第58話
>もうすぐ着きます。七屋敷駅であってるよね?
>あってるよ。迎えに行くね。
あゆちゃんから連絡が来たのは昼過ぎ。あゆちゃんも気を使ってくれたのだろう。
「母さん、迎えに行ってくるね。」
あゆちゃんが来るということは昨日のうちに言ってあった。
「いってらっしゃい。」
ド地元だから、特に気を使った格好でもなく、緩く緩く。そう遠くない駅に着くと、ほどなくして滑り込んできた電車からあゆちゃんが下りてきた。
「お迎えありがとう。つぐちゃん。」
「どういたしまして。」
考えたらあゆちゃんの私服は初めて見た。女のコらしい服装で、どこか千葉さんと系統が似ていた。
「姉妹みたいなのは、私じゃなくて、あの人じゃないか…。」
「ん?ゴメン聞こえなかった。つぐちゃん何か言った?」
私の小さなつぶやきは、電車の音にかき消されて、あゆちゃんの耳には届かなかったらしい。私は笑って
「何でもないわ。行こう。」
私は人と会話するのが苦手なわけではないけれど、饒舌なわけではない。でも、あゆちゃんといると、拓真とは違った安心感で、時間が流れていく。
「ここよ。」
玄関先で扉を開けると、あゆちゃんは遠慮がちに踏み込んだ。
「帰ったの?つぐな。それとも亜哉?」
「つぐな!」
中から母さんの声がして、ほどなくして姿を現す。あゆちゃんは可愛らしく笑って
「初めまして。行野鮎子です。つぐなさんにはいつもお世話になっています。こちら、つまらないものですが…。甘いものお嫌いでなければお納めください。」
あゆちゃんが差し出した箱で、彼女のことが分かったのだろう。母さんは私のほうを見て
「まあ、例の彼女ね…!こちらこそつぐながお世話になってるわ。ゆっくりしていってね。」
「あゆちゃん、母さんに構わなくていいから。部屋行こう。母さん亜哉は?」
母さんのことは本当に嫌いじゃないけれど、似ていない自分が嫌になるのはいつものこと。つくづく母がいつも家にいる人じゃなくていいと思う。
「出かけてるわ。そのうち帰るかもしれないけど。」
「そう…。」
あゆちゃんを私の部屋に押し込めて、飲み物を取りに行く。母さんも心得たようにティーカップに入ったコーヒーと、さっきあゆちゃんが持ってきたケーキを渡してくれた。
「母さんもう仕事行くけど、なんか用事ある?」
「ないわ。気を付けてね。」
母さんを送り出して、お茶を運ぶ。いつもは逆だから変な感じだ。
「ありがとう。」
「どういたしまして。行野さん家にはどれも適わないけれど、そのケーキは行野さん家だから、間違いなく美味しいわよ。」
そう言って私が笑うと
「私も保証しますよ。うちの男どもの名にかけて。」
そう笑ってくれた。あゆちゃんが来る前に、亜哉の部屋から取ってきた小さなテーブルにお茶を置いて、立ったまま部屋を眺めていたあゆちゃんを座らせ、自分も勉強机の椅子にカップをもって座る。
「ゴメンね、私自分の部屋だと途端に偉そうになる。悪い癖なんだけど、どーも治らなくて。あゆちゃんも楽にして?」
あゆちゃんはくすくすと笑って
「そういうとこ、少しお兄ちゃんと似てますよね。」
「そう?」
「ええ、とても。お兄ちゃんやコタと似た雰囲気。」
「ただの一匹狼集団じゃない。」
私もあゆちゃんにつられて笑った。しばらくあゆちゃんの持ってきてくれたケーキをつまみながら談笑していたが、ふと、真剣な顔に戻る。
「それでね、つぐちゃん…。話したいことがあるの。」
「話したいこと。」
「うん。鈍感なお兄ちゃんには到底できない、女のコ同士のお話。」
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