時給1,050円の神様 ①
神様と名乗る男と俺が知り合ったのはバイト先のコンビニだった。時給1,050円の深夜バイトの求人でやってきたのが神様だった。
「俺、神様。今日からここで働く。よろしく!」
「ああ、俺、中村よろ~」
自分のことを神様なんていう頭のオカシイ奴にバイトが続く筈がない。俺は自己紹介をするにも面倒臭いと思っていた。
深夜のコンビニバイトなんかにくる奴にロクなのはいない。コミ障のオタクか、失業中の中高年か、孤独なオバサンか、俺みたいに定職につく気がないフリーターとか……。このバイトも今年で五年目、店長の次に古いのがこの俺になった。
いつも新入りに仕事を教える係りなのだが、やっと仕事を覚えて使えるようになったら辞められるので、アホらしくて相手にしてられない。
人に教えるよりも自分でやった方が早い。質問しない限り教えないし、俺の仕事を見て覚えろと言いたい。
とりあえず、新人にはバックヤードで品出しでもやってて貰おうか。
「そこの段ボールのペットボトルを冷蔵庫に全部出しといてくれ」
山積みの段ボールを指差した。
「ふむ。承知した」
その返答に俺は初めて奴の顔をマジマジと見た。
背も高くスラリとした育ちの良さそうなイケメンだった。こんなショボイバイトしなくても……もっとマシな仕事探せよと思ったが、頭がイカレてるなら仕方ないか。
ん? その時、奴が付けている名札を見て驚いた。
名前が『
たしか、
変な奴には関わり合いたくないので後は新入りに任せて、その場を離れた。
おにぎりに値引きシールを貼っていると背後に気配を感じた。振り向くと奴が真後ろに立っていたから、俺はビックリした。
「終わった」
「えっ? まだ十分しか経ってないぞ」
バックヤードにいって、奴の仕事振りを見たら完璧だった。
空になった段ボールもきれいに
深夜も二時を過ぎたら客もあまり来なくなる。
その時間帯に休憩を取ったり、
しょうがないなぁー、ちょっとだけなら相手してやるか。
「なんで深夜のコンビニのバイトなんかやってんのさ?」
ベタな質問だが、話の糸口くらいにはなるだろう。
「グランマに下界を見てこいと言われた。そこで底辺の仕事についた」
底辺て、深夜のコンビニバイトのことか? ほっとけ!
「グランマ? お祖母ちゃんっ子かよ」
「そだ! グランドマザーなお祖母ちゃんは天照大神で
「新入り、おまえの日本語オカシイぞ」
「俺の名前は新入りではない。
「そのクッソ長い名前はなんなんだ?」
「神様だからなあ」
誇らしげな顔でいいやがる。なんかムカつく!
「おまえが本物の神様なら奇跡の一つでもやってみろよ」
「神様は奇跡を起こさない。奇跡を起こすのは人間の方だ!」
ヘン! 屁理屈捏ねてやがる。アホらしくなって再び俺は漫画を読み始める。
それから数日間、俺は神様と名乗る不思議な男とシフトを組まされた。
割と接客向きなのか、奴は客の受けが良かった。深夜に来店する疲れた不機嫌な客たちも奴の接客だとニコニコしている。
――案外、神様って人気商売なのかと俺は思った。
いつも深夜に現れる酔っ払いのお水のねえちゃんがいる。三十代半ばだと思われるが、ケバイ化粧と派手な服装で香水の匂いがプンプン強烈なのだ。しかも酒癖が悪くてコンビニの店員相手に酔って絡むのでみんなに嫌われていた。
その女が奴をひと目見るなり気に入って、「ねぇねぇ、特別に安くするから遊びに来てよぉ~」と名刺を渡して、しつこく誘っていた。
機嫌よく名刺を受取っていたので、
「おまえ、あんなおばさんが趣味かよ?」
皮肉で言ってやったら、
「俺はブスとババアは嫌いだ!」
清々するほどキッパリと言い放った。
たしか、古事記で
「あのねえちゃんはしつこいから気をつけなよ」
「そっか。それは難儀だなあー」
手に持ったお水のねえちゃんの名刺を掌でクルクル回して、フゥーと息を奴が吐きかけたら霧のように消えてしまった。
コンビニに慌てて人が飛び込んできた。
「大変だー! ドブ川に派手な格好のねえちゃんが落っこちてジタバタ暴れてるぞ!」
それをきいて、ニヒヒッと奴が笑ったのを俺は見逃さなかった。
あのタイミングで、お水のねえちゃんがドブ川に落っこちたって……偶然にしてもでき過ぎだろ? 神様と名乗るこの男を観察してやろうと俺は密かに思っていた――。
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