第56話
宣言通り図書館に行った私を迎えに来た、拓真と共に連れ立って帰り道を歩く。特に特別な会話があるわけではない。でも、とても心地いい。
「タクマ。」
駅で電車を二人で待つ途中。私が呼ぶ名と同じ名を呼ぶ人の声がする。タクマなんてそう珍しい名ではない。私も拓真も流そうとしたが、どこか引っかかって、二人そろって振り返る。
「ほら、やっぱりタクマだ。」
ふわふわした軽い茶髪の印象的な可愛い人。
「郁…。帰ってたのか。」
拓真の言葉に、私は紡ごうとした言葉を奪われた。
「ええ、少し用があってイギリスから戻ってきてるの。って言ってもまた一週間くらいでイギリスに戻るけれど。偶然でも、タクマに会えて嬉しいわ。」
拓真は見たことのないような笑顔で
「卒業して、イギリスに発つ3日前に告げて、見送りに行くのも慌ただしく、いなくなったやつの言葉とは思えねえな。…元気してたか?」
「ええ、あっちは紳士の国だから、たくさん素敵な殿方がいるしね。楽しいわ。」
私を置いてきぼりで進む話。私に二人の間に存在する、楽しい過去を想像させるには十分だった。
「そちらのキュートな女性は、彼女さん?」
拓真は苦笑して
「つぐ、これは千葉郁。俺らの二つ上で、一応かぶってるけど、知らなくて当然だから気にしなくていい。郁、こっちは…南つぐな。」
私の紹介に困ったのだろう。名前で留められた。
「初めまして、千葉さん。あなたみたいな人にキュートって言われちゃうと照れちゃいますね。」
私と見た目も中身も正反対な人。こういう人が拓真の好みなら、私に勝ち目はゼロだけれど、この人は、多分もう拓真を男だと思ってはいない。
「郁って呼んでくれると嬉しいわ!つぐなさん。」
フレンドリーで、柔らかで可愛らしい人。少しだけ私の母に似ていて、とことん母に似ていない自分が嫌になる。
「タクマ。せっかくこっちに来たんだから、あなたの家のお菓子が食べたいわ。」
拓真は少し顔をしかめながら
「それはいいんだが…なんで店のほうに行かないんだ?」
「2年ぶりで道に迷ってしまったのよ。せっかくだから高校に行ってから行こうと思ったんだけれど、高校からの道がわからなくて…。」
こ高校に来てたのか。職員室のある階が妙に騒がしかったのはもしかして、この人のせいか。
拓真は苦笑して
「いいよ、どうせ。俺の家だし。一緒に行こう。…こっちには一人で帰って来たのか?」
「ううん。せっかくだから、日本に来たいって言ってた友人何人か連れてきてるよ。私の家にいるわ。」
「学校大丈夫なのかよ?」
「これでも優秀だからね。」
この流れじゃ、拓真が千葉さんを店にまで連れ帰るのは必然だろう。
「あなたも一緒に行きませんか?つぐなさん。」
千葉さんは私を誘ってくれる。この人に他意は無いのだろうけれど、残念ながら私はそこまで大人ではない。私は何とか笑って
「残念ですが、今日は帰らなくては。また誘ってくださいね。」
ちょうどよく電車が来る。行き先表示を見あげる。
「拓真の家には次の電車のほうが早いですね…。私はこちらで失礼します。郁さんのご友人迎えに行くんでしょう?」
「え、ちょ、つぐ!」
拓真は少し慌てている。いつもなら同じ電車に乗るのを、私が牽制したからだろう。千葉さんには状況がわかっちゃいない。少し首をかしげて、頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見える。
「失礼しますね、郁さん、拓真。」
めったに浮かべないほどに最高な営業スマイルを浮かべて、二人に手を振る。拓真が度肝を抜かれている間に、電車の扉は開く。千葉さんは状況のわからないまま、可愛らしい笑顔で手を振り返してくる。
電車がなめらかに滑り出し、二人の姿が見えなくなった瞬間、私はガラガラな席にへたり込み、迎えにいた若い女の人に怪訝そうな顔をされる。
「妙な意地張っちゃった…。」
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