第6話

私たちの演技は思った以上にイージーだった。

もともと行野…拓真が女とあまり話さないタチであったことが功を奏したといえばいいのだろうか。

もともと関係を薄々疑われていた私たちだ。拓真はもともと部活には名前があるだけ、といった感じで、帰宅部みたいなものだったから予定は空いていたし、しばし、一緒に帰っていれば、みんなを誤解させるのはそう難しいことではなかった。

部の子たちは、私が拓真と一緒にいる限り、声はかけてこない。これは前々からわかっていた。これは、私の選択が正解だった。

なぜなら拓真は整った顔と冷たい印象にの上に、いつも猫をかぶって本性を見せないからか、恐るべし人脈を持つ彼女たちともまったくと言っていいほどかかわりがない。強いて言うならきいが元クラスメイトで、拓真に割と気があるはずだが、拓真は苦手としているらしく、本省もさらさず、拓真のほうが適当に応対して逃げてくれる。

あとは時間の余っているときに一人にならない、それだけで十分だった。授業の関係とかで拓真といられないときは、私と拓真の関係にも、私とバスケ部の関係にも興味のない、どちらかといえば、トモたちの持つリア充というか、何の迷いもなくスクールカーストの上に立つキラキラした雰囲気を苦手としている、美湖やひいちゃんと一緒にいれば、なんだかんだ文句を言いながらも面倒見のいい彼女たちは守ってくれた。

「つぐな。大丈夫か?」

「ひいちゃん…。まあ、大丈夫よ。ただ、あの子たちに会うとややこしいから、一人でうろつけなくなったけどね。それだけが少し面倒ね。」


次第に、リンやトモが私の元に来ることもなくなってきて、私の望みは達成されたように思えた。

だが、違った。私の元に訪れる人がややこしくなって、私はついに牙をむいてしまった。

「つぐな。」

「…っ、マナ。きい。」

私が正直苦手とするトップ2だ。その二人がそろって昼休みの教室に押し掛ける。人の微睡みを邪魔するな。拓真もひいちゃんたちもいるけれど、パワーバカで、空気の読めない二人に怖いものはない。

「あんたいい加減にしてよね。いつまでさぼり続けるつもり?」

「…っ。」

マナ。あんたに言われる筋合いはないわよ。そう言ってやりたい。

でも、言いたくない。言うとややこしくなることが見えてるから。こいつらとの口喧嘩には気を遣う。

「リンももちろん、優里ちゃんもみんなも。タキたち後輩も、綾乃先輩たちも心配してるし、怒ってるよ。」

「…だから何?私が退部して何が悪いの?何が迷惑?なんで怒られなきゃいけないわけ?」

怒るな。そう心に言い聞かせ、眠気を呼び寄せようとする。

「急にこの時期に仲間が一人減って迷惑じゃないわけがないでしょ!」

「わがままもいい加減にしてよね。」

聞けば聞くほど勝手な言い分。あんたにわがままと言われる筋合いはないよ、マナ。

「つぐな!」

「触らないで!」

肩に伸びてきたマナの手を音を立てて振り払う。思わず嫌悪感が沸いてしまった。肩を軽く払って、一つ息をつく。

「…悪いけれど、話すことはないわ。帰ってくれる?」

「でもっ…。」

「帰って!」

ヤバい、泣く。嫌だ、こいつらの前で泣くなんて。絶対に嫌。

「悪いな、森野。つぐ混乱してるから、後にしてもらえるか?」

「行野君…。」

私のことを抱き寄せて、顔が見えないようにしてくれた。周りから冷やかす声が微かに聞こえた気もするけれど、そんなことも気にしていられなかったし、拓真も気にしていないようだ。

「森野。つぐを責め立てるのはやめてくれるか。俺は事情は知らないが、つぐが可哀想なんでな。」

いかにも、私が愛しい存在であるように振舞ってくれる拓真に感謝の意を抱く。

「でも、行野君…。」

「ほら、もう予鈴なるから。」

なおも食い下がる二人を拓真はあしらう。

「…つぐな、また来るから。今度はタキや綾乃さん連れて。そうしたら話してくれるでしょう。」

「…二度と来るな。」

私が小さな声で吐き捨てたのは、聞こえていなかっただろう。本気の嫌悪感。その小さな悪態が聞こえたらしく、拓真は笑う。

「少し、調子戻ったみたいだな。つぐ。」

「上出来…ありがとう、拓真。でも、確実に悪目立ちしたわよ。」

「お前の彼氏として悪目立ちするなら本望だ。」

「なにそれ…。」

私はくすりと彼の強がりに笑う。本当はめんどくさがってるくせに。

「やっと笑った。…お疲れ様。」

拓真は、私の頭を軽く撫でてくれた。その瞬間にじんだ涙を、私は拓真に頭を預けて、隠した。

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