第2話
「は?辞める?なんで?あともう一年ないのに?」
「その一年は私にとって永遠に近いほど長いので。」
静かに、顧問に退部届を差し出した2年の冬の初めの職員室。
「なあ、冷静になれよ、南。気がかりがあるなら、みんなと話せばいい。それなのに、突然すべてをふっとばして俺のところに退部届をもってくるって…。こんなんじゃ、俺ももちろん、あいつらも誰も納得しないぞ。大体この退部届どこから…。」
顧問は動揺を隠さず言い募る。私はつんとした顔をして返す。
「別に納得してもらおうと思っていません。っていうか、先生に退部届をくれって言ってもこうなるのわかってたんで、四方八方手をまわしてなんとか退部届手に入れたんですから。」
「理由は?」
「一身上の都合で。」
顧問が苛立ったのがわかった。
「それで許すわけにいかないのはわかってるよな?」
私は一つため息をついて
「では、家庭の事情で。私体も弱いですし、もうすぐ受験生ですので。」
「南。」
「なんです?」
「お前がちゃんと話すまで、これは俺の預かりにする。だから、練習には来い。」
「困ります。」
「どうした南、田山先生。」
私たちの声が聞こえたのだろう。サッカー部の顧問の上原先生が口をはさんでくる。
「上原先生。」
「どうしたもこうしたも…。南が急に理由も話さず、退部届を提出しにきたもので…。」
ここの関係は主任と一教員。運は私に味方したらしい。それでも、上原は呆れたように
「南、お前なあ…。」
「部活ごとき私がいつやめようと勝手でしょう。」
「そうはいっても、時期と理由ってものがあるだろう…。腐っても体育会系なんだから。」
「すみません。あいにくそういうのにも飽きたので。」
この人の言っていることは正論だが、割と脳筋で、私とは相性がいい。
「南。お前があいつらに話さないなら俺が話すぞ。とりあえず佐鳥に。」
「リンだって聞かされても困ると思いますよ。」
「それでも、あいつがキャップだからな。そう思うならそう殺生なことを言うなって。」
「知りませんよ。…とにかくもう決めたことなんで。」
「ちょっと待て!南!」
「まだなにか。」
私は面倒くさそうなのを隠そうともせず、振り返る。
「お前こんな辞め方して、先輩や後輩にかかる影響がわからないわけじゃないだろ?お前だって学校にも居づらいだろうに。」
「だから一身上の都合って言ってるじゃないですか。そこを否定される覚えはありません。…失礼します。」
こうして、私は退部する。
それ以上でもそれ以下でもないはずなのに、それがみんなに広まってからトモを筆頭に毎日のように休みのたびに訪れてきて、煩わしいことこの上ない。
一度だけ、戯れに話をした。
「理由は?」
「一身上の都合。それとも何、私の家のヘビーな話をみんなの周知の事実にしなくちゃならないの?」
「優里ちゃん何も知らないって言ってたけど?」
「いくら昔馴染みだからって優里に全部うちのこと知られなきゃならないのよ?気持ち悪いわ。私と優里そこまで仲良くないし。」
「つぐな、はぐらかすのはやめて。」
「はぐらかしてなんていないわ。」
ああ、本当にめんどくさい。私がスター選手だったならともかく、万年補欠のベンチウォーマーなんだから、別に突然やめたっていいじゃない。
こういいたいけれど、言うと返ってくる面倒な答えが予想つくから。そうなれば、人数の差で勝てるかはわからないからイライラしながらも沈黙を選ぶ。
「もう4時10分前よ?そろそろ練習始まるってのに、先輩が雁首そろえてこんなことにいるって、まずいんじゃないの?鴻コーチに怒られても知らないわよ?」
「心配しなくても、鴻コーチは今日は休み、後輩たちは不安そうな顔はしていたけれど、あんたが急にやめたって話を聞いたときほどじゃないから。」
「ふーん?じゃあ、普通にあんたらが下手になるわよ。」
私の言葉に青筋を立てるトモ。
「つぐな!」
「あんたねえ。誰のせいだと思ってるの?」
「私のせい?私は部活やめただけだよ?あんたらにこんな風に雁首そろえて並べって言ったっけ?」
この流れは私のものだ。
「…っ。」
「それでも…。」
「知った話じゃないわよ。私は帰る。この教室に入りたがってる人に悪いしね…。ここからだと面倒ながらも携帯忘れたから困ってるのが丸見えよ。」
そう私は彼のスマホをかざす。これがわかってたから、彼が戻ってくるのが予想できたから。私は今後の逃亡のためにこのタイミングを選んだ。
少しためらったようにドアが開いた。
「悪いな。大切な話を遮ったようで。」
行野だった。
「もう、話はとっくに終わってるわ。」
「そんなことはない!!」
「終わってるの。」
私は断言して、行野の方を向く。
「…帰るんでしょ?この時間誰も歩いてなくて寂しいし駅まで一緒に行こう。」
「佑輔外にいるけど。」
「一緒でいいじゃない。佑輔くんもダメとは言わないでしょうら、じゃあね。後輩に迷惑かけるんじゃないわよ。」
ドアをパタンと閉めて、少し歩いたあと口を開く。
「で、どういうつもりだ。南。」
「話適当に合わせてくれて助かった。」
「あの中に俺を知るやつはいなかったからな。質問に答えろ。」
「早く帰りたかったのよ。あんたのケータイに気づいたから。あんたが来るのがわかってたから。あいつらと話したのよ。」
「ほんと、携帯忘れるとか不覚。」
「そのおかげで私は助かったけどね…。」
「俺にとっちゃいい迷惑。」
「そういわないで。なんかおごるから。」
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