夢のまりあ ①

   ― 萌夢 ―


「なんてリアルな夢なんだ!」

目が覚めた時、勇介はまだ彼女の手の温もりと柔らかな感触を覚えていた。

あれが夢なんだろうか?

まるで現実のことのように、くっきりと記憶に残っている。


――それは、まるで夢のような夢だった。


ベッドの側に置いた、携帯のアラームさえ鳴らなければ、

もっと夢の続きをみていられたのに……

なんだか残念で悔しかった。


いつも大学に通うバスに揺られながら、田沼勇介たぬま ゆうすけは、

あの夢のことを思い出していた。

それは、こんな夢だった。


夢の中で、俺は大学のサークルのコンパに参加していた。

お酒も飲めないし、女の子とも気軽にしゃべれないシャイな俺が……

高い会費まで払って、なんでコンパに参加したちゃったんだろう?

かと、心の中で後悔していた。

お目当てのサークルのアイドル優香ゆうかちゃんは、

取り巻きの男たちにチヤホヤされて、俺なんか側にも寄れない。

あぁ~こんなんだったら、家でネトゲでもやってりゃよかったなぁー、

やけっぱちで、手当たり次第にテーブルの料理をほおばっていると――。


「隣いいですか?」

ふいに声がして、爽やかな花の香りがした。

気づくと俺の隣の席に若い女性が座っている。

白っぽいワンピースを着た、色白でストレートのロングヘアー、

まつ毛の長い、涼やかな顔立ちの美人だった。

やけに親し気に俺に微笑んで、

「わたし連れがいなくてひとりなの。お話相手になってください」

向こうから声をかけてきた。

「……お、俺もひとりだから、いいっス」

こんな美人を真近に見たことのない俺は、どうしていいか分からず、

ドギマギしながら答えた。


「わたし、お酒飲めないの……」

「えっ? 俺も酒は無理っス!」

「じゃあ、ウーロン茶でカンパーイ!」

乾杯をして、意気投合した。

ふたりの共通点が見つかって、そこから急に会話がはずみだした。

偶然、好きなミュージシャンが一緒で、ますます話が盛り上がったが、

しかし、その話題も最近の曲の話になった途端に、

「最近は聴いてないから……」

と、彼女は口をつぐんでしまった。


さっきから、俺のためにオードブルを取り分けてくれている。

自分は食べないで、ただ俺が食べるのをニコニコしながら見ていた。

彼女はスレンダーな体型だし、たぶんダイエットでもしてるんだろうなぁー?

女性から、こんなサービス受けたことない俺は、嬉しいけど落ち着かない。

不思議なことに彼女の取り分けてくれた料理は、

夢のはずなのに、なぜか味覚さえ感じていた。


しかも俺の隣に、こんな美人がいるのに、誰もこっちを見ようともしない。

可愛い女の子にはすぐ反応する奴らが、どうしたんだ? 

おっかしいなぁ~? そっか、これは俺の夢なんだ。

だから、ぜんぶ俺に都合のいいストーリーになっているんだな。納得!

夢の中で、なぜかしごく冷静な俺がだった。


目が覚める直前に……

「わたし、まりあ」

と、彼女は自分の名を告げた。

「俺は……」

言いかけると、まりあが答えた。

勇介ゆうすけでしょう。知ってるわよ」

「えぇー!」

一瞬、驚いた俺だったが、そっか、これは俺の夢だったなぁー。

別れ際に、まりあが俺に握手を求めてきた。

ドキドキしている俺の手を優しく握りしめて、

「勇介、また会おうね!」

そういってから、フッと姿が消えてしまった。


――携帯のアラームが鳴り響いて、そこで俺は夢から覚めた。




   ― 美夢 ―


アラームの音に叩き起こされた俺は、いつものように通学の準備をして、

大学へ向かうバスに乗っていた。

あの夢のことを思い出しながら、バスの座席の深くもたれて、

目を瞑っていると、

「勇介」

ふいに誰かに呼ばれた。

目を開けると隣の座席に、まりあがちょこんと座っていた。

あれぇー? 

そこはたしか、サラリーマン風のオッサンが座っていたはずなのに……

けど、まあ俺としては、まりあに会えて嬉しかった。


「勇介と同じバスに乗れて嬉しいわ」

はしゃいだ声でまりあがいう。

「俺も……うれしい……なぁー」

朝の光の中、透明感のある肌をした、まりあがすごくきれいだった。

しかも狭い座席はバスが揺れる度に、お互いの体が触れ合って、

ドギマギしてしまった。

夢だから、俺みたいなサエない奴でもモテるんだろうなぁ~

それでもいいや! モテたことのない俺にはまさに夢みたいだった。


――うん。俺にとっては夢みたいな夢だな。


「あのね……」

「前のカレシもって名前だったの……」

悲しげに瞳をふせて、まりあがぽつりとつぶやいた。

「えーっ、そう? 偶然だね……」

いきなり元カレの話をされてムッとした。

夢なのになんでマジになってんだ、この俺は?

「前のゆうすけは、会えない所へいってしまった。もう、二度と会えない……」

会えないって? それって、もしかして死んだってことか……?


「勇介! お願いだから、まりあをひとりにしないで!」

うわっ! まりあが急に俺に抱きついてきた!

ちょっ、ちょと、みんなが見てるよ。

ここはバスの中だし……あれれ? 乗客は俺らふたりだけ?

そっか、これは俺の夢だからなぁ~

俺はまりあの肩に手を回しギュッと抱きしめた。

「大丈夫だから、俺がついている」

思わずキザなセリフを吐いた。

俺の胸に押し当てられた、まりあの柔らかな胸のふくらみ、

なんて幸せなんだ、ドキドキが止まらない。

このまま時間よ、止まってくれい!


「お客さん!」

バスの運転手の声に、ハッとして目が覚めた。

どうやら、俺はバスの中で居眠りしていたようだ。

終点のバス停まで乗り越してしまった、俺はそこからUターンして、

大学のあるバス停まで戻ったが……

当然、講義には遅刻してしまった。


それでもいいや、あんな幸せな夢を見られたんだから。

まりあの胸のふくらみの感触を思い出して、ひとりニヤニヤしてたら……

「おまえさぁ、遅刻してきて、なにニヤニヤしてんだよ!」

「はあ?」

「さては、昨夜いいことでもあったのか?」

大学の悪友が、俺の脇腹をシャーペンの芯で突きながら訊く。

「べつにぃー」

わざと、超不機嫌そうな顔で俺は答えたが、内心はニンマリだった。


夢の中で、女の子といいことあったなんて……

恥かしくて、とても言えるわけないじゃん。




   ― 望夢 ―


大学から帰るとバイトが待っている。

俺は親元から離れて、学生向きのワンルームマンションでひとり暮らし。

生活費は毎月の仕送りと、自分で稼いだバイト代でやりくりしていた。

彼女のいない俺は、遊びといったら、せいぜいネットゲームくらいで……

デートなんかにお金を使ったこともない。

サエえない、ボッチ生活だけどさ。


近所のコンビニで、週に3~4日バイトをやっている。

おもに深夜のバイトで、夜の10時から翌朝6時迄である。

時間は長いが、時給が良いのと、深夜なのでお客が少なくて、

人見知りの俺には、接客が少ない時間帯の方が気が楽だったから。

途中に2時間の仮眠休憩がある、たいてい携帯ゲームをいじったりしながら、

椅子にもたれて軽くうとうとしているだけだ。

今日は仮眠休憩に入った途端、強烈なすいま魔に襲われて……

いつのまにか、寝込んでしまった。


――そして、また夢を見た。


いつものように、コンビニでバイトをしていると、まりあがお客で入ってきた。

レジカゴを持って、向こうから俺に軽く手を振っている。

なんか嬉しくて、俺はまりあの方ばかり見ていて仕事が手につかない。

買い物カゴをいっぱいにして、まりあがカウンターにやってきた。

レジカゴいっぱいに、いろんな食材が入っている。

こんなたくさんの食材を、だれと一緒に食べるんだろう? 

そんなことが頭をよぎって、俺はチョイ焼もちを妬いてしまった。


「ねぇ、勇介はどんなお料理が好き?」

にっこり微笑んで、まりあがまっすぐに俺をみて訊いた。

「えっ? 俺は好き嫌いとかないよ」

その視線に照れた俺は、みるみる顔が赤くなった。

「俺、まりあが作った料理なら、なんだって喜んで食べるさ」

「今度、勇介にまりあの作った料理を食べさせてあげるね」

「ホント? 嬉しいなぁー」

俺はわくわくしてしまった。

「楽しみにしていてね」

そういうと、カウンター越しにまりあは俺のほっぺに軽くキスをした。

「あっ!」

びっくりして硬直してしまった。

「じゃあ、またね」

いたずらっぽく笑って、まりあはドアの向こうへ消えていった。


「おいっ! 起きろよ!」

だれかに身体を揺さぶられて、ハッとして目が覚めた。

「交代の時間なんだ!」

深夜バイトの相方に起こされた。

「おまえさ、すんげぇー寝言いってたぞぉ……

それも大声で、だれかと話してるみたいで、マジ気味悪かったぜぇー」

まじまじと勇介の顔を見て、相方が怪訝けげんな顔でそういった。


あれはやっぱし夢だったのか!?

まりあがキスしたほっぺに触れてみる。

そこには、たしかに彼女の唇の感触が残っていた――。




   ― 恋夢 ―


長いバイトから解放されて、やっと家に帰ってきた。

シャワーを浴びて、後はもう寝るだけだ……寝るだけ? 

今の俺にとっては、最高の楽しみだ!

もしかしたら、また、まりあに会えるかもしれない。


ベッドで横になると、すぐに夢の世界へと落ちていく――。


俺は、ワンルームの自分の部屋の前に立っていた。

鍵を開けて中へ入ると、なんと、まりあが俺の部屋にいる。


「勇介、おかえりなさい」

白いエプロン姿で俺を出迎えてくれた。

「まりあ! なんで?」

びっくりしてキョトンとしている俺に……

「ねぇ、ご飯できてるわよ……」

まるで奥さんみたいなことをいう。

見れば、テーブルの上には花が飾られ、ふたり分の料理が用意されてある。

その上、部屋の中まできれいに掃除されていた。

玄関から見渡せる、ワンルームの部屋を茫然と眺めていると、

「いつまで突っ立てるつもり?」

ちょっと怒ったような顔で、

「さあ、お腹すいたでしょう? 一緒に食べよう」

焦れたように俺の手を取り、まりあが引っ張った。


まりあの作った料理は、今まで食べたことないくらい美味しかった。

味覚も、香りも、温度まで感じて、まるで現実世界リアルで食べているようだ。

俺は夢中になってガツガツ食べた。

そんな俺を、まりあはニコニコしながら見ている。

そして、自分の料理もぜんぶくれた。彼女は何も食べようとない。


食事を終えて、まりあが片付けをして、その後、ふたりでテレビを観ていた。

まるで新婚夫婦みたいだなぁーなんて思っていた。

その後の展開どうしようか? 男の俺はあれこれ考えてしまう。

すると……まりあの方から俺の側にきて、肩にしなだれてきた。

ドキッとしながらも、これはチャンスか! ?


俺はまりあを抱きしめて、夢中でキスをした。

ふたりは何度もキスをして、抱き合ったままベッドへ崩れていく。

女性との経験がない、この俺だけど……。

まりあとはごく自然に愛しあえた。

朝がくるまで、俺たちは何度も愛し合っていた。

すっかり、身も心もまりあに夢中になってしまった。


――夢の中、俺とまりあとの関係は、

ただのだとは思えなくなってきた。

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