第7話

「南、行野。授業始めるから席ついて。」

凛とした女性の声。日本史の教師だ。

「せんせ、今いいところなの。明治維新がどうのなんて言ってる場合じゃないの。」

「バカを言うんじゃありません。だいたい二人席も近いんだから、座ったところで問題ないでしょ。」

ムードもへったくれもない。学生であるという事実が、二人のメロウな空気を遮る。

「それと南。」

「ハイ?」

多分他人には見破れないくらいには復活した私は、先生に向き直る。

「放課後、田山先生からの呼び出しよ。いい加減逃げるなって。」

「すみません、今日病院の予約があるので。」

「お前は週5で病院を予約してるな…。」

宮野っちはぐるるといった顔をする。

「すみません、病弱なもので…。」

わざとらしく咳をして体の不調を訴える。

「田山先生にそうお伝えください。あと、明日も明後日も来週も再来週も病院の予約がびっしりなので、お話しは無理そうです。ついでに言えば、話すこともございません。とお願いします。」

クラスメイトのクスクス笑いが聞こえる。

「南、それを南が言ったと、田山先生に告げる、私の心労考えたことある?」

ここも上下関係があるのは知っての行動だ。田山先生は良い大人ではないが、宮野っちをエンドレスで苦労させるタイプの人間でもない。

「子供なんで大人の苦悩とか知りませーん。」

「お前なあ…。」

クラスメイトがさざめき、笑い続ける。

このやり取りも私が退部した5日後くらいから、ほぼ似たようなことが毎日のように繰り返している。

田山先生は、私の授業の受け持ちはないし、こちらに来ているのを察すると私が逃げるから、自分で来るのは早々に諦めたようだ。だが、宮野っちが本格的に音を上げるのもそう遠くないだろう。

「ただでさえ、あなたにだまくらかされて、退部届を渡したことを責められてるんだから…。」

「だまくらかしたなんて人聞きの悪いことを言わないでくださいよー。」

「なにしたの?」

斜め後ろに座る美湖からの質問に

「別に。友達の友達が事情があって部活をやめたいらしいのですが、退部届をいただけませんか?って。彼女はあまり事情を広めたくないそうで…。」

「友達の友達?」

「友達の友達。」

美湖をさして再び自分に戻す仕草をすると、美湖は苦笑い一つで受け流した。私も同じ表情を返してから、自分の席に着く。

「つぐ。」

「なに?」

「今コータからLINEが来た。さっきの二人、すごくイライラした様子で、自分の教室戻っていったってさ。二人の担任は田山だし…。なんか、面倒なことになりそうな予感がする。」

「私もいつまでも躱していられないか…。」

「でも、躱すんだろ?」

「当たり前。…拓真、悪いけど今日駅まで無駄にイチャイチャしない?いくら空気の読めない彼女たちも声をかけられないくらい。」

「さっきのあれやっちゃったから怖いものはない。」

これが下心なら、私も罪悪感の一つや二つ覚えるけれど、今の私は本格的に面倒を避けようとしているだけだ。

だって拓真には妹みたいだって言われてしまってるし。

「ほら、南、行野!何度注意させるの!」

「ゴメンね。センセ。」

「前々からほんと気になってたんだけど、お前たち付き合ってるの?」

「見たまんまでーす。」

相変わらず明言をせずに行くスタイル。

こういう時は、本来口数の少ないふりをしている拓真ではなく、私の仕事。

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