検証作業とミューが使うべきデッキの構築作業に入った。其の過程で希からミュー達が寝ている間、進の“素質覚醒”で無駄に才能を開花させた製作班も暴走して各自オリジナルのデザインで同じカードを9パターンも作り、外出組と創作班も合わせて誰のデザインが良いかなんて又もバカげた回り道をしてたことを聞き、心底寝留守していて良かったと思った。誰のデザインかなんてどうでもいい。其れはきっとミコでも同じことを言う筈だ。

 然うしてミューの戦略戦術――ミコを倒すという目的を最大限に叶える手段として、ミューのデッキは完成した。この時点を以て、神様仲間達は次のフェイズに移行。則ち、魚達の伝言――宣戦布告を受けたミコ=R=フローレセンスを出迎える準備に入った。使者に遣わすのは通り名通り、学である。直ぐに遣わし、そして帰って来た。ミコ=R=フローレセンスを連れて……。其れが今。



 遊戯の神翠=ミュージックは此処に至るまでのミコとの因縁、そして其処に至る抑の原因だった自分達神様仲間達の半生を振り返り終わると目を開く。目の先にはミコが居て、真っ直ぐ此方を見つめていた。神様仲間は皆翠の後ろに移動し、ロビーから大ホールにかけて群がっていた。

 

 遊戯の神、翠(みどり)=ミュージック。

 好機の神、暁(あかつき)=ネットワーク。

 対価の神、要(かなめ)=コンセント。

 初恋の神、愛(めぐみ)=メトロノーム。

 撤収の神、刀(かたな)=クロック。

 根性の神、祭(まつり)=エネルギィチャージ。

 節目の神、茂(しげる)=エマージェンシィ。

 妥協の神、環(たまき)=スタンドプレイ。

 密室の神、直(なお)=ファンクション。

 夢望の神、巧(たくみ)=キャットウォーク。

 継承の神、牙(キバ)=クラシックライフ。

 瓦礫の神、焰(ほむら)=スピーカノイズ。

 寒村の神、㬢(あさひ)=ミルキィウェイ。

 母性の神、葵(あおい)=ジャッジメント。

 情熱の神、遥(はるか)=シークレットパーティ。

 骨董の神、雅(みやび)=プロフェッサ。

 情報の神、紫(ゆかり)=ミュージアム。

 変異の神、巴(ともえ)=フラッグシップ。

 風流の神、萌(もえ)=プリズムリリック。

 騒動の神、巡(めぐり)=サーキットドリーム。

 進化の神、進(すすむ)=スターマイン。

 真実の神、治(おさむ)=エターナルドライブ。

 戒律の神、守(まもる)=ウェルス。

 送迎の神、学(まなぶ)=エヴォリューション。

 深窓の神、士(つかさ)=インフィニティループ。

 奉仕の神、湊(みなと)=ミステイク。

 爆発の神、哲(さとし)=ヘヴィワーク。

 調停の神、務(つとむ)=フォーチュン。

 暗闇の神、落(おち)=パーフェクトハーモニィ。

 最高の神、戦(イクサ)=サイズ。

 発案の神、颯(はやて)=ピンポン。

 個性の神、彰(あきら)=ジャンクション。

 暗殺の神、極(きわむ)=セキュリティホール。

 美学の神、語(かたり)=メタフィクション。

 泥棒の神、扉(とびら)=カレイドスコープ。

 商売の神、熱(あつめ)=デファクトスタンダード。

 奈落の神、整(ととのい)=キャパシティブレイク。

 切札の神、剣(つるぎ)=スペード。

 算盤の神、羅(ら)=モノトーン。

 道徳の神、完(たもつ)=ネクスト。

 波紋の神、球(きゅう)=キューブ。

 冒険の神、礎(いしずえ)=イノベーション。

 評価の神、雷(いかづち)=ダークサイド。

 尊厳の神、宝(たから)=ニーズ。

 留守の神、幽(かすか)=クリスタル。

 音楽の神、天(あまつ)=キャリオキ。

 栄光の神、華(はな)=フィニッシャ。

 暗転の神、帳(とばり)=フリージア。

 標識の神、羽(つばさ)=ブルーバード。

 記念の神、迷(まよい)=アンティック。

 本物の神、絵(おもむき)=パッション。

 寓話の神、哉(かな)=アリバイ。

 絆の神、祝(いわい)=エイプリルフール。

 粋の神、希(のぞみ)=ニックネーム。

 印の神、透(とおる)=パーソナルスペース。

 食の神、禊(みそぎ)=ハレルヤ。

 道の神、翔(かける)=スリースピード。

 夜の神、失(ななし)=ナイトメア。

 数の神、始(はじめ)=フィナーレ。

 旅の神、魚(うお)=ブラックナチュラル。

 

 そして此処にはいない神様が二名。先ずは単独行動を取って不登校になっている神――。

 友の神、零(れい)=ファクタ。

 最後にミコと接触した後消えてしまった、死んだも同然に居なくなってしまった神――。

 嘘の神、泉(いずみ)=ハート。

 

 ここに集結し神様60名、完全を帰す為に此処には居ない2名の名前も列挙し、改めて神様達の略全てが、ミコ一人に対して其のような大集団で以て対峙しているという状況を再認識する。あの日、自分達の待望を叶え自分達の在り方を壊した何とも形容し難い相手に。各々抱いている感情が千差万別なので呼び方も色々であるが、圧倒的な実力だけは皆が一様一律に認識していた。因みに此の場、大掛かりな勝負の舞台を任されている翠の場合は端的単純に『敵』である。迷うことなく選択し、周りの意見等気にせずに、初志貫徹と通してきた。そうすることで、予め決まっていた此の瞬間に向けて詞を慣し熟し、少しでもミコに『神様仲間達は纏まっているんだ』と云うイメージを押し付けているのだ。まあ、然うでもしないとミコと云う女は圧迫感の類を感じないだろうから。何しろ最初出会った時にたった一人で神様全員に暴れて魅せた女である。其の実力の凄まじさは此方の方が痛い位良ーく分っているからという切実過ぎる理由アリ。

 そんな小細工と云われれば其れまでだが、其れでも翠の手間隙かけた小細工は一定の効果を生んでいた。群集心理の為すべき業か、神様という素材神材が善いのか、唯一人対峙している『敵』、ミコ=R=フローレセンスは神様達を見下し見くびる動作を見せず、一人直立不動で固まった様に立ち尽くし、泰然と、或は悠然と構えて真っ直ぐな目で此方を見ている。作戦成功――翠は細やかな満足感にちょっぴり浸る。だがこんな前哨戦以前の演出で満足するわけにはいかない。最大最優先の目的はミコを負かすことなのだから。

 なので同じ様に満足感にどっぶり浸かっていた他の神様仲間達を叩き起こす意図も含め、翠は本題を切り出した。自らの物体操作術で箱一式を出現させ、其れをミコ目掛けて神速で放ったのである。翠の其れは洗練されており、挙動で神速発動を見破ることは困難であった。然し流石は『神殺し』と目されるミコ=R=フローレセンス。彼女は翠が神速で放った箱一式、余裕を持って受け取った。何時の間にかは知らないが、既に頭に被っている影帽子のがま口チャックを開き、黒い腕を使ってだ。

「ずいぶんなご挨拶ですね、翠様?」ミコが皮肉った笑顔を浮かべながら口を開く。其れ丈で翠が手をかけて仕込んだ小細工は崩壊。俄に神様仲間達の間に緊張感が蔓延しだす。

 だけど今回の神様代表翠は一味違う神様。そんな損気な空気に染まることもなければ、ミコに気後れすることもない。「ふ……ふふふ、受け取ったわね」と前置きすると、直ぐさま話を進め出す。

「其の箱にはミュー達神様が愛と希望と恨みと執念で創り出した対泥棒ミコさん専用の勝負道具のカードゲーム、“ファニータイム”一式が入っているわ。此処にはキミ用の個室を用意してあるから、これから其処に籠って60枚以上62枚以内のレギュレーションとルールに則ったデッキを作って欲しいの。でも、その前に一つだけ、此の場で決めて欲しいことがある」

「あら? なにかしら」

 楽しそうなワクワク感一杯の笑顔でミコが相槌を打つと、翠は澄ました顔して指一本で話を繋げる。そして其の指一本人差し指は、ミコが受け取った箱からルールブックを取り出すと、ミコの眼前に浮いてページをペラペラ。とあるページで停めた。翠がそうしたのも、話を円滑に進める為。其のページが此れからの話に絡んでくるからに他ならない。

「ざっと流し読みしてもらえれば分ると思うけど、此のゲーム、“ファニータイム”は俗世で普及している様な低俗なTCGとは訳が違うわよ。抑地べたを這いつくばる様に上から目線で机上に撒いたカードを見下すなんてしない。ミューは然う云う『何様ゲーム』、略して『様ゲー』って超嫌いだからね。此の“ファニータイム”は然う云う要素を排してミュー達神様や泥棒ミコさんがプレイするに相応しいゲームになっているのよ。さて、指定したページにも書いてあるけれど此の“ファニータイム”、ゲームプレイのコストとして設計図を使うんだよね。こんな風に……さ!」

 パチン!

 翠は其処までで一旦詞を区切り、指を鳴らす。すると翠を始め神様達……所謂『盗まれてない組』の神様達の身体から小さな光る星が飛び出て浮かぶ。蛍の様に飛び回り、星の様に軌道を描く。此れこそ時空隔絶領域アパートにて神様達が生み出した神々の証、不老不死の神具、『大切なもの』――『設計図』、なのだ。

 数々爛々と輝く設計図。翠の合図で盗まれてない組の神様達が一斉に其れ等を取り出した光景を見たミコは、一旦目の焦点を翠によって開かれたページに移すと、「ああ……そういうことなのね。了解よ、翠様」と翠の意図を察したようで自分もまた影帽子のがま口チャックの中から、あの日盗んだ設計図29個を取り出した。冠詞の文字数に応じて数の違う超極小概念恒星群である設計図達。盗まれた組から奪った数に違わず、70個の恒星群。29色色とりどりの光を放ち、29の星座印象を変わらず放ち続ける神の星々、設計図。

 その様子を見た神様達、凄く物欲しそうな顔をする。代表なのか戦が翠の後ろからこんな痴れ言をぬかしてきた。

「其の設計図、神に返しなさい! ……ってあ痛ぁ! 何をするのです、翠!」

「黙れ正論バカ! 折角の仕込が台無しじゃないのよ!」

 空気の読めない正論バカこと戦を、物投げつけて制裁&激しく厳しく叱咤の二刀流で以て押さえつけ気味に黙らせると、乱れた雰囲気を態とらしく「オホン」と咳払いすることでリセットし、翠は話の続きを語る。

「デッキを創って貰うのは此方が用意した個室、そしてプレイするのは此処大ホール。聡い泥棒ミコさんならもう解っていると思うけど、既に此処大ホールは“ファニータイム”で闘う戦場と化しているのです。う……ふふ、もう処置済みですよ? 其の証拠が此の出現させた設計図。ミュー達無視して何処か行ってる放浪迷子の零の分を除く、61個の設計図が、こうして恒星の正体を晒している。“ファニータイム”戦場に於いてプレイヤーの頭上背後に現れるコストエリア、プラニスフィアに集結するのです!」

「プラニスフィア……なるほど」

「で、取り上げている問題と云うのはお互いが所有する設計図の数、なんだよね。ミュー達が保有している設計図は32種恒星76個。一方泥棒ミコさんは29種70個。此のゲームでは設計図の冠詞文字数からなる恒星の個数がコストに直結している。コストの数を多く要求するカードには強いカードも在る訳で……元からイーブンにとは考えてないわ。ただ建前でも善いから使えるコスト数、そして出来れば設計図自体の数も対等にしたい。其の決定権を泥棒ミコさん、キミに託すと云いたかった訳よ」

 翠が不敵に笑いながら解説し、話の主旨を云い終える。ミコが盗んだ設計図を見て騒いでいた神様仲間達も一転、何時の間にかしんと静まり返っていた。翠の説明を聞きし此の場にいる神様仲間全員が、設計図取引の“予言”を思慮していたのである。翠に預けている設計図――所謂ミコに盗まれなかった設計図は32種76個。対してミコが奪った設計図は29種70個。コストとして扱う設計図の恒星の差は6個。更に翠は設計図自体の所有数も対等にしたいと申し出た。『完全なフェア』は設計図の一覧上不可能だが、『形式上のイーブン』は可能――一見親切な提案に見えるが、其れは所詮見せかけ。翠の謀略は既に始まっており、此れも其の一つ。故に神様仲間達は考えていた。ミコが、一体どのような要求をしてくるのかと――。

 其れでも大半の神様達の“予言”は一致していた。「所有数と個数の差から考えて、翠の手持ち分から偶数文字数の設計図一つをお互いが使わない“中立”に隔離。其の上で残った文字数の半分文字数の設計図を翠からミコに渡せば、30種同士で文字数も一致する」と。安直だが大半の神様達が直ぐに導き出した、言わば“模範解答”だった。

 然し、ミコと云う女は其れが当て嵌まるほど分り易い女じゃなかった。彼女は神様仲間達と同じ時間考えた上で、こんな難癖をつけてきたのである。

「わたしは落とコンビ組むつもりなんてないからさ。わたしの持ってる落の『グループの設計図』を中立にして設計図2つ文字数合計5つで交換しましょ。遥ちゃんの『主観の設計図』と希ちゃんの『悪知恵の設計図』くださいな」

「何! 私の設計図を寄越せって言うの!」

「あわわ、ミコちゃん! そんなんやや!」

 ミコの詞を聞いて翠よりも早く間髪容れずに反応したのは二位指名された希。其の経歴も相まってなのか、とんでもなく複雑微妙な嬉し憎しと言った感の顔をしている。そして続けて捨てられた落の絶叫が続く。他の神様仲間達も一位指名された遥の事等眼中から見失ってしまっていた。其れ位ミコが希の設計図を所望した事はインパクトがあったのだ。

 ともあれ其れは所詮二の次。誰が嫌と言おうが喚こうが、此の場に於いては決定権を持つのは翠。翠はミコの要求に、一本通じるものを感じたのであっさり了承、手を上げた。

「いいわ。ゲーム中に落の『グループの設計図』を中立として使わないようにしてくれるのね。条件は呑む。受け取りなさい、『主観の設計図』と『悪知恵の設計図』差し出すわ」

 翠が然う答えると同時に翠の背後頭上プラニスフィアから二つ星と三つ星がミコの方へと向かっていく。星らしく放物線を描きつつも最速のスピードで延長線上、ミコのプラニスフィアへと入って行った。そしてミコのプラニスフィアから透き通った白色に光る四つ星がプラニスフィアからミコの影帽子の口の中へと戻る。然う、戻ったのは中立扱いで話が着いた落の持っていた『グループの設計図』。盗みつつも使わない――落の危惧する通り、ミコはこの行為を持って落とお笑いコンビなんか組む気はないときっぱり明言……元きっぱり表明してみせた。翠は背後で落のどん底オーラが満ちているのを感じ取っていた。其れ丈で別に害はないのだけれど、こうして“ファニータイム”で対決する翠とミコのコストエリアプラニスフィアには夫々30種の設計図と文字数コスト71個が揃い、見てくれだけでも等しくフェアになった訳である。下準備は整った。となれば次は本準備だ。

「く……くく。ハイ用件終わり。泥棒ミコさん、付き合ってくれてありがとう。これからキミには個室でキミだけのMyデッキを作ってもらうわ。さっ、此の場は此れでお開きよ。泥棒ミコさんを個室まで案内する役目は、魚、哉、祝の極楽トリオに任せるわ」

 ハイ解散――然う云って翠はパンパンと両手を叩く。出された物も箱に戻った。其れを合図に翠に指名された魚、哉、祝の極楽トリオがソファから立ち上がりぽてぽてと翠を追い越しミコの方へ歩み寄り、「久しぶり〜」等と碎けた関係の友達の様に接してミコの手を取る。そして其のまま引っぱって大ホールから個室エリアへと消えていった。

 其れを見届ける事も無く、翠はミコ達に背を向け前後逆転して視界に入り込んできた有象無象の神様仲間達を一人残らず大ホールから押し出し、自身も専用の個室(神様仲間達全員入れる位広い部屋)に戻る。程なく大ホールから気配が消える。後に残るは空の場所だけ。でも其れはとても大ホールらしく感じられる、殺風景、だけど洗練された閑散さというものだった。



「ここだよ、ミコおねーちゃん」

 祝がブレステンポとでも言えるような楽し気で、かつ神々しく祝福してくれるような口調でミコの個室を指し示す。したらば素早く哉が動く。黒い腕をしまって今や自分の両手で“ファニータイム”の箱を抱えているミコをエスコートと言わんばかりに動き、ドアを開け、「ささ、どうぞ」とミコに道を譲る。そしてミコの背後からは「入って入って♪」と魚がミコの背中をさすりながら押してミコを個室内へと案内……もとい押し込め閉じ込めようとする。さすがのミコも神様たちに極楽トリオ相手に自分のペースを保つことはできなかった。されるがままに案内された個室へと入らされた。

 そこがどんな場所かと言うと、一言でお節介と言えただろう。なにしろその部屋の内装は、ミコの人生一周目。まだ気象一族のレインを名乗る前に住んでいたあの家自分の部屋、そのままの配置になっていたのだから。一瞬タイムスリップかと疑ったほどだ。

 そして同時に悪趣味との感想も抱くミコ。現在人生三周目の彼女にとって、一周目の頃の人生は、ゴミ歴史にしておきたい、捨ててしまいたい過去だったからだ。

「うわー懐かしい。8歳頃まで住んでた部屋そのままじゃないの。魚さんも哉ちゃんも祝ちゃんも、よくこんな悪ノリに乗りますねえ?」

「そりゃわたしたち神様は始末が悪いことで知られてますから。そして大事なことを付け加えて言うよ? ついでにわたしたち、後始末はしませんから」

 魚の詞にミコは手で顔を覆ってげんなりする。まあ、どうせそういうことだろうとも薄々どころか結構あからさまに感じ取れていたのでそこに関して野暮なツッコミはしない。

 だが、それならこっちもこっちで遠慮なく動くだけのこと。手で覆い隠したミコの口元がニヤリと悪そうな笑みを形作る。

「それじゃあ大掃除しないとね。がま口チャック、OPEN!」

 ミコの宣言とともに影帽子外見上最大の特徴であるがま口チャックがずざざと開き、そこから黒い手が次々現れ部屋の調度品をどんどん拾っては口の中へ放り込み始めたのだ。

 これには神様最大の神望神徳を持つ魚さんも唖然。声をかけようとしてくるが、ミコの方が35歩も上手。魚が行動に移るより先に全ての調度品を飲み込み完了。黒い手も全て引っ込めて、礼を失することのないように優雅に魚に向き直り、両手を開いてまっさらになった部屋を魅せる。

「これこそが今のわたしにふさわしい部屋の内装よ。荷物は全部ここの中。出したまま放置なんてしないんだな〜これが。それに、このなにもないまっさらまっしろな空間こそ、今のわたしの心そのもの。余計なお世話ごくろうさま。魚さん哉ちゃん祝ちゃん♪」

「ぷむ〜。環ちゃんや牙くんに葵ちゃん透ちゃん達他お世話好きなみんなの努力を『余計なお世話』で片付けるなんて。あいかわらずミコおねーちゃんはヒドいなー。人間とは思えない所業。すぐにチクりに行っちゃおーっと! 『ごくろうさま』って言ってたよって!」

「待って祝! あたしもいっしょに行くー!」

 さすが俗世からかけ離れた神様。見当違いの行動で動こうとする祝とそれについていこうとする哉。師匠の魚も置き去りに、泣いているのか喜んでいるのかわからん表情で仲良く走り去っていく。残ったのは魚さんだけ。

 その魚さんもしきりに開きっぱなしのドアをチラチラと覗き見。普段とは打って変わって実にそわそわと落ち着きのない様子。それだけ気にかけているのだろう。祝と哉、二人の愛弟子たちのことを。

 ミコはそのことを最初出会った時から見透かしているので、手で追い払う仕草と一緒に言ってやった。

「魚さん、ここに案内してもらったんだからあなたももう用無しなんですよー。デッキはわたしが一人で作ります。絶対に魅せませんから。それともなんです? 愛弟子たちを放ってでもわたしをスパイしろと翠様から命じられているんですか?」

 ミコの挑発的な詞。でも魚は気を悪くする風でもなく澄ました顔で返事をする。二人とも常識から外れた者同士だから、乱回転しても落ち着いてしまう。

「まさか。ミコちゃんには此処でひとりぼっち、ひとりきりで作業してもらうわよ。助けを求めても無駄だよーだ。付け加えておくと、ライフラインも一切禁止。そのルールブックとカードのテキストだけが、あなたに与えられたヒントだよ。ちゃんと熟読しておくことね。ルール違反は即敗北だから」

「上等。それくらい緊張感がないと闘いとも呼べないでしょう。じゃ、今からルールブック読み込むから、さささと出てってくださいね。早くしないと祝ちゃん哉ちゃんに追いつけなくなっちゃいますよ?」

「それはいやーん。じゃミコちゃん、わたし行くから」

「行ってらっさーい」

 本気で常識が通じない者同士の、妙に噛み合ったコントのようなやりとり。そんな軽妙な小芝居を挟んでミコはあてがわれた個室でようやくひとりっきりになった。床にへたり込み、手に持っていた箱を横に置いてからう〜んと手を組み背伸びをし、すぅ〜と深呼吸をするミコ。うん、やっぱりこの『なにもなさ感』が心地好い。

 その快楽に溺れてしまう前にミコはパチンと指を鳴らす。あのとき翠がしたように。

 したらば当然起こることも同じ。物体操作術で箱の中身をなにもなくなった部屋の全面に展開させたのだ。上に。下に。右に。左に。そして前に後ろにと、ミコの全周を囲む壁をカードが覆いつくす。

 そして一点開いた眼前白地の場所に、ルールブックが静かに置かれた。

「さてさて……犬が出るか猫が出るか、お手並み拝見と行きますか」

 ミコは不敵な笑みを零しながらそう呟くと、“ファニータイム”のルールブックを開いた。



『“FunnyTime” RuleBook』

1.“ファニータイム”とは?

 このゲームは神様の証たる設計図をコストとして使う空間展開式贅沢型カードゲームである。プレイヤーはカードを厳選して相手プレイヤーと勝負しあらゆる戦略・戦術を駆使して勝つことが求められる。

 

2.カードの種類

 “ファニータイム”は4コマまんがをモチーフにしており、2種類のカードを駆使する。

 ○コマカード

 4コマまんがの起承転結各コマをモチーフにした「物語を作るカード」

 起承転結何処に使えるかの『アイコン』と勝負判定に必須の『FP(ファニーポイント)』が設定されており、それを対決時に操作して相手と勝負する。アイコン数がコスト数。

 ●メイクカード

 4コマまんがを作る、編集する作業をモチーフにした「作品をサポートするカード」

 コストに応じて様々な効果を発動し、コマカードを強化したり、戦略加速、相手プレイヤーの戦略を疎外したりするのに効果を発揮する。

 

 コマカード、メイクカード共に題名&No.と効果テキスト、そしてカードを使うためのコスト数が記載されている。イラストはオマケ。

 

3.ゲームエリアの詳細

 “ファニータイム”は勝負空間を以下のように分類してゲームを行う。

・マニュスクリプト:ショウタイム(後述)で勝負するため、4枚のコマカードを並べる空間

・ボツボックス:捨て場所のひとつでいわゆる「ゴミ箱」。勝負に負けたコマカードを入れる空間

・ロストホール:捨て場所のひとつでいわゆる「処分場」。使用済みのメイクカードや勝負以外の方法で捨てることになったコマカードを入れておく空間

・プラニスフィア:プレイヤーの背後頭上で輝くコストたる設計図たちの空間

・ストックプール:勝負で引き分け、もしくは勝ち残ったコマカードを置いておける空間

・山札:自らが選抜したコマカード、メイクカードの札束

・手札:山札からドローし、ゲームで使えるカードの札束

 

※各エリア補足説明

・マニュスクリプト

 4枚のコマカードは相手に向けて前から順に

『起(スタート)』

『承(デヴェロップ)』

『転(チェンジ)』

『結(エンド)』

の順番に浮かせて一列に配置する。勝負の時までは相手に裏面を見せて置いておく。

 コマカードには『起』『承』『転』『結』のアイコンが最低ひとつ、最大よっつ全てが記されており、基本アイコンの順番に該当する場所に置くこと。アイコンに該当しない場所に置いた場合、ミス、ペナルティとして勝負判定時にカード自体の効果が一部の例外を除き発揮できなくなるので注意。但し出せるカードが4枚ピッタリで指定位置に出せるコマカードが他に無かった場合は、アイコンが適切でないカードでも置かなければならない。

・ボツボックス

 この捨て場所は勝負に負けたコマカードを置く場所だと上述したが、そのコマカードに記されている起承転結アイコンの累積数が39個に達した時点でそのプレイヤーは負けとなる。他のパターンのコマカードと明確に区別しているのはこのため。

・ロストホール

 上述の通り、ロストホールに置いておくコマカードは勝負に負けたカードではないため、ボツボックスのようにアイコン数も勝敗に影響することは無いが、メイクカードやコマカードの効果にはロストホールとボツボックス間でコマカードを移動させたりやりくりしたりする効果もあるので、必ずしも安全とは言えない。

・プラニスフィア

 コストとして使用した設計図の恒星は光を失い、文字数の本数分(“ファニータイム”ではターンのことを『本』とカウントする)経過すると光を取り戻し再利用が可能になる。

 ただし、一瞬でもプラニスフィア上から光がなくなる――全ての設計図を使い切ってしまうとそのプレイヤーは負けとなる。

・ストックプール

 この場所は『勝負しても負けなかったカードを維持できる』空間のため、ボツボックスに送られることはなく、事実そのような効果を持つカードはメイクカード、コマカード問わず存在しない。ただしストックプールでコマカードを維持するのには設計図によるコストがコマカードに記されたコスト数分必要になり、しかもコストはストックプールに置く限り毎本新たに消費する。いたずらに強いカードを温存しようとストックプールに置き続けると恒星の光を消しつくして負けということになるので注意。

・山札

 場所というよりもデッキの構築に関するルールだがここに記載する。同名のカードはコマカードなら4枚まで。メイクカードは2枚まで。これらを組み合わせて60枚以上62枚以下の数になるようにデッキを作り、シャッフルして山札とする。

 さらに細かく言うとデッキに入れるコマカードは起承転結アイコンの総数を50以上にすること。メイクカードはデッキに20枚以上入れて35枚を越えないこと。

・手札

 デッキを作りシャッフルして山札としたのち、最初は7枚まで山札からカードを引く。最初の段階でコマカードが4枚以上あるならそれで良いが、3枚以下の場合は手札のメイクカードだけを全て相手プレイヤーに見せてから山札に戻しシャッフルする。その後戻したメイクカードの枚数分山札を引き直し、コマカードの枚数が4枚以上になればよい。これはゲーム開始前の特例。

 ゲーム中にマニュスクリプトに出せるコマカードが4枚を切った場合、足りないコマカード分戻せるメイクカードが手札にあるならゲーム開始前と同様の方法でコマカードを補充できるが、手札から戻せるメイクカードが足りないコマカードより1枚でも少ない場合はミス=星裁としてペナルティを負う方法になる。まず手札のメイクカードを全て山札に戻しシャッフル。その後コマカードが4枚揃うまで山札からカードを引き続け、揃った時点で引くのを止めそれまでに引いたメイクカードは全て使わずロストホールに捨てる。一方相手プレイヤーは特典として足りなかったコマカードの枚数分山札から引ける。別に引かなくてもよいが。

 

4.ゲームの流れ

 “ファニータイム”は相互ターン式ではなく、『同じX本目(Xターン目)にお互いのプレイヤーが審判監視の元同時にカードを使ってプレイし、全く同時に対決する』神感覚ゲームである。4コマまんがをモチーフに各ターンは「1本目、2本目…」とカウントし、その「本」の流れは以下のごとく。

 

☆ドロータイム

→お互い山札を引く

☆メイクタイム

→コマカード4枚を相手に裏面向け前から『起』『承』『転』『結』の順に縦列に配置。同時にメイクカードをコスト消費のもと使用する(効果発動のタイミングはカードによってメイクタイム以外の時のもあり、それらに関しては該当時点で効果を発動すること。しなければただのコスト無駄遣い。ざまぁ!)。

☆ショウタイム

→魅せる決着の時。コマカードを下記に記す『上』『下』『左』『右』の各回転でコマカードの効果とFP加算減算を選択、発動させ相手が発動させた効果共々審判処理・ディスポーサルを経てその本での勝敗を決める。メイクカードの効果にはショウタイムに発動するものもあり、それら効果を駆使し、FP勝負で勝つことが求められる。

 

 以上を一本とし、「1本目、2本目…」と続けていき、敗北条件をどちらかが満たして負けるまで続ける。もちろん降参もあり。

 

※ショウタイムの詳細

・ショウタイムではコマカードを下記の4通りの回転により相手に表面を魅せる。

『上回転(オープンアップ)』

『下回転(オープンダウン)』

『左回転(オープンレフト)』

『右回転(オープンライト)』

 以上4通りの魅せ方があり、コマカードにはそれぞれの魅せ方(回転)に応じたFPと効果がある。この時初めてコマカードはコストを消費する。

 ただし注意点がひとつ。コマカードは回転させて相手に魅せるので、回転後に相手が魅せられる正位置であることが条件となる。なので裏面正位置から上下回転したり、裏面逆位置から上下回転のつもりを左右回転に切り替えたりなどした場合、ミス=星裁としてFPが-35される。

 つまりミスなく上回転下回転を狙うのならばメイクタイムでの裏面配置の段階で上下逆位置にしておくことになる。

・ショウタイムではコマカード4枚、全てを一斉に相手に魅せるが、縦列なので見えるのは『起』『承』『転』『結』の順となる。ただしコマカード自身の効果で例えば『結』に置いたコマカードの効果が『起』のカードのディスポーサルで発揮されるケースは多々ある。効果の適用は幾重ものカードのものが最初から適用される場合があるが、対決方法の基本はお互い『起』の位置に置いて魅せたコマカードのFPを比べて多い方の勝ちとなる。負けたカードはボツボックスに行き、勝ったカードは勝ち残りでそのまま残り、相手の次カード(『起』の次なら『承』のコマカード)と続けて対決となる。これをどちらかの『結』に置かれたカードとのディスポーサルになるまで続ける。

・全てのディスポーサルが終わり、その本での決着が着いたならば勝負して残ったカードをストック専用コスト消費のもとストックプールに送り、勝負せずに残しておけたカードは全て手札に戻す。そして次の本に入る。



「……ふーん。なーるへそ」

 ミコはルールブックをそこまで読んで終わり。それ以上先を読むのを止めた。パラパラパラとページをめくり、そのまま手放し裏表紙を弾いて落とす。ルールブックは読む前と逆、裏向きの形でページを収め、何も言わずに役目を終えた。いや、終えさせられたという方が正しいか。ミコの手によって。一方的に。

 ミコがルールブックを最後まで読まなかったのには理由があって同時にない。気分屋なミコにとってはあの程度――ゲームの最低限必要知識だけ知っておくくらいがちょうどよい。ミコの雨識感覚がそう告げたのだ。勉強しない理由なんて、それだけで十分すぎる。

 ルールをうろ覚えの中途半端に把握したミコは続けてその目で部屋の全周囲に貼られたコマカードとメイクカードを見回し見渡す。しばらくそのまま。しかしミコの目は輝きを増していき、周回する視線はミコの周りに竜巻に似た奔流を形作る。沈黙の中静寂の中、いつしかその奔流は本物の風に竜巻に化け、壁に貼られていたカードを剥がし始めたのだ。

 そのときだった。部屋を掃除したときから実はずっと開きっぱなしだった影帽子のがま口チャックから無数の黒い腕が飛び出し、その先に付いている黒い手でもって宙に待ったカードを掴み、ミコの目の前に集め出したのだ。そう、視線の奔流に飛ばされたカードこそミコが選んだカード――即ち! ミコがデッキに入れたいカードだったのだ!

 無数の黒い手もカードを集め積み上げデッキが完成するとひとつ残らず引っ込む。ことここに至ってミコは自分の手でもって作ったデッキを手にもった。マットな触り心地が指から脳に快楽情報として伝わる。でもそんなのに中毒になるわけもなく、ミコは61枚のデッキを右手に持ちちょっと遠めに突き出してから、手前に受けとして構えた左手にパラパラパラと一枚ずつ連続して飛ばし始めた。

 そう、ちょっと斜めにアコーディオンを弾くような感じ。奥から手前に向かってくるアコーディオン軌道を描き飛んでくるカードは、ミコに表面を魅せて左手に納まる。それがパラパラ61枚続き、全てのカードが手前の左手に納まりミコは改めて自分のデッキを確認し終わった。するとミコは脈絡もなく、「ふにゃにゃにゃにゃ……」と笑い出す。

「うん……スキ」

 この気持ちを一番、大切にしよう――ミコはそう呟いて、がま口チャックの口からほどよいサイズのデッキケースを頭揺らして吐き出せると、流れるような手つきでデッキをデッキケースへとしまい、デッキケースは自分の服のポケットに入れる。

 準備は整った。そして封も切られた。もう後戻りはできない。いやしない。

 進むのみ。

 ミコは颯爽と立ち上がり、がま口チャックを閉じて影帽子のつばをひとつまみ。そして目深に帽子を直して踵を返し、ドアを開け、部屋を後にした。

 後に残されたのは取られずに壁に貼られっぱなしのカードたちと真ん中に置かれた箱。しかし立つ鳥跡を濁さず。ミコの仕込んでいた術式によって残りのカードはミコがドアを閉めた途端、カタカタカタと動きだし、一斉に里帰りするようにもといた場所の箱の中へ、一目散に逃げ込んでくる。結果あっという間に部屋は元通り。綺麗な白部屋に箱がポツン。

 これこそミコの美意識作法インテリアなのだ。

 

「ミコの奴動いたぜ。もう大ホールに向かってやがる」

 翠を始め、神様仲間達の控え室。各自自由に動いていた中で、神眼・千里眼を持つ扉が監視していたミコの動きを誰に言うでも無く、一人言みたく報告すると、其れ迄好き勝手動いていた神様仲間達が俄にざわつき始め、我も我もと代表の緑の元へ駆け寄った。其の周りには最初から翠に加担していた『共犯者』こと扉やら希やら天やらが既に囲っており、その周りを更に囲う――二重堀みたいな感じになった。中心の翠は余裕なのか莫迦なのかの欠伸を噛ますと、漸く台風の目を開き、猫が身体伸ばすみたいに両手を組んで上に伸ばして其の流れのまま立ち上がる。其れでも身長低めの翠。伸ばした手の先が何とか群がる神様仲間達の頭を超える程度。丁度其の時使いに遣っていた祝、哉、魚の三者がドアを開けて戻ってきた。自分達がするでも無くドアが開いたので、皆揃って祝達を見やる。祝と哉は意味を持ち前のポジティブさで履違えて解釈したミコからの詞を熱弁するが、なぜか翠達は冷たい反応。「あれ? 驚かないの?」と祝と哉がポーズ取るが、此処で初めて翠は魚達に敵たるミコを騙す為、魚、哉、祝も騙していたことを暴露する。個室と言っても機密が強固なんて誰も言ってない――どころか翠は先の扉の詞の様に神様仲間達をフルに使って其の能力で以てミコの動向を始終監視していたのだ。だからミコの有難い御詞の事ももう知っている。平然当然と然う宣うと、祝と哉は「ムキーッ!」と心底悔しがった。でも同時に出来る神様仲間達への高評価も抱いてしまう二名。「やるじゃない」悔し悶えた後に出てきた二名からの其の詞を受け、翠達も「お前もな」と認め返す。唯一蚊帳の外にいた魚だけが、呆れ返った&悲しげな顔をして「なにこの茶番……」と嘆くのだった。

「さて……うたまるも評価してくれないマイナス評価の寸劇続けてても意味ないし。相手を待たせるのは好き過ぎるし。此処らが潮時腹八分目。勝負しに行ってあげますか。はぁ〜はっはっハハハノハ!」

 非常に鬱陶しく且つ超自分本位な台詞を仲間のいる中抜け抜けと放ち投じた翠は勝負用髪型のトライテールに髪をセットするとデッキケースを取り出し利き手の左手に握りしめ、のそりのそりと歩き出す。然しあまりに自由すぐる翠の身勝手ぶりに今迄一緒に調子に乗っていた百戦錬磨の神様仲間達も、流石に唖然とし始めた。翠の話を聞いていると、「自分達神様がミコに勝負を挑んでいる」と云う事実さえ忘却棄却しそうになる。正直怖い。勝負の本質を見失っては勝利なんて得られない気がするから。特に女神陣は殊更強く其の懸念を感じていた。其れも此れも「勝利の女神」なんて詞の所為だ。きっと。でも俗世下々民草が一般名詞化迄してみせた詞の影響力、神様云えども無視できないのでやんわり翠を諭すのだけど、聞かん娘の翠には全て台無し徒労に終る。それどころか翠の行く手に従い皆が移動し始めると、女神達皆段々と翠の調子に感化され始める始末。此れに危機感を覚えるのが男神連中。予報的な予言がよく当たる茂が先回りして待ったをかけ、警鐘鳴らして警告する。

「ちょっと待ち給え! 翠、君は明らかに勘違いをしている。この闘い、挑戦者は我々の方なんだよ。嗚呼、嫌な予感がしてきた。視える……翠が負けて泣きじゃくると云う不吉な場面が視える!」

「茂、しっかりしろ!」「気を確かに持て!」「翠! 茂や俺達をこんな心配させて楽しいか! 少し自重しろ!」等と、一番手で警告した挙句発狂しかけた茂を筆頭に男神達は次々と翠に真面目にやれ――というニュアンスの詞を打つけるが、打つけるという遣り方に翠は癇癪起こした。逆鱗スイッチON。今度は翠が言いたい放題逆襲とばかりに言返す。

「黙れメタボデラックス! &その取り巻き共! このミューが代表として指名された以上、ミューはミューがやりたいようにやるんだもーん。わかったら其処退きなさい。この定年不可避予備軍共!」

「て、定年……」

 逆転カウンタクリティカルヒット。翠は神様仲間達に付けるニックネームも毒が有るが、怒ると普通にハイ毒舌化。其の意味不明ながらも新しく、そして何より破壊力に秀でたビッグバン級の詞の口撃は茂等男神連中のハートを圧砕した。ダメージを負い動かなくなった口煩い男神共。其れを翠始め女神達は道路塞いでいる工事用バリケード以下の“モノ”と化した男神達を「邪魔」と蹴飛ばして道を確保し歩き出し、ドアを開けて大ホールへ。軈て倒れたままの男神達もハッと我を取り戻し、「待ってくれー!」と騒がしく付いてくる。何はともあれ神様61名、全員揃って大ホールへ――である。

 んで大ホールに着いてみて――開いた口が塞がらなくなった。いや、転けなかっただけマシなんだけど。

 だって格式高い建築で贅を極めた大ホール。その床面を勝手に凹まされて水たまりを作らされた挙句、犯人であるミコ=R=フローレセンスはその水たまりにウォーターベッドを張って浮かして熟睡していたのだ。御丁寧に顔には影帽子被せて。「死人かよ!」神様全員が突っ込んだ。

「祝」「はーい」

 翠は祝に此の形容し難い状況の破壊を依頼し、祝は其れに手を上げて応じる。祝の右手五指に指輪が現れ装着され、更にその先に現れた指を覆う爪の様な装飾武器。祝は其の爪五対を指輪からの糸で繋ぎつつミコが惰眠を貪っているウォーターベッド目掛けて発射した。魚の弟子として教わりし祝=エイプリルフールの神業“どの道選べず指示の数”だ!

 片手なので未だ本気じゃない祝の神業だが、狙いは正確結果は的確。射出された爪は全てミコが上でノーテンキに寝ているウォーターベッドに刺さり貫通。然も其の時祝が送った指示・信号により中の水は低温域水蒸気爆発を起こす。事の次第を見ていた神様仲間達は共通見解として此の後ミコが頭から落ちて無様な姿を晒す物……だと思っていた。

 が事実は違った! 落ちるミコが目を覚ますより早く顔に被せていた影帽子がミコの頭に自動的に動いて納まり、がま口チャックを此れ又勝手に開いて黒い足を蜘蛛並み8本取り出して、ミコの身体が落ちて濡れるよりも早く水たまりに足を着け、ミコの身体を支えたのだった。御丁寧に足は水たまりの底ではなく、水面に立っていた。アメンボか。

 そして其の後吃驚仰天。何と影帽子は如何にも安そうなぶっとい輪ゴムを持ってふたつの黒い手を飛び出させると、事も在ろうに其の輪ゴムをミコに向けて構えて発射。ほっぺた辺りに直撃した輪ゴムはミコの皮を赤く腫らす程の衝撃を与え、漸くミコは目を覚ました。「いった〜い!」とか抜かしていたが、全面的に無視する。其れが神様スルースキル。

 祝がウォーターベッド破砕の任を終えて装飾武器の指輪も爪も消したと同時に、ミコも其の足で水面に立った。其れ迄彼女を濡らすまいと支えていた影帽子の黒い足も仕舞われ、黒い手も御役御免と仕舞われ、其の場に居るのは影帽子のがま口チャックも閉じたミコ=R=フローレセンス。唯一人。たった一人。だけど恐るべき一人の女。

 其の女を前にして、神様全員、息を呑んだ。

 

 ミコは泰然自若と構え、翠達神様連中を迎え入れる。其れは善い。実に善いのだが、突っ込み所がひとつ在る。

「ちょっ……ちょちょっと泥棒ミコさん。此の水たまり、其の侭にしとく気?」

 翠の質問にミコは仄かな笑みを浮かべる。肘から先の両手を持ち上げて、ちょいと首を傾げて宣った。

「だって今、外は雨ですしね。忘れましたか神様が。このわたしは元気象一族にして、現在も契約継続中のレインなんですよ。この水たまりは翠様たちを待っていたわたしの暇つぶしですよー? 雨漏り・透し雨でこの大ホールの真っ平らな床を削り、じわじわと溜めていった天から降り注がれた水たまり。別にいいでしょ? コマカードにもメイクカードにも足場を変えるような効果は無いんだし。空間展開型ゲーム……なんでしょ?」

 ぐうの音もでないとは此の事か――神様全員が苦虫噛み砕いたような渋い顔してミコの詞を聞いていた。そして受け入れるしか無かった。テーブルTCGを嫌って空間型CGを作り上げた神様達、灯台下暗し元、天に住む神様地面を全く考慮せずと言った処だろう。

 故に甘んじてミコの小細工を受け入れるしか翠達神様連中には選択肢が無かった。其れ位なら可愛いもんだともいう気持ちもあった。こっちの遣る事に比べれば、寧ろ全然足りない位。

 翠が不敵に笑いながらミコの向かい側へと水面に一歩一歩を踏みしめながら進み、軈て立ち止まり相対する。お互いの視線、声、ジェスチャが不快にならない程度に届く、絶妙の位置。遂に“ファニータイム”、最初で最後の決戦が今正に始まろうとしている。

「審判はこっちから神材派遣させてもらうよ泥棒ミコさん。天。希。出番だよ」

「了解だよ翠」「嗚呼……わたしはどっちの審判かしら?」

 天と希、ミコに対して難解で激しい感情を持つ2名が翠の指名を受け、ミコと翠の中間線両サイドに陣取った。これで配置は完了だ。

「ではこれより、“ファニータイム”一本勝負。翠=ミュージックvs.巫=R=フローレセンスの対決を始めます」

「おお」「いよいよか」大ホールを取り囲むように散って客席から観戦している観客神様 仲間達がどよめきの声を上げる。気持ちは分る。否、仲間達ではなく翠が一番ドキドキしているのは決して謙遜等では無い。こうして神様代表としてミコと対峙している緊張感は、何物にも代え難い翠だけの特権感覚。増々昂る翠の闘志、気合気迫は必要十分だ。

「それでは両者デッキをシャッフル」「自分でシャッフルした後は、相手にシャッフルして貰うように」

 審判役2名の進行に従い、翠とミコはお互い用意したデッキを先ず自分でシャッフルし、其れを受け渡し役も兼ねる審判役に渡す。そして相手側からやってきた審判役から受け取った対戦相手のデッキをシャッフルする。然し此処で翠もミコも手を抜いた。お互い相手のデッキに指で触るだけ。それだけで善しとし、審判役を追い返した。此処でどんなにカードを切っても、来る物は来る――其の考え翠とミコ、二人のプレイヤーに共通して在った認識だったのだ。観客の神様仲間達からすれば「Boo! Boo!」とブーイングでもしたくなるだろうがそんなの翠は知ったこっちゃない。仲間の意見なんかより自分の勘を信じなければ勝負に負ける。其れが闘いの鉄則だ。

「では両者、山札セット、手札7枚をドロー」「コマカード4枚が揃うまで何度でもリトライありよ」

 審判2名に言い渡され、翠とミコは机も無い戦場空間に光の枠で示されている山札置き場に山札を置くと、ミコは丁寧に上から7枚、翠は素早く一瞬で7枚手札を用意する。1枚引く動作で7枚取ってみせた超神速の神業ドロー。流石にミコも吃驚したのか、目を丸くして翠に声を掛けてきた。

「どうしたの翠様。なにかあった?」

「ううん。なんでもないよ。なんにもないよ」

 ミコの問いに翠は丸で予測し答えのテンプレートでも用意していたかの様に即答を返す。審判役の天と希も、「なんにもない」「なんでもない」と答えるだけ。ミコも気を削がれたのか、それ以上追及してこなかった。其の様子を見て翠は人知れずニヤリ。

 一瞬、時が凍る。其れは周りに居る神様仲間達も引っ括めて全部がしんと動かず、静止し、固唾を飲んで翠とミコを凝視している様其の物。

 軈て静かにゆったりと審判役2名の手が上がり、闘いの本格的な幕上げを告げる。其れを聞いて、神様応援団が一斉に固唾を飲んだ。

「互いにコマカードは4枚あるとのこと。では此れより“ファニータイム”を開始する!」

「1本目、マニュスクリプトへのコマカードの配置及びメイクカード使用、始め!」

 息を呑んでいた神様応援団達が一気に貯め込んでいたモノを解放するかの様に歓声嬌声罵声を上げる。轟音轟く大ホールの中、先手を切ったのはミコだった。

 とは言え其れはプレイイングではなく、プレイスタイルの変更。然し其の変更は余に以外、且つ異質で、経験値では圧倒的に上回る神様連中全員を驚かせた。ミコは或る呪文を叫び、影帽子の未だ見ぬ機能を魅せて魅せたのだ。

「全周裂開! 翠様に敬意を評し、影帽子の真髄、解放するわよ!」

 ミコの詞に呼応して、影帽子のがま口チャックが開いた。だが何時もの様にただ開いた訳では無い。口裂け異形の伝承宜敷く、其のチャックは何時もなら開き切って止まるべき場所で止まらず、影帽子を裂く様に頭の後ろまで回り回って一周。影帽子を切り裂いた。

 そして『中身・口』に当った部分は、端から見れば真っ直ぐなトンガリ帽子を丁度チャックを境目にくしゃっと潰している――そんな見てくれ其の物に成った。

 が、ミコが『魅せる』と豪語したのは伊達ではない事を、直ぐに神様全員が思い知る。全周全方位が黒い口の入口と化した影帽子は、前後左右全方向から通常の35倍もの量の黒いアイテムミコのアイテムをあっという間に展開したのである。特に61本も飛び出してきた黒い腕・手の異様ぶりは凄まじく、「蜘蛛か? 蛸か? それとも烏賊か?」と祭が突っ込む程である。

 更にミコが出したのは其れ丈に留まらず、何と俗世高級家具メーカ、ロイヤルドリーム社の玉座に天蓋、果てはワークアシスト用可変アーム式リトルデスク付フットレストまで別に持ち出して其の上に腰掛け足を乗せ、御丁寧に玉座の方をリクライニングさせ半分寝ているかのような体勢になり、上を天蓋で覆って終いと云う、どっからどう見てもカードゲームする人とは思えない体勢。いや、体勢云々の問題ではなく傲岸不遜を地で行く態度其の物が神様仲間達の神経を逆撫でした。審判役の天と希が、血相変えて詰問する。

「ちょっと? ミコ? なにやってんの?」「無礼千万不躾極まりない! 直ぐに止めなさい!」

 普通なら聞き入れるのが道理だろう。だって正論は神に在るのだし。

 だけどそんな理屈や常識、ミコ=R=フローレセンスには通じない。

 彼女は非常にリラックスした口調で、嬉々淡々と丁寧に神に逆らう。

「なんで止める必要があるの? これは非常に『贅沢な』ゲームなんでしょう? 設計図を持つ者にしかプレイさえもできない、人間俗世の常識からかけ離れたゲーム、それが“ファニータイム”でしょ? ならプレイスタイルだって常軌を逸してなんぼじゃないかしらねー。まあ舐め切っている態度と捉えられても仕方のないこと。ひとつ弁明しときましょう。この体勢、そして全周裂開のコードで影帽子の機能を全開にしているこの状態こそ、わたしの本気。だからそう受け取ってさ、笑ってプレイしましょうよ」

 其処まで喋ってミコは更に自分の指を鳴らす。すると黒い手が群がってきて、ミコが手に持っていた7枚の手札を一枚ずつ手に取って一手に一枚の手札となった。早い話が手の数にものを言わせ、手札を一枚ずつバラバラに持たせている状態。「此れが本気?」神様応援団と審判団は開いた口が塞がらず、「Boo! Boo!」とブーイングの嵐。だが其れも程なく終焉に向かった。最大の発言力を持っていて然るべき神様代表相手プレイヤーの翠がミコの態度を『是』としたから。その口上は下記の通り。

「イー、E、いーじゃない! 流石はミュー達神様連中から29個もの設計図を盗んだ稀代の女傑ミコ=R=フローレセンス! 皆は文句云うけどさー、此れくらいやってもらわないとミューとしては潰し甲斐が無いってね! 余裕の態度? 上等よ。勝負が決した時勝ち誇った顔でいられるのは『ドヤ顔の一般女子』で知られるこの翠=ミュージックよ!」

 翠がそう宣言した途端、大ホールを囲む回廊に屯する神様応援団達がミコへの文句を飽きたかの様にピタリと止めて、翠への応援と切った啖呵への賛辞に切り替えていた。相当現金な連中だが、其れが神様クオリティ。

 ともあれ始める前に一悶着在るのも又らしいと云えば実にらしい。気を取り直して審判役の天と希が「では再開する」「1本目、始め!」とコールし腕を振り上げて、勝負が遂に始まった。



1本目

・ミコ コスト残数71 手札7枚

・翠 コスト残数71 手札7枚

 翠とミコは先ずドロータイム。山札からカードを一枚ドローする。その際ミコは空いている黒い手に引かせていた。何処迄も遣るからには徹底している所に、翠は一抹の感動さえ覚える。ともあれ翠は手札をチェック。コマカードも数は満たしているし、手札に有るメイクカードもすぐ使える。

 然し、戦略上コマカードに問題を見て取った翠は手を打つ――前に、ミコがメイクタイムに突入するや否やメイクカードの使用を宣言した。

「『修羅場対策ヘルプ増員』を使うわよ。互いのプレイヤーは5個までコストを消費し、消費した分だけ山札からカードをドローできるわ。わたしはMAX5個5枚。翠様は?」

「そーねー。ミューは3枚でいいわ」

 既に背後に展開されていたプラニスフィアに浮かぶ設計図たる恒星達。ミコは1文字と2文字の設計図を合わせて5個のコストを消費して5本の黒い腕が一枚ずつ山札を引く。一方翠は1文字の設計図を三連で投入し3個のコストとし、スリを思わせる素早い手つきで、山札から3枚取った。正直別の機会を自分で作らなければと思っていたのだが、手間が省けた。此れで出だしの1本目からミコに一泡吹かせてやる事が出来る。

 気を良くした翠は自らも手札からメイクカードを使用する。

「コスト5のカード『ボツ原稿の怪談』とコスト3のカード『ありきたりな出来に困る』を使用するわ。『ボツ原稿の怪談』の効果で泥棒ミコさんがショウタイム中にボツボックスに送ることになる可哀相な負けカードのアイコン数を勝負判定において1個プラスして計算する。更に『ありきたりな出来に困る』はコストの他に手札1枚をロストホールに送る条件のもと、こちらのコマカード効果をコスト分のカード数、3枚分封じる代わりにこの本でのミューのコマカードのFPをAll+40し引き分けた相手コマカードも負けとしてボツボックスに送れる。さあ、とりあえずは此処まで。起承転結、コマカード配置!」

 翠は2文字の設計図3個と1文字の設計図2個をコスト5と3に充てて消費し、メイクカードを発動&処分すると早くも手札から4枚カードを引き抜いて勢いよく放り投げる。投げられた4枚のカードはミコに裏面を見せたまま浮かび重なり縦列に並んだ。

 序盤から得意満面の翠を相手にしても尚、ミコはゆとりの態度を崩さない。「それならこれね」と前置きし、黒い手4本を使って起承転結にコマカードを配置すると同時にこんなことを宣った。

「メイクカード使用……と言いたいところだけど、急いでないから今はいいや。天さーん、希ちゃーん、ショウタイムに移りましょー」

「お前が仕切んなよ!」「審判舐めるな!」ミコの能天気、なのにイラッと挑発してくる実に鬱陶しい物言いに、天も希も猛反発。でももう他にすることも無いので、渋々ミコの要求を呑む。

「ではよろしいかしら……」「さあ、ショウタイムよ!」

 周囲の神様応援団も目を凝らして翠とミコを見つめる。何しろ初めてのショウタイムなのだ。興奮と躍動、翠への期待とミコへの願望が大きな情念となって渦巻く。

 そして翠とミコはコストを消費しコマカードの起承転結を見せた。何と全く同じ回転表示を起承転結全てで見せたのだ!

 そして其れ丈では無い。翠とミコが起承転結に配置したコマカード其の物も、全てが同じカードだった! 此れにはミコも流石に面食らった様子。目を見開いて眼前の現実を信じられないと云った目付きでしばし呆然と眺めていた。

 そんなミコの狼狽えなんかお構い無し。審判役の天と希は其の役割で以てショウタイムの勝負判定、ディスポーサルに取り掛かった。

「起のカード。翠、ミコ共に起承コスト2『天然ヒロインむらっち』の右回転。FP60。回放効果『自分のカードのFP+15』翠の方の効果はメイクカード『ありきたりな出来に困る』で封印されているが同時に其のカードの効果でFPは+40。ディスポーサル! FP100対75で翠の勝ち! ミコのカードはボツボックス行き!」

「うおおおおお!」序盤も最初、1本目初めてのディスポーサルだと云うのに神様応援団はまるで翠が勝ったかの様に歓声を上げる。そして一部はミコに向かって「ざまあ!」とからかう事も忘れない。全く良く教育されたマナーのなった応援団だこと――翠は手札を口元に寄せ、零れる笑みを覆い隠す。

「続いて勝ち残った翠の起カード対ミコの承コスト1『がんばりやさんトモりん』の上回転。FPは40だけど上回転の回放効果『勝負にコマカード数で負けている場合このカードと相手カード2枚を強制排除してロストホールに送る』が発動するわ。排除する相手カードは選べるわね。ミコ、何れと何れを選ぶの?」

「そうね。気楽に起と承のカード。どうせ同じカード同じ回転だし」

「ディスポーサル! FP勝負関係無くミコのカードの回放効果で翠の起と承のカードにミコの承のカードをロストホールに排除!」

「ぬがあああああ!」「引っ込め俗世気触れ!」前のディスポーサルから一転して勝負らしい勝負もせずに場を五分五分に戻したミコへの怒号とヤジが木霊する中、魚、哉、祝の極楽トリオは未だ翠が優位にあることを認識していた。其の為ミコがどのようにして此処から動くか。ミコの方に気持ちを向けて観戦していた。

「まだまだいくわよ。次の対決は翠、ミコ共に転に置いたカード、転結コスト2『すっとぼけたコロガリ君』の左回転。FP50ミコにのみ適応される回放効果は『このカードのFP+25』今までの効果を累積すると翠はメイクカードの効果で50+40=90。ミコはコマカードの効果が重なって50+15+25=90! ディスポーサル! FP引き分けに因り双方ストックプール行きとするところだけど、翠のメイクカード『ありきたりな出来で困る』の効果で引き分けでもミコのカードはボツボックス行き! 翠のカードだけコスト2消費してストックプール行き!」

 神様応援団の皆がどよめく。翠が先手打って出したカードが正に想定したケースで効果を発揮し、上々の結果を齎したから。残るはお互い結に置いたカードのみ。神様達の目は張りつめ、口は開いたまま誰一人閉じていない。息をすることを忘れているのだ。

「1本目最後の勝負……翠、ミコ共に見せたカードは起承転結コスト4、『花奈ちゃんのツッコミ!』の下回転。FP100。回放効果は『このショウタイムの起承転結に配置したコマカードの回転表示が全部で上下左右を満たしていた場合のみ、手札1枚につきFP+10。』翠は手札が4枚だから100+40+40=180。ミコは手札……」

「8枚あるわよー。さらに起に置いた『天然ヒロインむらっち』の効果でFP加算+15よね? 希ちゃーん?」

 8本の手8枚の手札を指差す様に魅せつけながらミコは得意気に口を閉じる。希はイラツキながらもその発言を認め、FP計算を続ける。

「そう! ミコのFPは100+15+80=195。ディスポーサル! この勝負ミコの勝ち。翠のカードはボツボックス行き。そして最終的に残ったカードをストックプールに送るか否か。ミコ、回答を」

「コスト消費4。もちろんストックプールに送るわよ」

「1本目、これにて終了!」

 天の審判が下ると同時に、喧し過ぎる神様応援団の轟声が大ホールに反響する。全員揃いも揃って翠への応援ではなく、ミコへのヤジだのイチャモンだの難癖つける奴ら然り。魚達の様に心情的にはミコにも肩入れしているどっち付かず然り。最初から一枚岩でない実に欠陥構造な造りの神様応援団。然しこの神様連中、ひとつだけ間違っている。

 其れは……翠のイカサマに加担していると云う事実。

 審判役も、応援団も。ハナから全員グルなのだ。此の勝負に於ける最優先事項はミコに勝って設計図を取り戻す事。其の問題を解決する為に、手段を選んでいる場合じゃない――其れが俗世に降り立つ前、魚の呼びかけで集まって会議した時全会一致で採択された、影の決定、裏の思惑……。

 抑翠自身、遊戯の神などと宣っておきながら其の正体はフェアプレイなど微塵も考えてもいない悪辣悪手プレイヤー。其の卓越したイカサマの技量で負け知らずだったからこそ遊戯の神の通り名を持ち、今回ミコの相手に選ばれた。先にミコが使ったメイクカードに因るドローだって実際は上から順になんて引いてない。応援団の中に居る扉の神眼・千里眼による情報を受け取って戦略的に今尤も使わなければ行けないカードを率先して抜き出していたのだ。ドローではなくサーチ行為、其れを審判役の天と希も黙認している。全く以て神様と云うのは……始末が悪い。

 だが一方で翠を始めとする神様仲間達はフェアプレイ精神も持ち合わせている。彼女達神様仲間達は見切っているのだ。ミコも又イカサマプレイをしている事を。然うでなければ序盤からイカサマ全開の翠に少なからず対抗できる訳が無いのだから。なのでミコの一挙手一挙動にも皆して眼を光らせているのだが、この1本目では尻尾さえも掴めなかった。

 原因は云うまでもない。ミコのプレイスタイル。椅子にゆたりと腰掛けて自分の手を一切使わず影帽子から取り出した無数数多の黒い手にカードを持たせると云う常識外。恥ずかしながら神様連中、1本目は此の異質なプレイスタイルに圧倒され、目が眩み見逃していたのが事実。だが翠自身はもう慣れたし、審判役2名も応援団57名も同様だろう。抑翠のデッキはミコのデッキを盗み見して改良したミラー&メタデッキ。コマカードは全く同じ物を同数だけ仕込み、メイクカードはミコの戦略にカウンタを放てる仕組みのメタカードを余すことなく入れている。後はイカサマプレイの技量勝負。此れだけの舞台と要因が在って、翠が燃えない訳が無い。焰より、熱より。

 翠はミコに視線を向ける。ミコのゆったりとした目付きが応える。増々燃え上がる翠のハート。手に力が入りすぎて手札を折曲げてしまいそうだ。

 

(必ずミューが勝ってみせるわ。ミコ=R=フローレセンス!)

 

 翠の決意を待っていたかの様に、2本目開始のコールが発せられた。

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